コロナ・ショック下の金融と経済(第1回) 景気と株価の乖離をどう考えるか

写真提供:GettyImages

コロナ・ショック下の金融と経済(第1回) 景気と株価の乖離をどう考えるか



大きく乖離する景気と株価

コロナ・ショックの下で展開する金融と経済の動きを眺める時、現時点で多くの人の眼にパズルとして映っているのは景気と株価の乖離ではないだろうか。実際、新型コロナウイルスの感染拡大に対して多くの国が移動制限や都市封鎖といった厳しい感染抑制策を採った結果、世界経済は深刻な落込みを経験している。例えば、IMF(国際通貨基金)は4月初めに世界経済見通し(WEO : World Economic Outlook)で2020年の世界経済成長率が-3.0%になると予測して、衝撃を与えた[1]。僅か3ヶ月前の予測から-6.3ポイントもの下方修正であっただけでなく、リーマン・ショック後の2009年でも世界成長率は-0.1%だったことを考えると、まさに1930年代の大恐慌以来の深刻な景気悪化を意味するからである(事実、4月の米国の失業率は大恐慌以来の高さとなった)。最初に感染が拡大した中国の景気は1~3月をボトムに徐々に回復しつつあるが、日米欧は1~3月に揃ってマイナス成長を経験した後、4~6月にはさらに大幅なマイナス成長が予想されている(日本の実質成長率は年率2割減、米国では3~4割減などと言われる)。

これに対し株価の動きをみると、確かに3月頃には急落局面を経験した。「新型コロナの影響は限定的」などとして史上最高値を更新し続け2月央には30千ドルに迫っていたNYダウも、一時18千ドル台まで下落した。3月中旬には、株価の下落スピードがあまりに速いため、一時的に取引停止となるサーキットブレーカーが何度も発動されたのは記憶に新しい。日本株の下落は米株ほどではなかったが、それでも年初に約24千円であった日経平均は一時17千円割れまで下落した。しかし、これらはあくまで一時的な動きであって、その後の株価は急速な戻り歩調を辿った。6月上旬にはNYダウが27千ドル台後半に達し、日経平均も23千円台を記録するなど、春先の下落の大部分を取り戻す形となったのである。

本稿の主題は、この景気と株価の極端な乖離をどう理解するかにある。果たして「株価は景気を先取りする」と言われるように、今後の順調な景気回復を期待してよいのだろうか。それとも、現在の株価は一種のミニ・バブルであって、この先に深刻な二番底が待っていることを心配すべきだろうか。筆者は、この乖離を説明する仮説は主に4つあると考えており、以下ではこの4つの仮説について説明しつつ、若干の評価を加えて行くこととしたい。

景気のV字回復説、株価再下落説、テック株主導の株高説

まず第1は、景気のV字回復説である。事実、新型コロナウイルスの感染拡大が中国内にほぼ限定されていた2月中頃までは、今回の景気後退は都市封鎖などの人為的な要因によるものであり、物的資本も人的資本も棄損されていない。また、リーマン・ショック時のような金融システムの混乱もない以上、感染抑制にさえ成功すれば、景気はV字回復という見方が一般的であった。米株にはかなりバブル的様相も感じられてはいたが、世界的に株価が堅調であった背景には、こうした理解が共有されていたためだと考えられる。しかし、新型コロナが世界全体に広まってしまった今、こうした楽観論は消え失せたと言ってよいだろう。日本や欧州では一応感染の第一波は抑制されたが[2]、新興国を含めた感染拡大にはまだ歯止めが掛かっていない。7~9月から世界景気は緩やかな回復に転じるとしても、ワクチンや特効薬の普及がない限り、まだまだ第二波、第三波を恐れなければならない状態が続く可能性が高い。

第2は、株価の再下落説である。株価の5月下落説(Sell in May!)が実現しなかったため、市場では二番底懸念が薄れたと言われる。しかし、経済指標に対する株価の反応(例えば、5月の米国失業率が予想外の低下を示した6月上旬)や、ワクチンや特効薬の開発に関するニュースへの市場の反応(専門家の間ではワクチンの開発にはかなりの時間が掛かるという見方が一般的だが、株式市場では年内にもワクチンや新薬が普及するという噂がしばしば流れる)をみていると、現在の株価は過度の楽観論に支えられているのではないかとの疑念を払拭できない。株価がもう一度下落する可能性は十分あると考えるべきではないか。そのきっかけとしてまず頭に浮かぶのは、やはり第二波懸念だろう。

第3は、テック株主導の株高という説明である。コロナ・ショックによって景気全般は大幅に悪化したが、同時に最近の経験はデジタル技術の重要性を再認識させることとなった。日本国内でも、テレワークが急速に拡大し、大学などではオンライン授業が普通になった。他方で、医療のIT化の遅れ(保健所によるコロナ感染者の報告はファックス・ベースだった!)や電子政府化の遅れは、コロナとの闘いにおいて大きな妨げとなったからである。思えば、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)+M(マイクロソフト)などのbig tech企業はここ数年逆風に直面していた。これら企業の独占力行使や個人情報保護に関する問題、さらには租税回避行為などが強く批判されていたのである(EU(欧州連合)諸国などからは巨額の反則金支払いを求められたこともあった)。コロナ禍の経験でこうした批判が直ちに鎮静化するとは思えないが、デジタル技術の重要性が再認識されたことは、テック企業にとって大きな環境の変化と言えよう。実際、テック株が多く上場するナスダック指数は、この6月に入って初めて10000ポイントを突破して、史上最高値を更新した。とは言え、テック株以外の株価も大きく戻しており(テック株の比率が必ずしも高くない日本株も上昇している)、これだけで景気と株価の乖離を説明するのは無理があるだろう。

モラル・ハザードの可能性

第4の仮説として筆者が考えるのは、モラル・ハザードの可能性だ。一般には、中央銀行による大規模な金融緩和によるカネ余りの結果、景気実態を無視して株価が上昇していると言われることが多いが、こうした説明はやや厳密さを欠く[3]。ここで注目するのは、株価の騰落に対して(とくに米国の)金融当局の対応が非対称になっており、それが投資家のモラル・ハザードを招いているのではないかという見方である。

1980年代からのグリーンスパン元議長時代以来、米国FRB(連邦準備制度理事会)は完全雇用が達成され、資産バブルの懸念がある状況でも、インフレ率が目標を上回らない限り、金融引き締めなどの対応は採らないという姿勢を貫いてきた。これは、「仮に資産バブルが崩壊しても、事後的に速やかかつ十分な金融緩和を行えば、バブル崩壊の悪影響は食い止められる」というFed viewによるものだった。こうした考えの誤りはリーマン・ショックの経験で明らかになった(住宅バブル崩壊の影響は金融緩和だけでは食い止められなかった)筈だが、FRBは未だ公式にFed viewを撤回していない。コロナ・ショックの直前も、史上最長の景気拡大、完全雇用の一方、株価の割高が多くの専門家から指摘されてきたにもかかわらず、超金融緩和が続けられてきたのはそのためである[4]

これに対し、米国の金融当局は株価急落等を契機とした危機時には、様々な救済措置を繰り出してきた。1998年にLTCM(Long-Term Capital Management)という大型ヘッジファンドが破綻の淵に瀕した際には、大手金融機関に奉加帳を回すことで救済融資を行った[5]。リーマン・ショックの2008年には、大手投資銀行(証券会社)が救済された。本来、預金保険や公的資本注入の対象となるのは公共財としての決済機能を担う銀行のみ(その代償として銀行は様々な規制に服する義務がある)なのに、証券会社に銀行免許を与えて公的資本注入を行ったのである。さらに、今回のコロナ・ショックではFRBは史上初めて社債の購入を行っただけでなく、一時期金利が大幅に上昇した低格付け債にまでその範囲を拡大した。これは、超金融緩和期に社債を発行して自社株買いを行っていた事業会社までが救済対象となったことを意味する。

こうした株価の騰落に対する非対称な政策対応が繰り返されれば、投資家には「いざという時はFRBが助けてくれる」と考えるモラル・ハザードが生まれ、景気実態から乖離した株価形成が行われる可能性が高まる[6]。実際、景気と株価の乖離はコロナ・ショック後に初めて生じた現象ではなく、リーマン・ショック後の景気回復局面でも、景気回復は鈍いのに株価だけは大幅に上昇していた(このため、ノーベル経済学賞受賞者でイェール大学教授のロバート・シラーらは、一貫して株価の割高に警鐘を鳴らしていた)。株価への非対称な政策の繰り返しが次第にモラル・ハザードを深めていった結果だと理解できよう。

4つの仮説の評価

正直に言って、筆者は株式市場の専門家ではないので、これらの仮説がどの程度最近の株価上昇を説明できるのか、よく分からない。ただ1つの仮説だけで現在の景気と株価の乖離を説明できるとは思えないので、蓋然性に乏しい景気のV字回復説を除く3つの要因が重なって株価を支えていると考えるのが最も穏当だろうと思う。

このうち、第2の株価再下落説が正しいとすると、景気回復の足取りが脆弱な中での株価下落は不幸なことだが、株価が経済の実態に収斂すること自体を妨げることはできない。必要であれば、株価を支えるためではなく、景気回復を支えるために財政金融政策等を発動することが求められよう。一方、第3のテック株の寄与を重視するなら、これはファンダメンタルに即した株高であり、素直に歓迎すればよい。さらに、株式市場がデジタル技術の重要性の高まりを正確に予見していると考えるならば、我が国としては、今回のコロナ・ショックで明らかになったテレワーク、オンライン教育、医療のIT化、電子政府化などの遅れを取り戻すために一層力を注ぐ必要があるということになる。

その一方で、最も評価の難しいのは、やはり第4のモラル・ハザードの可能性である。まず最初に強調すべきは、現在の各国中央銀行による異例の金融緩和策(FRBや日銀の社債購入を含む様々な企業の資金繰り支援策が中心)が株価と景気の乖離の一因となっているとしても、こうした政策を止めるべきではないということだ。まさに大恐慌以来の景気悪化だからこそ異例の金融緩和が行われているのであり、ここで企業の資金繰り支援を止めれば倒産の多発、さらなる景気の悪化を招きかねない。問題は前述のとおり、株価の騰落に対する政策対応の非対称性にあった。したがって求められるのは、今後コロナ・ショック前のように完全雇用が達成される一方、資産バブルが懸念されるような状況では、物価上昇が明確でなくとも過度の金融緩和を抑制し、政策の対称性を取り戻すことである。それは、金融的不均衡を抑制する観点からも極めて重要だと考えられる[7]



[1] 因みに、この時のWEOの副題はThe Great Lockdownであった。なお、IMFは6月24日にWEOの改訂版を公表し、2020年の世界成長率を-4.9%に引き下げている。

[2] 広大な米国は州毎に動きが異なるが、全体としてみると、新規の死者数は減少傾向にある一方、新規の感染者数ではまだ第一波が収束したとも言えない状況にある。

[3] 金利がゼロ制約に達した「流動性の罠」の下で行われる非伝統的金融緩和の効果については、未だ確かな結論は出ていない。この点に関しては、拙著『金融政策の「誤解」』(慶應義塾大学出版会)を参照。

[4] 正確に言うと、FRBは2018年中政策金利の段階的引き上げを行っていた。しかし、18年末に株価の大幅な下落が起こり、トランプ大統領からも利下げを求められると、翌19年には「予防的利下げ」に転じてしまった。この結果、コロナ・ショックに直面しても、利下げ余地は殆ど残されていなかったのである。

[5] LTCMには2人のノーベル経済学賞受賞者(マイロン・ショールズ、ロバート・マートン)が参加していたことが有名だが、同ファンドは極めて高いレバレッジを掛けていたため、その破綻は金融市場に大きな混乱を招くとして救済が図られたのである。

[6] 経済学的には、株式保有に対して株価下落時の損失を限定するプット・オプションを付与することに等しいから、株価が上昇するのは当然である。だから、こうしたFRBの姿勢は市場参加者たちからグリーンスパン・プット、バーナンキ・プットetcと呼ばれたのである。

[7] こうした、資産価格に対して対称的な金融政策が必要であり、中央銀行は金融的不均衡の抑止を重視すべきだという考え方は、国際決済銀行(BIS)のエコノミストたちが主張してきたものであり、Fed viewに対してBIS viewと呼ばれる。なお、インフレ目標といったルール重視の金融政策には、もともと金融引き締め時の景気悪化を恐れて金融緩和/金融引き締めが非対称となり、結果としてインフレ昂進を招くことを防ぐ狙いがあった。しかし、世界的に物価が上がりにくい時代となると、むしろインフレ目標への固執が資産価格の騰落に対する対応の非対称性をもたらし、結果として資産バブルの膨張と崩壊の繰り返しにつながった可能性がある。BIS viewとは、こうした反省に立つ考え方である。

早川 英男/Hideo Hayakawa

早川 英男

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 日本経済
  • 経済政策
  • 金融政策

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット