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イノベーションにおける民間の役割と限界: 理論的洞察とフランス・欧州・日本の視点
写真提供:Getty Images

イノベーションにおける民間の役割と限界: 理論的洞察とフランス・欧州・日本の視点

March 1, 2023

R-2022-104J

「支配的な見解」の4つの限界
社会にもたらす利益

本稿では、「イノベーションの創出において民間は重要な役割を果たすが、民間に限らず、政府や市民社会を含む他のアクターもまた役割を担うべきである」という私の考えを述べる。まずはイノベーションに関する「支配的な見解」とでも言うべき考え方について説明し、次にこの見解に対する批判を述べたい。

私が「支配的な見解」と呼ぶ考え方は、1980年代から1990年代にかけての米国、とりわけ西海岸で起きた出来事に強く影響されている。それは主に情報通信技術およびバイオテクノロジー分野における、いわゆる「シリコンバレーモデル」の成功である。シリコンバレーモデルは単純化されており、米国企業が過去20年間でイノベーションの創出に成功した理由を説明する理論もいくつか存在する。

このモデルで重視されるのは、起業家精神、ベンチャーキャピタル、企業と大学の連携である。また、民間企業の中でも、特にスタートアップの活動が重視される。スタートアップは、この30年間、世界中の政策立案者の間で注目を浴びており、イスラエルなど米国以外の国でも、まずまずの成功を収めている。

イノベーションのプロセスに関する「支配的な見解」によれば、フランスと日本は制度的な遅れからイノベーションシステムを構築できておらず、世界に後れを取っている。そしてその原因は、起業家精神の欠落と、スタートアップの開業率の低さとされる。だからフランスと日本はイノベーティブな国でない、というわけだ。

こうした見方は、ネオ・シュンペータリアンのイノベーション観―創造的破壊の概念と密接に結びつく一方で、それ以外の考え方も取り入れたイノベーション観―に大きな影響を受けている。それ以外の考え方とは、例えば、すべての社会課題は技術によって解決できるという考え方や、民間企業がイノベーションをけん引するという考え方、あるいは国の役割は知的財産権の定義づけや教育を含むインフラの整備に限定されるべきだという考え方である。

シリコンバレーモデルに影響された「支配的な見解」は、必ずしも誤解ではないかもしれない。だがそれほど一般的な見解でもないと私は考えている。さらに言うなら、ソーシャルイノベーションをよく見てみれば、実はイノベーションの定義を変える必要があるのかもしれないということに気づくだろう。

「支配的な見解」の4つの限界

私は以下に述べる4つの理由から、この「支配的な見解」には限界があると考える。

1つ目は、この見解が多様なプレーヤーによる連携の重要性を過小評価していることである。この20~30年間のイノベーションに関する研究においては、連携がイノベーションのプロセスの中心になっているという現実が示されてきた。例えばジョン・ハーゲドーンが研究開発パートナーシップの増加について述べた有名な論文がそうだ。また、カリフォルニア大学デービス校のフレッド・ブロックとマシュー・ケラーによる論文もよく知られている。ブロックとケラーは1970年代初頭以降の各年のイノベーションの上位100件を調べ、連携によって創出されたイノベーションが非常に多いこと、特に1980年代後半以降に年々増加していることを示した。そうした連携の中でも圧倒的に多かったのが、公的部門との連携だ。私たちはイノベーションのプロセスにおける連携と公的部門の果たす役割の重要性を考える必要があるのだ。

2つ目はサイエンス・リンケージが増加している点である。先に述べたとおり、シリコンバレーモデルでは民間企業と大学の連携が重視されている。しかし単に重視するのではなく、産学の連携こそがイノベーションの中心にあるべきだと私は考える。産学連携の増加を示す指標の1つとして挙げられるのが、サイエンス・リンケージ、すなわち特許に引用される学術論文の数の世界的な増加である。もちろん国や分野によっては異なる傾向を示す場合もある。だが米国では非常に重視される指標であり、サイエンス・リンケージを高めることは非常に重要だと言える。日本ではさほど重視されていないように思われるかもしれないが、実は2000年代初め頃から日本の大学の特許出願件数は飛躍的に増えている。

3つ目は産業政策とイノベーション政策に果たす政府の役割である。実はここには1つの逆説が存在する。欧州連合(EU)は10年以上前に「イノベーション連合(Innovation Union)」と呼ばれる新戦略を策定しており、加盟国政府のみならず欧州委員会が主要な役割を果たすとされた。この戦略では、ソーシャルイノベーションや公的部門におけるイノベーションを含む、あらゆる種類のイノベーションの役割が重視された。さらにEUは欧州イノベーション会議(European Innovation Council)を創設し、単なるスタートアップの推進にとどまらない目標を掲げた。逆説というのは、このEUの戦略が日本のイノベーションシステムに大きな影響を受けたものだという点である。

日本では忘れられているようだが、日本には日本のイノベーションシステムの強みがあった。そのシステムが欧州で分析・模倣される一方で、日本では政府によるコーディネーションの重要性が忘れられ、放棄されたように見える。日本のイノベーションプロセスにおける重要な要素であった(と私が考える)研究開発コンソーシアムもその1つだ。欧州は日本の研究開発コンソーシアムの手法を取り入れたが、これは今後一層重要になっていくだろう。

ここで日本型のイノベーションについて指摘しておきたいのは、特に1990年代以降の日本の大手企業は、技術開発競争に参画したことで優位を保ち続けたという事実である。ただし経済的な制約からコストの大幅な削減が求められた結果、研究開発費の多くは、米国や、いわゆる「ニューエコノミー」に後れを取らないための努力に費やされ、人材マネジメントにかける費用が削られた。しかも削減の対象は、教育やスキル向上を含むすべての人材マネジメント費に及んだ。つまり、研究開発費や技術にかける費用が増加すると、人材マネジメント費や教育費は減少するのだ。

私が思うに、シリコンバレーモデルは特定の産業や技術には非常に有効であるが、すべての技術に有効だというわけではない。確かにスタートアップや起業家精神は、あるセクターでは非常に重要な役割を果たす。しかし私が10年ほど前に発表した論文で示したように、パーソナルロボットの基礎をなす次世代ロボット技術に関する主要なプレーヤーは、今なお大手企業である。ロボティクスにおいては他者との連携が必要であり、大手企業はさまざまな関係者と連携して成功を収めてきた。つまり起業家精神(アントレプレナーシップ)ではなく社内ベンチャー(イントラプレナーシップ)によるイノベーションモデルというわけだ。このように、ある種の産業では、大手企業の社内でイノベーションが創出される余地がまだある。スタートアップの重要性を否定はしないが、大手企業も役割を果たし得るのだ。

イノベーションはどこからともなく生まれるわけではなく、一連の制度に深く条件づけられている。だからこそ、イノベーション推進政策を検討する際には、科学と社会の関係を注意深く観察する必要がある。また、そうすることで、日本とフランスのイノベーションシステムに対する見方も、よりバランスの取れたものになるだろう。

最後に4つ目として、社会が果たす役割の重要性を強調したい。数年前に出版した著作の中でも述べたが、おそらく私たちはある時点でシュンペータリアンになった。問題は、イノベーションに関するネオ・シュンペータリアン的な視野の狭い考え方だ。そこではイノベーションのプロセスにおいて議論や論争が果たす役割はそれほど重視されない。

社会にもたらす利益

2017年の『ネイチャー』誌に、ある非常に興味深い記事が掲載された。研究開発費と研究開発が社会にもたらす利益との間のギャップが広がっている、というのだ。私は研究開発予算の使い方については、政府が公共の利益の名の下にもっと口をはさむべきで、意思決定を完全に民間に委ねるべきではないと考えている。加えて、技術は社会の一部であることも指摘しておきたい。技術を社会に統合し、イノベーションのプロセスと人間とを和解させることは非常に重要だ。そのためにはイノベーションとは何かを考え直す必要がある。

イノベーションの危機とは、技術イノベーションと社会の関係の危機であり、この2つを再び結びつけることが非常に重要であると私は考える。言い換えれば、社会はイノベーションのプロセスの中でもっと積極的な役割を果たす必要があり、そのためには私たち自身がイノベーションに対する考え方を変える必要がある。現在の考え方は民間のニーズに支配されており、イノベーションは差別化と比較優位の重要な源泉ととらえられている。

そうした考え方は企業にとっては有効かもしれない。だが社会的な観点からすると、イノベーションは主として幸福の源であるべきだろう。したがって、私たちは社会の幸福につながる条件を定義し、何がそうした条件の達成に貢献するのかを特定するための制度を創設する必要がある。なお、そうした基準の特定にあたっては、社会科学と人文科学が大いに助けになるという点を強調しておきたい。

結局、イノベーションの推進においては、民間企業、大学、公的研究機関、政府、多様性ある社会など、すべてのステークホルダーが積極的な役割を果たすことが必要なのだ。

※本Reviewの英語版はこちら

    • セバスチャン ルシュヴァリエ
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