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プラットフォーマーに対する中国政府の規制強化と中国デジタルイノベーションの行方──アントグループを例に
画像提供:Getty images

プラットフォーマーに対する中国政府の規制強化と中国デジタルイノベーションの行方──アントグループを例に

January 21, 2022

R-2021-041

中国政府のプラットフォーマーに対する規制の強化
中国のデジタルイノベーションとフィンテックにおけるアントの重要性
政府のプラットフォーマー規制強化の背景
政府のアントに対する規制強化とその影響
政府のプラットフォーマー規制と中国のデジタルイノベーションの行方

中国政府のプラットフォーマーに対する規制の強化

202011月、アリババ傘下の金融子会社アントグループ(以下「アント」)の史上最大規模の新規株式公開(IPO)が直前に停止されたことは市場に衝撃を与えた。その後、中国ではプラットフォーマーに対する行政処分等が相次いだ。

プラットフォーマーに対する行政処分等の事例

2020年11

アントの上海、香港での新株公開(IPO)が直前で停止

2020年11

アリババ、テンセントを、M&Aの未届出を理由に独禁法違反で罰金処分(日本円で各約850万円)

2021年1

インターネット業者に対応すべく独禁法改正案を提示

2021年4

アリババを、業者に「二者択一」を求める行為が独禁法違反にあたるとして罰金処分(日本円で約3000億円)

2021年7

滴滴出行(Didi)をサイバーセキュリティ法、国家安全法違反の疑いで調査

2021年7

テンセントミュージックに独占権排除命令

2021年10

フードデリバリーサービスの美団に対して独禁法違反で罰金処分(日本円で約680億円)

(出所)報道等を基に筆者作成

2010年代中国のデジタル経済急発展の立役者は、インターネットを通じて利用者とサービス提供者を結び付ける役割を担うプラットフォーマーであった。スマホ決済で収集した顧客データを活用した新たなサービスの提供は、顧客に大きな利便をもたらし、社会生活を変えたといってよい。膨大な顧客のビッグデータを、人工知能によって解析する技術が急速に発展し、活用された。プラットフォーマーが中国のデジタルイノベーションの立役者だっただけに、政府の規制強化が中国のデジタル化の流れを止めることにならないか、との懸念が広がったのも無理はない。

中国のデジタルイノベーションとフィンテックにおけるアントの重要性

ここでは、中国政府によるプラットフォーマー規制強化の背景と概要、および今後のデジタルイノベーションへの影響について、アントを中心に考察する。アントは、世界で最大かつ最先端のフィンテック企業であり、同社に対する規制とその影響が極めて重要だからである。

そもそもアントはどのような会社か。アリババにとって、アントは不可欠な存在である。Eコマースのプラットフォーマーであるアリババにとって、売上拡大のネックとなったのが決済の問題であった。販売業者は代金回収の不安を抱え、消費者は代金を支払っても商品が来ない不安を抱えていた。この問題を解決したのが、2004年に登場したアリペイ(支付宝)である。アリペイは、消費者から一時的に代金を預かり、注文した商品が消費者の手元に届いた時点で販売業者に代金を支払うサービスである。アリペイによって、販売業者と消費者双方が安心して決済ができるようになり、アリババのEコマースは急拡大した。その後、アリペイは自社のEコマースの決済だけでなく、リテイル消費の様々な決済に使用されるようになった。特にスマホを使ったQRコード決済は、リテイル決済を一気に効率化させた。アリババが、2014年にアリババの金融事業を別会社化してできたのがアントである。アントは決済以外にも資産運用、融資、保険を扱う総合フィンテック企業になった。特に融資業務は、決済で得たビッグデータを活用して信用判定を行い、既存の銀行では提供できなかった層に対して消費者信用を提供した。米国のGAFAでもアントほどの金融業務は提供できていない。アントは、世界最大のフィンテック企業に成長した。

政府のプラットフォーマー規制強化の背景 

政府のプラットフォーマー規制に話を戻そう。数年前まで、中国政府は、プラットフォーマーの発展に対し、かなり寛容な姿勢を取っていた。独占禁止法が存在するにもかかわらず、プラットフォーマーには適用を控えてきた。また、アントの提供する金融サービスは、本質的には銀行の預金・貸出、保険会社の保険商品と似ていたが、政府は規制には慎重だった。

政府には、プラットフォーマーによるイノベーションは経済発展に繋がるものであり、規制をかけすぎない方がよいという考えがあったと思われる。それは、20133月の周小川中国人民銀行行長(当時)の発言に代表されている。

「私は、新興の金融業、特に科学技術が促進する金融業を一貫して支持してきた。(フィンテックが)伝統的ビジネスモデルにもたらすチャレンジは良いことだ。競争を通じて従来の産業の発展を改善し、新しい状況に適応させ、強い刺激を与えることで、彼らが時代とテクノロジーの歩みに追随するのに役立つ。監督管理面のチャレンジは客観的にみて存在するが、問題が現れたら、究明を急ぎ、監督管理制度やスタンダードを絶えずアップデートしていくことで、金融業の健全な発展を保持できる」

中国政府・共産党にとって、民間経済は自身の統治の継続に不可欠な経済発展の重要なピースであり、弊害が許容できる範囲ではその活動に寛容姿勢をとる。民間経済は、政府のそうした考えを見透かして、明らかな規制違反でない限り活発に行動する。これを神戸大学の梶谷懐教授は、「権威的な政府と活発な民間経済の『共犯関係』」[1]と表現した。

しかし、政府は、民間経済の活動による弊害が大きくなったと考えれば、これまでも後追い規制を容赦なく導入してきたのも事実である。実際、プラットフォーマーの業務のもたらす弊害やリスクが、無視できないほど大きくなったことが、今回の一連の規制強化の背景である。

202012月の中央経済工作会議は、8つの主要任務の1つにプラットフォーマーへの規制強化を挙げ、「独占禁止を強化し、資本の無秩序な拡張を防止する」とした。公正な競争の確保、個人データの保護、金融リスクの防止といった観点から全面的な規制強化が必要と判断したのである。資本の無秩序な拡張の防止という趣旨には、習近平政権が掲げる「共同富裕」の推進という考え方も関係しているとみられる。

中国人民銀行の易綱行長は、202110月の講演で、プラットフォーマーの金融業務の問題点について、以下のとおり指摘している。企業名は挙げていないが、主としてアントグループが念頭にあるといってよい。

 

①無認可での業務実施…顧客データをもとに信用状況を判断し、貸出支援の名義で金融機関と与信業務提携を行うことは、無認可の信用調査業務にあたる。

②決済業務における規則違反…顧客からの預かり金を金融資産に不正に投資したほか、決済サービスのプロセスに融資事業を内包させ、消費者に誤解を与えている。

③独占的地位を背景にした不公正取引…市場の支配的地位を獲得した後、競合相手の参入を排斥している。

④個人のプライバシーと情報安全の脅威…消費者の情報を過剰に収集し悪用している。

⑤伝統的銀行業の経営モデルや競争力の脅威…中小銀行には、自社の資源に限りがあり、ビッグテックが提供する技術や信用分析、リスク管理に頼らざるを得ず、顧客獲得力や商品競争力を弱める可能性がある。

政府のアントに対する規制強化とその影響

政府はアントに対して規制を次々に導入した。そのポイントは、①アントの業務全体を金融当局の監督下に入れること、②決済業務、融資業務、信用調査業務等の不適切な連結を分離させること、③各業務別に規制を強化し、認可を取得したうえで業務にあたらせること、の3点である。

一連の規制強化のアントの経営への影響は甚大であった。アントは、新たな規則の下、金融持株会社として金融当局の監督下に入ることになったほか、融資業務や信用調査業務について正当な認可を得ることが求められた。また、アントの融資業務の大半は、実質的にはアントがアレンジしているにもかかわらず、資金は商業銀行が拠出し、自身は融資判断に関する手数料を徴収するかたちをとってきた。規制導入により、商業銀行との共同融資スキームに関し、協力機関(アント)側に3割以上の資金拠出が求められることになった。さらに、アントの資金調達にあたって、銀行借入は純資本と同額、社債発行等は純資本の4倍までとされたため、大幅な増資が必要になった。

筆者は、アントをはじめとするプラットフォーマーへの規制が当初緩すぎたのは間違いなく、規制強化の方向性は適切だと考えている。米国でもGAFAに対する規制の議論が高まっているのと似ている。しかし、アントに対する直前での上場停止決定やその後の矢継ぎ早な規制強化には、唐突感があった。内外の企業や投資家の中国政府の規制に対する不透明感を強めたのは間違いない。規制導入のプロセスの透明性や市場とのコミュニケーションという意味で、中国政府には教訓としてほしいと思う。

その後の経緯をみると、まず、アントは20216月に全国レベルで消費者信用を行う認可を獲得した。また、同年11月、中国人民銀行は、アントが浙江省の国有企業と合弁で信用調査業務を行う会社を設立する、との申請を受理したと発表した。いずれの認可もこれまでかなり限定的にしか付与されていないものである。

当局は、完全国有化するのではないかとの声さえ聞かれていたが、そうしたかたちにはならなかった。一部に国有資本は入ったものの、アントは、取得の簡単ではない新たな免許を得て、増資も行い、業務を継続することになった。アントは当局の規制に従う意を示し、当局もアントに規制の箍をはめたうえで活動させることにしたのだ。

政府のプラットフォーマー規制と中国のデジタルイノベーションの行方

プラットフォーマーに対する規制について、20218月の共産党全面深化改革委員会は、「資本の無秩序な拡張が初歩的な効果を上げた、市場の公平な競争秩序は着実に好転している」としたうえで、「政策の透明性と予測可能性を強化なければならない」とした。中国政府は、今後もプラットフォーマー規制の整備を進めるとみられるが、市場への影響も考えながら、慎重に進めていくであろう。

それでは、一連の規制強化によって中国のイノベーションはどうなるのか。一連の規制強化でプラットフォーマーの成長が鈍化するのは避けられないとみられる。政府系シンクタンクである中国信通院の発表によれば、2021年第3四半期の中国のインターネット関連企業の投融資額は92億ドルと直近ピークの2020年第4四半期(192億ドル)から半減した。

一方で、中国のベンチャーキャピタルからは、アリババやテンセントが将来の競争相手となりうる企業を買収する行為が抑制されたため、将来の有望テック企業への投資がやりやすくなった、との話も聞かれる。また、多くのテック企業は、これまでのB to C(消費者向けサービス)だけでなく、B to B(ビジネス向けサービス)に力を入れ始めた。例えば、アントは、20216月、産業界のIoT推進に役立つものとして、ブロックチェーン高速通信網の構築を発表した。これ以外にも、製造業のIoT、電気自動車や医療業界には次々とテック企業の投資が入っていっている。民営企業家は、中国政府の動向を睨みながら、政府が推奨し、儲かる領域ではしたたかに投資している印象である。中国信通院の発表では、インターネット企業の投融資の金額は前述のとおり減少したものの、この間、案件数はむしろ増加している(2020年第4四半期540件→2021年第3四半期785件)。

「中国政府の企業への規制強化により中国のイノベーションは衰える」と短絡的に結論づけるのではなく、中国で起こっている様々な動きをしっかりフォローしていく必要があろう。また、中国企業のイノベーティブな動きから日本のビジネスが学ぶ余地も多いと思われる。

 

[1] 梶谷懐『中国経済講義-統計の信頼性から成長のゆくえまで』中公新書 2018/9/20

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