<新型コロナ問題と税・社会保障>その10 安倍政権後を考える

写真提供:GettyImages

<新型コロナ問題と税・社会保障>その10 安倍政権後を考える

8月28日に安倍総理が健康上の理由から辞任を表明した。7年8か月続いた第二次安倍政権とアベノミクスのあっけない終わりだった。しかし、コロナ禍との戦いは終わったわけではない。次期政権の喫緊の課題はコロナ禍との長期戦にどのように向き合うかだろう。そもそも、今回の新型コロナの感染拡大において政府は初動を誤ったように思われる。学校の休業、外出・営業の自粛など一時的に経済活動を抑え、人々の接触を「8割削減」すればコロナは自ずと収束すると考えていたのではないか?いわば、「短期決戦」を志向していた。であればこそ保健所や医療機関等は連携やデジタル化の遅れを含め、現行の体制のまま感染者の追跡、隔離・治療に努めてきた。しかし、コロナ禍は波こそあれ、第二波・第三波と、これからも続くだろう。であればこそ、医療提供体制や経済活動の在り方自体を見直さない限り、現場は疲弊してコロナとの持久戦には耐えられない。我が国の危機はコロナ禍だけではない。コロナ禍を「いまそこにある危機」とすれば、人口の減少・高齢化は「これからの危機」である。ポスト安倍政権は来年秋までに予定されている衆議院議員総選挙までの暫定政権であるとしてもこれらの危機への対処が求められる。本稿では財政の視点からポスト安倍政権が取り組むべき課題を3点取り上げたい。 

其の1:いまの危機を未来志向で

未曾有のコロナ禍に対して、政府は総額57兆円に上る第一次・第二次補正予算を打ち出してきた。その中には国民への一律10万円の支給、事業者への持続化給付金、観光促進策(Go Toキャンペーン事業)等が含まれる。財源が国債によって賄われた結果、国の歳出は既に160兆円、基礎的財政収支(プライマリーバランス)は赤字が66兆円に達した。経済のV字回復を促す観点から大規模な財政出動が強く求められているとはいえ、「規模」が優先される余り、財政規律の「タガ」も外れたようにも思われる。第二次補正予算においては予備費として10兆円が計上された。コロナ禍の第二波への対応もあろうが、立法機関のチェック機能が働き難く、「財政民主主義」に適わない。予備費の消化ありきとなれば、無駄な支出の温床にもなる。本来、財政拡大は財政規律の弛緩を意味しない。規模の適正と合わせて、例えば持続化給付金であれば雇用の維持ができているかなど、使途の効果も検証されなければならない。

とはいえ規模ありきになる背景にはケインズ経済学でいう「穴を掘って埋める」類の公共事業への信仰があるのかもしれない。一見無駄に思われる事業であっても所得や雇用を生み出せば需要を喚起できるというわけだ。(日本人好みの「奇策」のようでもある。)カネが経済に回るなら一律10万円でも高額な委託費でも構わない。しかし、ここで欠けているのは未来への視点だ。欧州諸国では経済のデジタル化やグリーン化を見据え、財政出動をこれらの分野に重点化させてきた。今日の需要喚起に留まらず、将来の経済の成長力の向上や地球温暖化対策に繋げる狙いがある。対照的に我が国の財政政策は近視眼が過ぎるのではないか。デジタル(オンライン)化の遅れなどコロナ禍で顕在化した課題も多い。国民への「一律10万円」の支給に係る混乱にしてもマイナポータルを用いたオンライン申請自体に欠陥があるのではなく、平時からオンライン申請を活用してこなかった国民や自治体等の「不慣れ」が問題の根本といえる。テレワークや遠隔授業、オンライン診療とコロナ以前から経済・行政のデジタル化は求められてきた。これが遅々として進まなかった結果、韓国や台湾などにもコロナ対策で遅れを取ることに繋がった。この「周回遅れ」を挽回すべく、オンライン診療、テレワークを更に普及させるための環境整備を進める[1]。問われるのは経済・行政のデジタル化は進めるべきか否かではなく、どのように進めるかである。この際、ボトルネックとなる商慣行や規制を見直す。中小・零細企業については、そのデジタル投資を促すよう補助金や政策減税を行う。将来に向けたワイズスペンディング(賢明な投資)が今こそ求められている。

図表:需要と供給

(出所)筆者作成

其の2:地方との関係の再構築

従前、我が国における国と自治体の関係は「集権的分散システム」とも揶揄されてきたが、国が政策を企画、補助金・交付税など財源を手当てする一方、政策の実施は地方自治体(以下、自治体)に委ねてきた。結果、今回のコロナ禍は政策の立案とこれを実践する現場との乖離、つまり、国と地方自治体との関係に係る課題を露呈させた。例えば、政府(国)は学校の休業や国民への「一律10万円(特別定額給付金)」を決定したものの、現場はこれらに準備できていなかった。給付金のオンライン申請は混乱、都市部自治体等では郵送(紙ベース)での申請に時間が要することが明らかになった。また、事業者の自粛を巡っても国と自治体の間で対立する局面があった。国は休業に対する損失補填に否定的な立場だった。他方、業界団体は「自粛を要請するのであれば補償とセット」を要望していた。政府の方針と現場の実態の乖離を埋める形で、自治体ごとに金額・基準の異なる協力金が創られた。東京都の協力金は50 万円(2事業所以上で休業の場合100 万円)となる。他方、東京都の近隣であっても神奈川県や千葉県は最大30万円に留まる。同じ経済圏(経済活動の範囲)に属するにも関わらず、行政区域上の立地の違いから協力金に差異があるのは(特に業種や規模が同じ)事業者にとって不公平といえよう。本来、東京都及び近隣県など経済圏を一とする自治体が広域で連携、協力金に係る統一した金額・要件の基準を設けることが望ましい。本来、国が率先して対象範囲を含めガイドライン等を作成するべきだったろう。中小事業者への支援としては政府も雇用調整助成金、持続化給付金、家賃補助などを講じてきた。しかし、自治体の協力金を含めて制度が乱立気味になっている。申請窓口や資格要件等も異なり分かり難いとされている。少なくとも申請手続きを「ワンストップ」にする工夫があって良い。仮に複数の支援に応募する場合は、収入証明など既に提出済みの資料等は再提出しなくても良い「ワンスオンリー」を徹底させるべきだろう。

いずれにせよ、コロナ対策の行き詰まりについては、(休業協力金を含め)自治体ごとの取り組みの差異から「行き過ぎた」地方分権を指摘する向きがある一方、緊急事態宣言の発動に際して、知事を「中間管理職」に留める国の関与に対する批判もある。しかし、両者の対立構造は却って責任の所在を曖昧にしかねない。コロナ禍のような未経験の事態において現場に近い自治体に裁量を与えることは機動的な政策対応を可能にすることだ。その打開策に係る「優良事例」ができれば、全国展開も期待できる。他方、国の政策決定から地方自治体・現場対応まで目線と歩調を合わせなければ、コロナとの長期戦には臨めない。

其の3:持続可能な社会保障制度の構築

コロナ禍に続く危機は人口減少と高齢化だ。201910月に消費税が10%に引き上げられた。既に景気が後退局面にあり、こうした増税には景気を一層悪化させる「原因」といった批判も少なくない。しかし、消費税の増税は人口の高齢化に伴う社会保障費の増加という問題の「結果」である。仮に消費税でなければ、他の財源を求めるか給付を抑制することが求められるだろう。内閣府の試算によれば、社会保障給付費は現行(2018年度)の120兆円から2040年度には190兆円まで拡大する。仮に消費税でなければ、社会保険料の引き上げに迫られよう。働き手に負担が偏る上、雇用(特に正規雇用)にも悪影響が及ぶ。同じ財源確保であれば、世代間で広く負担を分担する消費税の方が望ましい。従前、我が国において年金・医療等、社会保障は世代間の助け合いとされてきたが、これを支える勤労世代への配慮には乏しかった。今回のコロナ禍はフリーランス・非正規雇用を含め平時の社会保障の「支え手」の生活を直撃した。こうした支え手を支える視点があって然るべきだ。具体的には給付付き税額控除などとして恒久化が望まれよう。この場合、所得控除の税額控除化や給付と課税の連結(「負の所得税」)など、社会保障に留まらず個人所得税の「抜本改革」が求められる[2]

無論、医療の資源配分を含め社会保障の「適正化」が必須である。コロナ禍を契機に医療の更なる拡充を求める向きもあろうが、規模ありき=量ではなく、医療資源配分の適正化=質で対応するべきだ。コロナ禍において医療機関の間での連携は十分とは言えなかった。集中治療(ICU)病床が諸外国に比べて少ないことが指摘されるが、その一方では一般病床の人口当たりの数は世界的にも高い水準にある。医療の絶対的なキャパシティーが不足していたというよりも、その活用・配分に課題があったことは否めない。ここで医療機関の間の連携と「かかりつけ医」の役割が重要になる。我が国の医療提供体制は平時において患者が病院等を選ぶフリーアクセスを保証してきた。しかし、非常時は感染が疑われる患者が検査や治療を求めて特定の病院に殺到する事態を引き起こしかねない。本来、かかりつけ医が検査の有無の判断や必要に応じた病院の紹介といった「ゲートキーパー」の役割、及びオンラインでの診療を含めた軽症者への対応などを担うべきだろう。元々、高齢化と人口減少を見据え病床の機能分化と連携を進め、「効率的な医療提供体制」を実現することは地域医療構想として謳われてきた。感染拡大という非常時において医療提供体制の見直しを進める。医療機関の間で患者を移動させるには診療(カルテ)情報を共有していることが、検査の重複を回避する上でも有用だ。これを契機に個人が自分の病歴等の健康情報を管理することが望ましい。

社会保険料を負担する勤労世代を含めて、社会保障が真に国民の安心に繋がるためには、それが持続可能でなければならない。我が国の社会保障制度を持続可能なものにするには財源確保と効率化が必要である。併せて、その適正な規模が問われよう。例えば、現行の消費税率(10%)でもって「持続可能」な給付の水準、税率を(コロナ収束後に)15%に引き上げたときに可能な給付の水準など、消費税と給付水準の組み合わせをメニューとして国民に提示することも一案だ[3]。どの程度の社会保障が望ましいかは国民の「選択」の問題となる。

ポストコロナに向けたビジョンを

我が国は新型コロナを「何とか」凌いできた。人口あたりの死亡者数は先進国の中では断トツに低い水準に留まる。世界の中で日本が異質な理由(「ファクターX」)は定かではないが、「何とかなった」ことから、敢えて社会・経済の在り方を見直そうという機運は乏しいように思われる。「何とかなる」うちに「何とかしよう」ということにはなっていない。学校の「9月入学」には早々に反対論が噴出した。この国は変化に弱いというよりも、それを過度に恐れているようだ。しかし、コロナを凌いでコロナ以前に「原形回帰」を期することは成長の低迷とデフレが続くことにもなり、我が国にとって望ましくはない。非常時だから「拙速な改革を避ける」のではなく、デジタル化を含めたアベノミクスで徹底できなかった構造改革(第3の矢)を「断行」するべきなのである。問題は政府がポストコロナに向けた新たな「ビジョン」を示せないでいることにある。その結果、国民の多くが「よすが」(頼り)とするのは「現状維持」となってしまう。新政権はこの国のコロナ後の姿を率直に国民に語るべきだ。

 

[1]1次・第2次補正予算(総額約57兆円)に占める割合はデジタル化関係費が全体の僅か1%に留まる(日本経済新聞(2020625日))。政府はポストコロナを見据えた経済のデジタル化を謳っているが実態を伴っていない。

[2] 負の所得税等については拙稿「コロナ禍の「出口戦略」をどうするか?」(東京財団政策研究所)を参照。

[3] 所定の消費税率でもって「持続可能」な社会保障の水準は成長率等にも依存する。成長率については堅実・慎重な前提に基づき、その前提を超えて経済が拡大したときは消費税の必要税率を下げるようにする(拙稿「消費税の再増税と財政再建」東京財団政策研究所)。

佐藤主光

佐藤 主光

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 地方財政論
  • 最適課税論・税制改革
  • 社会保障(医療経済学)

研究ユニット

税・社会保障改革ユニット