<新型コロナ問題と税・社会保障>その9  財政出動でGDPを「操れる」幻想

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<新型コロナ問題と税・社会保障>その9  財政出動でGDPを「操れる」幻想

新型コロナウイルス感染症対策で未曽有の規模の財政出動が行われている。所得が急減して生活が困窮した家計に給付等で支援することは、感染症があろうがなかろうが、所得再分配の観点から政策上の必要性はある。

しかし、2020年度の2度にわたる補正予算で講じた財政政策でも、「まだ足りない」という声がある。「国債を大量に増発しても、金利は上がらないのだから、今のうちに国債で財源を賄って大規模な財政支出を行えばよい」、という。

これまでわが国では、国債を大量に増発しても金利が上がらなかったから、「財政健全化しないと金利が上がる」というのは狼少年だ、と断じる向きがある。しかし、金利が上がらなかったのは、主因は日本銀行がほぼゼロの金利で国債を大量に買い入れているからだが、それに加えて、曲がりなりにも財政健全化を進めてきたからである。

これまで、「財政健全化しないと金利が上がる」と唱えた側は、その裏表の関係で、「財政健全化すれば金利はそれほど上がらない」ことを意図していた。

「『財政健全化しないと金利が上がる』というのは狼少年」というのは誤りで、「曲がりなりにも財政健全化を進めたから、(その必要性を唱える側が言った通り)金利はそれほど上がらなかった」のである。もし、財政健全化を度外視して財政出動を実際よりもっと行っていれば、今のように低金利にはならなかったといえる。

要するに、財政健全化を進めたから金利は上がらなかったのである。

その証左に、反緊縮財政を唱える側は、「わが国での2010年代の緊縮財政が、世の中を悪くした」と、これまでの財政政策が財政健全化を重視していたことを認めている。ちなみに、わが国での2010年代の財政政策を「緊縮財政」というなら欧州では笑いものになるだろう。未曽有の規模に政府債務を膨らませたのだから。

現に、201212月に第2次安倍晋三内閣が成立して以降、財政出動を(景気拡張期だったのだが)みごとに毎年実施していることが、表からもわかる。

第2次安倍内閣以降の財政出動

年月

対策名

事業規模

2013年1月

日本経済再生に向けた緊急経済対策

20.2兆円程度

2013年12月

好循環実現のための経済対策

18.6兆円程度

2014年12月

地方への好循環拡大に向けた緊急経済対策

16.0兆円程度

2015年11月

一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策

 

2016年8月

未来への投資を実現する経済対策

28.1兆円程度

2017年12月

新しい経済政策パッケージ

 

2018年12月

防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策

 

2019年12月

安心と成長の未来を拓く総合経済対策

26.0兆円程度

2020年4月

新型コロナウイルス感染症緊急経済対策

95.2兆円程度

(注)事業規模が記されたものが経済対策に含まれる
出典:内閣府資料、土居丈朗『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社

財政出動を求める声の背景には、財政支出を増やせばGDPが増えるという理屈がある。ケインズ経済学での財政支出乗数を根拠としている。

もちろん、伝統的ケインズ経済学でも、国債増発で賄った財政支出は、クラウディングアウト効果でそのGDPを増やす効果が減殺されることを認めている。ただ、これまでわが国では金利が上がらなかったことから、クラウディングアウト効果はほぼ生じないため財政支出乗数は大きい、と踏んでいるようだ。

果たして、財政出動でGDPを操ることはできるのだろうか。

経済学界には、大別すれば、財政出動でGDPが増えるとする論と、さほど増えないとする論の2つがある。それぞれの論には、当然ながらその結論が成り立つための前提条件がある。だから、結論だけみて頭ごなしに自らの意に沿わないからその論は丸ごと誤りと判断するのは間違っている。

むしろ、前提条件がより現実的かどうかを見極めることが重要で、その前提条件と結論はセットで吟味すべきである。前提条件を無視して結論だけ都合よくつまみ食いするのは、経済学の理論においては以ての外である。

確かに、金利が上がりにくい経済情勢(例えば、「流動性の罠」(金融緩和により金利が一定水準以下に低下した状況下では、通常の金融政策が効力を失うこと))の下では、財政政策によってGDPがより大きく増加するとの結論を得ている分析はままある。しかし、この結論は金利が上がりにくいという前提条件があってのことである。いつでもどこでも財政出動すればGDPが増えるとの結論を経済学の理論で得ているわけではない。

ましてや、経済学の理論で、財政政策でGDPを政策当局の意のままに操れると主張したいわけではない。

財政出動の支持者は、国債で財源を賄った財政政策でGDPが増やせると頑なに信じている。GDPの定義に従えば、GDPの需要項目(支出面)からみれば、その構成要素として政府消費(政府最終消費支出)と公共投資(公的固定資本形成)が含まるから、それらを増やせば増やした分ぐらいはGDPが増える(ただ、それだけでは政府支出乗数(政府支出の変化がGDPに与える影響)は1にすぎない)。

ただ、前述のようにわが国では国債の増発を抑えてきたから、金利上昇が抑えられてきた。ところが、国債の増発を伴う財政支出を行えば、金利が上がりにくい経済情勢という前提条件が崩れる可能性がある。そうなると、財政出動によるGDPの増加は小さくなる。別の言い方をすれば、国債増発をしても金利は絶対に上がらないという自信はどこから来ているのだろうか。

GDPの需要項目に含まれない政府支出もある。それは、政府から家計や企業に直接的に給付などをする移転支出である。政府が支出しただけでは、お金を右から左に流しているだけで、付加価値を産み出さないものを指す。だから、そうした政府支出を増やしても直ちにGDPの増加にはつながらない。

もちろん、政府からの移転支出を受け取った家計や企業が、それを元手に消費や投資をすれば、GDPが増えることはありうる。

ただ、政府債務残高が未曽有の規模となって、どんな形で将来に財政負担が及ぶかわからないという認識が家計や企業にあれば、給付などを受け取っても消費や投資を直ちに増やす行動が起きないおそれがある。そうなると、給付などの移転支出を増やしても、GDPはさほど増えないことになる。

このように、財政出動すれば絶対にGDPが増えるというほど、政府がGDPを意のままに操れるわけではない。政策を講じる上では謙虚さが必要だ。

土居 丈朗/Takero Doi

土居 丈朗

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 税制
  • 地方財政
  • 財政の持続可能性
  • 社会保障
  • 公共選択論

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット