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消費税減税を野党だけで議決するなら、議院内閣制存立の危機
画像提供:Getty Images

消費税減税を野党だけで議決するなら、議院内閣制存立の危機

July 29, 2025

X-2025-067

税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム

令和74月より、「税」や「社会保障」をテーマとしたコラム(Review)を、以下の執筆者が交代で執筆してまいります。掲載されたコラムは「まとめページ」からご覧いただけます。

小黒一正(法政大学経済学部教授)、佐藤主光(一橋大学国際・公共政策研究部教授)、高橋俊之(日本総合研究所特任研究員)、土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)、山田久(法政大学教授)、森信茂樹(東京財団シニア政策オフィサー)、岡直樹(東京財団上席フェロー)

720日に投開票された第27回参議院議員通常選挙(参院選)では、自由民主党と公明党で非改選議席を合わせても過半数を割る結果となった。その一方で、消費税減税を公約に掲げた野党の多くが議席を増やした。720日の選挙結果で確定した各党の議席と、非改選議席を合わせて示すと、下の表の通りとなる。

 

各政党別の参議院における議席数(2025725日現在)

 

改選後議席

非改選議席

合計

自由民主党

39

62

101

公明党

8

13

21

(与党計)

47

75

122

立憲民主党

22

16

38

国民民主党

17

5

22

日本維新の会

7

12

19

参政党

14

1

15

共産党

3

4

7

れいわ新撰組

3

3

6

社会民主党

1

1

2

日本保守党

2

0

2

NHKから国民を守る党

0

1

1

新党みらい

1

0

1

無所属

8

5

13

(野党計)

78

48

126

筆者作成

 

この結果をもって、消費税減税が多数に支持されたと解し、自由民主党と公明党が衆議院でも参議院でも過半数を割った今こそ、野党が結束すれば消費税減税を議決できるとの見方もある。そうした法改正は、果たして責任ある行為といえるのか。もちろん、わが国は租税法律主義を遵守している。だから、租税法が改正されればその通りに課税することとなる。

加えて、わが国は議院内閣制の国である。行政府と立法府の代表者をそれぞれ別々に選挙で選出するという二元代表制ではない。立法府の多数派が内閣を形成して行政府を主導する。内閣を形成しているのは議会の多数派(与党)であり、租税法は与党が同意した上で、立法府で成立しており、それに基づいて予算編成が行われる。

基本的に、少数与党内閣は長続きしないから、与党が同意しない租税法の下で予算編成が行われることはほぼない、といってよかった。しかし、今ここに、衆議院でも参議院でも少数与党となる内閣が、議院内閣制であるわが国において出現した。そして、与党が同意しない租税法の改正が行われる可能性が出てきた。

確かに、三権分立の趣旨からすれば、立法府が行政府を牽制し、立法府の総意に反する課税が行われることがないよう、立法府が租税法で行政府の課税権を縛っている。課税権を縛る、つまり租税負担を過度に重くしないようにする意図を、立法府の総意として決議し、その税収が規定する歳入総額の範囲内でしか歳出予算が組めないようにするということは、当然としてあってよい。

ところが、今般提起された消費税減税は、それによって生じる代替財源のすべてを網羅しないまま、租税法だけ改正して、税収不足はあたかも赤字国債を増発すればよいと、野党だけで提起するというものだ。これは上記の趣旨に叶ったものなのだろうか。

特に、今般の消費税減税は、軽減税率をゼロにするだけでも約5兆円、それ以上の減税を行うなら5兆円を超える規模の税収不足を生み出す。この額は、ガソリン税の暫定税率廃止に伴う税収不足(約1.5兆円)よりも、2024年度決算剰余金(約1.13兆円=純剰余金約2.26兆円のうち財政法第6条の定めにより2分の1を公債償還に充てるために除いた額)よりも、はるかに大きい。だから、消費税減税は、予算編成上重大な困難(補完は不可能というわけではないが、利害調整が相当難航する)をもたらすほど大きな税収不足をもたらす。

野党が議会の多数派(通常の議院内閣制が想定していない状況)だから、租税法は改正できる。しかし、日本国憲法第86条の定めにより、予算案は内閣にしか提案権はない。野党が改正した租税法によって生じた税収不足を補う責任は、行政府である内閣が予算編成過程において果たさなければならないが、野党はその税収不足について何も責任は問われない。おまけに、「小さな政府」を志向するがごとく、税収が不足する分だけ歳出削減して歳出規模を縮小することを、野党が望んでいるならいざ知らず、今般の消費税減税の提案は、決してそうではないのである。

こうした状況で野党だけで消費税減税を議決すれば、与党が同意しない租税法の下で国債増発を強いられる予算を編成せざるを得ない形で、予算提案権との関係でねじれが生じて、わが国の議院内閣制を機能不全に陥らせる。そのため、本来は消費税減税を議決できるだけの議席数を有して、議院内閣制の下で政権を奪取した後で消費税減税を実現するのが筋である。

では、参議院選挙で消費税減税を公約に掲げて議席を増やし、与党を過半数割れに追い込んだ野党が選挙後に政権を奪取する行動を真っ先に採ろうとしただろうか。少なくとも本稿執筆時点では、その兆しは全くと言って良いほど無い。まずは与党内の政局を見守るといわんばかりに、野党は傍観を決め込んでいる。これでは、野党のまま、政権奪取も狙わずに、消費税を減税する法改正だけしようとしていると解されても文句は言えまい。また、選挙公約など、実現できなかったからと言って政党に何の責任もない、と言えばそれまでだが、今般の参院選の結果を、消費税減税を支持した投票者が多かったと解するならば、その後に消費税減税について何のアクションもないとは言い切れない。

消費税減税をしたければ、野党が予算提案権のない野党のまま法改正を強行するのではなく、きちんと政権奪取した上で、予算編成権と齟齬をきたさない形で実行すべきである。そうでなければ、わが国の議院内閣制の存立を毀損するだけである。それは、一時的な感情的な主張を政治的に押し通すだけの話にすぎず、(その時の減税によって)何も恩恵を受けない後世の有権者から後ろ指を指されるだけの行為に堕する。

政権奪取の覚悟のない野党だけで消費税減税を訴えるなら、今般の参議院選の「民意」が消費税減税を支持したものと勘違いするのはやめた方がよい。

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