コロナ・ショック下の金融と経済(第2回) コロナ禍で変わる中央銀行の役割

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コロナ・ショック下の金融と経済(第2回) コロナ禍で変わる中央銀行の役割



中央銀行の3つの役割

中央銀行の主な役割は、銀行券の独占的な発行を別にすると[1]、①物価の安定、②金融(金融市場、金融システム)の安定、③財政ファイナンスの3つである。と言うと、近年のマクロ経済学の教科書を学んだ人たちからは、「中央銀行の役割は主に金融政策であり、その目標は物価の安定だ。財政ファイナンスなどは物価安定を損なう行為ではないか」という批判が聞こえてきそうである。しかし、中央銀行の歴史を遡ってみると、物価安定は中央銀行が比較的最近になって重視し始めた役割であることが分かる。

まず、歴史上もっとも名高い中央銀行であるイングランド銀行は(ただし、「最古」の中央銀行はスウェーデンのリクスバンク)、名誉革命後の17世紀末に設立されたが、その当初の役割は財政ファイナンスだったと言われる。当時の英国は、効率的な徴税制度を発達させる一方で、一時的な戦費の調達にはイングランド銀行を中心とする国債の発行・流通市場を整備することで、安定した財政力を手にした(=財政革命)。近年の英国近世史では、このことで強大な国力を誇りながら、徴税請負制度に依存し戦費調達面に弱点を有したフランスとの18世紀を通じた覇権争いに勝利することができたとされている[2]

次いで、欧州主要国に次々と中央銀行が設立されていった19世紀(日本銀行の設立は1882年)には、「最後の貸し手」(the lender of last resort)機能を通じた金融の安定が中央銀行の主要な役割と考えられていた。この点、米国FRB(連邦準備制度理事会)設立の経緯を振り返ってみると、米国には20世紀初頭まで中央銀行が存在しなかったため、1907年恐慌で大きな混乱を招いた。この時、J. P. モルガンが銀行団を率いて実質的に「最後の貸し手」機能を果たしたのだが、その経験が1913年のFRB設立につながって行ったとされる。つまり、FRB設立の目的は金融の安定にあったのである。

一方、インフレ抑制のための金融引締めは古くからみられてきたが、1930年代のケインズ革命以降は金融政策が財政政策と並ぶマクロ安定化政策として明確に位置付けられるようになった。筆者が初めて経済学を学んだ1970年代(新古典派総合の時代)には、景気への影響力は相対的に財政政策の方が大きい一方、物価への影響は金融政策の方が大きいため、政策割当問題として金融政策は物価安定を目標とするといった説明が行われていた。その後、景気(雇用)と物価の間に長期的なトレード・オフがないとするフリードマンの自然失業率仮説が広く受け入れられるにつれ、中央銀行はますます物価安定を重視するようになる。さらに、ミクロ経済学的基礎を備えたニューケインジアン経済学[3]が主要国中央銀行の標準装備となった1990年代には、政策面でもインフレ目標政策が世界に拡がって行った。1990年代半ばから既にゼロ金利制約に直面していた日本銀行はインフレ目標に対して懐疑的であったが、その日銀も7年前に黒田総裁の下で2%の物価目標を掲げて「異次元緩和」に踏み切ったことは周知のとおりである。

コロナ・ショック下の中央銀行の役割

こうした中央銀行は物価安定に専念すればよいとの考え方は、リーマン・ショックを機に揺らぎ始めていた。リーマン・ショック前に目立ったインフレの加速は見られなかった一方、不動産バブルの崩壊で経済は大きなダメージを蒙ったからである。前回の本欄で述べたように、「バブルが崩壊しても、速やかに十分な金融緩和を行えば、バブル崩壊の悪影響は食い止められる」というFed viewの誤りも証明された。だが、リーマン・ショック後に中央銀行の役割について大きな見直しが行われるには至らなかった。実際、日米では完全雇用でも物価上昇が不十分との理由で超金融緩和が長期化し、このことが米国での企業債務の積み上がりや新興国の過剰債務という形で、コロナ・ショックに伴う金融の不安定化につながったのである。

これに対し、コロナ・ショックは中央銀行の果たす役割に大きな変容をもたらすこととなった。現在の中央銀行の政策の中核には金融の安定が置かれている。コロナ・ショックの直後には大量の流動性供給が行われたが、その中で最も重要だったのは、FRBを中心とした主要国中銀協調によるドル供給だった[4]。超金融緩和の下でドル建て債務を積み上げていた企業や新興国が深刻なドル不足に直面したからである。次いで、重大なストレスの掛かった企業金融市場を安定させるため、CP(コマーシャルペーパー)や社債の買い入れが行われた(日銀は購入枠拡大、FRBは初めて社債購入に踏み切っただけでなく、低格付け債にまで範囲を拡大した)。

景気対策の主役は財政が担う一方、これらの市場が一応安定した今、中央銀行が注力しているのは、中小企業まで含めた企業の資金繰り支援である。コロナ・ショックはリーマン・ショックと違って金融部門自体がショックの源泉ではないが、コロナの感染を抑制するために強力な営業規制や都市封鎖が行われると、「予約の取れない飲食店」のように本来の事業内容は極めて良好な企業であっても、キャッシュの流入が途絶えて倒産してしまう恐れがある。こうした事態を防ぐために、政府と中央銀行が一体となって資金繰り支援に努めているのである。日本の場合で言えば、政府出資の信用保証協会が100%保証を行い、地方自治体が利子補給を行うことなどで無利子・無担保融資制度が導入されたが、日銀はこれをゼロ金利でリファイナンスするだけでなく、利用した金融機関に0.1%の付利(=補助金)を行うスキームを導入した[5]。一方、信用保証制度の存在しない米国は、中小企業等に貸出を行った市中銀行の貸出債権の95%までをFRBが実質的に買い取るMSLP(Main Street Lending Program)という仕組みを導入した(これに伴うFRBの貸し倒れ損失は連邦政府が保証する)。欧州にもT-LTRO(貸出条件付き長期資金供給オペ)と呼ばれる同工異曲の仕組みがあり、各国の制度に応じて表面の形は違うが、本質的には同じような対応が行われている点が注目される。

もう一つ、コロナ・ショックの下で中央銀行が果たしている重要な役割は、急拡大する財政赤字のファイナンスである。もちろん、各国中銀ともに財政ファイナンスを明示的に認めることは決してない。しかし、コロナ・ショックに伴う休業補償や国民への給付金、上述のような企業の資金繰り支援策によって、各国の財政赤字は未曽有の規模に膨らんでいる。例えば、6月発行のIMF(国際通貨基金)経済見通し(WEO)によれば、米国の財政赤字は名目GDP対比でみて19年の6.3%から20年には23.8%に急増すると予想されており、同様にユーロ圏では0.8%のほぼ均衡財政から11.7%の赤字に、日本の赤字は3.3%から14.7%に拡大する見通しとなっている[6]。今年度の日本の新規国債発行額は90兆円強と、リーマン・ショック後のピーク52兆円を遥かに上回る。さすがにこれだけの国債発行増となれば、金融市場への影響を軽視できないため、各国中銀は国債購入を急拡大している。とくに、日米両国では国債の購入額を「無制限」としており、リーマン・ショック後の量的緩和と言うより、実質的(de facto)には財政ファイナンスの色彩が強まっていると考えられる[7]

これに対し金融政策における物価安定、とくにインフレ目標の位置付けは明らかに後退している。主要国の今年5月の消費者物価前年比は、それぞれの国で注目される指標に応じて米国(コアPCEデフレータ:エネルギー価格下落の影響が除かれている)が+1.0%、ユーロ圏(HICP)が+0.1%、日本(コアCPI)が-0.2%と、いずれも目標とされる2%程度を明確に下回っている。もちろん、インフレ率が目標を下回っている限り金融緩和継続と整合的であるし、目標を引き下げれば金融緩和に消極的と見做される恐れがあるため、目標の引き下げが行われることもない。しかし、インフレ率が目標を下回っても、追加金融緩和は行われず、インフレ目標への執着は弱まっている。これは、かつて「2年で2%」に強いこだわりを見せた日銀の黒田総裁が「物価目標へのモーメンタムは損なわれた」と述べつつ、追加緩和の消極的な姿勢を示していることからも明らかだろう。

コロナ後を考える

とは言え、現在の中央銀行の姿はあくまで非常時対応である。ここでポイントとなるのは、コロナ対応が落ち着いた後の金融政策の遂行において、物価安定と金融の安定にどの程度のウェイトを置くべきかという問題だと思う。確かに、リーマン・ショック後と同様に結果としてインフレ目標一本鎗が続く可能性はある。事実、FRBでは金融政策の枠組み検証の作業が進められているが、そこではインフレ率が一時的に目標を上回るのを容認する「オーバーシュート型コミットメント」の採用が有力と伝えられており、これはむしろインフレ目標を強化する案である[8]

しかし、リーマン・ショック後の米国が史上最長の景気拡大を謳歌し、完全雇用を達成したにもかかわらず2%目標を達成できなかったことや、日本における「異次元緩和」の失敗を考えると、「オーバーシュート型コミットメント」の採用で2%目標を達成できると考えるのは、あまりにも楽観的ではないか[9]。仮に、経済が過熱状態になっても、2%超のインフレ率が達成できないという理由で超金融緩和が続けられるなら、再度資産バブルといった金融的不均衡の拡大を招く恐れがある。FRBでもパウエル議長自身は2年前、金融的不均衡をより重視する姿勢を示していたこと[10]を思い出すと、物価安定と金融の安定の間に、より現実的なバランスを目指す方向になることを筆者は期待している。

一方、現状の実質的な財政ファイナンスを快く受け止めている中央銀行関係者はいない。「財政赤字に何の問題もない、インフレになったら金融引き締めを行えばよい」などというMMT(現代貨幣論)は誰も信じてはいないからだ[11]。コロナ・ショックが落ち着けば、欧米の中央銀行は政府に財政健全化を求める発言を始めるに違いない。だが問題は、なかなか物価が上がらず、したがって低金利が続く環境では、政府サイドに歳出削減や増税のインセンティブが働きにくい点にある。

実は財政赤字が急増する中、市場にはFRBも中長期金利に上限を設ける日本流のYCC(イールドカーブ・コントロール:長短金利操作)を導入するのではないかとの見方があったが、今のところFRBは慎重姿勢のようだ。米国は第二次世界大戦中から1951年のアコード(米財務省とFRBが発表した共同声明文)締結まで、国債価格維持政策を続けていたが、恐らくFRBにはこの財政ファイナンスからの脱却が容易でなかったという反省があるからではないか。預金金利等が規制下にあった当時と比べ、長期金利のコントロールが遥かに難しくなっていることを考えれば尚更である。こうした中、日本では基礎的財政収支の黒字化に代表される財政健全化計画が何度も先送りされている(今年度のコロナ対策大型補正を踏まえれば、財政の先行きはさらに大きく悪化することが必至)一方、日銀が4年前から長期金利コントロールを実施しているため、政府にも市場にも金利上昇に対する警戒感が極めて希薄になっている。我が国における財政ファイナンスからの脱却の道程は、他国に比べても長く厳しいものとなるだろう。



[1] ごく最近は、急速なデジタル技術の進展によってデジタル通貨の可能性が生まれてきており、リブラなどの民間発行によるデジタル通貨のほか、中央銀行自体がデジタル通貨を発行する可能性(central bank digital currency : CBDC)も大いに注目されている(例えば、日本銀行決済機構局が最近公表したレポート「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」https://www.boj.or.jp/research/brp/psr/data/psrb200702.pdfを参照)。ただし、本稿ではこの問題に立ち入らない。

[2] ジョン・ブリュア『財政=軍事国家の衝撃』(名古屋大学出版会、2003年)参照。

[3] ニューケインジアン経済学の代表的文献は、Michael Woodford, Interest and Prices, 2001, Princeton University Press、Jordi Gali, Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle, 2008, Princeton University Pressなどである。

[4] FRBが各国中銀とスワップを行う形でドル資金の供給が行われているが、実はFRBから最も多額のドル供給を受けているのは日銀である。これは、日本のメガバンクなどが自前のドル資金を十分に持たないまま、新興国などに多額のドル建て融資を行ってきたため、日銀を介してドル資金が供給されているのである。

[5] コロナ・ショックに伴う企業の資金不足拡大とこうした支援措置が相まって、銀行計の総貸出平残前年比は3月の+2.2%から6月には+6.5%まで高まっているが、この+6.5%増は2000年以降の最も高い伸びである。

[6] 因みに、20年末の政府債務残高(グロス)の名目GDP比でみると、米国141.4%、ユーロ圏105.1%に対し、日本は268.0%と、日本の債務の多さが際立つ形となる。

[7] 日銀は、今年4月の金融政策決定会合で、従来80兆円程度とされていた国債購入額の目処を無制限とした。ただし、日銀は16年9月以降、10年国債の利回りをゼロ程度とするイールドカーブ・コントロール(YCC)を導入しており、実際の国債購入額は80兆円を大きく下回っていた。「無制限」とした4月以降の国債購入も急増している訳ではない。

[8] この点については、FRBのエコノミストとして検証作業に参加していた仲田泰佑東大准教授の「危機時の財政金融政策(上):FRB、物価目標見直しも」(日本経済新聞「経済教室」欄、20年6月16日)を参照。ただし、仲田氏自身はオーバーシュート型コミットメントの効力にやや懐疑的で、FRBが物価目標を引き下げる可能性に言及している。

[9] これはあくまで筆者の印象だが、最近は中央銀行の物価コントロール力を信頼する中銀関係者と、金融政策の限界を強調する長期停滞論を受け入れるその他のマクロ経済学者の間で見解の差が大きくなっている気がする。偶々19年、20年と全米経済学会(AEA)の会長をマクロ経済学者が務めたのだが、財政政策の役割を強調した昨年のブランシャール(元IMFチーフエコノミスト)の講演が広く注目された一方、非伝統的金融政策の有効性を弁護したバーナンキ(元FRB議長)の講演には批判的な受け止めが目立った。Olivier Blanchard,“Public Debt and Low Interest Rate”, American Economic Review April 2019、Ben Bernanke,“The New Tools of Monetary Policy”, American Economic Review April 2020。

[10] この点に関しては、当時筆者が書いた「パウエル議長の『総合判断』」https://www.fujitsu.com/jp/group/fri/knowledge/opinion/er/2018/2018-11-2.htmlを参照。

[11] MMTについては拙稿「MMT(現代貨幣理論):その読解と批判」https://www.fujitsu.com/jp/group/fri/knowledge/opinion/er/2019/2019-7-1.htmlを参照。

早川 英男/Hideo Hayakawa

早川 英男

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 日本経済
  • 経済政策
  • 金融政策

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット