ポストコロナ危機の日本企業のサプライチェーンのあり方

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ポストコロナ危機の日本企業のサプライチェーンのあり方

新型コロナウイルスの感染拡大は多国籍企業のサプライチェーンを前代未聞の危機に晒している。一般的に企業はサプライチェーンを構築するとき、リスクヘッジを考慮に入れるが、顕在化しやすいリスクでなければ、コスト削減と利益の最大化を優先に考えがちである。1990年代初頭、冷戦終結後、日本企業を取り巻く経営環境が大きく変化した。一つはバブル崩壊による内需不振である。もう一つは超円高の進展である。同じ時期に、隣の中国では、市場開放が進み、中国政府は日本企業の直接投資を積極的に誘致していた。日本企業は安定した経営とさらなる発展を目指すために、「研究・開発」の拠点を日本に置きながら、生産拠点の大半を順次東南アジア、そして、中国へ移転していった。1990年代半ば、日本が抱える一番の課題は日本国内の産業空洞化をいかに食い止められるかだった。 

日本企業の対中直接投資が大きな一歩を踏み出したのは2000年代に入ってからだった。2001年、中国は念願の世界貿易機関(WTO)加盟を果たした。そのときの条件として、中国政府は全面的な市場開放を約束した。それに期待して、日本企業は中国を生産拠点としてだけでなく、市場の魅力を認識し、現地での販売戦略を強化した。それまでは、製造業を中心とする日本企業は工場だけ中国に移転したが、それ以降、物流と流通に関する企業も中国に進出するようになった。 

むろん、日本企業の中国ビジネスは決して順風満帆ではない。日本製品の高品質さは中国市場での認知度が高いが、日本企業にとって中国市場への浸透は思ったより難しかった。一つの問題は、日本企業の販売戦略と中国社会の商習慣がうまくかみ合わなかったことだった。たとえば、国有企業に商品を売り込もうとするとき、その買い付けを決定するのは国有企業を管轄する上層部の政府行政機関だったりする。とくに、行政機関と国有企業が暗にリベートを求めることも多々ある。また、ハイスペックな日本製品は高すぎるとの指摘も多い。中国の消費者(法人と個人)の多くは、中国市場で販促を行う際、値段の引き下げを強要した。そのために、スペックを落とさないといけない。それには、日本企業は安易に応じられない。なぜならば、それによって、製品と商品の品質を担保できなくなるからである。そして、日本企業は、社内管理体制とコンプライアンス(法の順守)において得意先の担当者に対してリベートを払うことができない。一方、民営企業との付き合いにおいては、そのリスク管理が重要な課題となっている。中国では、民営企業とのビジネスは政府のバックアップを得ることができないため、売掛金の回収が難しかったとの報告が多かった。結局のところ、多くの日本企業は中国でB2C(企業と消費者間での取引)のビジネスを敬遠し、B2B(企業間での取引)のビジネスに専念している。しかも、そのほとんどは日系企業同士のいわゆるJOCJapan Originated Company:日本に本社を置く企業)ビジネスがほとんどである。わかりやすくいえば、日本企業は中国に大挙して進出しているが、そのビジネスの現地化は思ったより進んでいない。 

日本企業の中国ビジネスを低付加価値、中付加価値と高付加価値に三分類して考察すれば、その基本形がくっきりとみえてくる。まず、低付加価値の商品製造は、中国国内の人件費の上昇により、2000年代に入ってから、順次中国から撤退した。ただし、これらの企業は中国から撤退したとはいっても、中国と縁を切ったわけではない。たとえば、同じ低付加価値の日用品でも、日本市場向けの仕様と中国市場向けの仕様とは大きく異なる。近年、インバウンドの中国人観光客が日本に来て、歯ブラシなどを大量に買って帰っている。日本で売られている歯ブラシのような商品のほとんどは中国で生産されたものである。中国人観光客が中国では買わず、日本に来て買って帰るのは、日本仕様だから品質が高いと信じられているからである。要するに、日本のメーカーは中国から撤退したあとも、中国メーカーに日本仕様の商品の加工生産を委託している。 

そして、白物家電などの中付加価値の商品は、製造過程の原価率が高いため、中国における人件費の上昇により、カラーテレビを例にとれば、ロースペックの機種生産から撤退し、2Kと4Kのハイスペックの機種にシフトしている。しかし、日本ブランドの中付加価値商品は韓国企業および中国企業と競合するため、中国での生産をこのまま継続できるかどうかは不透明である。 

半導体などの高付加価値の製品の製造は日本企業の得意分野である。ただし、最終製品となると、話は別だ。パソコンとスマホをみればわかるように、日本メーカーはほとんど撤退した。むろん、そのキーコンポーネントは依然として日本メーカーがサプライヤーとして生産を続けている。今や、日本国内で組み立てている自動車の部品の汎用品の多くは中国から輸入している。 

中国に進出した日本企業は最盛期に25000社に達していたが、今は、15000社を下回っているとみられている。新型コロナ危機はいずれ終息するが、今回の危機を通じて、日本企業は中国への生産拠点の集中が大きなリスクとなっていることを認識し、これからアセットリアロケーション(資産の再配置)を考えることになる。 

これより先のことについて、日本企業は大きな悩みを抱えている。すなわち、生卵を一つのバスケットに入れると、リスクが高いといわれているように、中国への生産拠点の集中を行うと、新型コロナ危機のような非常事態に陥った場合、サプライチェーンが寸断されてしまう。したがって、生産拠点を東南アジアに分散し、一部は日本国内に回帰させることが合理的であると考えられる。しかし、中国の一人当たり国内総生産(GDP)は2019年、1万ドルを超えた。これから中国は世界的な生産拠点であると同時に、世界的なマーケットにもなる。すでに中国は世界最大の自動車マーケットであり、スマホの販売台数も世界一である。飲料の分野では、ビールの消費量が世界一になっている。日本企業にとって中国から完全に撤退する選択肢は現実的にあり得ない。 

おそらくここで考えなければならないのは、チャイナリスクをいかにコントロールするかである。論点を整理して述べることにしよう。一つは、国家の安全保障を中心とする地政学リスクをきちんと認識しておく必要があることだ。一企業として、地政学リスクをコントロールするのは確かに難しい作業となる。人員と金融資産の配置を最適化することが求められる。中国経済が減速局面に入っていることから、国際貿易において米中貿易戦争が今後も続くと思われ、資本取引規制の撤廃は当面の間望めない。中国からの海外送金規制と為替リスク管理の重要性はこれまで以上に高まると思われる。 

もう一つは中国国内の社会不安リスクをきちんと管理することである。新型コロナ危機をきっかけに、多国籍企業を中心に、生産拠点の一部を中国以外の新興国に移転している。また、中国国内の民営中小企業の倒産が増えている。その結果、雇用情勢が深刻化している。新型コロナ危機がもたらす中国の社会不安は日本企業に影響を及ぼし得る。 

さらに、失業率の上昇と家計所得の減少により、家計のバランスシートが壊れ、不動産バブルの崩壊を引き起こすリスクに留意する必要がある。日本でも経験のあることだが、不動産バブルの崩壊は必ず金融システムのリスクを高めることになる。中国の国家の債務比率はそれほど高くないが、中央政府、地方政府、国有銀行と国有企業の債務を合計した「公債」の割合はGDP300%以上に上るといわれている(Institute of International Finance)。すなわち、不動産バブルの崩壊→金融システムリスク→債務危機が発生する可能性があり、この負の連鎖は日本企業にとって対岸の火事ではない。 

日本企業はこれらのリスク管理をきちんと行う必要があるが、同時に、ポストコロナ危機の新しい国際情勢に照準をあわせた新たなグローバル戦略を構築することが何より重要である。新型コロナ危機はそう遠くないうちに終息すると思われるが、米中の覇権争いは相当長期化すると予想される。日米中の関係は等辺三角形にはならないが、アメリカ市場へのアクセスを担保しつつ、中国での直接投資を続け、さらに中国市場へのアクセスも強化していく必要がある。それに欧州連合(EU)と東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国を巻き込んだ連立方程式をいかに組み立てるかを考えた場合、それぞれのマーケットに依存するウェイト付けが重要になってくる。むろん、ここで、一つの統一した解を導くことはできない。それぞれの産業が置かれている国際環境と市場環境が大きく異なるからである。ただし、方法論は同じであるはずだ。重要なのはそのバランスのとり方である。 

柯 隆(か・りゅう)/Long Ke

柯 隆(か・りゅう)

  • 主席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 開発経済
  • 中国のマクロ経済

研究ユニット

対中国戦略研究ユニット