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コロナ・ショック下の金融と経済(第11回)コロナ禍からの景気回復の姿(下)   ワクチン普及がもたらす「様々な正常化」
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コロナ・ショック下の金融と経済(第11回)コロナ禍からの景気回復の姿(下) ワクチン普及がもたらす「様々な正常化」

February 10, 2021

ゲーム・チェンジャーとしてのワクチン普及
サービス消費の復活とモノ消費の減速
経済の正常化は社会の幸福度増進に寄与する
デフレ再燃のリスクに要注意
資産価格も「正常化」する可能性

ゲーム・チェンジャーとしてのワクチン普及

本稿(上)では、「制約され補償された経済」という図式を使うことで、コロナ禍における日本経済の姿を描写した。それは、コロナ・ショックによる所得の落込みは政府からの移転支出によって大部分補償されるが、対人接触を伴うサービスの消費や供給は強く制約されるというものであった(ここでは、対人接触を伴うサービスを狭義の「サービス」、デジタル・サービスなどを含むそれ以外の財・サービスを「モノ」と呼んでいる点に注意されたい)。だが、この状態がいつまでも続く訳ではない。ゲーム・チェンジャーとしての役割を期待されているのは、言うまでもなくワクチンの普及である。

通例、新規の感染症に対して有効なワクチンが開発されるまでに数年を要すると考えられてきた。しかし今回は、医学の飛躍的な進歩と各国政府による異例の早期承認によって、中国・武漢での新型コロナウイルス感染症発覚から約1年で米英等ではワクチンの接種が始まった。上手く行けば、日本を含む先進国では2021年後半にもコロナウイルスに対するワクチンの普及が進むと期待されている。

もちろん、異例の早期承認の反面、ワクチンの有効性や副反応のリスクについてはまだ不安もあるし、次々に発生する変異株に対して各種のワクチンがどこまで有効かは定かでない。また、多くの国でワクチンの接種は計画比で遅れ気味であり、とりわけ現時点でワクチンの承認さえ終わっていない日本での普及の遅れを懸念する声は根強い。

だが、以下ではこうした不安をいったん脇に置いて、これまでに開発された主なワクチンは実際に有効かつ副反応も限定的であり(現在までのデータは、その可能性を強く示唆している)、日本国内でも2021年の終わり頃までには多くの国民にワクチンが普及するとの前提で議論を進めよう[1]。その場合、サービス消費への不安は次第に和らぎ、その結果、経済の様々な面で「正常化」が進んで行くと考えられる。  

サービス消費の復活とモノ消費の減速

サービス消費に対しては、コロナ禍の経験で経済行動がパーマネントに変わるとの異論もあるが、筆者はやや懐疑的である。確かに、今回初めて在宅勤務を経験した企業や個人には「リモート・ワークも意外に使える」と認識したケースが少なくないとみられる[2]。在宅勤務の限界も広く認識されたとしても、在宅勤務の増加はパーマネントだと考えられる。しかし、「巣ごもり生活は楽しい」ことを発見した人は少ないのではないか。だとすれば、最初は恐る恐るであっても、徐々にサービス消費は正常化していくと考えるのが自然だ。短期間に何度も旅行に行くのは困難といった限界はあろうが、一定のペントアップ需要(繰越需要)の発現も期待される。現在のサービス消費が極端に圧縮されていることを踏まえると、今年後半から来年に掛けてのサービス消費のリバウンドはかなりの規模になる可能性がある。

ただし、サービス消費のリバウンドがそのまま個人消費の上乗せになる訳ではない。先に述べたように、2020年後半の予想以上のモノ消費の伸びは、サービス消費が制約される中でのスピルオーバーの面があったとみられるからだ。サービス消費が復活すれば、モノ消費は減速すると考えるのが自然だろう。とは言え、サービス消費が伸びた分だけモノ消費が減るという意味ではない。本稿(上)の図表3が示すとおり、コロナ禍では財政からの移転とサービス消費の減退により、家計貯蓄が大幅に積み上がっていた。極めてラフに試算しても、この「過剰」貯蓄は20兆円超になる[3]。サービス消費のリバウンドの一部は、この「過剰」貯蓄の取り崩しで賄われる筈であり、そう考えれば、サービス消費の復活に伴って個人消費全体の伸びは加速する可能性が高い。  

経済の正常化は社会の幸福度増進に寄与する

ただし、筆者はサービス消費の復活によってGDP(国内総生産)の成長率が加速する以上に、ワクチン普及に伴う経済の「正常化」が社会の幸福度増進に寄与する点が重要だと思う。そこには幾つかの理由がある。その第1は、言うまでもなくコロナ感染への不安が薄れることである。私達が完全にマスクなしの生活に戻れるのは、まだ1年以上先かも知れない(新興国を含む海外旅行に自由に行けるようになるのはもっと先だろう)が、国民の大半がワクチン接種を終えれば、生活の自由度は大きく高まるだろう。これはGDPにはカウントされない幸福度の増進である。

第2に、経済活動に絞って考えても、サービス消費への制約が無くなれば、同額の消費がより高い満足度(効用)を与える筈である。これまでデリバリーの食事やオンラインで音楽や演劇の鑑賞をしていたとしても、それはリアルな外食の愉しみや劇場などで他の観客と共有する興奮とは比較にならない。私見を言わせて頂ければ、「オンライン飲み会やオンライン旅行など、どこが楽しいのか」というのが偽らざる実感である。リアルなサービスの復活がもたらす喜びには計り知れないものがあると思う。

第3は、経済格差の改善である。未だデータは十分に揃っていないが、コロナ禍は経済格差を大きく拡大させたと考えられている。典型的には、リモート・ワークで問題なく仕事をこなせる専門職やホワイトカラーと、飲食・宿泊の分野で職を失った人々の格差だ。日本の場合、コロナ・ショック以前に人手不足状態にあったことや、趨勢的な人口減少の影響もあって、全体としての雇用の悪化は当初懸念されていたほどではなかった。それでも、その内訳をみると非正規雇用、とりわけ飲食・宿泊業に多く働く女性の雇用の減少が目立った[4]。伝統的な経済学では、こうした格差はあくまで所得分配の問題だと考えられてきたが、近年の経済学および社会疫学の研究では、経済格差の拡大が、相対的に恵まれた人も含めて、幸福度や健康に悪影響を及ぼすことが知られている[5]。経済の正常化でサービス業や女性の雇用が改善すれば、それは社会全体の幸福度増進につながるだろう。 

デフレ再燃のリスクに要注意

先に、需給ギャップの拡大の割に物価は下がらなかったことを指摘した。2020年11月の消費者物価(除く生鮮食品)前年比は-1.0%だったが、その殆どは既往のエネルギー価格下落とGo Toトラベルの影響だった。今後も、携帯電話料金の引き下げが物価低下要因として働くが、それも特殊要因である(それにしても、デフレ脱却を旗印に掲げた安倍首相に比べて、菅首相の政策には物価押し下げ政策が目立つ)。

2020年春に急落した原油価格を含めて、同年後半に多くのコモディティー価格(商品先物価格)が上昇したのは、世界景気の回復がモノ消費に支えられたもの(サービスからモノへのスピルオーバーを含む)だったためと考えられる。だとすると、今後サービス消費の復活によって世界経済の回復スピードが速まるとしても、モノの価格については、下落するとまでは言わないが、上昇テンポは鈍化すると考えるのが自然である。他方、サービスに関しては、需要も回復するが供給サイドも制約から解放されるため、価格への影響ははっきりしない。ただ、モノとサービスの両者を合わせた需給ギャップが拡大していることを踏まえると、経済が制約から解放されて価格メカニズムが自然に働くようになるにつれ、物価下落圧力が働き易くなると考えるべきではないか。

日本の物価を考える上でとくに注目すべきは、賃金の動向である。1998年から2012年の「デフレ期」において、欧米が平均して2%程度の物価上昇であったのに対し、日本は平均0.3%の物価下落だったが、その差異は殆どサービス価格によるものだった。そして、サービス価格の違いは賃金上昇率の違いに起因するものだったと考えられている[6]。この点、アベノミクス期において「官製春闘」と批判されながらも、定期昇給部分を除いて平均0.3~0.4%のベースアップを実現してきたことが「デフレでない状態」を作り出す上で大きく貢献したとみられる。しかし、今年の春闘は9年振りのゼロ・ベアに戻る可能性が高い。だとすると、今後急激な物価下落の懸念はないとしても、緩やかなデフレが再燃するリスクに注意が必要であろう。 

資産価格も「正常化」する可能性

最近のゲームストップ社株の乱高下を巡る騒動が示すように、世界的な株式相場の過熱がますます鮮明になってきた。この問題は、本シリーズ第1回「景気と株価の乖離をどう考えるか」でも指摘したところだが、この乖離は当時以上に拡がった印象である。市場関係者の強気の背景には様々な要因があるのだろうが、最も根本的なものは以下の2つだと筆者は理解している。その第1は、今年後半には少なくとも多くの先進国においてワクチンの普及が進み、経済の正常化が始まると期待されていることだろう。ワクチンの有効性や副反応、普及のスピードにはなお疑問の余地があるが、本稿で前提としているようにワクチン普及が順調に進むとすれば、経済の正常化に伴って景気回復が加速する可能性が高いのは、先に述べた通りである。

問題は第2の想定、すなわち景気回復が加速しても、現在の何でもありの財政金融政策が続くと市場が予想していることだろう。もちろん、この2つの想定は本来両立しない。経済の正常化が進めば、財政金融政策で景気を支える理由は乏しくなるからだ。それでも世界的に低インフレが続く中、主要国における政策金利の引き上げは当面ないとみられる。日欧に比べインフレ率が高まり易い米国でFRB(連邦準備制度理事会)が平均インフレ率目標を導入したことを考えれば尚更である。また米国のバイデン政権は、景気が回復した後も大規模なインフラ投資を実行する姿勢を示している。これらが今後も極めて刺激的な財政金融政策が続くとの見方の根拠になっているのだろう。

しかし、ここには大きな陥穽があり、それは長期金利である。政策金利は低位に抑制されても、貯蓄超過の日本と違って、貯蓄不足の米国で歴史的な財政赤字が続き、そこに本格的な景気回復が始まれば、長期金利は上昇すると考えるのが自然だ。しかも注意すべきは、これまでの財政出動は主に移転支出の形を取っていたため、財政赤字が拡大しても、その反面で家計貯蓄率が上昇する結果、長期金利の上昇につながりにくかったという点である[7]。これに対し、今後期待されているインフラ投資は直接的に貯蓄不足要因になるし、グリーン・ニューディールで民間投資まで活性化すれば、ますます貯蓄不足=長期金利上昇要因となる。米株高を正当化する最大の要因は長期金利の低さだから、そこが崩れれば米国株の先行きは危うい。

また新興国市場の動向は、それ以上に心配である。と言うのも、コロナ禍において新興国経済が多くの経済学者らが当初懸念したほど悪化しなかったのは、①衛生環境の悪さや医療体制の脆弱性にもかかわらず、コロナへの感染が予想外に抑制されたこと[8]と、②財政赤字の拡大が海外からの資金流入により大きな困難なくファイナンスされたこと、という2つのサプライズによるものだった。①はともかく、米国長期金利が上昇すれば②の前提は崩れ、新興国から資金流出→新興国通貨の急落といった危機が懸念される。

ワクチンの普及に伴って実体経済の正常化が進むなら、それは資産価格のバブル終焉という「もう一つの正常化」をもたらすのではないか。そのリスクを忘れてはならない。 

 


[1] 既に一部の国の間でワクチンの奪い合いのような事象が生じる中、財政的に余裕のない新興国に如何にしてワクチンを配付していくか(G20によるCOVAXプロジェクトなど)、中国のワクチン外交にどう対応していくかなど課題山積であるが、本稿ではこうした問題も扱わない。  なお、世論調査などでは日本国民の多くがワクチン接種に慎重との結果がみられているが、これは基本的には「様子見」姿勢の表れだろう。上記のようにワクチンは有効かつ副反応も少ないと仮定すれば、ワクチン接種が進み安全が確認されるにつれ、人々のワクチン接種姿勢も積極化して行くものと筆者は考えている。

[2] 在宅勤務の生産性等については、例えば森川正之「コロナ危機下の在宅勤務の生産性:就業者へのサーベイによる分析」、RIETI ディスカッションペーパーシリーズ(2020年7月)を参照。

[3] 2020年4月~9月の半年間の家計貯蓄は年率で約55兆円、実額で20兆円台後半だった。一方、平常時の貯蓄額は、貯蓄率を5%と高めに見積もっても7~8兆円程度である。その差を「過剰」貯蓄と見做せば、その規模は20兆円超となる。

[4] 総務省「労働力調査」によると、2020年7月時点で正規雇用が前年比52万人増加していた一方で、非正規雇用は131万人の減少、うち女性が81万人であった。その後、こうした格差は縮小していたが、2020年秋以降の感染者数増加や2021年1月からの緊急事態宣言発出の結果、非正規雇用は再び減少したと考えられている。  日本の相対的貧困率はOECD諸国の中で比較的高い方に位置するが、それにはシングルマザー家庭の貧困度の高さが大きく影響している。女性の非正規雇用の悪化は、相対的貧困率をさらに高めたのではないかと懸念される。

[5] 例えば、リチャード・ウィルキンソン&ケイト・ピケット『格差は心を壊す』、東洋経済新報社、2020年を参照。

[6] こうした賃金を中心とした日本のデフレの見方を代表するものは、吉川洋『デフレーション』、日本経済新聞出版社、2013年である。なお本項に限って、通常の財/サービスの分類を用いている点に注意されたい。

[7] 本稿(上)では、日本においてマクロ的には家計所得の減少を十二分に埋め合わせるような財政移転が行なわれていることを確認したが、これは欧米等でも基本的に同じ構図にある。現に、米国でも家計貯蓄率は異様な急上昇を示している。

[8] 日本を含む東アジアのコロナ感染率が欧米に比べ有意に低いことなどと同様、その理由は分かっていない。

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