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OECDにおける新たな科学技術イノベーション政策の検討-社会技術システムの移行に向けて
写真提供:Getty Images

OECDにおける新たな科学技術イノベーション政策の検討-社会技術システムの移行に向けて

January 26, 2023

R-2022-101

1.はじめに
2.OECDにおける新たな科学技術イノベーション政策-科学技術政策2025とその背景
3.日本における社会課題に対応するための科学技術イノベーション政策
4.社会技術システム移行に向けた日本における今後の課題

1.はじめに

経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)は、第2次世界大戦終了後にアメリカが欧州経済の再建を目的としてマーシャル・プランを実施した際に設立された、被援助国である欧州諸国側の協力体制としての欧州経済協力機構(Organisation for European Economic Co-operation:OEEC)を母体とする組織である。OEECは、当初の目的をほぼ達成すると、1960年にOEEC加盟18カ国にアメリカとカナダを加えた20カ国によりOECDに改組された。

OECDの主要な活動は、情報共有に基づく協議・協力である。OECDは、このような政策手段を活用して、様々な分野に活動を拡大していくことになる。当初は、マクロ経済政策を主たる対象としていたが、1970年代には環境、エネルギー分野での活動を開始し、その後、金融サービス、労働政策、マネーローンダリング対策、教育政策等への関与を深めていくことになった(城山2013、第5章)。

そのような中で、科学技術イノベーション政策も、OECDが対象とする主要な政策領域となる。OECDには、科学技術政策を担当する委員会として、科学技術政策委員会(Committee for Science and Technology PolicyCSTP)が置かれている。そして、関連する委員会として、デジタル経済を対象とするデジタル経済政策委員会(Committee on Digital Economy PolicyCDEP)、産業・イノベーション等を対象とする産業・イノベーション・起業委員会(Committee on Industry, Innovation and EntrepreneurshipCIIE)が設置されている。そして、CSTPの中には新興技術を対象とするバイオ・ナノ・コンバージングテクノロジー作業部会(The Working Party on Biotechnology, Nanotechnology and Converging TechnologiesBNCT)、イノベーション技術政策を対象とするイノベーション技術政策作業部会(Working Party on Innovation and Technology PolicyTIP)、指標を扱う科学技術指標専門家作業部会(The OECD Working Party of National Experts on Science and Technology IndicatorsNESTI)が置かれている。また、通常予算とは異なるPart 2予算で運営されているグローバル・サイエンス・フォーラム(Global Science ForumGSF)も置かれている。

このような枠組みの下で、OECDにおいては、従来の科学技術政策の焦点であった研究開発投資より幅広い課題、すなわち、社会技術システムの移行を梃子として科学技術イノベーション政策を利用しつつどのように進めていくのかという課題がとりあげられるようになっている。以下では、そのようなOECDにおける新たな科学技術イノベーション政策に関する検討状況について概観した上で、現在の日本の科学技術イノベーション政策の課題について考察することとしたい。

2.OECDにおける新たな科学技術イノベーション政策-科学技術政策2025とその背景

これまでに検討されてきた新たな課題としては、危機時における科学的アドバイスの課題、ミッション志向型イノベーション政策(Mission-Oriented Innovation PoliciesMOIP)の課題、技術ガバナンス(technology governance)の課題等がある(OECD 2021a、第8章)。危機時における科学的アドバイスに関しては、2018年に報告「危機時の科学的アドバイス」が公表されたが、その基礎となったのはGSFを中心に検討され、2015年に公表された「政策決定のための科学的アドバイス」という報告書であり、これを基礎に、科学コミュニティと危機管理コミュニティが連携して2018年の報告書がまとめられた(OECD 2018)。MOIPについては、2019年から日本やノルウェーといった国の事例分析を基礎に検討が進められ、2021年に総括的な報告書が公表された。そこでは、MOIPは、「社会的課題に対応するための適切に定義された目標を達成するために科学、技術、イノベーションを動員するための政策及び規制手段の調整されたパッケージ」と定義されている(OECD 2021b)。その後、2021年からは、気候変動対策におけるネットゼロの達成というミッションへの対応に焦点を当てたMOIPの各論の検討が進められている。技術ガバナンスは、技術の開発、社会への導入と運営において政治的、経済的、行政的権能を行使するプロセスであり、リスクと便益を管理するための規範やアーキテクチャーによって構成されると定義される。そして、いかにして上流段階で様々な懸念事項に対応するのかが課題であるとされる(OECD 2021a、第8章)。具体的には、BNCTにおける作業を基礎として、「脳技術(neurotechnology)の責任あるイノベーションに関する理事会勧告」が2019年に採択された。また同様の観点から、CDEPにおける作業を基礎として、「AIに関する理事会勧告」も2019年に採択されている。

そして、今後の重要なテーマとして、「トランスフォーマティブな科学技術イノベーション政策(transformative STI policy)」とも関連してくる社会技術トランジション(socio-technical transitions)、マルチレベル・パースペクティブ(multi-level perspectiveMLP)といった視座が取り上げられる(OECD 2021a、第8章)。そして、このような観点も踏まえて、「科学技術政策2025:科学、技術、イノベーションによるトランジションの実現(S&T Policy 2025: Enabling Transitions through Science, Technology and Innovation)」というプログラムが2021年から実施されている。このプログラムの基本的認識は、気候変動、資源枯渇、生物多様性減少、パンデミック、ウクライナ紛争といった様々な危機対応に向けた社会技術システムの移行を引き起こすために必要な包括的な政策手段において、科学技術イノベーション政策は重要な部分を占めるというものである。このような認識を基礎として、近隣のデジタル部局、エネルギー部局、環境部局とも連携して、様々なプログラムにおける経験を素材として、移行実現のための政策手段のプロトタイプの構築とその実験的実施を目指している。具体的には、企業、研究機関、政府、NPOの移行に向けた協力深化、移行に向けた社会の巻き込み、政府部門間の連携促進に関するパートナーシップの新たな形態の定式化、移行のためのファイナンス確保、能力構築、知識基盤の構築といった支援策の定式化が当面の焦点となっている。 

3.日本における社会課題に対応するための科学技術イノベーション政策

日本の科学技術政策においても、第4期科学技術基本計画を転機として、環境や健康の確保といった社会課題への対応が強く意識されるようになった。第5期科学技術基本計画では、ICTを最大限に活用し、サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)とを融合させた取組により、人々に豊かさをもたらす「超スマート社会」を未来社会の姿として共有し、その実現に向けた一連の取組を更に深化させつつ「Society 5.0」として強力に推進するとされた。このように第5期基本計画においては、Society 5.0が目標とする社会像として掲げられたが、これは「サイバー空間とフィジカル空間を⾼度に融合させたシステム」という手段に重点を置いたものであった。その後、第 6 期科学技術・イノベーション基本計画では、Society 5.0の内容を具体化させていく必要があるとして、国民の安全と安心を確保する持続可能で強靱な社会、⼀⼈ひとりの多様な幸せ(well-being)が実現できる社会が目標の要素として明示された。また、第6期科学技術・イノベーション基本計画においては、かつて企業活動における商品開発や生産活動に直結した行為と捉えられがちだったイノベーションという概念は、今や、経済や社会の大きな変化を創出する幅広い主体による活動と捉えられ、新たな価値の創造と社会そのものの変革を見据えた概念に進化しつつあるとして、「トランスフォーマティブ・イノベーション」という概念が強調された。

同時に、具体的プログラムの経験も蓄積されつつある(JST/CRDS 2020)。例えば、文部科学省が2013年度に開始した革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)では、産業界、学界のリーダーが中心となり、10年後の社会で想定されるニーズを検討し、そこから導き出されるあるべき社会の姿、暮らしのあり方(ビジョン)を設定し、既存の分野や組織の壁を取り払い、企業や大学だけでは実現できない革新的なイノベーションを産学連携で実現することを目指した。また、2014年度に開始された戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では、総合科学技術・イノベーション会議が府省・分野の枠を超えて自ら予算配分し、プログラムディレクター(PD)をトップダウンで任命し、関係府省等が参加する推進委員会も設置し、基礎研究から出口(実用化・事業化)までを見据えた取組を推進した。

4.社会技術システム移行に向けた日本における今後の課題

3.で見たように、日本においても一定の社会的課題・目標の明示化や、プログラム実践の蓄積は見られる。ただし、今後、社会技術システム移行を実効的に進めていくに際しては、以下の3つの大きな課題があるように思われる。

1に、社会的課題の粒度をどうするのか、どのように設定していくのかという課題がある。日本においては、Society 5.0の概念にみられるように粒度が粗く、また、ステークホルダー等との協議も踏まえて課題を特定するプロセスに十分なリソースを投入していないように思われる。実施段階で投入するコストを考えると、移行の基礎となる課題設定段階をより丁寧に運用することが必要であると思われる。

2に、社会技術システム移行を実現していくためには、様々な分野の専門家、実務者を巻き込むとともに、政府内でも関係府省を巻き込む必要がある。その際に、日本のSIPにみられるように内閣府といった政府内の特定の部局に集権的に巻き込むべきなのか、各分野に関わる関係府省によりオーナーシップを持たせて関与させるべきなのかという選択肢がある。EUHorizon Europeにおけるミッションボードの運用については各分野の総局の役割も大きいようであり、このような要素を強化することも検討されるべきであると思われる。

3に、多様なステークホルダーを巻き込む必要のあるマネジメント能力を、組織として向上させる必要がある。日本の場合、PDは産業界や学界から非常勤で任命されることが多いようであるが、非常勤で十分な時間資源を投入することができるのかといった課題がある。何らかの形でのマネジメント機能の支援システムが考えられるべきではないかと思われる。

参考文献

JST/CRDS (2020)「社会的課題解決のためのミッション志向型科学技術イノベーション政策の動向と課題」

OECD (2018), “Scientific Advice During Crises: Facilitating Transnational Co‑operation and Exchange of Information”

OECD (2021a), “Science, Technology and Innovation Outlook 2021: Times of Crisis and Opportunity”

OECD (2021b), “The Design and Implementation of Mission-Oriented Innovation Policies: A New Systemic Policy Approach to Address Societal Challenges”

城山英明(2013)『国際行政論』有斐閣

※本Reviewの英訳版はこちら

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