政策提言(研究プログラム「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革の在り方」) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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政策提言(研究プログラム「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革の在り方」)
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政策提言(研究プログラム「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革の在り方」)

March 21, 2024

R-2023-120

Ⅰ.財政再建とそのあり方についての国民意識
 1.財政再建の必要性について
 2.財政再建の手法について
Ⅱ.本プログラムの調査・分析結果から得られる政策的含意
 含意1.消費税の国民受容度を上げるための政策コミュニケーションのあり方の検討が必要
 含意2.歳出削減の規模と限界についての国民との認識の共有のあり方の検討が必要

 含意3.行政サービスからの受益を国民が実感するための方策の検討が必要
 含意4.究極的には財政社会保障についての政府—国民間の情報格差の是正が必要
Ⅲ.政策提言

Ⅰ.財政再建とそのあり方についての国民意識

1.財政再建の必要性について

中長期的な財政・社会保障制度のあり方は、今までは主に、経済財政的な持続可能性(経済的実現可能性)の観点で検討されてきた。政府や財政・経済学者らによる優れた提案もなされてきたが、政策的に採り入れられてこなかった。おそらくその最大の要因は、大規模増税などを含む財政再建策に対する政治の反発である。
日本が財政民主主義を採る以上、財政・社会保障制度のあり方は、経済財政的な持続可能性(経済的実現可能性)に加え、民主主義過程を通じ主権者である国民から受容されること(政治的実現可能性)も必要となる。
本プログラムでは、経済的実現可能性と政治的実現可能性の両立する財政・社会保障制度のあり方という観点から、経済学者と政治学者とが共同で様々な角度から検討を行ってきた。
2022年度に行った国民及び経済学者へのアンケート調査では、国民の多くが経済学者と同様、現在の日本の累積する公的債務について強い懸念を持っており、このままでは厳しい財政再建が必要となると考えていることが明らかとなった(佐藤③;加藤⑤;加藤・前田 2023参照)。国民と経済学者の多くは、今後の日本経済の成長は困難とも考えている。
一部の議員やエコノミストの間では、「自国通貨建ての国債はいくらでも発行できる(よって財政赤字は問題ない)」というMMT(現代貨幣理論)が強く支持されているが、現時点では、そのような考えは国民や経済学者の間には浸透していない。また、「経済成長なくして財政再建なし」といった、いわゆる「上げ潮派」的な考えも浸透していない。
世間では「有権者は財政バラマキを求めている」などの想定が安易になされることも多いが、本プログラムのアンケート調査結果や、過去の政治学の実証研究結果を見る限り、財政再建の必要性という方向性については、国民の受容度は高いように思われる。

2.財政再建の手法について

他方で、財政再建の手法については、国民と経済学者の意識に大きな乖離があることが、2022年度調査では明らかとなった(加藤④参照)。両者の乖離が特に大きかったのは、消費税に対する意識である。国民は消費税に対して非常にネガティブな意識を持っており、消費税増税には強く否定的だ。
2023年度の国民へのアンケート調査では、消費税など財政再建手法への国民の受容度が、情報提供のあり方や回答者の属性により変化するかなどを、実験的手法も活用して分析した(佐藤④参照)。
アンケート調査結果と分析から浮かび上がったのは、増税——特に消費税増税——に対する国民の属性を超えた「岩盤的」な反発や、財政緊縮策における増税に比した歳出削減への国民の強い嗜好などである。他方で、国民への情報の提供の仕方などによっては、消費税への反発がある程度は有意に低下することなども確認された。

Ⅱ.本プログラムの調査・分析結果から得られる政策的含意

本プログラムにおける各種の調査・分析結果から私たちがくみ取った主要な政策的含意は以下となる。 

含意1.消費税の国民受容度を上げるための政策コミュニケーションのあり方の検討が必要

財政・社会保障の持続性を確保するためには厳しい財政再建が必要——という基本的な方向性については、国民の理解は得られそうである。問題となるのはその手段、特に消費税増税についての国民の受容度である。
財政再建には様々な手段があるが、私たちは多くの経済学者と同様、社会保障などで現在の給付水準を維持したまま財政・社会保障の持続性を確保するためには、やはり消費税増税は避けられないと考える。規模的な観点に加え、財源の安定性や経済効率性や公平性の観点からも、消費税は他の財政再建手段に比べて優れた面がある。
しかし、今回の調査分析結果は、国民の間には消費税に対して強くかつ一貫した反発があることを示している。このような現状では、厳格な推計に基づき大幅な消費税増税を組み入れた財政再建策を提案したとしても、経済的実現可能性は満たしても政治的実現可能性は満たせない。
よって、財政・社会保障の持続可能性を確保するためのおそらく最も大きな政策的課題の一つは、消費税に対する国民の受容度を増すことにあると考えられる。
本プログラムの調査分析結果は、政府—国民間の政策コミュニケーションのあり方を工夫することで、そうした受容度をある程度増すことが可能であることを示唆している。
たとえば、消費税を引き上げなければ社会保険料を引き上げるとしたシナリオを提示した回答者の間では、消費税増税の賛成が有意かつ大きく(10%程度)増加した。また、消費税増税でなければ給付を削減するとしたグループでも、消費税増税の賛成は大きくなった。公務員の人件費引き下げを消費税増税の条件としたシナリオの下でも、消費税増税の賛成の割合は大きかった。
これらが政策的に示唆するのは、「受益と負担」のトレードオフなど現実的な各種制約を取り込んだ複数の政策パッケージの中から、より国民の受容度の高いパッケージを提案することで、消費税増税など国民負担への反発はある程度抑えられる可能性があるということだ。これは、財政危機後の欧州諸国が、国民に不人気とされる財政緊縮策を導入した際にも見られた動きである(Bansak et al. 2021)。
たとえば、単に消費税など各財政再建策への賛否のみ問うのではなく、複数の財政再建策の組み合わせを提示しつつ、国民とのコミュニケーションを取りながら、国民に受容されやすいものを提案することなどが考えられる。あるいは、「受益と負担」の効率的なトレードオフを組み入れた複数の将来生活シナリオの中から、国民に受容されやすいものを提案していくことなども考えられる。 

含意2.歳出削減の規模と限界についての国民との認識の共有のあり方の検討が必要

国民は、社会保障費よりも政府の無駄遣い、公務員の人件費などが財政赤字の主要因と捉えていることも、本プログラムの調査分析で一貫して見られた結果である(佐藤④;加藤④参照)。
政府の無駄使いの削減は、本当に無駄なものであれば、多くの国民にとって自らの負担を増やさずに受益を維持できる財政再建策となる。公務員の人件費削減は、行政サービスの低下をもたらす可能性はあるものの、こちらもおそらく、(公務員以外には)負担を増やさずに受益を維持できる財政再建策と捉えられている。
政府の無駄遣いの削減に反対する者はおそらくいない。よってそれらが財政赤字の主要因なのであれば、国民が消費税増税に強く反発するのもある意味当然である。他方、同じ歳出削減でも、社会保障費・医療費などの抑制・削減であれば、受益と負担とのトレードオフを熟慮した上での判断が必要となる。実際、消費税増税と給付削減との間で選択を求めた問いでは、消費税増税への反対は減少している(佐藤④参照)。
私たちも、多くの国民や経済学者と同様、政府の無駄遣いをなるべく削減する必要性があり、その余地も大きくあると考える。ただ、規模的に見て、政府の無駄遣いの削減だけでは、高齢化に伴い増加する社会保障費を手当しつつ財政再建を進めるのは非常に難しいとも考える。旧民主党下の「事業仕分け」は、国民的な熱狂は引き起こしたものの、予算削減額は目標値の13に留まった。
歳出削減については、単に総論的な賛成反対を国民に問う前に、歳出削減を行う領域の全体像とその具体的な規模とについて、いかに政府と国民とが認識を共有できるかが、重要な政策課題となる。
「事業仕分け」の苦い経験を繰り返さないためにも、厳格な試算に基づいた具体的な全体像とその規模とを国民と共有した上で、それについての国民の受容度を問うていくことが有益である。その際には、上記含意1で述べたように、国民とコミュニケーションを取りつつ、複数の「受益と負担」シナリオの中から、国民に受容されるものを提案するなどの工夫も必要となるだろう。
あるいは、増税など他の財政再建策とセットで実際に歳出削減を実施しつつ、その作業を通じて、歳出削減の規模と限界について、政府と国民が認識を共有していくような仕組みも、この政策課題の解決には有益であろう。
なお、公務員の人件費削減については、日本は、全雇用者数に占める政府の雇用者数においてOECD加盟国中最下位であり(OECD 2023)、削減の余地は非常に狭い。ただ、国民は公務員の人件費の削減については財政規模の観点以上に、政府が自らの「身を切る」コミットメントを求めている可能性があることも今回の調査では明らかになっており(佐藤④参照)、その点の留意は必要となる。 

含意3.行政サービスからの受益を国民が実感するための方策の検討が必要

2023年度のアンケート調査で明らかになったのは、国民の過半が、社会保障サービス(年金、医療、介護、子育てなど)からの受益を感じていないということである(佐藤④参照)。これは、他に比べて受益が多いと考えられる多子世帯や高齢者でもそうだった。
社会保障などの受益を国民が実感していなければ、受益と負担とのトレードオフ関係について、増税などの負担増が受容される可能性は低くなる。実際、社会保障サービスからの受益を感じていると回答した者については、増税への賛成割合は大きくなっている。
程度の差こそあれ、私たち国民は、社会保障サービスなど行政サービスから日々大きな受益を受けていることは間違いない。しかし、受益のレベルがある程度正確に国民に認識されなければ、相応の負担が国民に受容されなくなり、財政赤字は膨らむ。
行政サービスからの受益を国民が的確に実感できるような仕組みを作ることが、財政再建の実現のための重要な政策課題となる。
そのためには、行政サービスから受けた受益を具体的に「見える化」するための各種方策を進めることが有益と考えられる(佐藤①参照)。今までのように単にマクロの社会保障費を提示したり、「代表的個人(日本人)」の受益を提示したりするだけでなく、各国民が身近に感じられるように、属性などで細分化したモデルケース別に受益(と負担)をわかりやすく提示するような工夫も必要となろう。
さらには、各個人が受けた社会保障サービスの総額を毎年提示することなども、マイナンバー制度の普及や行政のデジタル化と共に、今後は安価に実現可能となると考えられる。 

含意4.究極的には財政社会保障についての政府—国民間の情報格差の是正が必要

上記含意13に基づく政策提言を以下の「Ⅲ.政策提言」で掲示するが、本プログラムの調査分析によって明らかにされた消費税増税に対する岩盤的な反発などを解消するには、おそらく不十分である。
含意13の背景にもある大きな政策課題は、財政社会保障についての有権者の情報不足だ(加藤②参照)。2022年度調査においても、財政社会保障の情報量が豊富な者ほど、経済学者の回答との乖離が有意に縮まり、消費税増税などへの受容度も増した。
政府—国民間の情報格差は、どの政策争点にも共通する課題である。中長期的な対応が必要な課題でもあるので、本稿ではこれ以上立ち入らないが、今後は、国民が財政社会保障問題を「自分事」として考えるような仕組みの導入が特に重要となると思われる。

Ⅲ.政策提言

現在、おそらく財政再建策の最大の壁となっているのは政治であり、その政治の壁を乗り越えるために究極的に求められるのは、国民による財政再建策の受容である。本プログラムの調査分析結果から得られた政策的示唆をベースに、消費税増税をはじめ財政再建策への国民の受容度を増すための方策として、以下を提言する。 

提言1:政策パッケージとしての財政再建策を国民に提案すべき
財政再建案については、歳出削減や(消費税)増税などを個別に国民に提案するのではなく、受益と負担のトレードオフ(制約)を前提に、歳出削減(とそれに伴う行政サービス低減)、社会保険料増額、増税などを効率的に組み合わせた政策パッケージとして、国民に提案すべき。
具体的なトレードオフとして考えられるのは、「社会保険料増額と消費税増税」「各種歳出削減(とそれに伴う行政サービス給付低減)と消費税増税」など。それらのトレードオフに沿った組み合わせとして政策パッケージを設定する。

提言2:複数の政策パッケージを国民に選択メニューとして示すべき
上記1.の際には、経済・財政的に実現可能な複数の政策パッケージを政策メニューとして提示した上、国会での議論や国民とのコミュニケーションなどを通じ、国民受容度のあるパッケージに絞り込んでいくなどのプロセスを採り入れるべき。
今まで財政社会保障制度は、経済財政的な持続可能性の観点を中心に検討が行われてきたが、複数の政策パッケージの選択肢を提示することなどで、国民からの受容度の観点も入れ込む。各種世論調査の実施や、行動論的な調査・分析も活用する。

提言3:「政治の無駄」の削減については、具体的な全体像及び規模を国民と共有した上で、増税策とセットで進めるべき
「政治の無駄の削減」について、その全体像と規模を厳格に試算し、政府と国民とが認識を共有した上で、増税策とセットで財政再建に取り組むべき
増税策とセットで進めることにより、増税への国民理解を得るとともに、歳出削減のみで終わらないよう留意する。全体像と規模の試算の際には、専門家を集めた委員会の設置なども検討する。
公務員の人件費削減については、消費税増税の際に自らの「身を切る覚悟」を国民に示すため、増税策とのセットでの実施を検討する。その際には、現在の日本の公務員人件費の低さや公務員のモラル低下に十分に配慮し、時限的かつ限定的なものとする。 

提言4:行政サービスからの国民の受益の「見える化」を進めるべき
デジタルガバメントやマイナンバー制度を活用し、社会保障サービスなど行政サービスによる受益を、受益者である国民がタイムリーに実感できるよう「見える化」する。


<本プログラムにおいて発出したReview

佐藤主光① 2022受益と負担の見える化:財政再建のシナリオ分析」東京財団Review.
佐藤主光② 2022財政再建は何故進まないのか?再考」東京財団Review.
佐藤主光③ 2023『経済学者を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』結果」東京財団Review.
佐藤主光④ 20242023年『日本経済と財政に関する国民調査』の結果について」東京財団Review.
大竹文雄 2023インフレ率を超える賃金上昇があれば労働意欲が高まるのか?」東京財団Review.
加藤創太① 2022求められるのは合意ではなく対立:増税・財政緊縮についての国民意識」東京財団Review.
加藤創太② 2022有権者の情報不足の問題にどう向き合うべきか:日本の財政民主主義を機能させるために」東京財団Review.
加藤創太③ 2022防衛費増額問題は政策対立軸の転換となるのか」東京財団Review.
加藤創太④ 2023財政再建策としての行政歳出削減—公務員の人件費削減など—が持つ意味」東京財団Review.
加藤創太⑤ 2023財政問題について経済学者と国民の意識はどう乖離するのか 『経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』の紹介」東京財団Review.
小林慶一郎 2023財政と金融の悪循環を反転させよ」東京財団Review.


記者懇談会開催報告ページ

【開催報告】記者懇談会「消費税の増税は国民から受け入れられるのか?


<参照文献>

Bansak, K. M. M. Bechetel, Y. Margalit. 2021. “Why Austerity? The Mass Politics of a Contested Policy.” American Political Science Review. 115-2: Pp. 486-505.
加藤創太・前田幸男 2023.「経済教室 財政・社会保障制度改革の視点:消費税増税前に歳出削減を」日本経済新聞朝刊4月3日。
OECD 2023. Government at a Glance 2023. OECD Publishing.

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