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児童手当は所得格差をどう是正できるか:子ども手当創設と年少扶養控除廃止から得る示唆
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児童手当は所得格差をどう是正できるか:子ども手当創設と年少扶養控除廃止から得る示唆

May 9, 2023

R-2023-008

今年の「骨太方針」に向けて、子ども予算の議論が佳境に入っている。その中でも、児童手当の所得制限の撤廃が注目されている。所得制限を撤廃することで、所得格差にどのような影響があるだろうか。

振り返ると、所得制限があった旧児童手当を改めて、所得制限のない子ども手当が創設されたのは、20104月だった。ただ、その財源確保のために、2011年所得から所得税において年少扶養控除(16歳未満に対する38万円の控除)が廃止された(個人住民税の年少扶養控除の廃止は2012年度から)。

この経緯を踏まえて、所得制限のない子ども手当が支給された時に、所得格差がどう是正されたかを分析しよう。そのためには、家計に関する個票データが必要である。そこで、本稿では、わが国を代表する家計の個票データである「日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)」を用い、土居(2023)で概要を紹介した土居(2022)と同じデータと可処分所得の推計手法を採用する。JHPS/KHPSの標本を、課税の実態により近い形で税額等を推計できるようにするため、比推定を行う。「国勢調査」の世帯分布に基づいて比推定を行うことにより、標本にあるバイアスを正して現実に近い世帯数が復元できる。ちなみに、本稿の分析で用いることができたJHPS/KHPSの標本数は、2009年(JHPS/KHPS20101月調査)は58932010年(JHPS/KHPS20111月調査)は55302011年(JHPS/KHPS20121月調査)は5907である。

所得格差は、ジニ係数で測ることとする。ジニ係数は、等価世帯所得(同居世帯員全員の所得合計を世帯人数の平方根で除したもの)で測っている。

土居(2022, 2023)と本稿が異なるのは、前者がマイクロシミュレーションという仮想的な政策効果の分析であるのに対し、後者(本稿)は実現したジニ係数で考察していることである。子ども手当創設前後の年について、ジニ係数を推計した結果が以下の表に示されている。表中の当初所得とは、所得再分配が機能する前の所得(社会保障給付の受取前、所得税・住民税・社会保険料支払前の所得)である。可処分所得は、社会保障給付の受取後、所得税・住民税・社会保険料支払後の所得である。等価世帯当初所得のジニ係数から等価世帯可処分所得のジニ係数への低下幅を、Reynolds-Smolensky indexRS係数)と呼ぶ。RS係数が正で大きいと、所得格差がより大きく是正されていることを意味する。

表 等価世帯当初所得と等価世帯可処分所得のジニ係数

当初所得

可処分所得

Reynolds-Smolensky index (RS係数)

2009

0.4813

0.3316

0.1497

2010

0.4781

0.3251

0.1530

2011

0.4899

0.3314

0.1585

2009年は、子ども手当創設直前の年である。2010年は、所得制限のない子ども手当が支給され始めた年である。2011年は、所得税で年少扶養控除が廃止された年である。

2009年から2010年への変化をみると、RS係数は上昇している。これは、2009年よりも2010年の方が所得格差是正の効果が大きいことを意味する。

もちろん、等価世帯当初所得のジニ係数は年によって異なる。なぜなら、その年々において、稼得する所得が変動するからである。ただ、2009年と2010年とで所得税制では大きな変更はないが、前述のように旧児童手当から子ども手当に変わった。等価世帯当初所得のジニ係数も等価世帯可処分所得のジニ係数も、2009年から2010年にかけて低下しており、その両年でみれば所得格差は縮小しているが、それは当初所得で所得格差が縮まったから可処分所得での所得格差も縮まったのか、政策変更によって所得格差が縮まったのかは、RS係数で見極めることができる(もちろん、制度変更のない税制で累進税率構造等によって所得格差是正効果がより大きく発揮されたことでもRS係数は大きくなりうる)。

2010年に、等価世帯当初所得のジニ係数が前年より低下していることから、所得税制の累進税率構造によって所得格差がより大きく縮められたことは成り立ちにくい。むしろ、大きな制度変更といえる子ども手当の創設によって、2009年よりも所得格差がより縮小したと考えられる。

ただ、旧児童手当から子ども手当に変わったときには、子ども1人当たりの給付額も増えた(詳細は、拙稿「児童手当の所得制限は撤廃すべきなのか」を参照されたい)。だから、この所得格差の縮小に、所得制限を撤廃したことがどれだけ作用したかは見極めが難しい。定性的には、所得制限を撤廃することは、それまで受給していなかった高所得世帯までも給付が受けられることから、所得格差は拡大する方向に作用する。

RS係数が、2009年よりも2010年の方が大きいということは、子ども1人当たりの給付額が増えたことによって、低所得世帯での受給額が増えたことに伴う所得格差是正効果が、所得制限撤廃に伴う所得格差拡大効果を上回っていると考えられる。

次に、2011年のジニ係数をみると、等価世帯当初所得のジニ係数も等価世帯可処分所得のジニ係数も、2010年よりも上昇しているが、RS係数は2010年よりも大きくなっている。つまり、2011年は、2010年よりも所得格差がさらに縮小されていることがわかる。

2011年は、前述の通り、年少扶養控除が廃止された年である。年少扶養控除は、所得控除である。所得控除は、土居(2021)で詳述しているように、累進税率構造の下で高い税率に直面する高所得者ほど、税負担軽減効果が大きくなる。したがって、年少扶養控除が廃止されることによって、高所得者ほど税負担がより大きく増えることとなり、所得格差是正効果が生じたものと考えられる。

ちなみに、個人住民税の年少扶養控除は2012年度から廃止されたが、それは、個人住民税が前年所得に課税する仕組みとなっていることによるものである。それを踏まえて、本稿での分析では、個人住民税や一部の社会保険料は、実際には所得を稼得した翌年に納付されるが当年に納付されたものとして租税負担額、社会保険料負担額及び可処分所得を推計する。したがって、個人住民税の年少扶養控除の廃止の効果も、2011年のジニ係数には反映されている。

このように、子ども手当の創設と年少扶養控除の廃止は、所得格差を是正する効果があったと考えられる。本稿では、紙幅の都合でジニ係数のみに焦点を当てたが、これらが各所得階層にどのような影響を与えたかについては、土居(2010)で分析しており、詳細はそちらに譲ることとする。

子ども予算は、その財源確保が重要となっている。その意味で、財源は無限にあるわけではないから、貴重な財源をどのように投じることが子ども・子育て支援に資するのか。所得格差に与える影響も見極めながら検討することが求められる。


参考文献

土居丈朗 (2010) 「子ども手当導入に伴う家計への影響分析―JHPSを用いたマイクロ・シミュレーション―」, 『経済分析』vol.61 no.2, pp.137-153.
https://doi.org/10.15057/21981

土居丈朗 (2021) 『入門財政学(第2版)』, 日本評論社.
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8541.html

土居丈朗 (2022) 2010年代における所得税改革の所得再分配効果-各税制改正が与えた影響のマイクロシミュレーション分析-」PRI Discussion Paper Series, No.22A-05.
https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron349.pdf

土居丈朗 (2023) 2010年代の所得税改革がもたらした所得再分配効果の要因分解」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4150

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