タイプ
論考
プロジェクト
日付
2018/5/2

揺らぐ政官関係(上)官僚の自律性の確保必要

研究主幹

加藤創太

 森友・加計問題の進展や自衛隊の日報隠蔽問題の発覚により、日本政治は再び大きく混乱している。日本の政官関係のあり方が問われている。

 現状は異様である。いずれも一度は公的に「作成の記憶がない」「確認できない」「破棄した」とされた文書が後から出てきた。森友問題では組織的な文書の改ざんや口裏合わせが財務省で行われたことが判明した。加計問題では文科省や愛媛県が作成した文書(メモ)の内容、さらには文科省の前事務次官の発言を、官邸周辺の政治家や官僚が全面的に否定している。

 政府要人の発言や政府文書が信頼できなければ、有権者による政府のガバナンス(統治)など到底不可能だ。こうした異様な事態を招いた根源的な要因として挙げられるのが、官邸周辺への権力集中と官邸への官僚たちの「忖度(そんたく)」だ。加計問題の当事者だった文科省前次官や官邸主導政治の先駆者である小泉純一郎元首相も、官僚の忖度の存在を指摘する。

 官僚の異様な対応をみる限り一定の忖度などはあったように思えるが、その有無を客観的に認定するのは難しい。ただ後述のように最近の政治学が理論的に示すのは、権力が集中し情報が不完全であれば実際の忖度の有無にかかわらず、権力者は勘ぐりを払いのけられないということだ。

 そういう意味で一連の問題は、1990年代から進められてきた官邸主導、政治主導を志向した政治・行政制度改革を見直す良い機会になる。

 40年代にカール・フリードリッヒ米ハーバード大教授とハーマン・ファイナー米シカゴ大教授の間で論じられた、官僚の「政治への応答性」と「プロフェッショナル(専門家)としての自律性」のトレードオフ(相反)が現代的に問われている。日本の官僚は前者に傾きすぎて、プロフェッショナルとしての規律を忘れ、政治中枢への過度の忖度に走っているのだろうか。

 

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 90年代以降の行政制度改革は多くの成果につながっている。加計問題でも、獣医学部が半世紀以上新設されなかったのはおかしい。その状況を打破したのが、安倍政権の官邸主導である。ほかにも環太平洋経済連携協定(TPP)交渉などで、官邸主導の取り組みは時代遅れの省壁を打ち壊し既得権を解放してきた。

 しかしせっかく省壁の中から解放されたはずの既得権が、権力の所在に敏感な官僚の忖度により、新たな権力、すなわち官邸周辺に吸い寄せられるのでは意味がない。

 官邸主導を実現するうえで内閣人事局の影響力は絶大だ。他方で内閣人事局に600人もの幹部公務員のプロフェッショナルとしての力量を客観的に評価する意思や能力があるかは疑問だ。内閣人事局の影響力を通じ、官僚の「政治への応答性」の重みが「プロフェッショナルの自律性」を圧倒し、幹部官僚が官邸周辺へのご用聞き的な役回りにされている可能性がある。

 ではどうすればよいか。官邸主導の大きな方向性は捨て去るべきではない。一方で官僚には一定の自律性を与え、彼らが無節操な忖度に走ること、あるいはそう勘ぐられることを防がねばならない。

 90年代以降の政治行政制度改革には2つの重要な視点が欠けていたと筆者は考える。

 

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 一つは制度と制度、制度と日本の環境・歴史などの組み合わせについての吟味だ。

 端的な例は、議院内閣制と日本の現行の幹部人事制度の組み合わせだ。90年代の改革が志向した英国のウエストミンスターモデルでは、首相や大臣は強力な権力を握る。半面、大臣は政治顧問を任用できるが、生え抜きの幹部公務員人事への関与は自制する。これにより微妙なバランスを保ち、官僚の自律性を確保している面がある。

 他の議院内閣制の国家でも政治家による幹部公務員の人事には第三者委員会が関与するなどの制約が加えられている(表参照)。だが日本では、大臣と内閣人事局が自由に幹部人事を決定できる制度が取り入れられた。その結果、官僚の政治に対する自律性は他の議院内閣制国家と比べ制度的に強く制約されている。

 日本の労働市場や官僚の早期退職慣行も現在の幹部人事制度と組み合わさり、官僚の政治への過度の従属を招いている。日本の官僚組織の慣例では、同期と同じペースで昇進できなくなった段階で、定年を待たずに退官する。つまり内閣人事局の扱う幹部600人の候補者の多くは、次の役職を与えられなければ退官という立場にある。

 以前なら天下りポストが用意されていたが最近は非常に限られる。転職市場の流動性も低い。他国に比べ年金も恵まれない。官僚たちが官邸中枢への忖度を節操なく競い合ったり行政官にあるまじき短期視野の行動を取ったりするのもやむを得ない面がある。

 今の日本の各種制度の組み合わせは、他国にも例がないほど強大な権力を内閣人事局や大臣に与えている。第三者委員会が専門的見地から少数の候補者リストを作成し、それを内閣人事局および大臣が承認するなど、官僚の専門的な自律性が生かされる形で、政治の人事権に制約を加えるべきだ。内閣人事局が扱う幹部職の範囲についてもより上位層に絞り込む必要がある。

 また官僚の自律性と長期視野の確保のため、官僚には通常、政治家より長期の安定した雇用が保障される。ドイツのように、幹部選任に漏れた候補者を一時退職者とし、一定期間の収入を保障する仕組みの導入も考えられる。

 

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 欠けていたもう一つの視点は官僚や政治家など個のプレーヤーのインセンティブ(誘因)に着目した制度設計だ。80年代以降、世界の政治学界では、契約理論やゲーム理論を活用した不完全な情報下での政官関係についての緻密な分析手法が急速に発展した。しかし90年代以降の行政制度改革でそうした知見が取り入れられた形跡はみられない。

 例えばなぜ政治家は自ら官僚に権限を委譲し官僚の自律性を認めるのかという点について、多くの研究がなされている。その一つが、政治家が「信用のある約束」をするため、自ら進んで権限を委譲するという考え方だ。強い権力者は、自力であらゆる約束を事後的にほごにできるため、かえって信用のある約束ができず行動が制約される。

 ノーベル経済学賞受賞者のトーマス・シェリング氏は、信用のある約束をするためには権力者が自らの手を縛ることが必要と指摘した。政治の意のままに動いてくれない自律性のあるプロフェッショナルへの権限委譲は、まさに権力者が自らの手を縛り信用のある約束をする手段として活用されてきた。忖度や余計な勘ぐりを防ぐうえでも有効だ。

 だが安倍官邸は省庁幹部や日銀などの人事に積極的に介入し、自らの手を縛ることを避けてきた。官邸関連の各種委員会メンバーもしかりだ。今後は専門性や多様性の見地を重視した選考基準に基づき、官僚や第三者を任用する仕組みを入れていくべきだ。官僚側でも、省益よりプロフェッショナルの規律を尊重する人材の育成が必要となる。

 現在の異様な状況は、政官関係についての90年代以降の改革が曲がり角に来たことを示している。しかしすべてを捨て去るべきではない。制度改革は、改革前の綿密な制度設計以上に改革後の試行錯誤と微修正の方が重要となる。今回もその貴重な機会として前向きにとらえるべきだ。

2018年4月19日『日本経済新聞』「経済教室」より転載

◆英語版はこちら→ Balancing Political Leadership and Bureaucratic Autonomy: Scandals Highlight the Need for a Correction


研究分野・主な関心領域 比較政治経済/政治学方法論/世論と経済政策

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