膨張する年金純債務 - 2019年・財政検証から読めるもの -

人口減少・少子高齢化が進む中、社会保障費は増加するものの、その財源が十分に賄えず、財政赤字が恒常化している。このような状況の中、政府部門の債務残高は約1000兆円超に達し、財政の持続可能性を脅かしているが、さらに見えない債務も存在する。

その一つが、賦課方式年金が抱える「暗黙の債務」であり、公的年金(国民年金+厚生年金)が抱える暗黙の債務は2004年から2019年の間で1.6倍になり、現在は1110兆円にまで膨張している。この事実はメディアでの報道が少ないが、重要な問題のため、今回はこの「暗黙の債務」について概説する。

まず、賦課方式年金が抱える「暗黙の債務」とは何か。それは「積立方式であれば存在していた積立金と、実際の積立金との差額」(※)として定義される。この意味を理解するには、まず、「積立方式」の「純債務」の説明から進めると理解しやすい。

積立方式は、老齢期に必要な年金給付分を現役期に強制貯蓄させる方式である。そのとき、各世代が支払った負担分は、老後に受け取る将来の給付分として政府に積み立てられるとしよう。このようなケースにおいて、政府が預かっている積立残高合計を「完全積立金」という。だが、何らかの理由で、実際の積立金が完全積立金を下回ってしまうケースもある。このとき、その差額を「純債務(=完全積立金-実際の積立金)」といい、純債務ゼロの積立方式を「完全積立方式」という。

積立方式において、純債務は次のようなケースで発生する。積立方式の年金を導入する際、制度発足時の老齢世代は、それまで積立していなかったから、本来なら給付を受ける権利はない。だが、それでは公的年金制度は導入できない。だから政府は、発足時だけの例外措置として、現役世代が支払った積立の一部を財源として、それまで積立してこなかった老齢世代に(負担ゼロで)給付するケースである。このようなケースでは、それ以降の積立金は、この分だけ完全積立金を下回るから、純債務が発生する。しかも、政府は積立金の減少分(=純債務)だけ利子収入を失うから、純債務の発生は公債発行と同じ効果をもつ。

一方で、「賦課方式」には、このような債務が存在しないようにも思えるが、この見方は正しくない。これは、賦課方式年金と同等の政策(同じ効果をもつ政策)が、「公債発行・課税政策に、完全積立方式の年金制度を組み込む」ことによって実行可能であることから導かれる。

さて、賦課方式は、① 制度発足時の老齢世代は負担ゼロで現役世代から移転を受けとる。そして、② それ以降の老齢世代は現役期の負担と引き換えに現役世代から移転を受けとる。すなわち、現役世代から老齢世代に世代間所得移転を繰り返す方式である。その際、現役世代の賃金の一定割合を移転する賦課方式の収益率は、「一人あたり賃金成長率+人口成長率」となる。少子高齢化が進展して人口減少が進むと、人口成長率はマイナスになり、場合によっては賦課方式の収益率もマイナスとなる。逆に、完全積立方式の収益率は利子率であるから、賦課方式ではその利息分を放棄(機会費用が発生)している。そのため、賦課方式における純負担は、この機会費用から賦課方式の収益率を差し引いたもので、「利子率-(1人あたり賃金成長率+人口成長率)」と計算でき、これは人口成長率などの変化により変動する。

以上を前提にすると、完全積立方式の年金制度の下でも、賦課方式と同等の政策は、次のようにして実行可能である。まず、①に対応するため、制度発足時に公債を発行し、それを財源として、老齢世代に所得移転する。その後、公債が無限に大きくなるのを防ぐため、公債残高を国内総生産(「GDP」)で比較して一定に保つよう租税負担する。分母のGDP成長率は「1人あたり賃金成長率+人口成長率」で、分子の公債残高は利子率で膨張していくから、この租税負担は、「利子率-(1人あたり賃金成長率+人口成長率)」と計算でき、これは賦課方式での純負担に一致する。次に、②と同じ効果を生み出すよう、完全積立方式の年金制度を組み込む。すると、これは、賦課方式とまったく同等の政策になる。すなわち、「賦課方式=公債発行・課税政策+完全積立方式」の関係が成立つ。

また、この同等政策で発生する債務は、上述の積立方式の制度発足時に例外措置として発生した「純債務」と同一のものとなる。これは、賦課方式も、暗黙の形であるが、この積立方式と同様の純債務を抱えていることを意味する。これが、賦課方式年金が抱える「暗黙の債務」であり、この債務は理論的には通常の公債が発行されていることと変わりない。

では、現在の暗黙の債務の規模はどのくらいか。それは、厚労省が20198月下旬に公表した「2019年財政検証」の資料から読み取れる。例えば、人口前提が出生・死亡中位、経済前提がケースⅢ(2029年度以降の実質GDP成長率が0.4%)における公的年金(厚生年金と国民年金)のバランスシート(運用利回りによる一時金換算)から、既述の※を計算すると、公的年金(厚生年金+国民年金)の「暗黙の債務」は1110兆円となる。GDP560兆円とすると、対GDP比では約200%に相当する。2014年財政検証では、ケースⅢに近いもので、暗黙の債務は980兆円であったので、この5年間で暗黙の債務は130兆円も膨張した可能性を示唆する。

同様に、それ以前の債務について、筆者が厚労省の公式資料から計算したものが図表の値である。2004年の財政再計算のとき、暗黙の債務は690兆円であったが、2009年の財政検証では800兆円に膨らんでいる。すなわち、2004年に690兆円であった暗黙の債務は、2019年で1110兆円となり、約15年間で1.6倍にも膨張したわけである。

 

 

暗黙の債務(国民年金+厚生年金)

2004年財政再計算

690兆円

2009年財政検証(基本ケース)

800兆円 

2014年財政検証(ケースE

980兆円

2019年財政検証(ケースⅢ)

1110兆円

(出所)厚労省「財政検証」資料等から作成

 

では、暗黙の債務が膨張した理由は何か。その主な原因は、2004年の年金改革で導入した「マクロ経済スライド」が約15年間で2回しか発動されなかったためである。

そもそも、2004年改革の主なポイントは、①厚生年金の保険料は毎年0.354%ずつ引き上げ、2017年度以降は労使折半で18.30%に固定する(国民年金の月額保険料は毎年280円ずつ引き上げ、2017年度以降は16900円に固定する)、②基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1に引き上げる、③財源の範囲内で給付水準を自動調整する「マクロ経済スライド」という仕組みを導入する、④「永久均衡方式」(将来に渡って永久に年金財政を均衡させる方式)から「有限均衡方式」(概ね100年間で年金財政を均衡させる方式)に改め、積立金はその財政均衡期間の終了時に給付費1年分程度を保有する方式に変更する、というものである。

この改革ポイントのうち、最も重要な政策手段は③の「マクロ経済スライド」の導入である。年金額の改定率を物価や賃金の伸びよりも抑制するため、改定率を一定のスライド調整率分だけ刈り込むことで年金額を実質的にカットし、年金財政の長期的な収支均衡を図る仕組みである。

当初、2004年の年金改革では、マクロ経済スライド調整は19年間で、つまり2023年度には終了する予定であった。しかし、マクロ経済スライドは物価と賃金が下落するデフレ下では発動できないルールになっており、2014年度までは一度も発動できなかった。このため、2014年の財政検証では、マクロ経済スライドの調整期間が約30年に延び、2044年度頃に終了する予定になってしまった。その後も、2015年度・2019年度の2回しか発動できず、直近(2019年)の財政検証では、マクロ経済スライドの調整期間は約28年になり、2047年度頃に終了する予定になっている。

すなわち、年金額の実質的カットを行う「マクロ経済スライド」が2回しか発動できず、暗黙の債務が2004年から約15年間で1.6倍に膨らんだわけである。2019年財政検証では、2047年頃に終了するとしているが、マクロ経済スライド調整が予定通りに進むとは限らず、暗黙の債務が一層膨張し、将来世代や若い世代にツケを先送りする可能性が高い。

年金制度は、2004年改革でマクロ経済スライドを導入し一定の解決の目途は立ったという主張も時々聞かれるが、筆者はそうは思わない。低年金・無年金の問題を含め、年金制度が抱える問題は解決しておらず、暗黙の債務の処理方法についても、しっかり議論を進めることが望まれる。

 

 

 

小黒 一正

  • 法政大学経済学部教授