R-2023-089
・はじめに ・メタバース/XRと社会変革への期待 ・アンケート調査の実施 ・生成AIの普及とメタバース ・おわりに |
はじめに
2021年10月末に米フェイスブック社が自身の社名を「Meta(メタ)」と改め、次世代の主力事業として「メタバース(Metaverse)」を強調したことをきっかけに、メタバースという用語が社会で急速に広まった。それに応じて、様々なメタバース関連のアプリケーションがXRデバイスをはじめ、PC・スマートフォン上で使用できるようになっており、ビジネスチャンスだけでなく社会構造の変革としての期待も出ている。
本論では、まずメタバースの定義やそれがどのような変革をもたらし得るかについて書籍を基に紹介する。その上で、中央大学国際情報学部の学生を対象に行ったアンケートによって、メタバースの社会変革に対する見解を紹介する。最後に、2023年以降の生成AIの普及によるメタバース産業の将来とこれからの社会への影響についてまとめる。
なおメタバースにはブロックチェーン技術やNFT(非代替性トークン / Non-Fungible Token)、DAO(自律分散型組織 / Decentralized Autonomous Organization)など重要な観点が多くあるものの、本論ではメタバースと社会的影響を主題とする。
メタバース/XRと社会変革への期待
今や「メタバース」という言葉を聞いたことが無い人がいない程に、メタバースは社会に浸透する概念となった。新規分野であるため確立した用語の定義が存在しないが、ここではメタバースを広めた第一人者ともいえるMatthew Ball氏の書籍にある定義を紹介する。
それによれば、「リアルタイムにレンダリングされた3D仮想世界をいくつもつなぎ、相互に連携できるようにした大規模ネットワークで、永続的に同期体験ができるもの。ユーザー数は実質無制限であり、かつ、ユーザーは一人ひとり、個としてそこに存在している感覚(センス・オブ・プレゼンス)を有する。また、アイデンティティ、歴史、各種権利、オブジェクト、コミュニケーション、決済などのデータに連続性がある」[1]。
これらの定義に記載されている要素をすべて満たしているものは現在の社会には存在しないかもしれないが、「ロブロックス」「フォートナイト」「クラスター」などがメタバースプラットフォームの最たる例として取り挙げられている。加えて、これらを実現する上で重要となるのがXRデバイスである。XR(エックスアール)とは一般的に「AR(拡張現実 / Augmented Reality)」、「VR(仮想現実 / Virtual Reality)」、「MR(複合現実 / Mixed Reality)」の総称とされている。これらを体験する機器としてはMicrosoft社のホロレンズやOculus社のヘッドマウントディスプレイ(HMD)などが有名であるが、個人のPCやスマートフォン上からでも体験ができるようになっている。これらを活かして、消費者への浸透はもちろん、ビジネスでも様々な業界での活用が進められている。
メタバースが社会に変革をもたらすという意見も多く上がる。株式会社Thirdverse代表取締役CEO、株式会社フィナンシェ代表取締役CEOの國光宏尚氏は自身の著書にて「リアルの世界のGDPをバーチャルな世界のGDPが超える」とした上で、「バーチャルが主でリアルが従」となる「バーチャルファースト」な世界が訪れると述べている[2]。また、クラスター株式会社代表取締役CEOである加藤直人氏も自身の著書で、メタバースが実現することで、人やモノが移動しなくなる「バーチャリティの時代」が訪れるとしている[3] 。
アンケート調査の実施
上記のような可能性を持つメタバースに対する意識調査を行うため、中央大学国際情報学部の学生を対象にアンケートを2022年12月20日―12月31日の間に実施し、70名の回答を得た。本アンケートではメタバースやXR(AR・VR・XR)の関心度合いに加え、ARとVRのどちらがより社会に浸透するかを質問した。結果は以下の通りである。なお棒グラフの縦軸の度数は回答数、横軸の度数は値が大きいほど高い関心度を持つことを意味している。
図1:「メタバースの関心度」に対する回答結果(筆者作成)
図2:「XR(AR・VR・MR)への関心度」に対する回答結果(筆者作成)
図3:「メタバース社会により浸透するのはARとVRどちらだと考えますか(5年以内)」に対する回答結果(筆者作成)
図4:「メタバース社会により浸透するのはARとVRどちらだと考えますか(十数年以上先)」に対する回答結果(筆者作成)
結果として、メタバースやXRの関心度合いで5段階中4段階以上とした回答者が60%を超えており(3以上では90%以上)、関心度合いの高さが読み取れた。情報学を専攻する学生であるため、メタバースやXR技術への関心が高いことは想像に難くない。しかしながら、メタバース社会への浸透に関する質問に対しては、5年以内と十数年以上先のどちらの回答項目でも「AR」と「VR」の回答率がほぼ同値となっている。メタバースの概念や技術に知見のある学生の意見がこのように二分されるのは非常に興味深い。回答理由も以下の通り、様々であった[4]。
・VRデバイスの技術的課題(VR酔い、小型化、軽量化)の克服に時間がかる。
・ゲームなどのエンタメ要素から始めはVRの方が浸透しやすいが、長期的にはARの方が実生活で役立つ場面が多い。
・仮想空間として1から仮想世界を作る方が技術的に容易なため短期的にはVRだが、技術の発展によりそれらを克服することでARが浸透する。
・スマホから簡単に使用できてARの方が今は良いが、将来的にはVRを活用した今では想像できないようなサービスが増加しそう。
上記のように、現時点ではARとVRで実現するメタバース社会の双方にメリットとデメリットがあり、メタバースの社会変革に対する不透明さが明らかとなった。
生成AIの普及とメタバース
近年の技術動向を論じる上では、生成AIに対する言及は欠かすことができない。Google社やOpenAI社の自然言語モデルの進歩により、文章や画像、動画の生成を高精度で行うAIサービスが急速に普及した。OpenAI社の「ChatGPT」はリリースからわずか2カ月でユーザー数1億人を突破しており、まさに社会変革をもたらしていると断言できるだろう。
対するにメタバースは2022年をピークとして、かつてのような刺激的影響を持たなくなった。以下はGoogle Trendsによる日本での検索数の推移であるが、社会の関心がメタバース(赤)から生成AI(青)に移動していることが見て取れる[5]。
図5「Google Trendsによる日本の検索数の推移(赤がメタバース、青が生成AI)」(筆者作成、なお、縦軸はメタバースの検索数が最も多い月を100としている)
生成AIの社会的影響はメタバース産業にも大きな影響を与える。Hua Xuan Qin氏とPan Hui氏が生成AIによるメタバース産業の変革について体系的まとめていたため、以下に紹介する[6] 。
|
テキスト |
画像 |
3Dビジュアル |
コード |
音声 |
動画 |
アバターとNPC |
1-1 |
2-1 |
3-1 |
4-1 |
5-1 |
6-1 |
コンテンツ作成 |
1-2 |
2-2 |
3-2 |
4-2 |
5-2 |
6-2 |
仮想世界生成 |
1-3 |
2-3 |
3-3 |
4-3 |
5-3 |
6-3 |
自動デジタルツイン |
1-4 |
2-4 |
3-4 |
4-4 |
5-4 |
6-4 |
パーソナライゼーション |
1-5 |
2-5 |
3-5 |
4-5 |
5-5 |
6-5 |
表1「AI生成物によるメタバースのユースケース」([6]のFigure1を参考に筆者が翻訳し作成[7])
実際には全てに対してユースケースが挙げられているが、ここでは各列1つずつのみを取り上げて紹介する。例えば1-1ならば「対話生成」、2-2ならば「ゲームビジュアルやアニメーションフレームの作成支援」、3-5ならば「校正支援」、4-2ならば「ノンプログラマーの支援」5-3ならば「よりリアルなアニメーションをすばやく作成する」などが挙げられている[7]。
実際にメタバース産業を牽引するロブロックス社も、クリエーターのアシスタントとしての生成AIの導入を開始している。これによってクリエーターの制作に関わる作業時間の削減を促し、ストーリー作りやゲームプレイ、バーチャル空間のデザインなどより価値の高い活動に時間を使えるようになるとしている[8] 。このように、生成AIの登場によってメタバース産業の発展に向けた更なる加速が期待されるようになったのである。
おわりに
本論ではメタバースやXRの現状を取り上げ、その道の第一人者による書籍や学部生を対象とした意識調査によってその社会的影響を調査した。その上で、かつてのような刺激的影響はなくなり、新規取り組みもかなり減ってしまったが、2023年以降の生成AIの登場によるメタバース産業の将来に関して論じた。
従来のXRデバイスの普及も期待される中、2024年2月からはApple社による「Apple Vision Pro」の米国での販売も開始した[9] 。生成AIに対する注目はもちろんのことながら、今年はメタバースについて再度注目すべき必要のある1年になるかもしれない。
参考文献
[1] Matthew Ball(2022)『ザ・メタバース:世界を創り変えしもの』.飛鳥新社.第1刷. p.49.
[2]國光宏尚(2022)『メタバースとWeb 3』.エムディエヌコーポレーション.初版第6刷. p.21, p.33.
[3]加藤直人(2022)『メタバース:さよならアトムの時代』.集英社.第2刷. P.165-p.166.
[4]理由の記述はそれぞれの回答項目で収集したが、本論では筆者が抜粋しまとめる形で記述している。
[5] Google「Google Trends」
https://trends.google.co.jp/trends?geo=JP&hl=ja
[6]Hua Xuan Qin and Pan Hui(2023)Empowering the Metaverse with Generative AI: Survey and Future Directions. 2023 IEEE 43rd International Conference on Distributed Computing Systems Workshops (ICDCSW)
https://ieeexplore.ieee.org/document/10302997
[7] [6]より「Fig. 1. Metaverse use cases by AIGC type and corresponding models/platforms」. (筆者訳)https://www.semanticscholar.org/paper/Empowering-the-Metaverse-with-Generative-AI%3A-Survey-Qin-Hui/91a597a114682de2a79b913c9b410e61319c7f68/figure/0
[8]Daniel Sturman(2023)Revolutionizing Creation on Roblox with Generative AI.
https://blog.roblox.com/2023/09/revolutionizing-creation-roblox/
[9]Apple Inc.「Pre-order Apple Vision Pro」
https://www.apple.com/shop/buy-vision/apple-vision-pro