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国際分業からみた中国とのディカップリングとディリスキングの意味
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国際分業からみた中国とのディカップリングとディリスキングの意味

August 3, 2023

R-2023-034

国際分業のあり方
米中貿易戦争の本質
対中ディカップリングとディリスキングの意味

国際分業のあり方

1990年代初頭、ソ連邦の崩壊をきっかけに冷戦が終結し、国際社会は一気にグローバル化に向かってきた。その後の経済グローバル化の最大な受益者はいうまでもなく中国である。長年、中国は外貨不足の国だったが、90年代に入ってから、貿易黒字は順調に拡大した。それを受けて、1996年、中国政府は経常収支に関する人民元の自由兌換を約束し、IMF8条国に移行した。2001年、中国は念願の世界貿易機関(WTO)加盟を果たした。中国にとって1990年代は経済グローバル化に向けたキャッチアップの10年だとすれば、2001~2010年の10年間は、改革・開放政策が実る黄金期だったといえる。その結果、中国のドル建て名目GDPは2010年に日本を追い抜いて世界二位になった。

中国経済が順調に発展を成し遂げた背景には、先進工業国との垂直分業から水平分業への転換に成功したことがある。国際的垂直分業とは、途上国は先進国に資源を輸出して、それによって得られた外貨を使って先進国から工業製品を輸入するというものだ。1980~1990年代、中国は先進国に石炭や木材などの資源を大量に輸出していた。

1990年代後半以降、中国に進出する外国企業から徐々に技術を習得し、中国企業の産業構造はローエンドからミドルエンドへ高度化していた。具体的には、外国企業は中国に進出し、東南沿海部に輸出製造拠点が多数設立され、産業クラスターが形成されているようにみえた。ほかの途上国と比較すれば、中国には二つの比較優位性がある。一つは裾野産業が徐々に育てられてきたことである。もう一つはコンテナ港、鉄道と高速道路からなる高度道路交通システム(ITS: Intelligent Transport Systems)が構築され、物流のデジタル化が実現したことである。世界主要コンテナ港の取扱量をみると、そのトップ10のうち、7か所は中国にある。その結果、中国は世界の工場になっていったのである。

問題は、中国は先進工業国と完全に水平分業できたかどうかにある。そこで問われるのは中国の産業技術力である。10年前、中国から海外へ輸出されるエレクトロニクス産業の製品と部品の7割は中国の地場企業によるものではなく、中国に進出している外国企業によるものであった。近年、中国輸出全体に占める外国企業の割合は徐々に低下していくが、それでも、2021年、中国の輸出に占める外国企業の寄与度は34.3%に上る。しかも、そのほとんどは高付加価値の工業製品である。

米中貿易戦争の本質

2018年、トランプ政権(当時)は中国から輸入される商品に対して、制裁関税を課した。これは米中貿易戦争の発端だが、トランプ政権の言い分は米中貿易不均衡だった。しかし、その後、米中貿易戦争はアメリカ企業の知財権が中国企業によって侵害されているとして、中興通訊(ZTE)やファーウェイ(HUAWEI)などの中国のハイテク企業に対する制裁が実施された。さらにバイデン政権になってから、中国製品に課す制裁関税の範囲がさらに拡大され、同時に中国への先端パワー半導体など、安全保障にかかわる技術や製造装置と製品の輸出が厳しく制限されようになった。

今から振り返れば、米中貿易戦争の本質は決して両国の貿易不均衡が原因ではないと思われる。国際政治学者が指摘するところによれば、米中対立は両国の覇権争いであるといわれている。経済学的な視点からみると、米中は垂直分業の段階において対立する可能性が低いが、水平分業に転換していくにつれ、経済利益と技術覇権をめぐって対立が激化することが当然と考えられる。

しかし、米中対立が激化することは双方に不利益をもたらすことになる。なぜ両者はマイナスサムゲームを展開しているのだろうか。それに関する重要な指摘として、両者は価値観を共有できないからといわれている。アメリカは民主主義の代表である。それに対して、中国は経済の自由化こそ進めているが、政治改革がほとんど行われず、とくに習近平政権になってから、報道や言論に対する統制は日増しに強化されている。このようにみれば、米中は確かに価値観をめぐって激しく対立している。

論点を整理すれば、米中貿易不均衡は今始まったことではない。トランプ政権が中国に対して制裁関税を課した理由として挙げた貿易不均衡は単なる口実であり、中国の台頭がアメリカにとって深刻な脅威とみられていたからである。これこそ米中貿易戦争の本質である。

対中ディカップリングとディリスキングの意味

習政権のもとでは、中国が民主化することはほとんど望めない。とくにロシアがウクライナに侵攻して、中国は一貫してロシアに対する非難を避けている。このことからアメリカは中国を友好国と見なすことができない。とくに強権化する中国に機微な技術や製品を輸出すれば、将来的にアメリカにとって深刻な脅威になると容易に想像される。

ここで、アメリカの対中姿勢を振り返れば、約45年前の両国の国交正常化以降、アメリカはほぼ全方位的に中国の改革・開放に協力してきた。人材育成、技術開発、金融協力、文化交流など幅広く協力がなされてきた。アメリカ政府と民間企業が中国に対して幅広く協力したのは中国経済が発展すれば、いずれ民主化するだろうと期待されていたからだった。

しかし、2010年、中国の経済規模は日本を追い抜いて世界二位になったが、政治改革はほとんど行われず、ますます強権的になっている。このことはアメリカ人にとって想定外の結果である。米中貿易戦争が勃発したあと、一部の国際政治学者は米中ディカップリングが避けられないだけでなく、米中は新冷戦に突入すると指摘している。

米中のディカップリングを完全に分断すると定義すれば、短期的にそれが不可能と判断される。しかし、そもそも米中両国にとって完全に分断するのは非現実的である。ここでいうディカップリングは国家安全保障に影響を及ぼすハイテク技術を巡る協力を断ち切ることである。この意味では、米中ディカップリングは避けられない。2023年1~5月、アメリカの輸入に占める中国の割合は15年ぶりにメキシコに抜かれ、二位になった。これは米中ディカップリングが進んだ証拠だといえるのだろう。

こうしたなかで、アメリカにとって中国の台頭は深刻な脅威となったのである。チャイナリスクを管理するため、ディリスキング(リスクの低減)が提唱されている。真新しいコンセプトのように聞こえるかもしれないが、ディカップリングが着実に進んでいるなかで、ディリスキングは中国との分断によるハードランディングを回避するための施策と言ってもいい。

中国経済は3年間のコロナ禍によって予想以上に深刻なダメージを受けた。中国国内の報道によれば、コロナ禍の3年間、約400万社の企業(そのほとんどは中小企業である)が、倒産した。中小企業は一番雇用創出に貢献するセクターであるため、中小企業の倒産は失業率の上昇を助長している。2023年上期、中国の若年層の失業率は21.3%に達した。本来、コロナ禍が終息してから、中国経済はV字型回復すると期待されていたが、実際はL字型成長になっているようだ。

中国経済が急減速するなかで、デモやストライキが増えている。習政権は社会不安に対処するため、ますます統制を強化している。このことは国際社会において中国をますます孤立させている。常識的に考えれば、中国は北朝鮮のように完全に鎖国することができないと思われるが、現実的にみると、習政権は明らかに鎖国の方向へ急に舵を切っている。習政権は三期目に突入しており、おそらく四期目、五期目と目指すと思われる。しかし、習主席が高齢になっていくにつれ、チャイナリスクはますます高まっていくと思われる。そのような中国に対するディリスキングの強化が求められているのだろう。

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