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有権者の情報不足の問題にどう向き合うべきか: 日本の財政民主主義を機能させるために
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有権者の情報不足の問題にどう向き合うべきか: 日本の財政民主主義を機能させるために

April 11, 2022

R-2021-083

乏しい有権者の政治知識・情報
そもそも情報・知識が乏しいことは大きな問題なのか?
情報不足の問題への対応の方向性:財政民主主義の健全な機能のために

乏しい有権者の政治知識・情報

財政民主主義を採る日本においては、主権者である国民が、自らへの課税のあり方や税収の使い道を決める。国民やその代表の議会の大きな役割は、政府の財政膨張を監視し規律し、持続的可能な財政社会保障制度を確立していくことだ。さらに、それらを通じて「良い統治(good governance)」を実現するのが民主主義の理念系である。

しかし現実的なセッティングにおいて、国民が財政状況を正確かつ詳細にモニターし政府を規律することは難しい。それどころか近年の日本では、政府(特に財務当局)に対して与野党の議員が財政支出を求め圧力をかけるという構図がむしろ目立つ。

国民が政府に対する監視や規律機能を十全に果たす上で大きな障害となるのは情報の問題である。平均的な有権者が有する政治情報・知識の乏しさは、世界の様々な実証研究や世論調査で明らかにされてきた(Achen & Bartels 2016; Lupia 2016; Somin 2013; Delli Carpini & Keeter 1996)。乏しいだけでなく誤った情報を有している場合も多い(Kuklinski et al. 2000)。財政や社会保障問題については特に、全体像の把握に必要な情報量が多く専門性も高い。たとえば年末の自民党税制調査会にかけられる税制改正の要望一覧表は、その分厚さから「電話帳」と呼ばれてきた(2019年末からは電子化されている)。たとえ一般公開されたとしても、「電話帳」の全容を把握するのは時間的にも専門能力的にも、大半の有権者にとっては至難だ。

平均的な有権者の乏しい情報量で、果たして財政社会保障など複雑な問題につき的確な政治選択ができるのか、という問いは、民主主義の根幹に関わる。この点に関し、海外の政治学者らは「有権者の能力(voter competence)」というテーマの下、各種データや実証分析をベースに激しい論争を繰り広げてきた。近年はポピュリズムの世界的流布と絡めてこのテーマが議論されることも多い。

比較的最近では、2016年の英国のEU離脱(ブレグジット)についての国民投票の際、英国の有権者がEUEUと英国の関係について有していた情報が非常に乏しいだけでなく誤解が多かったことが、事後の世論調査結果やその分析論文などで明らかになっている(Menon et al. 2019; Carl et al. 2019)。英オックスフォード大学の実験心理学者ドロシー・ビショップ教授は、こうした結果はEU離脱を判断するための能力(competence)が英国の有権者の多くに欠けていたことを示していると指摘し、彼らが下した判断の正当性に疑義を呈している(Bishop 2019)。『利己的な遺伝子』の著書などで知られる英国の進化生物学者リチャード・ドーキング氏は、BBCのインタビューにおいて、ブレグジットについて英国大衆は「無知(ignorant)」で「誤った方向に導かれている(misled)」と主張し物議を醸した[1]

また表1は、ブレグジット決定直後に、英国居住者からGoogleに寄せられた上位5つの質問事項である。この表からも、EU離脱の国民投票に参加した英国有権者が、非常に乏しい情報しか有していなかったことが推察される。

有権者の不十分、あるいは不正確な情報や知識に基づく政治判断は尊重されるべきなのか。本稿では、日本の財政・社会保障問題の文脈の中で、有権者の情報不足の問題がどのような影響を与えうるかを、既存の論争を踏まえつつ考察し、対応の方向性を提案する。

  

1:ブレグジット決定直後の英国在住者のグーグルへの質問事項

英国在住者によりEUについてグーグルに寄せられた質問上位事項

(英国のEU離脱(ブレグジット)の国民投票結果発表直後)

1.EUを離脱するってどういうこと?

2.EUって何?

3.EUに入っている国ってどこ?

4.私たちがEUから離脱したら何が起こる?

5.EUには何カ国入っている?

出典:@Google Trends, 2016624日。筆者邦訳。

そもそも情報・知識が乏しいことは大きな問題なのか?

平均的な有権者が、多くの政策争点につき乏しい政治情報しか有していない、という点については、すでに見たように多くの世論調査や実証研究により裏付けられてきた。しかし、そのことが有権者の判断能力と、その先の「良い統治」の実現にとって大きな問題となるかについては、激しい論争がある。

ブレグジットの例で見ても、有権者の情報不足は深刻な問題のように一見思える。しかし、たとえばわれわれは、高価なパソコンや車を購入する際、それらの詳細なメカニックについて情報や知識がほとんどなくても、短時間でそれなりに適切な商品選択を行うことができる。トヨタやデルといったブランド名、店舗の販売員への質疑、信頼するサイト上での評価、周囲(特にパソコンや車に詳しい人)からの口コミなどを「手がかり(heuristics, cue)」にして、自らの情報・知識不足を補うことができるからだ。同様に政治選択でも、イデオロギー、信頼するメディアの評価、周囲(地域・職場コミュニティなど)からの口コミ、過去の実績などを「手がかり」にすれば、自らの情報不足を少なくともある程度は補えるはずだ。これが、有権者の情報不足の問題を比較的楽観的に捉える論者たちの一つの大きな論拠となっている(e.g., Lupia & McCubbins 1998; Popkin 1991)。

しかし楽観論者らが言うように、乏しい政治情報しか持たない有権者が「手がかり」の活用などにより、政治情報を十分に持つ有権者に伍する政治判断力を持つのであれば、有権者の持つ政治情報量の多寡は、有権者の政治嗜好や投票行動に影響を与えないはずである。しかし実証分析の結果によれば、情報量が豊富な有権者とそうでない有権者との間で、政治嗜好や投票行動は有意かつ大きく異なる(Carpini & Keeter 1996; Bartels 1996)。日本における政治的知識と投票行動についての数少ない実証研究の結果も、有権者の知識量が投票行動に影響を与えることを示している(今井 2008)。政治的知識量が少ない有権者ほど自民党に投票する確率が高く、また、有権者の保有する政治的知識量が投票行動の各種要因に影響を与えることが明らかにされている。

おそらく実態は、楽観論と悲観論の中間にある。有権者の政治情報量の乏しさの問題は、「手がかり」などの活用によりある程度はカバーできるとしても、やはり有権者の政治選択や嗜好に与える影響は大きいのである。特に財政社会保障問題については、①実態の把握や将来の見通しに膨大な情報量や専門知識が必要なこと、②財政民主主義の下で他の政策課題と比しも有権者に大きな役割が期待されていること、などから、「有権者の情報不足」の問題への対応は非常に重要となる。 

情報不足の問題への対応の方向性:財政民主主義の健全な機能のために

財政民主主義を採る日本において、有権者の判断は、財政社会保障制度のあり方に究極的な決定権を持つ。しかし不十分あるいは不正確な情報に基づく判断は、国全体だけでなく有権者自身にとってもマイナスとなりかねない。では、「有権者の情報不足」にどう対応すべきか。ここでは、考えうる対応の方向性を簡単に頭出ししておきたい。

まずすべての前提として必須なのは、政府による財政関連情報の徹底的な開示である。ただそれだけでは有権者に十分な情報は行き渡らない。有権者は本業がありそれぞれ忙しいため、財政や社会保障のデータをダウンロードして分析し、それを政治判断につなげる人はそうはいない[2]。自民党税調の「電話帳」をHPで公開しても、熟読するのはおそらく税の専門家(それもそのごく一部)くらいだろう。

忙しい有権者たちの間に政治情報を流通させるには、彼らの情報収集・分析コストを削減することが有益だ。そのためには、政府の情報をわかりやすく簡略に有権者に伝える媒介的な役割が重要となる。先ほどのターミノロジーを使えば、これは(有権者にとって)安価な「手がかり」の提供でもある。日本政府が開示する情報の質量はここ20年ほどで大きく進歩したが、わかりやすさ、使いやすさといった面ではまだ改善の余地は大きい。媒介者だけでなく政府自身も、単に膨大なデータをHPで公開するだけでなく、わかりやすい解説や、サイト上で素人でも簡単な試算などができるようにするなどの工夫が求められる。

政治情報の媒介者としては、歴史的には新聞やテレビやラジオなどの伝統的メディアが大きな役割を果たしてきた。最近ではSNSYouTubeのインフルエンサーなどの媒介力も大きい。また、財政・社会保障問題のように複雑かつ専門性の高い問題は、単に政府の情報を有権者に伝えるだけでなく、各種の分析や解釈も必要となる。その際には、シンクタンクや研究者の役割も重要となる。OECD諸国の多くでは、独立的財政機関(Independent Fiscal Institutions)が長期経済・財政試算などを行っており、ここで大きな役割を果たしている(OECD 2013)。政府は、こうした様々な媒介者にも日常的にデータや各種情報を提供していかなければならない。

有権者の情報不足の問題をより根源的に緩和する上で必要なのは、やはり有権者の側の努力である。「良い統治」は一種の公共財であり、そのため有権者には「ただ乗り」の誘因が働く。政治選択のための情報収集に時間をかけないことは、まさに「ただ乗り」の一種だ。手間のかかる作業は他人に任せ、その結果としての「良い統治」は自分も享受するという「ただ乗り」が過度にはびこれば、財政民主主義の想定は崩れる。他方、持続的な財政社会保障のあり方につき、有権者一人一人が「自分事」として真摯に情報を集め考え判断する——このような財政民主主義が本来思い描いた姿へと近づくことができれば、情報不足の問題も自ずと緩和されるはずだ。

難しい課題であり簡単な解決策も根源的な解決策も存在しないが、ここではいくつかの方向性を指摘しておきたい。一つは、政治単位を地域など身近なレベルに小さく切り分け、そこに権限を委譲することだ。財政の問題で言えば、財源の地方委譲だ。地域コミュニティの存在は「ただ乗り」を防ぐために非常に有効とされる(e.g., Putnam et al. 1994)。身近なコミュニティの方が情報も、口コミなど安価な「手がかり」も豊富だ。二つ目は、熟議民主制など新たな意思決定メカニズムの部分的な導入だ。熟議民主制については賛否があるが、「ただ乗り」を防いだり情報不足の問題を緩和したりする上では有効な方策となりうることは、実験的な研究などで示されてきた。地域単位の意思決定との相性も良い。3つ目は、有権者自身が自分事として将来を自ら実感できるような情報の提供だ。今までの政府の見通しは「平均的な日本人」を想定したものが大半だった。しかし有権者がより身近な自分事として財政社会保障問題を考えるためには、「若者」「高齢者」「次世代」「専業主婦」「シングルマザー」など、各人の属性に応じたオーダーメイドな未来像を提示することが有益なはずである。

「有権者の情報不足」は民主主義の必然とも言える現象である。問題の完治は難しい。しかし日本における財政民主主義の適切な運営の上では、様々な試みの試行錯誤によりこの問題を緩和していく不断の努力が求められている。

 


<参考文献>

Achen, C. H. and L. M. Bartels. Democracy for Realists: Why Elections Do Not Produce Responsive Government. Princeton: Princeton University Press.

Bartels, L. M. 1996. “Uninformed Votes: Information Effects in Presidential Elections.” American Journal of Political Science. 40:194-230.

Bishop, D. 2019. “Voting in the EU Referendum: Ignorance, deceit and folly.” BishopBlog (blog). September 8, 2019. http://deevybee.blogspot.com/2019/09/voting-in-eu-referendum-ignorance.html

Carl, N., L. Richards, and A. Heath. 2019. “Leave and Remain voters’ knowledge of the EU after the referendum of 2016”. Electoral Studies, 57:90-98.

Delli Carpini, M. X. and S. Keeter. 1996. What Americans Know about Politics and Why It Matters. New Haven: Yale University Press.

Downs, A. 1957. An Economic Theory of Democracy. New York: Harper & Brothers.

今井亮祐 2008. 「政治的知識と投票行動—「条件付け効果」の分析—」.年報政治学59-1. Pp. 283-305. 日本政治学会.

Kuklinski, J. H., P. J. Quirk, J. Jerit, D. Schwieder, and R. F. Rich. 2000. “Misinformation and the Currency of Democratic Citizenship.” Journal of Politics. 62: 790-816.

Lupia, A. 2016. Uninformed: Why People Know so Little About Politics and What We can do about It. Oxford: Oxford University Press.

Lupia, A. and M. McCubbins. 1998. The Democratic Dilemma: Can Citizens Learn What They Need to Know? Cambridge: Cambridge University Press.

Menon, A., Surridge, P., Duffy, B., Katwala, S., and Ford, R. 2019. Brexit and public opinion 2019. London: The UK in a Changing Europe.

OECD 2013. Government at a Glance 2013. OECD Publishing, Paris.

Popkin, S. L. 1991. The Reasoning Voter: Communication and Persuasion in Presidential Campaigns. Chicago: The University of Chicago Press.

Putnam, R. D., R. Leonardi, and Y. R. Nanetti. 1994. Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy, Princeton: Princeton University Press.

Somin, I. 2013. Democracy and Political Ignorance. Why Smaller Government Is Smarter. Stanford: Stanford University Press.

 

[1]インタビューの映像は“Richard Dawkins: Brits have not spoken on Brexit.” BBC News. https://www.bbc.com/news/av/uk-politics-39218108

[2] 経済学者のアンソニー・ダウンズ(Downs 1957)は、政治情報を集めて得られる利益にコストが見合わないため、有権者は「合理的無知(rationally ignorant)」となるとした。

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