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ポストコロナ時代の米中関係と日本に求められる政策対応 ―グローバル・バリュー・チェーンの視点から―(上)
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ポストコロナ時代の米中関係と日本に求められる政策対応 ―グローバル・バリュー・チェーンの視点から―(上)

July 31, 2020

新型コロナウイルスの地球規模での蔓延は、都市のロックダウンや国境の閉鎖などの大混乱を招いた。それに伴う財・サービス・人・資本の国際移動の急激な収縮は、これまで我々が馴染んできたライフスタイルとそれを支える国際生産・消費ネットワークに深刻な打撃を与えた。しかし最も懸念すべきは、コロナ禍と米中関係の急速な悪化が相まって二重のショックとなり、世界経済に一層の不確実性をもたらす事態となることだ。米国元国務長官キッシンジャーの言葉を借りれば、「新型コロナウイルス(の流行)は終息するにしても、世界は以前と全く違う場所となっているだろう」[1]。いま現在、我々はまさに世界秩序の新旧交代の岐路に立っている。ここでは、モノ・ヒト・カネ・情報の流れを「価値の流れ」としてとらえるグローバル・バリュー・チェーン(Global Value Chains: GVC)の視点から、ポストコロナ時代の米中関係を中心に国際ガバナンスに関する課題を提示し、日本に求められる政策対応を検討する。

GVCとは何か。経済のグローバリゼーションは、貿易、投資、移民、情報共有、技術移転など様々な観点から考えることができる。これらはそれぞれ独自の分析軸を有するが、どれも経済のグローバリゼーションの全体像を捉えるには至らず、「群盲象を評す」ということになりかねない。これに対しGVCは、生産・消費ネットワークにおけるモノ・ヒト・カネ・情報の流れを「価値の流れ」と考え、経済のグローバリゼーションを価値の創出・移転・分配のグローバル・ゲーム[2]としてとらえるものであるため、国際ガバナンスを論じる際に有用な視座となり得る。

21世紀の国際ガバナンスにおける新たな秩序・コンセンサスの形成において、GVC上の米中関係は最も重要な決定要因となる。GVCの観点から、現在の米中対立の本質とそのインパクトを改めて考察するのは、日本のあるべき対応を考える上で極めて重要なことである。

現在進行中の米中貿易戦争は、1980年代の日米貿易摩擦とは全く次元が異なり、中間財貿易・「業務の貿易」(Trade in Tasks[3]を通じて進化してきたGVCに関与するすべての利害関係者が巻き込まれる、長期的・大規模・広範囲・多分野に及ぶ事象と言える。米中貿易戦争が勃発したのはトランプ政権だからと思われがちであるが、真実はそうではない。トランプ政権は、あくまでも米国が中国に対する堪忍袋の緒が切れるタイミングで登場したに過ぎない[4]。米中貿易戦争の本質は、GVC上の支配領域をめぐる米中間の熾烈な国益争奪戦であり、新冷戦の始まりになるかもしれない。その背後にあるのは、長年の米中間の不信・矛盾の蓄積である。GVC上の米中関係について、これまでの20年間を回顧すると、以下の三段階に分けることができよう。

表1.グローバル・バリュー・チェーン上の米中関係の三段階

段階

タイミング

GVC上の米中関係

2001年の中国のWTO加盟~2008年の世界金融危機勃発

協調>競争

2009年のオバマ政権発足~2017年のトランプ政権発足まで

競争>協調

2017年のトランプ政権発足~ポストコロナ時代へ

対立>競争>協調

第一段階:2001年の中国のWTO加盟~2008年の世界金融危機勃発

第一段階は、おおよそ2001年における中国のWTO加盟から2008年の世界金融危機勃発までの間である。その間、両国は「協調>競争」の関係にある。それは両国がGVC上に有する比較優位の補完性によって支えられている。米国は資本賦存が豊富で、GVCガバナンスに関するノウハウ・知的財産・技術を持ち、グローバルに利潤最大化を追求する野心旺盛な多国籍企業を擁する。また、米国GDP7[5]が個人消費支出であり、米国国民はとにかく貯蓄より消費を好み、世界最大かつ最強の購買力を持つ市場を作り上げた。一方、中国では、安価な労働力が無尽蔵と思われるほど存在しながら、資本と技術がともに乏しく、失業圧力は常に政権の安定を脅かす大きな懸念事項となっている。また、中国国民は教育・医療・住宅負担という三重の圧力下で消費より貯蓄を優先させる傾向にあり、その結果、中国はOECD諸国[6]と比べて遥かに高い貯蓄率を示している。

実体経済では、このような補完関係により、世界最大の先進国と途上国が「意気投合」し、21世紀初頭におけるGVC発展の大きな流れを形成した。たとえば、iPhone本体の裏に刻印された「Designed in California. Assembled in China」は象徴的な事例である。事実、AppleOEM業者である台湾系企業Foxconn一社のみで中国国内の雇用数は百万人超にのぼる[7]。また、実体経済の裏側にある資産経済でも、中国が2006年にドル建て外貨準備において、2008年には米国債の保有において世界最大となった[8]。つまり、中国の過剰貯蓄と米国の過剰消費が支えあう「Chimerica」(中米経済共同体)[9]のような鏡像関係[10]のもと、両国はGVCを通じて「蜜月期」を過ごしていた。中国は米国等からの海外資本への市場開放の見返りとして、雇用機会、資本・技術、海外市場を獲得した。対して米国の視点では、大量かつ安価な中国製品によって国民の旺盛な消費意欲は満たされ、Apple等に代表される米系多国籍企業も中国進出で莫大な利益を得つつ、GVCの完全制覇へ大きく前進した。両国とも得たいものを思う存分手に入れたのである。

第二段階:2009年のオバマ政権発足~2017年のトランプ政権発足まで

しかし、蜜月期が長く続くことはなかった。2008年の世界金融危機を境に、両国は同床異夢であることが明らかとなってきた。業務の海外アウトソーシングや海外直接投資の増加により、米国内の産業空洞化は深刻なものとなった。米国のブルーカラーは、特に製造業において、国内ではロボットと、海外では中国人労働者との競争を強いられることとなった。彼らの雇用機会が縮小し、実質賃金も長年改善されず[11]、マスコミだけではなく、学界・政界の中でも、米国人の職が大量の「Made in China」の製品に奪われたとの論調が日々強まっていた[12]

一方中国は、iPhoneの生産によって創出された付加価値の約60%が米国に取られ、自国はわずか2%未満しか得られていないこと[13]に到底満足できない。加えて中国は、国内人件費の上昇により他の途上国との競争にも晒され、やがて急進的な挙国体制での産業高度化・イノベーション促進戦略へと突き進んでいく。結果的にGVC上において米国と中国の支配領域が重なり始め、両国の対立構造が次第に鮮明になってきた。その一例が中国勢通信機器大手Huaweiである。携帯通信インフラ(基地局)の世界シェアNo.1、スマホ出荷台数の世界シェアもApple社を抜き、Samsung社と肩を並べるまでに急成長してきた。オバマ政権は中国の台頭を警戒し、「アジア・リバランス(再均衡)」と環太平洋パートナーシップ協定(TPP)政策を打ち出した。GVC上の米中関係も、次第に「協調>競争」から「競争>協調」へと移り変わっていった。

中国は、WTOなどに代表される国際ガバナンスの秩序を堅持する姿勢は崩していない。その理由の一つは、GVC上の米中関係はゼロサムゲームではなく、WIN-WINの関係にあり、「広い太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」からだ[14]。しかし、このような融和的な主張に米国が耳を傾けているようには見えない。GVCにおいて、米中両国とも受益者である一方、中国の支配領域の拡大は、米国の支配領域の縮小を意味することに他ならない。政治学者のケネス・ウォルツの言葉を借りれば、「The closer the competition, the more strongly states seek relative gains rather than absolute ones(競争は激しくなるにつれ、国は絶対的利得より相対的利得をもっと追及することとなる)[15]。結果的に、かつて自信とユーモアに満ち溢れていた超大国の米国にも焦りが見え始め、中国を真の脅威とみなすようになった。

第三段階:2017年のトランプ政権発足~ポストコロナ時代へ

脅威と思われるのはそれだけパワーがあるからだろう。GVC上における中国の台頭は特定分野に限ったことではなく、全面的かつ同時多発的なものである。米国にはGAFAGoogle, Apple, Facebook, Amazon)・中国にはBATHBaidu, Alibaba, Tencent, Huawei)、米国にはBoeing 787・中国にはCOMAC C919(大型旅客機)、米国にはUber・中国にはDiDi(配車サービス)、米国にはGPS・中国にはBeiDou(衛星測位システム)。このように同種財・サービスが競合する例は枚挙にいとまがない。世界企業番付「Fortune Global 500[16]2019年版によれば、中国企業(香港含む)は119社に達しており、米国との差はわずか2社である[17]。これまで米国は中国に「搾取」されていたと考えるドナルド・トランプが「米国を再び偉大に」とのスローガンのもと大統領に就任し、事態は一気に米中貿易戦争へ突入した。両国の関係もついに「対立>競争>協調」の第三段階に入る。「対立」顕在化の背後にある両者の矛盾は以下の四点[18]に集約することができる。

 

表2.米中対立の背後にある両者の矛盾点

 

中国

米国

1、発展途上国ステータス

WTO等の現行システムの中で途上国ステータスを堅持する

これは到底納得できず、WTO改革を強く主張する

2、知財・技術移転

「後進国の先進性」[19]と「市場を以て技術と交換する」の正当性を訴える

米国の国益を損なう「知的財産権の窃盗」と「強制的な技術移転」に当たる

3、国有企業

国有企業を主力とする国家主導の産業政策は経済発展に必要不可欠だと主張

国有企業の不透明性を批判し、あるべきは公正かつ自由な市場競争だと主張する

4、個人情報

ビッグデータの収集・蓄積・分析に対し、その管理が国家主導

ビッグデータの収集・蓄積・分析に対し、その管理が企業主導

 

両者の主張内容をみると、中国は「強国之道」であり、米国は「立国之本」である。いずれについても現時点では妥協・譲歩する余地は小さく、結果的に米中対立は、貿易・技術から金融、社会制度、国際ガバナンスの在り方までを対象とした長期戦へと展開する兆候を見せている。

これまでGVC上において繰り広げられている米中の陣取り合戦では、両国ともはっきりした戦略・戦術が見られる。米国は「米中関係を異なるシステム間での長期的な戦略競争」[20]と捉え、とりあえずの戦術として、中国国民が自国の誇りとして見るZTE(中興)とHuawei(華為)へ強烈なストレート・パンチを打ち込んだ。両社の中国語による社名の綴りを組み合わせると、偶然かもしれないが、「為中華興」(中華復興のため)とも読め、米国による制裁の格好の標的となった。一方の中国は過激な対抗策へは訴えず、「闘而不破」(闘うが破局はしない)戦略による時間稼ぎを狙って、カンフーパンダのように太極拳を演じ続けている。

では、「忍者」としての日本に出番はあるだろうか。日本はGVCに深く関与する国として、眼前の米中対立を決して対岸の火事と捨て置くべきではない。続く下編では、ポストコロナ時代において、GVCの観点から、日本が直面する難局とあるべき対応を考えてみたい。(下)に続く

 

(本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属機関の見解を示すものではありません。本稿の執筆にあたって、日本貿易振興機構・アジア経済研究所の上席主任調査研究員の猪俣哲史氏、主任調査研究員の箱崎大氏、東北大学名誉教授の安藤朝夫先生からは貴重なコメントを頂戴し、また日本語の監修もしていただき、感謝致します。)

 

[1] Henry A. Kissinger, “The Coronavirus Pandemic Will Forever Alter the World Order,” The Wall Street Journal, April 3, 2020. (https://www.wsj.com/articles/the-coronavirus-pandemic-will-forever-alter-the-world-order-11585953005)

[2] GVCに関する包括・魅力的な解説について、猪俣哲史著『グローバル・バリューチェーン―新・南北問題のまなざし』(2019年、日本経済新聞出版社)をご参照。

[3] “Trade in tasks”の和訳は「業務の貿易」とされ、貿易に体化された業務のことである。詳しくはRichard Baldwin and Frédéric Robert-Nicoudbcd (2014), “Trade-in-goods and trade-in-tasks: An integrating framework,” Journal of International Economics, 92(1), pp.51-62 (https://doi.org/10.1016/j.jinteco.2013.10.002)をご参照。

[4] Jeff Mason, “Trump: 'I am the chosen one' to take on China over trade,” Reuters Business News, August 22, 2019. (https://www.reuters.com/article/us-usa-trade-china/trump-i-am-the-chosen-one-to-take-on-china-over-trade-idUSKCN1VB27K)

[5] GDPに占める個人消費支出の割合については米国経済分析局の統計(https://www.bea.gov/data)をご参照。

[6] 貯蓄率の国際比較についてOECDデータ(https://data.oecd.org/natincome/saving-rate.htm)をご参照。

[7] Pun Ngai and Jenny Chan (2012), “Global Capital, the State, and Chinese Workers: The Foxconn Experience,” Modern China, 38(4), pp. 383–410. (https://doi.org/10.1177/0097700412447164)

[8] 米国債国別保有残高について、米国合衆国財務省の統計(https://ticdata.treasury.gov/Publish/mfhhis01.txt)をご参照。

[9] 米中間の密接な補完的経済関係を表す造語である(Ferguson Niall, “Team 'Chimerica'”,

The Washington Post, November 17, 2008.)

[10] 張南、「中国と米国の対外資金循環における鏡像関係─国際資金循環分析の視点を中心として」、『統計学』、第99号、20109月。(http://www.jsest.jp/wp-content/uploads/Toukeigaku/journal/99toukeigaku/zhang.pdf

[11] Bo Meng, Ming Ye, Shang-Jin Wei (2020), “Measuring Smile Curves in Global Value Chains,” Oxford Bulletin of Economics and Statistics. (https://doi.org/10.1111/obes.12364)

[12] 孟渤・箱﨑大、「中国からの輸入増は米国の雇用喪失につながるか――米中貿易摩擦に関する有識者との意見交換を通じて」、『IDEスクエア』、20194月。(http://hdl.handle.net/2344/00050848)

[13] Yuqing Xing and Neal Detert (2010), “How the iPhone Widens the United States Trade Deficit with the People’s Republic of China,” ADBI Working Paper, 257. (http://hdl.handle.net/11540/3845)

[14] Sangwon Yoon, “Xi Tells Kerry China and U.S. Can Both Be Pacific Powers,” Bloomberg, May 17, 2015. (https://www.bloomberg.com/news/articles/2015-05-17/xi-sees-room-for-both-china-u-s-as-powers-in-pacific-region)

[15] Kenneth N. Waltz (2001), Man, the State and War: A theoretical Analysis, Columbia University Press, New York, pp. xi.

[16] https://fortune.com/global500/

[17] ここで特筆すべきは、中国は今後超複雑化・超巨大化していくが、それは決して米国の衰退を意味するものではない。中国は著しい経済成長を遂げてきて、世界GDP16.3(2019)を占めるようになったが、米国は依然として最大の24.4%のシェアを持つ。更に重要なのは、GDPは金銭で評価したフローの概念に過ぎない。富の蓄積として形成される物的資本ストック(国連の新国富指標におけるproduced capital)、知的財産ストック(例えば世界知的所有権機関における19952020年の累積国際特許公開件数)に関して、中国はそれぞれ米国の38%2014年時点)と28%2020年現在)である。更に、世界の大学ランキングや企業のブランド価値等を見ると、中国がしばらくは米国の後塵を拝することになるだろう。国連の新国富指標(https://www.unenvironment.org/resources/report/inclusive-wealth-report-2018)、世界知的所有権機関における国際特許公開件数について(https://www.wipo.int/ipstats/en)をご参照。

[18] 中国の経済モデルへの理解に関する米中対立については、WTO一般理事会における米国駐WTO大使のDennis Sheaと中国駐WTO大使のXiangcheng Zhangとの間に行われた論争をご参照。(http://wto2.mofcom.gov.cn/article/chinaviewpoins/201807/20180702770676.shtmlhttps://docs.wto.org/dol2fe/Pages/SS/directdoc.aspx?filename=q:/WT/GC/W745.pdf

[19] 「後進国の先進性」あるいは途上国の「後発優位」について、中国の経済学者の林毅夫は次のように述べている。「経験から言うと、先進諸国と比較すれば、発展途上国は収入、技術発展レベルなどの面において、明らかに差を開けられている。こうした技術面でのギャップを利用し、技術導入の方法を通じて、発展途上国の技術変遷を加速させ、経済発展をより早く実現できる。これがいわゆる「後発優位」の主な内容である。」(林毅夫、「後発性は途上国にとってプラスかマイナスか」、2002930; https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/020930kaikaku.html

[20] 2020526日公開の米国トランプ政権による「中国に対する米国の戦略的アプローチ」と題する報告書による。(The White House, “United States Strategic Approach to the People’s Republic of China,” May 26, 2020; https://www.whitehouse.gov/articles/united-states-strategic-approach-to-the-peoples-republic-of-china/

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