コロナ・ショック下の金融と経済(第3回) コロナ・ショックと潜在成長率

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コロナ・ショック下の金融と経済(第3回) コロナ・ショックと潜在成長率

景気は最悪期を脱したが正常化は遠い

新型コロナ感染症対策としての外出自粛や休業要請の結果、この春の日本経済は大きな落ち込みを経験したが、どうやら最悪期は脱したようである。消費活動指数(旅行収支調整済)の前月比は3月-6.8%、4月-9.3%と急落の後、緊急事態宣言が段階的に解除されていった5月には+1.3%となった。6月は営業再開が進んだことに加え、国民1人当たり10万円の定額給付金の支給もかなり進捗したため(これらにペントアップ需要、今風に言えばリベンジ消費が加わって)、より明確な消費のリバウンドが実現したとみられる。海外景気悪化の影響がラグを置いて表れる輸出や生産も、鉱工業生産の前月比でみると4月-9.8%、5月-8.9%の後、6月には何とか下げ止まり、その後は上向きに転じそうである。このため、ESPフォーキャスト調査でみた民間調査機関の経済予測では、4~6月の実質GDP成長率が年率-23.5%の急落となった後、7~9月は年率+9.4%の予想となっている。そうなると、「アベノミクス景気」のピークは一昨年10月頃だったとみられるが、景気後退のボトムはこの5月頃だった可能性も十分に考えられる[1]

このように、コロナ・ショック初期の日本経済は急激な落ち込みの後、比較的速やかなリバウンドを経験するとみられるが、そのままV字回復に向かうとは想定し難い。恐らく、一時的な急回復局面を過ぎると回復のスピードは大きく鈍化するのではないか。と言うのも、日本ではコロナ・ショック直後の失業率は殆ど上昇しなかったが、これは営業自粛等で急増した休業者が統計上失業にカウントされないためである[2]。今後は休業者の一部が失業に転じて行くにつれ、失業率が徐々に上昇することが予想される。この夏のボーナスが示すように、賃金も減少傾向に向かうだろう。日銀短観からみる限り、設備投資がリーマン・ショック後のように落ち込むとは思えないが、設備投資調整が本格化するのはこれからだ。これらに加え、やはり気掛かりなのはコロナの感染状況である。新興国や米国で感染増加が止まらないことは、世界景気の回復スピードにブレーキを掛けるだろうし、このところの大都市圏を中心とする国内感染者の増加は、再度の緊急事態宣言といった事態に至らないとしても、個人消費の足取りに影を落とすことは避けられない。

この結果、先のESPフォーキャスト調査によると、殆どの予測機関が大規模な感染第二波を想定していないにもかかわらず、現在の予測最終期となる21年度末の実質GDPの水準はコロナ前のピークだった昨年7~9月(10~12月は消費増税の影響等からマイナス成長だった)を3%弱下回る予想となっている。常識的には、日本のGDPがコロナ前の水準を取り戻すのは23年度以降になるから、これを「正常化」と呼ぶならば、それはまだまだ先ということになる。

潜在成長率という要因

しかし、コロナ・ショックという基本的には一時的な要因によるマイナス成長を取り戻すのに何年も掛かるということは、問題が需要不足だけではないことを示唆している。実際、日本経済はリーマン・ショックの際にも、ショック前のピークを越えるまで5年余りを要したが、その背後には日本経済の「実力」とも言える潜在成長率の低下が大きく影響していた。また、アベノミクスは戦後最長に近い景気拡大に恵まれ、失業率はバブル期以来の2%台前半まで低下したが、コロナ前でも実質GDPの平均成長率は1%未満に止まっていた(だからこそ「景気回復の実感に乏しい」と言われたのだ)。さほど成長していないにもかかわらず深刻な人出不足状態に達したという事実は、まさに潜在成長率の低さを示すものに他ならない(これは、アベノミクスに関して「第3の矢」=成長戦略が不十分だったという大方の評価と一致する)。

ここで潜在GDPとは、「一国がモノやサービスを生産するのに必要な生産要素(労働や資本など)を中期的に持続可能な水準で利用した時に達成されるGDP」と定義され、潜在成長率は潜在GDPの増加率を意味する。と言うのは簡単だが、実際にこの数字を推計するのは容易ではない。通常はYをGDP、Lを労働投入、Kを資本の投入として、

⊿Y=⊿TFP+α⊿L+(1-α)⊿K

という関係(αは労働分配率)から⊿TFP(全要素生産性:total factor productivity)を計算し、それを平滑化したトレンドをTFPの上昇率と見做す[3]。これに労働や資本の中期的な伸びを加えて、潜在成長率が計算される。最大の問題は、潜在成長率を正しく計測するには短期的な景気循環の影響を取り除く必要があるのだが、実際の計測値にはどうしても景気循環の影響が入りこんでしまう点にある。とくにわが国では、景気が落ち込んでも雇用がなかなか調整されないことが多い(labor hoarding)が、上の式をみると、その場合はTFPが大きく落ち込むため、潜在成長率の計測値も低下することになる。

日本では内閣府と日銀が継続的に潜在成長率の推計値を公表している。直近の推計値は内閣府が0.9%、日銀が0.13%と、1980年代には4%台だった潜在成長率が1%未満に低下している点に違いはないが、両者の乖離は近年になく開いている。これは、上記の景気循環要因から日銀の推計値が大きく低下している一方、内閣府では再推計の頻度が不十分だからだろう[4]。4~6月のGDPが大幅なマイナスになれば、これらの「計測された潜在成長率」はさらに低下する筈である。景気循環要因を除いた「長期的な実力」はもう少し高いと思われるが、それでも0.5%かもう少し程度だと筆者は考えている。いずれにしても、ここまで潜在成長率が低下すると、コロナ・ショックからの正常化に時間が掛かるのは当然である。

潜在成長率がさらに低下する可能性

このように、潜在成長率の低下が「失われた20年」、「失われた30年」などといった日本経済の長期低迷にも大きく影響してきたと考えられるが、これから心配なのはコロナ・ショックを機に潜在成長率がさらに低下する可能性がある点である。

まず第一に、コロナ・ショックへの対応は負の生産性ショックという性質を持つと考えられる。例えば、ソーシャル・ディスタンシングは飲食店の座席数の制限といった形で、対個人サービスの生産性低下につながる。それ以外でも、大人数を集めたセールなどは困難になるため、小売業の生産性にも影響する可能性が高い。ワクチンや治療薬が開発されれば、負の影響は軽減されるだろうが、非可逆的な影響がないとは思えない。また、今回のコロナ・ショックの経験と現下の米中摩擦の深刻化が重なる結果として、今後グローバル・サプライチェーンの見直しが進むことになるだろう。冷戦終了後、生産プロセスを分解して最適地で生産を行うサプライチェーンが構築されてきたことが、貿易の拡大と生産性の向上に大きく寄与してきた。逆に言えば、グローバル・サプライチェーンが縮小に向かえば、製造業の生産性に与える負の影響は軽視できないと思われる。

第二に、企業が貯蓄の積み上げを強化する可能性がある。多くの読者は、一昨年までの景気拡大期に内部留保を大きく積み上げてきた日本企業が、「アベノミクスの好循環」を期待する政治家からも、資本効率の低さを問題視する投資家からも強く批判されてきたことを記憶されているだろう。しかし、日本企業が内部留保、とりわけ手許流動性の確保を重視してきたのは、1990年代末からの金融危機の局面とリーマン・ショック時の二度にわたって、金融機関の貸し渋りやCP(コマーシャルペーパー)・社債市場の逼迫に直面して、危機時には「現金が王様(Cash is King!)」だということを学んできたからである[5]。そして、今回のコロナ・ショックにおいても、結局は手許流動性の厚い企業の強さが三度確認されることとなった。この結果、今後の景気回復局面においても、企業は設備投資や雇用・賃金を抑制して貯蓄を積み上げる姿勢をさらに強めると考えるのが自然だろう。そうなれば、資本蓄積の鈍化を通じて、潜在成長率をも押し下げることになる。

第三に、現在政府がコロナ危機への対策として行っている無利子・無担保融資や雇用調整助成金といった制度が、長い眼でみると潜在成長率の抑制要因となってしまう心配がある。確かに、本来事業内容が良好な企業が一時的なキャッシュの不足から倒産することを防ぐには、これらの施策は極めて重要である。経営ノウハウや人的資本の離散を防ぐことで、潜在成長率にもプラスに働くだろう。しかし、こうした施策を必要以上に長く続ければ、もともと将来展望を欠いたゾンビ企業を存続させて、潜在成長率の低下につながるリスクがある[6]。適切なタイミングで保護策を止めることが重要なのだが、リーマン・ショック後の経験を思い出すと、それは政治的に簡単なことではないと思われる(例えば、「モラトリアム法」などと呼ばれた金融円滑化法は時限立法だったが、2度にわたり期限が延長された)。

第四に、休校等によって教育時間が失われた影響を考慮する必要があるかも知れない。初等・中等教育の授業時間は大幅に減少してしまったが、大学教育は大部分がオンライン授業に移行したとみられるため、短期間に生産性低下が表面化するとは考えにくい。しかし、OECDの学習到達度調査(PISA)の結果などが示すように、日本の教育が優れているのは初等・中等教育だとみられる。後述する無形資産投資の重要性をも踏まえると、コロナ禍の下での教育時間の喪失が長い眼でみて生産性に悪影響を及ぼすことがないか、注意深くみていくことが必要になる。

なお、以上に挙げた4つの要因は、程度の差はあれ日本だけでなく世界全体に影響を及ぼすものである(例えば、グローバル・サプライチェーンの分断は、これまで高成長を辿ってきた新興国の成長鈍化要因となる可能性が高い)。リーマン・ショックを機に世界の潜在成長率は低下したと考えられているが、コロナ・ショックでさらに成長トレンドが低下するなら、世界経済は一段と長期停滞(secular stagnation)の色彩を強めることとなろう。最近では、低成長と低金利の罠から抜け出せないという意味でJapanificationという言葉が使われることも多くなっている。

デジタル化の遅れを取り戻すことが重要

とは言え、全てが悲観材料ばかりではない。今回のコロナ禍の経験では、テレワークやオンライン教育、医療のIT化、電子政府化などあらゆる面で日本のデジタル化の遅れが痛感された。事実、コロナ感染者数の集計がファックスで行われていることや、給付金等をオンライン申請しても自治体ではそれが手作業で処理されていることなどに、衝撃を受けたのは筆者だけでないだろう。官民を挙げてこうしたデジタル化の遅れを挽回することができれば、潜在成長率のさらなる低下を食い止めることができる筈だ。この点、テレワークやオンライン教育については、今回の経験で必要性と有用性が判明した結果、ある程度の政策的支援があれば自然に進んでいくのではないかと思う。政府としては、より強い抵抗が予想される医療のIT化や電子政府化に注力することが重要である。

この関連でもう一つ強調しておきたいのは、近年の研究で生産性向上に対する無形資産投資の役割が重視されるようになってきた点である。既にGDP統計においてもソフトウェア投資やR&Dが設備投資として計上されるようになったが、それ以外にもブランド力の向上や、知識を生み出し活用する人材の質を高めるための教育訓練投資、研究・開発等の成果を活かすための組織構築への投資の重要性が指摘されている。上記のデジタル化の遅れと表裏一体と言えるが、日本の潜在成長率低下には無形資産投資の不十分さが影響しているという研究結果もある[7]。企業がより積極的に無形資産投資を活用していくことが、潜在成長率の低下を食い止めるための重要な鍵になるものと考えられる。



[1] その場合、景気後退期間は約1年半の標準的な長さとなるが、コロナ・ショックが影響を及ぼしたのは最後の3~4ヶ月程度であり、これを「コロナ不況」と呼ぶのは難しそうである。なお、リーマン・ショック時も景気のピークはリーマン・ブラザーズ破綻の半年以上前の08年2月であり、リーマン破綻半年後の09年3月に景気はボトムを打っていた。

[2] 一方、米国の雇用統計では、休業者は一時解雇として失業にカウントされる。米国の失業率が4月に急上昇した後、5月以降予想外の低下をみせたのは、営業再開に伴って休業者が一部再雇用されたためである。

[3] このようにTFPを計算する際には、成長率と労働や資本の投入量の残差として計算されるため、「TFPは残差に過ぎない」などと言われることもある。しかし、この式を少し変形してみると、「TFPは労働生産性と資本生産性の加重平均」、まさに一国のマクロの生産性を表していることが分かる。

[4] 内閣府の推計はhttps://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/getsurei-index.html、日銀の推計はhttps://www.boj.or.jp/research/research_data/gap/index.htm/を参照。なお、最近の潜在成長率の推計に関しては、高齢者や女性の労働参加率上昇と、働き方改革の影響を含めた労働時間の短縮という労働市場の構造変化をどう捉えるか(一時的な変化かトレンドか)という問題が重要となっており、内閣府と日銀の乖離にはこの点も影響している。

[5] 拙著[2016]『金融政策の「誤解」』(慶應義塾大学出版会)の第4章では、こうした日本企業の行動様式を「学習された悲観主義」と呼び、より幅広い観点から考察している。

[6] ゾンビ企業の問題については、Caballero, Hoshi and Kashyap[2008],“Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan”, American Economic Review (https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aer.98.5.1943)を参照。本来、企業の新陳代謝は生産性の低い企業が退出し、生産性の高い企業が参入する結果、マクロの生産性向上につながる筈だが、日本ではそうなっていないという点は一橋大学の深尾教授が繰り返し指摘している。例えば、深尾京司[2012]、『「失われた20年」と日本経済』(日本経済新聞出版社)を参照。

[7] これは、日本ではIT投資を行っても、ITを活かすように企業組織を変えられないため、米国のように十分な成果が得られないという従来の研究と整合的である。また、日本企業の教育訓練投資が大幅に減少しており、他国と比較しても著しい低水準となっていることも問題点として指摘されている。これらの点に関しては、宮川努他[2016]『インタンジブルズ・エコノミー』(東京大学出版会)、諸富徹[2020]『資本主義の新しい形』(岩波書店)、ジョナサン・ハスケル他[2020]『無形資産が経済を支配する』(東洋経済新報社)などを参照。

早川 英男/Hideo Hayakawa

早川 英男

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 日本経済
  • 経済政策
  • 金融政策

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット