コロナ後はインフレかデフレか

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コロナ後はインフレかデフレか

新型コロナショックの収束後を考えることは重要。
世界恐慌のような需要減退ショックとすれば、景気後退で長期停滞も。
第2次世界大戦後の供給停滞ショックになれば、インフレも。
供給停滞になるかどうかは、新型ウイルスの感染の収束時期が左右。

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が収束した後、主要国の低インフレ・デフレは継続するか、それともインフレに転じるか。

今は、感染拡大をいかに防止するかが大事で、感染拡大の収束に目途が立たないうちから、収束後のことを考えるべきでない、とお叱りを受けるかもしれない。しかし、今何をすべきかを考える上で、今後どうなるかを思考停止にならずに検討しておくことは重要である。

4月7日に、政府は「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を閣議決定した。この内容の妥当性は、収束後の経済がどうなるかによって評価が180度変わる。その意味でも、収束後の経済について、確たることは言えないといえども考えられ得るシナリオに思いを致す必要がある。

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新型コロナウイルスの感染拡大による経済的ショック(以下では、コロナショックと呼ぶ)は、1929年の世界恐慌に近い事象なのか、第2次世界大戦に近い事象なのかで、収束後の経済見通しが変わってくるだろう。別の言い方をすると、コロナショックを需要減退ショックと捉えるか、供給停滞ショックと捉えるかの違いといえよう。

確かに、外出の禁止や自粛などにより、消費したくてもできなくなったことで、開店休業状態になった。その影響で、売り上げや収入が大幅に減少した。この現象を、リーマン・ショックに端を発した世界金融危機と重ね合わせて、需要減退ショックとみることができる。今のところ、そう捉える向きが強い。

しかし、今回のコロナショックが、リーマン・ショックと異なるのは、供給停滞ショックという面もあるからである。外出の禁止や自粛、さらには患者数の急増などは、工場の操業停止や物流の停滞を世界的に引き起こした。グローバルなサプライチェーンが大幅に滞った。空運で、制限されたのは旅客便であって、貨物便ではなかったのに、旅客便の貨物輸送が滞ることで、既に物流に支障が出ている。これは、世界金融危機時にはなかったことである。

世界金融危機時は、消費者は買おうにも所得が減ったので買えない、生産者は売ろうにも需要がないから売れない、という事態だった。しかし、今回のコロナショックは、それもあるが、加えて、消費者は買いたいのに物理的に買いに行けないから買えない、生産者は生産できるのに職場に行けないから売れない、という事態も起きている。

例えば、観光地のホテルの宿泊は、供給余力があるのに、渡航禁止や外出の自粛などの需要側の制約で取引高(売上高)が減ってしまった。逆に、マスクや消毒液は、渡航禁止や外出禁止があっても感染リスクを減らすために需要はあるのに、供給側の制約で取引高がそれ以上増えなくなってしまった。しかも、それらの価格は高騰した。

収束後は、経済全体でみて、需要側の制約がより強く作用するのか、供給側の制約がより強く作用するのかによって、様相は正反対になろう。

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通常の景気循環で容易に想像できるのは、需要側の制約がより強く作用すると、景気後退に直面し、世界金融危機のような大きなショックがあると、それによる経済低迷が大きく、さらには長くなってしまうことであろう。

1929年の世界恐慌の後、低成長の様とその行く末を「長期停滞(secular stagnation)」と表したのは、1938年に米国経済学会で会長講演を行ったアルビン・ハンセンだった。需要不足が長期的に続くという悲観的な見通しを示した。その75年後、世界金融危機の後の低成長の様とその行く末について同じ言葉を用いたのは、ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授だった。最近の世界経済の低成長ぶりを「長期停滞論」として評して、経済論壇でも賛否が分かれた。

ハンセンが1938年に唱えた長期停滞は、結局、第2次世界大戦によってその言の通りにはならなかった。第2次世界大戦後の経済は高成長に転じた。

第2次世界大戦は、実弾が飛び交う戦争であり、不幸にも大規模な破壊があった。大規模な破壊によって、終戦直後はアメリカを除いて供給に厳しい制約があり、大なり小なりインフレ率が上昇した。さらに、通貨供給量が多かった国では、高率の物価上昇が起きた。

戦争による破壊もさることながら、戦時中に抑えられていた消費や投資の意欲が開放されたことによる消費・投資ブームが起きたことも作用している。需要が急増する割には、供給には制約があるという状態だと、物価は上昇する。

もちろん、今は戦争による破壊はない。しかし、感染拡大防止のために、人為的にサプライチェーンを一部破壊しているとも解釈できる。ただ、物理的に破壊しているわけではないから、感染が収束すれば復旧も比較的容易だろう。

とはいえ、感染拡大が長引けば、これまでの企業と雇用者との雇用契約も次第に(一時的であれ)解消されかねず、感染が収束したからといって直ちに供給を復旧できない可能性もある。

収束直後に経済全体でみて、供給制約がより強く作用すれば、インフレに転じることもあり得る。そうした状況で、財政出動によって旅行や外食を喚起しようものなら、むしろインフレを助長しかねない。

今回のコロナショックは、1929年の世界恐慌に似ているのか、第2次世界大戦に似ているのか。早期の感染収束を願いつつ、その経済動向を注視する必要があろう。

 

2020年4月12日 『日経ヴェリタス』掲載

土居 丈朗/Takero Doi

土居 丈朗

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 税制
  • 地方財政
  • 財政の持続可能性
  • 社会保障
  • 公共選択論

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット