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科学技術・イノベーション政策における時間軸・分野横断性の確保の重要性
写真提供:Getty Images

科学技術・イノベーション政策における時間軸・分野横断性の確保の重要性

March 11, 2022

R-2021-066

1.新興技術にかかわる政策をめぐる環境変化と対応の限界
2.ガバナンスの改善に必要な項目

1.新興技術にかかわる政策をめぐる環境変化と対応の限界

新興技術にかかわる政策を取り巻く環境は急速に変化している。特にバイオテクノロジー、サイバー、AI、量子技術等の分野では次々に新興技術が出現し、かつその進展スピードは加速している。新興技術がもたらす社会影響は、国内外、分野領域を問わず複雑かつシステマティックに広範に波及することから、社会側からの科学技術推進におけるELSI(倫理的・法的・社会的課題/含意)の検討やアカウンタビリティに対する要請も増大している。一方、いわゆるグランドチャレンジと呼ばれる、地球温暖化への対策、SDGs達成、ウェルビーイングの実現等の社会課題解決に、科学技術が果たす役割は大きい。こうした社会課題の解決には根本的な社会変革を伴うイノベーションが要され、それ自体が調整問題を伴う横断的課題である。こうした変化の中、現在の「科学技術・イノベーション(以下、STI)政策」は、この2つの問題に対応できるのか、という課題がある。現状のSTI政策をめぐるガバナンスには以下の3つの特性に起因する限界がある。

  • 第一に、短期的視野(時間軸)である。直近の短期的な利益や目に見える問題にとらわれている。
  • 第二に、断片的・分断的(領域)である。異なる領域との連携が無く、部分最適が追求されている。
  • 第三に、固定的である。経路依存的に制度が構築され、変化への迅速な対応が難しい。

こうした現在のSTI政策が有す特性は、問題が既知でその影響範囲が限定されている場合には効率的に機能しえるが、今日の科学技術の特性や社会問題の対応には限界がある。例えば、バイオ分野のゲノム編集技術に代表されるように、昨今の革新的な基盤技術は、特定のセクターに限定されず、工業用途、医療用途、農業・食用用途などセクター横断的に利用可能であるが、基礎研究、応用研究・社会導入を担う所管するセクターごとに政策を所管する主体が異なり(基礎研究:文部科学省、農業用途:農林水産省、工業用途:経済産業省、医療用途:厚生労働省等)、必ずしも上流の基礎研究の成果が応用・社会導入まで所管省庁とその関連国立研究所等とシームレスにつながっていない。逆に社会導入前後の際に明らかとなる課題からの、基礎研究へのフィードバックも十分にない。こうした問題認識から、医療分野では基礎から応用まで一貫した研究開発から実用化をめざすAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)が2015年に設置されたが、政策プロセスと異なる主体ごとの活動の全工程における分断・断片的活動という課題は、医療分野に限らず様々な分野で見られる。

STIにかかわる政策プロセス全体においても活動の分断・断片的展開がみられる。科学技術の社会導入度合い[i]に応じ有用な政策プロセス上のツール・アプローチは異なる[ii]が、技術の萌芽段階では、広く技術の芽になりそうな情報を「ホライゾンスキャニング(以下、HS)」で網羅的に収集するとともに、20-30年の長期的なビジョンを「フォーサイト」により形成することが求められる。一方、5-10年の時間軸で社会導入が見込まれる技術が特定された段階では、技術の社会影響-安全性やELSI(倫理的、法的、社会的含意・課題)を網羅的に検討する「テクノロジーアセスメント」を実践する必要がある。さらに、技術導入が明らかとなった段階では、具体的な物理的(環境や健康への)安全性に加え、非物理的な価値観や人権プライバシー等への悪影響の程度を見積もり、それらの程度に応じて対応する「リスクに基づくアプローチ」や標準化等の方策が必要となる。また、既存の法規制等で技術に由来する社会影響やリスクをカバーできるのかを検討する「規制ギャップ調査」や、新たな方策を導入する場合はその影響がいかほどかを評価する「規制影響評価」を実施しなければならない(図1参照)。

これらの活動は様々な時間軸(短期・長期)で先を見越して実施する必要があり、政策は将来からバックキャストしながら今何をしないといけないのかを継続して検討する必要がある。また、新興技術のガバナンスは、単に技術のR&Dととらえるのではなく、社会的文脈・ビジョンの中で位置づけ、かつ、生じうる多様なELSIも視野に入れる必要がある。具体的に社会導入される「もの」ができてからELSIの検討を行うのでは遅い。しかし、上述の活動は個別に展開されており、シームレスにつながっていない。

 図1:科学技術の社会導入と政策プロセス・政策ツール(松尾・岸本2017を改変)


2.ガバナンスの改善に必要な項目

ではどのような改善の方向性があるのか。1.で掲げた3つのガバナンスの欠陥に応じて述べる。

1点目の、政策が短期的な時間軸で政策形成されている問題には、長期的視点に有用なHSやフォーサイトを政策プロセスに導入することで「先取り」を可能とするガバナンス[iii]を構築することが求められる。特に、重点課題・領域におけるSTI政策プロセスでは、技術の萌芽から実装までを社会的文脈に位置づける全体ビジョンの形成が肝要となる。ここで注意すべきは、社会で追求すべき目的やビジョンは所与でも固定的なものでもなく、それを形成する活動自体が、多様なステークホルダーとのネットワーク・継続的検討の場ととらえることである。また、長期的ビジョンへの道筋は必ずしも単線ではなく多様な道がありうる点(目的を達成する手段としての科学も技術も多様)や、その道中には、国際紛争やパンデミック等、想定外の要素も生じうる点も意識する必要がある。

日本には、例えば、文科省系のCRDS(国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター)の俯瞰調査やNISTEP(科学技術・学術政策研究所)におけるフォーサイト・HS活動、経産省系のNEDO(国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構)におけるフォーサイト、ロードマップ等、フォーサイトもHSも活動としてはあるが、「技術」フォーサイトの側面が強く、また個々の活動の相互作用が十分に無いので、上記の長期的ビジョンと「社会的」文脈を踏まえた連携を、こうした既存の関連する活動の間で促進することが求められる。その上で、これら長期ビジョン・フォーサイト・予測を担う主体と、現場(応用・社会実装の場)に近い管理規制・科学技術振興推進を担う主体(文科省、厚労省、経産省、農水省等)とを一連の流れとしてシームレスにつなぐことが肝要である。規制や社会対応の「後追い」に陥らないよう、研究開発・基礎研究から応用研究・社会実装における管理・規制までの一連の必要事項をできるだけ上流で把握し、安全性評価の手法開発を含むレギュラトリーサイエンスやそれらの標準化にかかわる検討の推進、ELSI考慮の先取りを実践することが求められる。開発の段階からRRI(責任ある研究・イノベーション)の意識を埋め込む大学や企業における教育・人材育成やトレーニングは、ますます重要となる[iv]

2点目の各領域で部分最適を狙うセクショナリズムに陥っている点に対しては、政策イシューにおける全体俯瞰できるメカニズムの導入の検討が求められる。これには図2に示す多様な観点の「マルチ」の横断性が求められる。全体俯瞰し網羅的に、異なる主体、分野領域、階層[v]、イシューにおける要素の相互連関(トレードオフや相乗効果)、調整や選択肢の分析をし、いかにすればそれらの間で相乗効果が得られるかを検討する必要がある。異なる主体、分野領域、イシュー間で多様な視点を確保するためには、異なる学問領域・専門知・現場知間での「総合知」[vi]が求められる。また、全体の「トレンド」としての国際情勢や環境条件が政策や個別の活動にもたらす影響とその逆の相互作用への配慮も必要となる。例えば、これまで日本の科学技術政策において安全保障・セキュリティの側面が正面から取り上げられることは十分に無かったため、バイオテクノロジーの推進の中でバイオセイフティに対する認識はあってもバイオセキュリティは別個のものと考えられていた側面がある。こうしたことも昨今の経済安全保障[vii]の議論を受けて、科学技術が持つ様々なセキュリティ(古典的な安全保障、経済安全保障、資源安全保障、エネルギー安全保障、食料安全保障、環境安全保障、気候安全保障等々)の側面を今後考えていかなければならなくなるだろう。

図2:全体俯瞰とマルチな横断性の確保

最後に、政策システムが固定的であることに対しては、柔軟性や変更を可能とする仕組みの組み込みが必要となる。新興技術の場合、技術導入の当初はその影響が分からず、分かったころには対応が困難という、いわゆるコリングリッジのジレンマに陥りがちである。昨今、科学技術や環境変化に応じて順応できるようにあらかじめ意図的にレビューやアップデートの仕組みを埋め込む「計画された順応的ガバナンス」[viii]、変化に柔軟に対応する「アジャイルガバナンス」[ix]等が議論されている。今後これらのコンセプトを実際に活用する仕組みの検討とその検証も必要となる。影響が不確実なものへの対応において、「柔軟性」をもたせることは不可欠であるが、安定性や見通しの確実性とは相反する点も配慮が必要である。また、不確実な状況で検討をしたり措置を講じたりするにはその根拠となる、(新たな)エビデンス・データが不可欠となるが、新興技術の場合は入手しにくい。そうした際に、エビデンスが無いから措置を講じない、あるいは社会導入に必要なエビデンスレベルを下げるといった対応をとるのではなく、事前・事後の情報提供やモニタリングを求める等の仕組みを導入することも考えられる。過去には例えば英・米等でナノテクに関する情報を自主的に提供するスキーム[x]が試みられ、また今回日本のゲノム編集応用食品には規制対象外と判断される食品に届け出制が設けられるなど、情報収集・モニタリングの仕組みが試みられた。こうした試みの有効性を検証し、アジャイルを可能とする仕組みづくりの検討も必要となっていく。


[i] なお、科学技術は必ずしもリニアーに展開しないことも留意が必要である。

[ii] 松尾・岸本(2017)「新興技術ガバナンスのための政策プロセス における手法・アプローチの横断的分析」の表を修正。社会技術研究論文集 Vol.14, 84-94, June 2017 http://shakai-gijutsu.org/vol14/14_84.pdf

[iii] 先験的・予測的ガバナンス(Anticipatory Governance)と言われる。

[iv] 例えば合成生物学の分野での先進的な事例として、学生コンペにおいて安全性や社会的インパクトの考慮も要件として課すことで教育するiGEMがある。

[v] 階層には様々なレベルの切り口がありうる。例えばトランジションマネジメントの研究では、マクロ・メゾ・ミクロで分けている。マクロは全体の潮流、メゾは政策や文化等の構造、ミクロは個別に展開される活動や実験を指す。

[vi]6期科学技術・イノベーション基本計画(20213月閣議決定)では、人文・社会科学の知と自然科学の知の融合による「総合知」の重要性が論じられている。

[vii] 鈴木一人「新しい科学技術政策と経済安全保障」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3910

[viii] IRGC (2018) Conference Report Planning Adaptive Risk Regulation

https://irgc.org/wp-content/uploads/2018/09/IRGC-Conference-Planned-Adaptive-Regulation-Summary-Report-final-WEB.pdf

[ix] 岸本充生「規制とイノベーションの新しい関係:障害物から推進力へ」

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3911

[x] 英国・環境食料農村地域省(Defra)の人工ナノマテリアルに関する自主的報告スキームや米国・環境保護庁(EPA)のナノスケール物質のスチュワードシッププログラム等の試みがあった。

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