東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

新しい科学技術政策と経済安全保障
写真提供:Getty Images

R-2021-043

 2022年の通常国会では、岸田政権が重要法案と位置付ける、経済安全保障推進法案が提出される予定となっている。この法案は、グローバル化が進む中で、サプライチェーンが国際化し、国家安全保障や社会経済活動に不可欠なインフラや製品も外国に依存することが多くなったことで、国際関係の悪化や他国の輸出規制などに影響を受けるようになった中、そうしたリスクを避けるための措置を取ることが出来るようにすることを目的としている。その柱として、サプライチェーンの強靭化、非公開特許制度、基幹インフラの維持・防護、科学技術基盤の強化が挙げられている。これらの四つの柱が科学技術政策をどのように変えていくのか、新たな科学技術政策はどのようなものになるのかを検討してみたい。

1.サプライチェーンの強靭化
2.基幹インフラの維持・防護
3.科学技術基盤の強化
4.経済安全保障戦略が科学技術政策にもたらすインパクト
5.経済安全保障に資する科学技術政策

1.サプライチェーンの強靭化

第二次大戦後、自由貿易が国際経済の基本となり、WTOの成立やCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定:Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)をはじめとする地域的な枠組みが自由貿易をさらに促進することで、比較優位が働き、国際分業が進んだ。とりわけ中国がWTOに加盟した2001年以降、中国は世界の工場として、グローバル・サプライチェーンの中心となり、中国抜きではどの国も経済活動を行うことが困難になるほどである[1]

こうした経済的な相互依存が浸透し、中国との経済関係は切っても切れない関係にある中、イデオロギー・政治体制・軍事的な側面では、中国との対立が激しくなっている。かつて2010年に尖閣諸島での海上保安庁と中国漁船の衝突事件の際に、中国は漁船の中国人船長の釈放を要求して、日本に対してレアアースの輸出を停止するといった措置を取ったこともあった。これは、経済的な手段を使って国家的な目標を達成するという「エコノミック・ステイトクラフト[2]」の代表的な例ではあるが、経済的相互依存が強い状態で、国家間対立が激しくなる場合、こうした経済的な手段が「武器化」され、他国の経済を混乱させるインセンティブが高まる。

そのため、こうした「エコノミック・ステイトクラフト」から自国経済を守るためにも、サプライチェーンの強靭化が求められるが、その際に重要になるのは、単に付加価値の低い、大量生産品ばかりではなく、日本国内にはない高度な技術を要する製品も他国に依存しているということである。その一つが蓄電池や太陽電池パネルといった、再生可能エネルギーや気候変動対策に不可欠な製品であろう。これらの製品は中国における脱炭素に向けた産業構造転換の過程で高い競争力を獲得し、グローバル市場におけるシェアを高め、日本も多くを輸入している。脱炭素をめぐって国際的な需要が高まれば、蓄電池などの供給が滞ることは日本にとっても不利な状況となる。

そのためにも、外国、とりわけ中国への依存を減らすために、こうした高度な技術を必要とし、国際競争力で劣っている製品に対して、競争力強化を目指し、経済安全保障を確立するための科学技術政策が求められることになるだろう。

2.基幹インフラの維持・防護

経済安全保障のもう一つの柱である、基幹インフラの維持・防護に関してもサプライチェーンの強靭化と同様、中国製品への依存が問題視されている。特にこの問題がハイライトされたのが、5Gをめぐる問題である。基幹インフラである携帯電話網に中国製品が使われることで、一般に知られることなく通信が傍受されたり、国家間対立が激しくなった場合、基幹インフラを停止したり、混乱させたりするようなリスクがあり得ることが懸念されている。そこでアメリカはトランプ政権においてファーウェイをはじめとする中国製品を5Gの調達から排除し、バイデン大統領も議会が定めた中国通信機器を排除する法律に署名した[3]

しかし、もとをただせば幹インフラに中国製品が多く使われるのは、中国製品が競争力を持っているからである。日本もアメリカも5G技術がないわけではないが、その製品は高額であり、大量のアンテナや交換機を必要とする5Gインフラを構築するためには日米製品を使う限り、大きなコスト負担を背負うことになる。そうなれば、次世代の通信事業やデジタル産業を育てるのに必要な基幹インフラの整備が遅れることになる。そうしたリスクを背負ってでも廉価な中国製品を排除することは経済的に合理的とは言えない。

こうした状況の中で、基幹インフラを迅速に整備しつつ、コストを下げていくためには、日本の5G機器産業の競争力を上げていく必要がある。そのためには、これまでのような先端技術の開発に重点を置いた科学技術政策だけでなく、社会実装していくうえで、コストを下げ、国際競争力を獲得できるような研究開発を進めていくことが求められる。これまでは新たな技術を開発することでイノベーションが起こり、それが競争力につながるという発想が科学技術政策の中心にあったが、イノベーションは必ずしも新技術の開発だけとは限らない。

3.科学技術基盤の強化

現在、政府が準備している経済安全保障推進法案で、科学技術政策に直結するのは、科学技術基盤の強化という柱であろう。しかし、現在、報道で明らかになっているのは、「政府が先端技術の開発のために積極的に情報を提供する」といった程度であり[4]、具体的にどのような情報を提供し、大学や研究機関、民間企業に対して、何を働きかけるのかは明確ではない。

しかし、この文脈で考えられるのは、政府は、サプライチェーンで中国への依存度が高い分野を特定し、その分野での研究開発に重点を置くよう、総合科学技術・イノベーション会議や文部科学省に働きかける、ないしは内閣府に置かれるとみられる「経済安全保障室」が自らそうした技術開発を促すプロジェクトを主導するといったことだろう。また、経済安全保障推進法案のもう一つの柱である、非公開特許制度に関連して、民間企業や研究機関が十分に認識していない、技術の軍事転用のリスクに関する情報を提供するということも考えられる。

経済安全保障の一環として、科学技術基盤の強化を進めるとしても、すでに存在する研究開発政策や科学技術政策を担う文部科学省や総合科学技術・イノベーション会議などとのすみわけが明確ではなく、重複する権限の調整がつかないまま法案提出が急がれているため、おそらく経済安全保障戦略として科学技術政策を推進するということにはなりにくいと思われる。

4.経済安全保障戦略が科学技術政策にもたらすインパクト

岸田政権が進めようとする経済安全保障戦略は輪郭がはっきりせず、明確な方向性があるわけではない。しかし、その中でもおぼろげながらに見えてくるのは、経済安全保障は「守り」の政策であり、技術流出の阻止やサプライチェーン、基幹インフラにおける中国依存の軽減といったことが中心になっている。

こうした「リスクの低減」は安全保障上、重要な点ではあるが、科学技術政策という観点から見れば、これはむしろ規制の強化であり、国内での技術開発を進めていくための機会でもある。一方では、自由な研究開発を進め、より多様なアイディアを活かすうえで、技術流出を恐れた研究者や留学生の受け入れ制限はマイナスとなるであろうし、サプライチェーンの強靭化によって、国内ないし同盟国から調達できる部品や素材、機器などしか使えないようでは研究開発の妨げとなるであろう。他方で、サプライチェーンの強靭化を進めるうえで、外国に依存している技術を国内で開発するための研究開発プロジェクトが増えていく可能性もある。しかし、半導体大手の台湾のTSMCの工場を誘致するなど、国内企業ではなく、外国企業への依存を維持しつつ、生産拠点だけを国内に移す場合、科学技術政策としてプラスになる部分は限られているといえよう。

5.経済安全保障に資する科学技術政策

こうした中で、経済安全保障を進めながら、科学技術政策を転換していくにはどうしたらよいだろうか。まず、経済安全保障は単に技術的な優劣だけでなく、国際競争力の有無が重要な意味を成す。サプライチェーンの強靭化にしても、基幹インフラの維持・防護にしても、高い技術水準の製品を持つだけでは不十分であり、それが国際競争力を持つものでなければ、他国製品を選択することが経済合理的な行為となる。そうしたことを避けるためにも、研究開発が、単に「良いものを作る」「新しいものを作る」だけでなく、「売れるものを作る」につながらなければならない。

次に、日本の産業がいきなり生産コストの低い国の製品に対して競争力を持つことは困難である。そのため、競争力がない製品であっても、経済安全保障の観点から、サプライチェーンの組み換えを行い、多くのコストを負担してでも安全保障上のリスクを回避するという選択もあるだろう。しかし、同時に安全保障上のリスクをある程度受け入れた上で、より経済合理的な選択をするということも考えておかなければならない。

新しい科学技術政策には、競争力を高めることでコストを下げつつ、安全保障上のリスクを低減し、他国への依存を減らすという結果をもたらす政策が求められているのである。

 

[1] やや古い文献ではあるが、サラ・ボンジョルニ(雨宮寛、今井章子訳)『チャイナフリー:中国製品なしの1年間』(東洋経済新報社、2008年)では、中国製品抜きでは消費生活が成り立たないことを示している。

[2] 「エコノミック・ステイトクラフト」の概念については、国際政治学会が発行する『国際政治』の第205号(近刊)で多角的な検討がなされている。

[3] 「米、中国製通信機器の排除法が成立」『日本経済新聞』20211112日。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN120MP0S1A111C2000000/

[4] 「「経済安全保障」 政府 4つの柱可能にする新法案 国会提出へ」NHKウェブサイト、202212日。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220102/k10013412121000.html

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

PROGRAM-RELATED CONTENT

この研究員が所属するプログラムのコンテンツ

VIEW MORE

DOMAIN-RELATED CONTENT

同じ研究領域のコンテンツ

VIEW MORE

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム