深層中国第6回「人民元国際化の可能性と課題」

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深層中国第6回「人民元国際化の可能性と課題」

R-2021-059

人民元は本当に国際化できるのか。この設問に答える前に、まず、通貨の国際化について定義を明らかにする必要がある。一般的に一国の通貨が国際化、すなわち、ハードカレンシー化するというのは諸外国の通貨と自由に交換できる条件として国際社会で信任を得ることである。 

このような文脈を踏まえれば、一国の通貨が国際社会で信任を得るには、マクロ経済のファンダメンタルズだけでなく、the rule of law(法による統治)、市場経済の自由度と透明性、政治腐敗の度合い、ガバナンスとコンプライアンスなどが総合的に判断される。

通貨国際化の意味
通貨国際化のメリット
人民元の国際化の課題

通貨国際化の意味

切口を変えれば、通貨の国際化は国際貿易や金融取引における決済通貨としてのステータスを得ているかどうかという側面と、貯蓄通貨として信任を得ているかどうかという側面がある。決済通貨について日本の国際貿易を例にみると、日本からの輸出は米ドル49.5%、円37.3%、ユーロ5.8%、人民元2.5%、オーストラリア・ドル1.2%、その他3.7%となっている[1]。それに対して、日本への輸入は、米ドル69.4%、円24.0%、ユーロ3.2%、元1.4%、スイス・フラン0.6%、その他1.4%となっている(同)。財務省のこの統計をみるかぎり、日本の国際貿易決済において米ドルが圧倒的に重要な位置を占めているといえる。同時に、日本政府は長年、円の国際化を推進した結果、円の重要性もかなり高まっているようにみえる。 

一方、貯蓄通貨についてみると、20215月末時点で、米国債の保有の上位5か国は日本12,662億ドル、中国1784億ドル、英国4,677億ドル、アイルランド3,049億ドル、ルクセンブルク2,846億ドルとなっている。参考までに、諸外国が保有する日本国債は20219月末時点で、809,932億円で日本国債全体の7.6%だった[2]。貯蓄通貨として日本円は十分に国際化しているとはいえない。

上記で示したのは日本からみた通貨の国際化の動きであるが、さらにグローバルの視点からみてみよう。国際銀行間通信協会(SWIFT)の調べによると、202112月時点で、世界主要通貨の決済額のウェートは米ドル40.51%、ユーロ36.65%、イギリスポンド5.89%、人民元2.70%、日本円2.58%となっている。わずかながら人民元による決済額のウェートは日本を上回った。これは歴史上はじめてのことといわれている。

通貨国際化のメリット

人民元を国際化することができるかどうかの議論を先に進める前に、通貨が国際化した場合のメリットを確認しておきたい。長年、日本政府は円の国際化を推進してきた。その狙いは極めてはっきりしている。国際貿易を行う日本企業にとって、米ドルよりも日本円で決済ができれば、ドル円為替レートの変動リスクをヘッジすることが可能になる。要するに、円の国際化は日本の国際貿易を促進するのが目的のようであろう。

ただし、貯蓄通貨として円の重要性を高めていくという考え方については、それほど積極的ではないようだ。先に述べたように、日本の国債が外国人によって保有されている比率は日本国債全体の7.6%しかない。日本は貯蓄率の高い国であり、国債を外国人に買ってもらう必要はそれほどないと考えられている。逆に、日本の国債が外国人にたくさん保有されると、いざというときにそれを売り込まれてしまった場合に、日本の金融システムは深刻な影響を受ける恐れがある。それについてアメリカは正反対の状況にある。アメリカは家計の貯蓄率が極端に低い国で、国債を外国人に持たせることでファイナンスすることができる。アメリカは世界一の資本輸出国であるといえる。したがって、貯蓄通貨として自国通貨を国際化するかどうかは、その国の経済構造を総合的に鑑みる必要があり、一概に良し悪しと言い切ることができない。

人民元の国際化の課題

では、ここで人民元国際化の可能性について具体的にみてみよう。日本貿易振興機構(JETRO)の調べ[3]によると、2020年中国の輸出の世界シェアは15.1%と世界一だった。2位はアメリカで8.3%だったが、中国との差は大きい。それに対して、同年の中国の輸入シェアは11.7%と世界2位だった。1位はアメリカで13.3%だった。これらの数値からも明らかなように、今や中国は世界一の貿易大国になっている。ちなみに中国の経済規模は2010年にすでに日本を追い抜いて世界2位となった。2030年頃には、アメリカを追い抜いて中国は世界一の経済大国になるとみられている。しかし、中国の通貨である人民元の地位は、中国経済の実力と比較して明らかに低い。中国政府は国際貿易を推進するうえで、為替リスクを管理するためにも、決済通貨として人民元の国際化を推進しようとしているのだろう。

問題は国際貿易がここまで順調に増加し、経済規模も拡大しているのに、人民元の国際化はなぜ遅々として進まないのかだ。前述の文脈に沿っていえば、人民元が十分に信任を得られていないことが、人民元の国際化が進まない要因といえる。 

実は、人民元の自由兌換を妨げている要因の一つめは、中国で実施されている資本規制である。前回[4]の論考でも述べたように、中国は1996年に国際通貨基金(IMF)協定8条国に移行し、経常取引について人民元の自由兌換を公約した。その後、中国の外貨準備が順調に増え、国際貿易の黒字も順調に拡大しているにもかかわらず、資本取引の自由化は実現されていない。中国で実施されている資本規制については複雑な背景がある。一つは中国政府がキャピタルフライト(資本逃避)を心配しているため、経常取引以外の外貨取引について厳しく規制していることだ。たとえば、コロナ禍前、中国人が大挙して海外旅行に出かけるとき、あるいは若者が海外に留学するときなどに、中国に居住している居住者は外貨購入を一年間5万ドルまでと制限されている。トランプ政権による中国に対する経済制裁を受けて、中国政府は外貨購入規制を一段と強化している。外貨購入制限額は縮小こそしていないが、外貨を購入するときに、銀行に提出しなければならない証明書などの書類が増え、手続きがより複雑になっているといわれている。

要するに、中国の国際収支の黒字は常態化しているが、大規模なキャピタルフライトが起きれば、たちまち外貨不足に陥るのではないかと心配されている。それはつい30年前、中国が極端に外貨不足の国だったことが、中国指導者とポリシーメイカーの記憶に新しいからであろう。

人民元の自由兌換を妨げている要因の二つめは、金融制度改革の遅れである。これまでの30年間、中国政府は金融のテクニカルなツール、たとえば、近代的な決済システムなどを整備してきたが、国有銀行の経営、とりわけ審査機能などの透明性が十分に確保されていない。特に、近年、中央銀行や金融監督部門および国有銀行などの関係者が多数逮捕されている。その理由は、規律違反や腐敗がほとんどである。結果的に、国有銀行などの金融機関のバランスシートに多額の不良債権が生まれている。これこそ中国の金融システムの脆弱性といわざるを得ない。

結論を言えば、中国は人民元の国際化を進めるならば、まず金融の国際化を進めないといけない。金融の国際化とは金融市場と金融機関がグローバルのルールを受け入れ、金融取引と金融監督の透明性が担保されなければならない。これまでの30年間、中国政府は国際金融市場からの影響を心配して、万里の長城のように厳重なファイアウォールを設置して、中国国内の金融取引は中国独自のルールに則って行われてきた。無論、海外の金融機関などの機関投資家による中国での投資については以前に比べ、いくらか自由度が拡大してきているが、中国国内の金融市場は依然として厳しく管理された市場である。これでは、仮に人民元の国際化が進む可能性があるとしても、きわめて限定的な程度に過ぎない。前回の論考でも述べたように、東アジア域内の小国を中心に人民元決済が進むと思われるが、グローバルレベルで真の意味での人民元の国際化は、短期的には考えにくいと思われる。

 

[1] 財務省「貿易取引通貨別比率」https://www.customs.go.jp/toukei/shinbun/trade-st/tuukahappyou.files/tuukar03sh.pdf(いずれも2021年下半期)

[2] 財務省「国債等の保有者別内訳」(令和3年9月末(速報))https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/breakdown.pdf

[3] 日本貿易振興機構https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/gtir/2021/no1.pdfp.12「図表Ⅰ-21 世界の国・地域別貿易(2020年)」)

[4] 深層中国第5回「ドルか円か人民元か-日米中通貨覇権争いの行方」、2022120https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3907

柯 隆(か・りゅう)/Long Ke

柯 隆(か・りゅう)

  • 主席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 開発経済
  • 中国のマクロ経済

研究プログラム

人民元の国際化とデジタル化-国際金融システムへのインプリケーション