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防衛費増額問題は政策対立軸の転換となるのか
画像提供:共同通信

防衛費増額問題は政策対立軸の転換となるのか

December 26, 2022

R-2022-089

経済財政問題として扱われる防衛費増額問題
「安保から経済へ」による対立回避
第二次安倍政権における「安保から経済へ」
「経済から安保へ」の時代への転換なのか?
「受益と負担」とのトレードオフの提示を

経済財政問題として扱われる防衛費増額問題

防衛費の大幅増額を巡って、自民党内での対立と紛糾が連日報じられてきた。他方、現時点までの段階において、この問題における野党の存在感は薄い。1210日に閉会した臨時国会でも、大きな争点とはならなかった。

野党の存在感が高まらない大きな要因は、共産党など一部を除くと、防衛費の大幅増自体に主要野党は反対していないからだ。防衛費をGDP2%まで大きく引き上げることは、7月に行われた参議院選挙における自民党の公約だった。その際、日本維新の会と立憲民主党は、防衛費の大幅増には賛成の立場を示した。最大野党の立憲民主党は、メリハリのある予算編成の必要性は強調したものの、泉代表自ら、防衛費増の方向性は容認している(2022621日 日本記者クラブ)。

つまり防衛費の大幅増という大きな方向性については、自民党内も主要野党も賛成こそすれ強く反対していないのである。自民党内で紛糾しているのは、防衛費大幅増額の是非ではなくその財源の問題を巡ってであり、そのため対立と紛糾の主な舞台は、党安全保障調査会ではなく、来年度税制改正大綱を取りまとめる党税制調査会の場となった。野党が政府批判を具体的に展開できるのも、税制改正大綱に基づく税制改正法案が政府から提出される2024年以降の通常国会の場においてになるだろう[1]

このように今回の防衛費大幅増額の政策争点は、安保防衛問題というより経済財政問題として政治的に扱われており、激しい対立が生じている。他方、安保防衛問題の観点においては、与党内だけでなく与野党間でも大きな対立がないため争点化されていない。

「安保から経済へ」による対立回避

防衛費増額問題が防衛安保面ではなく経済財政面で争点化する——この一連の動きは、戦後日本政治の大きな流れからは逸脱しており、ある種画期的でさえある。

1955年から40年近く続いた「55年体制」(升味 1964)では、憲法・安保問題が最大のイデオロギー対立軸であり、自民党と日本社会党(当時)とが激しく左右で対立した。両者の対立が頂点に達したのは、岸信介政権下での「60年安保闘争」である。新安保条約の成立を巡って国家は二分され、全国で数百万人規模の反対派がデモ隊に参加した。岸政権の内閣支持率は、政権末期には時事世論調査で16.8%にまで落ち込んでいる(逢坂 2017)。

他方、「55年体制」以降、経済問題(特にマクロ経済政策)において与野党間が激しく対立したケースは、そう多くはない。岸政権によって国論が二分された状態で成立した池田勇人政権は、「安保から経済へ」を唱えて経済問題に国民の関心を向けることで国民間や与野党間の対立を大幅に緩和し、高い内閣支持率を保持し続けた。

なぜ安保問題では対立が生じやすく、経済問題では協調がしやすいのだろうか。

憲法9条問題が典型例だが、憲法・安保問題のような左右のイデオロギー対立の争点は、お互いの妥協点を探るのは難しい。つまり「取るか取られるか」のゼロサムゲーム的な状況となりがちだ。

これに対して経済問題は、経済成長や所得増自体に異を唱える者は少ない上、成長の果実の分配(あるいはバラマキ)などを通じたプラスサムゲーム的な協調の余地も広い。野党側から見れば、経済問題については有権者にアピールできる対立軸を構築しづらい。池田政権が掲げた「所得倍増計画」に対して、当時の社会党は「4年後に国民所得を15倍にする」といった「長期政治経済計画」などで対抗しようとしたという(鈴木 2019; 伊藤 1985)。これでは池田政権への支持が高まったのも無理はない。

第二次安倍政権における「安保から経済へ」

池田政権後、経済や安全保障の情勢は大きく変わってきた。「55年体制」において自民党と対立した社会党(現社民党)は、村山政権において憲法・安保問題についてのスタンスを現実路線へと転じ、議席数も大きく減らしていった。リベラル勢力の減退により、安保面での対立は以前ほど尖鋭ではなくなっている。

経済面では、池田政権以降の高度経済成長期から1973年のオイルショック後の安定成長期を経て、90年代初めから低成長期、マイナス成長期へと入った。1955年〜1973年にかけては税収が年平均で15%以上伸びたのに対し、1990年以降は全体としてほぼ横ばいである(ただしここ数年は消費税率の引き上げ効果などで伸びている)。一方で政府歳出は、少子高齢化に伴う社会保障関係費の増加などから、右肩上がりで伸びている。

このような状況では、本来は経済面でも安保面と同様、ゼロサムゲーム的な対立と奪い合いが行われてもおかしくない。経済政策を通じた各所への果実の分配(あるいはバラマキ)は、成長が止まって成長の果実が増えなくなれば、果実の奪い合い、あるいは負担の押し付け合いに転じる可能性があるからだ。

しかしタカ派的な安保政策での対立と、膨張的な経済政策での宥和という構図は、ごく最近まで維持されてきたように思われる。その典型が、第二次安倍晋三政権だ。2015年に成立した安全保障関連法の成立を巡っては、与野党間が激しく対立し、60年安保以来の規模のデモ隊が国会周辺に集結した。国論も割れ、安倍政権の内閣支持率は40%を切り、第二次政権下で支持率を不支持率が初めて上回った(時事世論調査)。

その安全保障関連法が20159月に成立した後、当時の自民党幹部がしきりに口にしたのはやはり「安保から経済へ」なのである。岸政権後の池田政権について言及する幹部もいた。たとえば201598日の会見において、当時の谷垣禎一自民党幹事長は以下のように述べている。

 「安全保障関連というのは戦後日本では左右のイデオロギー対立がある意味では際立つ典型的な局面なので、これを終えた後は国民が共通して追求できるような目標というか、そういうところに焦点を当てていくということが必要ではないか。安倍総理もこのところあちこちで『経済対策等頑張らなければいかん』ということをおっしゃっております」[2] 

そして第二次安倍政権は再びアベノミクス、すなわち膨張的な財政金融政策に重点を移し、内閣支持率は回復した。まさに「安保から経済へ」であり、岸政権から池田政権への転換が同じ政権内で実施されたとも言えよう。ただ、池田政権下と異なり、第二次安倍政権下では成長の余地は非常に限られていた。そのため安倍政権下では、膨張的な財政政策は、主に国債など借金でまかなわれることとなった。

「経済から安保へ」の時代への転換なのか?

今回の防衛費増額を巡る紛糾は、2つの面で戦後日本の政策対立の構図から逸脱している。1つは、防衛費大幅増、つまりは軍備増強について、与党と主要野党との間に大きなイデオロギー対立が見られないこと。その背景には世論がある。各メディアの世論調査結果では、防衛費の大幅増に賛成する回答者が多い。

たとえばNHKの月次世論調査結果を見ると、与党内の紛糾が連日報道された直近の12月でも、防衛費を43兆円まで引き上げる政府の方針に51%が賛成し、反対は36%である。この数字は参院選のあたりから、各社の世論調査で概ね似たようなレベルで推移している[3]。また、関連する安保問題を見ても、安全保障関連3文書に記された「反撃能力の保有」の是非についても、55%が賛同し31%の反対を大きく上回っている。

もう1つは、防衛費増額について、防衛費増額の財源という経済財政面において、与党内で激しい対立が生じ、今後は与野党間の激しい対立も予想されることである。この背景にも世論がある。たとえば10月のNHKの月次世論調査結果では、防衛費の財源について「他の予算を削る」が61%、「国債の発行」が19%、「増税」が16%であり、増税は非常に不人気である。これらの数字を見る限り、防衛予算の大幅増加自体には賛成であっても、増税によって財源を確保するくらいなら反対に転じる回答者も少なからず存在しそうである。

ただこれらをもって55年体制以来の政策対立軸が転換しつつあると結論づけるのは拙速である。1つ目の、安保問題において与野党間の対立が見られないことについては、おそらく時期的な特殊要因が大きく効いている。つまり、ロシアのウクライナ侵攻や、中国における習近平独裁体制の強化が大々的に報じられる時期であったため、世論の大勢がタカ派的な政策を支持し、それに野党が追随した面はあるだろう。今後、この状態が持続するかはまだわからない。

2つ目の経済面での対立は、岸田政権が、防衛費増額の問題(受益)を財源の問題(負担)とリンクさせる形で提起したことが大きな要因として効いている。こうした「受益と負担」のリンク付けがなければ、世論や与党内保守派の後押しを受けた防衛費の大幅増は、与党内でも与野党間でも大した対立なく通ったであろう。今回は、防衛費増強による国防力拡大という国民全体への「受益」とセットで、そのための「負担」を国民間でどう分配するか、という点が議題設定されたため、「負担の分配」を巡る激しい対立が生じたと考えられる。

「受益と負担」とのトレードオフの提示を

池田政権以降の政権は、「受益と負担」とのトレードオフを国民に正面から問うことなく、膨張的な経済政策を実施してきた。税収が毎年大きく伸びている間は、負担の多くを成長による果実でまかなうことができたため、「負担の分配」の問題に深く立ち入ることなしに、「受益の分配」を行うことが比較的容易だった。

しかし低成長、マイナス成長の時代においては、膨張的な財政政策による「受益の分配」は、成長の果実以外の「負担の分配」によってまかなわれなければならない。すでに述べたように、安保問題だけでなく経済問題でも、ゼロサムゲーム的な対立と奪い合い(あるいは負担の押し付け合い)が生じてもおかしくないのだ。

低成長期以降の歴代政権が、受益の強調はするものの「受益と負担」とのトレードオフを国民に真摯に問うてこなかったことを一つの要因として、公的債務が世界的に見ても膨大な規模まで膨張してきた。しかしこれは見方によっては、借金を通じて声なき将来世代に負担を分配したということもできよう。

今回の岸田政権による「受益と負担」とのトレードオフの提示は、低成長時代の政権が、いずれは通らなければならなかった道といえよう。現段階での防衛費増に対する財源を見る限り、国防力拡大という公共財を通じた受益に対する負担は、法人(法人税)、国民全般(所得税)、喫煙者(たばこ税)に分配されたと見ることができる。

しかしこれによって与党内で激しい対立が生じた。通常国会では与野党間でも激しい対立が起きるだろう。世論の大勢も増税には反発している。まさにゼロサムゲーム的な対立だ。「受益と負担」とのトレードオフを正面から国民に問う政治的コストの高さが顕わとなり、怖じ気づいた政治家も多いだろう。こうした政策立案のスタイルが今後定着するかはまだわからない。

最後になるが、「受益と負担」とのトレードオフを提示することは、必ずしも世論の反発や与野党内の対立を呼び込むばかりとは限らないことも付記しておきたい。それは主に「負担」を求める側の政策についてであり、日本での典型例が消費税問題だ。過去、消費税の導入や税率引き上げに対する世論や与野党政治家の反発は非常に強く、退陣に追い込まれた政権も少なくない。しかし、海外のデータを用いた研究ではあるが、有権者は常に増税に反発するわけではなく、政策パッケージの組み合わせのあり方や、特定分野への歳出のためであれば増税を積極的に支持する場合があることも分析されている(e.g., Bansak et al. 2021; Barnes et al. 2021)。日本では受益と負担とが切り離されてきた結果、消費税問題などでは逆に、負担ばかりが過度に強調されてきた可能性もある。

消費税問題も、消費税率引き上げの負担だけでなく、それによって得られる受益が何かをパッケージとして具体的に提示することによって、世論の反応も変わるかもしれない。われわれ「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革のあり方」研究プログラム(代表:佐藤主光研究主幹)は現在、「受益と負担」との関係によって世論がどう変化するかなどについての具体的な研究を進めており、そうした結果とその政策的インプリケーションについても今後紹介していく予定である。


<参考文献>

Bansak, K., M. B. Bechtel, and Y. Margalit. 2021. “Why Austerity? The Mass Politics of a Contested Policy.” American Political Science Review. 115-2. Pp. 486-505.

Barnes, L., J. Blumenau, and B. E. Lauderdale 2021. “Measuring Attitudes toward Public Spending Using a Multivariate Tax Summary Experiment.” American Journal of Political Science. 66-1. Pp. 205-221.

伊藤昌哉 1985.『池田勇人とその時代—生と死のドラマ』朝日文庫。

升味準之輔 1964.1955年の政治体制」『思想』4月号。

逢坂巌 2017.「支持率が如実に示す『1強』の姿」論座 RONZA614日。

鈴木宏尚 2019.「池田政権と高度経済成長」『立命館国際研究』31-5.


[1] 来年度税制改正大綱では、増税は2024年以降の適切な時期に実施するとだけ定められた。

[2] 201598日谷垣禎一幹事長記者会見(自民党HP)(https://www.jimin.jp/news/press/130364.html

[3] なお、この論考の最終準備段階の202212月下旬になって、防衛費増について賛否が拮抗する世論調査が一部で出るようになった(例 FNN12月調査)。防衛費増のための増税問題が連日メディアに取り上げられたため、「増税によって防衛費増がまかなわれるくらいなら防衛費増には反対」という立場の回答者が増えたことが、この要因としては考えられる。

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