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2010年代の所得税改革は、所得格差をどう是正したか

本稿は、著者がプロジェクトリーダーをつとめる「所得税改革のマイクロシミュレーション分析」プロジェクトの2018年度の研究結果についてまとめたものである。 詳細内容については文末のpdf(「所得税改革のマイクロシミュレーション分析」プロジェクト2018年度報告書)を参照されたい。

1. 2010年代に企画された日本の所得税改革

わが国の所得税制において、多様な働き方に中立的な仕組みに改めようとする問題提起がなされる中、控除の見直しが行われている。2018年度の本研究では、マイクロシミュレーション分析を行うことを通じて、2010年代に企画された所得税改革が所得格差に及ぼす影響を分析した。

各所得税制改正の所得再分配効果についてマイクロシミュレーション分析を試みるにあたり、日本家計パネル調査(JHPS)の個票データを用い、税・社会保険料額を推計して、世帯所得のジニ係数の変化を分析した。

日本の所得税制は、1990年代以降長年大きな改革を行わないでいた。その転機となったのは、2013年の改正で給与所得控除の上限が新設されたことである。それ以降、所得控除の見直しや所得格差是正のための措置が追加的に実施されるようになった。本研究で対象とした、2010年代に企画された所得税改革を、所得税制に適用された制度改正の実施年で年次を表すと次のようになる。

 ・2013年税制改正: 給与所得控除の上限設定(給与収入1500万円超で控除上限245万円)、復興特別所得税と復興特別住民税の導入、退職所得等に係る個人住民税の額から、税額の10%を控除する措置の廃止。

・2014年税制改正: 譲渡所得課税の軽減税率廃止(税率10%→20%)

・2015年税制改正: 最高税率引上げ(4000万円超で45%)

・2016年税制改正: 給与所得控除の上限引下げ(給与収入1200万円超で控除上限230万円)

・2017年税制改正: 給与所得控除の上限引下げ(給与収入1000万円超で控除上限220万円)

・2018年税制改正: 配偶者控除と配偶者特別控除の見直し

・2020年税制改正: 基礎控除、給与所得控除、公的年金等控除の見直し、所得金額調整控除の創設(2020年税制改正は、未実施だが、「平成30年度税制改正大綱」で決定しており、2010年代に企画された所得税改革に含める)

このように、本研究では、2013年以降の改正された所得税制がもたらす所得再分配効果を分析するため、一連の所得税改革の直前である2012年の所得を調査したJHPS第5回調査(2013年1月実施:JHPS2013)の個票データを用いた。税・社会保険料額を求める手法とプログラムは、土居(2017)に用いられたものを踏襲している。全ての標本は、当該年の税制や社会保障制度に基づいて税・社会保険料を推計している。

また、本研究では、課税の実態により近い形で税額等を推計できるようにするため、JHPSの標本で分析可能となる世帯について比推定を行うこととする。比推定に際して、JHPS2013の標本を扱うことから、土居(2017)と同様に、2010年と2015年の総務省『国勢調査』を用いることとし、その間の年の値を線形補間することとした。調整係数(ウエイト)は、世帯類型ごとに、国勢調査から導出された世帯数をその年におけるJHPSの世帯数で除した値となる。この調整によって、調整係数をかけたJHPSの世帯数の合計は国勢調査から導出した世帯数合計と同じとなる。

2. 所得税改革の所得再分配効果

まず、分析対象とする所得税改革が行われる前の2012年所得(JHPS2013の個票データを比推定)でみた等価世帯可処分所得のジニ係数は、表に示す通り0.3280であった。

次に、2013年に実施された所得税改革を行うと各世帯の税負担や社会保険料負担がどう変化し、その結果として世帯可処分所得がどう変化するかについて、マイクロシミュレーションを行った。ここでのマイクロシミュレーションは、世帯構成や課税前収入が変わらないと仮定した上で、所得税制のみが変更された場合に、税負担や社会保険料負担がどう変化するかを見たものである。前年の所得に課税される個人住民税については、実際には翌年に納税しているが当年に納税されたものとして税負担額、そして可処分所得を推計している。制度が改革されるのは所得税・住民税の制度のみで、社会保障制度は変更しないと仮定している。しかし、それと連動して社会保障制度において用いられる所得金額が変更になることから、社会保険料負担が変わりうる。

2013年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は0.3274487であった(表参照)。改革前のジニ係数とこのジニ係数との差であるReynolds-Smolensky indexは0.0005857となり、税制改革によって所得格差が縮まったことがわかる。その要因として、給与所得控除に上限が新設され、高所得者でも多く受けていた給与所得控除が縮小された分だけ、高所得層で増税になったことが考えられる。2013年税制改正によって高所得層ほど増税額が大きい傾向があることがわかる。ただし、等価世帯可処分所得が低い所得階級でも復興特別所得税・復興特別住民税の創設により税負担が増えた世帯があったことがわかる。

次に、譲渡所得課税の軽減税率を廃止した2014年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表が示すように0.3273467となり、2013年税制改正実施後と比べて低下した。Reynolds-Smolensky indexは0.0001020と、2013年税制改正のときのそれよりは小さい。分離課税されている譲渡所得課税の税率引上げの影響を受けるのは、譲渡所得がある高所得層に限定されており、2013年税制改正のときほどには中高所得層で税負担増は大きくないことがわかる。

所得税の最高税率を引き上げた2015年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表4が示すように、0.3267976となり、2014年税制改正実施後と比べて低下した。Reynolds-Smolensky indexは0.0005491と2013年税制改正に匹敵する大きさだったことがわかる。最高税率引上げにより増税となるのは、第10十分位に限定されている。最高税率引上げによる所得再分配効果は、中低所得層には増税にならないようにしつつ限られた高所得層にだけ増税になるようにすることを通じて、所得格差を是正するという形で生じると考えられる。譲渡所得は、分離課税されているから、この最高税率の引上げ(総合課税される所得が対象)の影響は受けない。

給与所得控除の上限を引き下げた2016年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表が示すように、0.3267004となり、2015年税制改正実施後と比べて低下した。Reynolds-Smolensky indexは0.0000972で、同様に給与所得控除の上限を新設した2013年税制改正の時のそれよりも小さいがわかる。

給与所得控除の上限をさらに引き下げた2017年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表が示すように、0.3265812となり、2016年税制改正実施後と比べて低下した。Reynolds-Smolensky indexは0.0001192で、同様に給与所得控除の上限を新設した2013年税制改正の時のそれよりも小さいが、2016年税制改正のときよりもわずかに大きいことがわかる。

配偶者控除と配偶者特別控除を見直した2018年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表が示すように、0.3260424となり、2017年税制改正実施後と比べて低下した。Reynolds-Smolensky indexは0.0005388となった。この値は、2013年税制改正のときに匹敵する大きさであることがわかる。

給与所得控除・公的年金等控除から基礎控除への振替、基礎控除の逓減・消失化、給与所得控除の上限引下げ、公的年金等控除の適正化を盛り込んだ2020年の所得税改革が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表4が示すように、0.3260874となり、2018年税制改正実施後と比べて上昇し、所得格差が拡大していることがわかる。Reynolds-Smolensky indexは負の値となっている。

その原因は、控除見直しに伴い「所得」が変動するからである。基礎控除を増やして給与所得控除や公的年金等控除を増やすと、課税所得は変わらないものの、社会保険料を計算する際に用いられる「所得」が変動する。「所得」には、給与所得控除と公的年金等控除は反映されるが、基礎控除等の所得控除は反映されない。給与所得控除や公的年金等控除が10万円減ると、社会保険料を計算する際の所得が10万円増えることになり、社会保険料負担が増えることになる。税負担では第10十分位以外では減税となっているのにもかかわらず、社会保険料負担ではその減税額を上回る負担増になっている。特に、社会保険料の負担増は低所得層にも及んでいる。これが、所得格差を逆に拡大させる要因となっている。

そこで、本報告書執筆時点で政府はまだ決めていないが、2020年税制改正で見直される控除と連動して、社会保険料を計算する際に用いられる「所得」が変動しないように、社会保障制度で調整する措置を実施する案を考える。ここでは、国民健康保険と後期高齢者医療の保険料軽減措置の判定に用いられる所得、国民健康保険等の保険料算定に用いられる旧ただし書き所得、児童手当の所得制限の判定に用いられる所得、国民年金保険料の免除の判定に用いられる所得、介護保険第1号被保険者の保険料の所得段階区分の閾値を、それぞれ10万円引き上げるという案である。

2020年税制改正と合わせて上記のような社会保障制度の措置が実施されたものとしてマイクロシミュレーションを試みた結果、等価世帯可処分所得で測ったジニ係数は、表4が示すように、0.3253050となり、2018年税制改正実施後(2020年税制改正実施前)と比べて低下した。このときのReynolds-Smolensky indexは0.0007824であり、2020年税制改正とあわせたReynolds-Smolensky indexは0.0007374となった。この値は、2013~2020年における各回の税制改正の中で最も大きいことがわかる。所得格差是正のためには、基礎控除と給与所得控除・公的年金等控除の見直しのみならず、社会保障制度の見直しも合わせて行うことが重要であることがわかる。

3. まとめ

本報告書では、2010年代に連続して行われた日本の所得税改革の所得再分配効果を、マイクロシミュレーション分析を用いて考察した。その中では、2013年に実施された給与所得控除の上限新設が、所得再分配効果が最も大きかったことがわかった。次いで、2015年に実施された最高税率の引上げ(40%から45%)の所得再分配効果が大きかった。2014年に実施された譲渡所得課税の税率引上げ(10%から20%)の所得再分配効果は、それよりも小さかった。このことから、高所得者に対する課税強化が、所得再分配効果が大きく得られることがわかる。

しかし、本報告書作成時点でまだ実施されていないが、2020年税制改正で基礎控除が10万円増えるのに連動して、社会保障制度の見直しを行えば、2013年税制改正や2015年税制改正で生じる所得再分配効果よりも大きな所得再分配効果が生じることも、合わせて示された。つまり、社会保険料負担を低所得者層で軽減する方策は、より大きな所得再分配効果をもたらすといえる。

日本では、所得税制で定義される所得が、社会保険料の計算にも用いられていることから、所得税改革の影響が社会保障制度にも及ぶことを意識すべきである。特に、2020年税制改正では、給与所得控除と公的年金等控除が減額される影響が社会保障制度に及ぶことから、その影響を調整しないと逆に所得格差を拡大させることが、本報告書の分析で示唆された。そうしたことから、2020年税制改正を実施する際には、同時に社会保障制度での調整も必要である。

本報告書で分析対象とした2010年代に企画された所得税改革は、大半が所得控除の見直しだった。所得控除は、高所得者により多く税負担を軽減する効果が及ぶ。それらを縮小することで所得再分配効果を強めることはできる。しかし、表4にも示されたように、2010年代に企画された所得税改革をすべて実施したとしても、ジニ係数は0.3280から0.3253に低下する程度で、所得再分配効果があるとはいえどもジニ係数の小数第3位以下で現れる効果でしかない。

日本の所得税制において、所得再分配効果を強化するには、多用されている所得控除を税額控除に変えることが必要である。所得税制で税額控除に変換する改革は、日本では依然着手されていない。こうした所得税改革は今後の課題として残されている。

表 各税制改正後の等価世帯可処分所得に基づくジニ係数とReynolds-Smolensky index 

ジニ係数

Reynolds-Smolensky index

JHPS 2013

0.3280344

税制改正

 

 

2013

0.3274487

0.0005857

2014

0.3273467

0.0001020

2015

0.3267976

0.0005491

2016

0.3267004

0.0000972

2017

0.3265812

0.0001192

2018

0.3260424

0.0005388

2020

0.3260874

-0.0000450

社会保障制度の調整後

0.3253050

0.0007824

 参考文献

土居丈朗(2017)「わが国の所得税の控除が所得格差是正に与える影響―配偶者控除見直しに関するマイクロシミュレーション分析―」『経済研究』第68巻第2号, 150-168頁。


「所得税改革のマイクロシミュレーション分析」プロジェクト2018年度報告書(全文)
「所得税改革のマイクロシミュレーション分析」プロジェクト2018年度報告書.pdf

土居丈朗

土居 丈朗

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 税制
  • 地方財政
  • 財政の持続可能性
  • 社会保障
  • 公共選択論

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット