規制とイノベーションの新しい関係:障害物から推進力へ

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規制とイノベーションの新しい関係:障害物から推進力へ

R-2021-046

規制の良し悪しを判断する基準
規制なくしてイノベーションなし
OECDから提示された規制政策2.0

規制の良し悪しを判断する基準

新しい技術が社会に実装される際、何らかのルール、すなわち規制が必要不可欠である。規制とは、総務省によると「社会秩序の維持、生命の安全、環境の保全、消費者の保護等の行政目的のため、国民の権利や自由を制限し、又は国民に義務を課すもの」とされている。産業界からはこれまで「規制緩和」が求められることが定番であった。確かに、その役割を終えた規制がいわば「岩盤」として居残り続けている事例は多数存在する。しかし、上の定義から明らかなように、規制には正当な社会的目的がある。それでは、ある規制が、良い規制か悪い規制か、あるいは、どの程度の規制が適度なのかはどうしたら判断できるのだろうか。それは、その規制の緩和や拡充が社会を良くするものであるかどうかで決まるのであり、それを判断するためのツールとして「規制影響分析/評価(RIA)」がある。RIAは、規制によって発生する様々な影響を事前に予測し、当該規制がもたらす費用が規制によって得られる便益(効果)によって正当化できることを分かりやすく示すためのものである。日本では、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中では最も遅れて2007年にRIAが制度化された[1]。規制の事前評価書が年間100件ほど作成・公開されているが、規制遵守費用や規制による効果が定量的に示されることはまだ少ない。規制を遵守するための費用は、予算措置である施策・事業等と異なり、民間が間接的に負担するために、政治や行政からの関心が薄くなりがちであった。しかし、近年ようやく経済団体から、RIAの活用を求める声が上がるようになってきた[2]。案件ごとに規制緩和を求めるよりも、RIAのような基盤的かつ横断的なルールを整備し、規制の策定や見直しのたびに、規制を正当化するエビデンスを規制省庁に求めた方が効率的なのである。

規制なくしてイノベーションなし

近年、デジタル化や人工知能(AI)の利活用の進展や、科学技術イノベーションの推進が政治アジェンダになる、といった流れを受けて、規制の位置づけが大きく変わりつつある。つまり、新興技術(エマージングテクノロジー)のイノベーションの文脈においては、規制が「活動を制限するもの」ではなく、規制がないと活動が制限される、すなわち「活動に不可欠なもの」となるケースが増えているのである。さらに、規制の形も従来のような細かくルールを定めるものや、事件や事故を受けた受け身なもの、一度できると変更するのに時間がかかるものや一律のルールではなく、被規制者が手法を選ぶ余地を残したり(アウトカムベース)、先を見越したり(プロアクティブ)、臨機応変に対応できたり(アジャイル)、リスクの大きさに応じた(リスクベース)ものが求められている。こうした流れを主導しているのが、世界経済フォーラム(WEF)と英国政府であり、それぞれ「アジャイル・ガバナンス」白書(2018年)[3]と「第四次産業革命のための規制」政策文書(2019年)[4]を発表している。英国政府は有識者による「規制ホライズン委員会」を設置し、イノベーションが見込まれる科学技術分野を選択し、規制のあり方について具体的な提言を行っている。例えば、これまで、核融合エネルギー、医療デバイス、遺伝子技術、ドローンについて報告書が出ている。また、首相が招集した第三者委員会である「イノベーション、成長、及び規制改革に関するタスクフォース」からは2021年夏に報告書が発表され、首相に対する100の勧告を行っている[5]。これらの勧告のうちの最初の14が規制枠組みに関するものである。まず、規制は成長への障壁にもなるし(「悪い規制」)、新セクターへの投資の触媒にもなる(「良い規制」)と捉え、国際競争力の重要な推進力になりうるものと位置づけている。そのうえで、EUからの離脱(ブレグジット)のタイミングを、生産性を上げ、競争を促進し、イノベーションを刺激するという3つの目的をもって規制へのアプローチを組み立てる良い機会であると捉えている。そのための規制アプローチの条件として、a) 達成されるべき目的に対して比例的であること(proportionate)、b)将来を見据えたものであること(forward-looking)、c)アウトカムに焦点を当てたものであること(outcome focused)、d)協働的であること(collaborative)、e)実験的であること(experimental)、f)技術や社会の変化に対して反応が早いこと(responsive)を挙げている。しかも、英国の伝統的な、成文化しないコモンロー・アプローチは、成文化された法律を最も重要な法源とするEUの大陸法アプローチと比較して、シンプルで柔軟なので有利であると主張している。

OECDから提示された規制政策2.0

OECDと世界経済フォーラムは、新興技術の可能性を引き出すための「アジャイル・ネイション」協定を策定し、202012月、日本を含む7か国が署名したことを公表した[6]。同時に「アジャイル・ネイション憲章」と報告書「第四次産業革命のためのアジャイル・ネイション:レギュレーターのためのツールキット」も発表された。OECDでは、20211056日に開催された閣僚レベル理事会会合で「イノベーションを活用するためのアジャイル規制ガバナンスのための理事会勧告」が採択された[7]。そこでは、規制が将来に適合した(“fit for the future“)ものとなるように、下記のように、RIAを含む現行の規制管理ツールをアップデートしていくことが勧告された。

  1. エビデンスの質を向上させるための技術的な解決策を活用しながら、より順応的で、反復する、柔軟性のある規制評価サイクルを開発する。
  2. 透明性を高め、信頼を築き、様々な専門知識を活用するために、市民や革新的な中小企業、新興企業を含めて、早い段階から、また政策サイクル全体を通して、規制プロセスに市民やステークホルダーが関与する仕組みを導入する。
  3. 最も関連性の高いエビデンスと規制のアプローチを活用するために、国際的なイノベーション・エコシステムを検討する。

次に、アジャイルで、将来にわたり有効な(”future-proof”)規制の策定を可能にするガバナンス枠組みを以下のように開発することが勧告された。

  1. 制度的能力を開発し、それに応じて明確な権限を付与すること、体系的かつ協調的なホライゾン・スキャニングとシナリオ分析を実施すること、インパクトの大きいイノベーションの規制上の含意を予測・監視すること、継続的な学習と適応を促進することにより、将来を見据えた(”forward-looking”)ガバナンス枠組みと規制アプローチを開発・適応する。
  2. デジタル技術やビッグデータがもたらす機会を活用して、イノベーションを成功させるために、よりアウトカムにフォーカスした規制アプローチを開発する。
  3.  対応するアウトカムを適切にモニターできるという条件の下で、法的拘束力のないアプローチが提供する機会を、他の規制手段の代替または補完として活用する。
  4. 規制監督下でのイノベーションを促進するために、より大きな実験、テスト、試行を可能にする。

OECDの規制政策委員会は、3年に1度発表している「規制政策アウトルック」を202110月に発表し、そこでは規制を新興技術のイノベーションの推進力とするための「規制政策2.0」という概念を提示した[8]。そこでは、現行の規制政策において顕在化した課題として、税や金融、財政支出への注目や利用、精査に比べて、規制政策(RIAを含む規制管理ツール)の利用は相変わらず過少であることや、特に事後評価が不十分にしか実施されていない点が指摘された。また、人間の行動上の偏りを考慮するため、行動科学の知見を、被規制対象の個人だけでなく組織にも、さらには規制機関に対しても適用することが勧告された。特に「リスクに基づく(risk-based)規制」と題した章(第6章)においては、リスク(=危害の起きやすさと危害の重大さの程度の組み合わせ)という概念が、規制の効率性を改善し、有効性を強化し、事務負担を削減するために必要不可欠なアプローチであることが強調された。

 

[1] 岸本充生「規制影響評価(RIA)の活用に向けて : 国際的な動向と日本の現状と課題」経済系 : 関東学院大学経済経営学会研究論集 275 26-44 201811
https://kguopac.kanto-gakuin.ac.jp/webopac/NI30003274

[2] 日本経済団体連合会「規制改革の推進体制の在り方に関する提言」2019319日 http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/025.html 日本商工会議所「2021年度 規制・制度改革に関する意見」20211021日 https://www.jcci.or.jp/recommend/2021/1021163000.html

[3]World Economic Forum, Agile Governance: Reimagining Policy-making in the Fourth Industrial Revolution. White Paper, January 2018.
https://jp.weforum.org/whitepapers/agile-governance-reimagining-policy-making-in-the-fourth-industrial-revolution

[4]U.K.Department for Business, Energy & Industrial Strategy, Regulation for the Fourth Industrial Revolution White Paper, 11 June 2019.
https://www.gov.uk/government/publications/regulation-for-the-fourth-industrial-revolution

[5]U.K.Taskforce on Innovation, Growth and Regulatory Reform independent report.16 June 2021.
https://www.gov.uk/government/publications/taskforce-on-innovation-growth-and-regulatory-reform-independent-report

[6]World Economic Forum, Nations Sign First Agreement to Unlock Potential of Emerging Tech.09 Dec 2020.
https://www.weforum.org/press/2020/12/nations-sign-first-agreement-to-unlock-potential-of-emerging-tech/

[7]Meeting of the Council at Ministerial Level, 5-6 October 2021, RECOMMENDATION OF THE COUNCIL FOR AGILE REGULATORY GOVERNANCE TO HARNESS INNOVATION (Adopted by the Council at Ministerial level on 6 October 2021).
https://www.oecd.org/mcm/Recommendation-for-Agile-Regulatory-Governance-to-Harness-Innovation.pdf

[8]OECD, OECD Regulatory Policy Outlook 2021, OECD Publishing, Paris, October 06, 2021.
https://doi.org/10.1787/38b0fdb1-en

岸本 充生/Atsuo Kishimoto

岸本 充生

  • 研究主幹

研究分野・主な関心領域

  • リスク学
  • 科学技術と社会
  • 倫理的・法的・社会的課題(ELSI)

研究プログラム

科学技術政策システムの再構築