拡張的財政続けば資産課税の恐れ

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拡張的財政続けば資産課税の恐れ

新型コロナ禍による拡張的な財政金融政策は低所得者層が支持する。
財政支出は経済全体では高所得者層の貯蓄を増やし、資産格差が拡大する。
金融緩和下ではインフレになりにくく、低所得者層の所得は増えにくい。
ポピュリズムが台頭すれば、経済成長を阻害する資産課税論が広がる恐れ。

新型コロナウイルス感染症対策として、世界中で拡張的な財政金融政策が講じられている。これにより、市中には大量の流動性が供給された。

拡張的な財政金融政策は、わが国においては、低所得者層で強く支持されている。他方、エスタブリッシュメント層は、むしろ拡張的な財政金融政策の後始末(未曽有の残高である中でさらに大量に増発した国債の返済など)を心配する向きがある。

国債を今般100兆円増発すべきだとか、その国債を日銀がそのまま引き受ければよいとか、消費税を廃止すべきだとか、かなり大胆な財政金融政策の提案がある。こうした政策によって、低所得者層は、本当に救えるのだろうか。

確かに、低所得者層は、給付が配られなければ生活に窮するだろう。しかし、給付を配っても、低所得者層はそれを蓄えることはなく、むしろ生活のために費消することになる。そうして使われたお金は、低所得者層の手元から離れて、支出先に向かう。足元でお金を使う必要がある家計や企業の元からは、右から左へとお金が流れて、留まることはない。では、そのお金はどこにあるのか。

政策によって出された通貨は、市中のどこかにあることだけは確かだ。

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結局、当面はお金を使う必要がなく、資金面で余裕がある家計や企業の元に貯められることとなる。より端的に言えば、富裕層、コロナ禍でも収益を維持できたり高まったりした企業である。富裕層やそうした企業は、多くはコロナ禍の前から資金面で余裕があった。だから、拡張的な財政金融政策によって、潤ったのは、低所得者層ではなく、富裕層やそうした企業である。

要するに、拡張的な財政金融政策で、低所得者層が救われるのではなく、むしろ格差はさらに拡大したというのが帰結である。

そもそも、量的質的緩和に講じた後でインフレにならないと、こうした帰結になることは論理的に予想できた。量的質的緩和によって、期待インフレ率を高めて、物価上昇とともに賃上げも進むことで、低所得層にも実質賃金上昇などの形で恩恵が及ぶと見込んでいた。

今後インフレが起きる可能性はあるから、まだは実質賃金上昇による恩恵が低所得層に及ぶ芽は残っている。しかし、低所得層が強く支持する拡張的な財政金融政策の前提では、今後も金利がほぼゼロで国債が増発できる状況を想定している。それでいて、インフレが起きては、金利がほぼゼロで国債が増発できない。

ここに、根本的な矛盾がある。拡張的な財政金融政策は、金利がほぼゼロで国債が増発できることを前提としていて、それはインフレが起きると実現できないのだが、インフレにならなければ、賃上げは望めず、市中に出された大量の通貨によって格差が拡大するだけである。それでは、拡張的な財政金融政策で低所得層は救えない。

もちろん、インフレになったからといって低所得層が救えるとは限らないことは、言うまでもない。なぜなら、低所得層の賃上げが、物価上昇の速度よりも遅れれば、一時的であれ実質賃金は低下してしまい、過去の例からすればむしろそうなることが多いからである。

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低所得層が、拡張的な財政金融政策では救われないことに気が付くと、どうなるだろうか。目下展開されている拡張的な政策で、格差の拡大、特に資産格差の拡大が起きていることに気が付くと、消費税の廃止や減税を叫ぶより、富裕層への資産課税を唱え始めるのは、論理的にみてそう遠くない。低所得者向けの政策を、国債増発で実施しても格差はむしろ拡大するだけだから、資産課税で賄うことで格差を縮小できると考えても、何ら不思議ではない。

資産課税は、金融資産の残高を個人単位で捕捉できなければならず、これだけグローバル化して金融技術の高度化も進んでいる現代において、容易でないことは、先進諸国の税務当局も知っており、二の足を踏んでいる。現に、(不動産への固定資産税を除く)資産課税は、フランスなどでごくわずかだけしか実施されておらず、実現可能性は低い。経済学的にみても、恒久的な税制として(土地に対する固定資産税を除く)資産課税は、経済成長を阻害するなどの理由で、他の税より劣る課税であるとの結論を導いている。金融資産は、株式や債券といった企業にとって重要な資金調達手段への投資に向けられており、それらが削がれては、経済全体の収益率は低下するし、税収もむしろ先細る。

しかし、低所得層が欲する政策を唱えるポピュリストが、政治的に台頭してくればどうだろうか。資産課税を導入しないという保証はない。

今の日本で、低所得者層が、資産課税を声高に唱えていないというのは、嵐の前の静けさなのかもしれない。資産課税への引き金にならないようにするためには、経済格差を助長しないよう、拡張的な財政金融政策には節度が必要である。

 

2020年7月26日 『日経ヴェリタス』掲載

土居 丈朗/Takero Doi

土居 丈朗

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 税制
  • 地方財政
  • 財政の持続可能性
  • 社会保障
  • 公共選択論

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経済政策・経済思想ユニット