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バイデン政権の対中政策と米中関係の行方 ―貿易摩擦から価値観対立による新冷戦へ―
全国人民代表大会の記者会見での王毅外相(2021年3月7日) 写真提供:GettyImages

バイデン政権の対中政策と米中関係の行方 ―貿易摩擦から価値観対立による新冷戦へ―

March 16, 2021

4年間続いたトランプ政権はようやく幕を下ろした。バイデン政権が誕生し、バイデン大統領は就任早々からたくさんの大統領令に署名した。そのほとんどはトランプ前大統領の政策を否定し、元の状態に戻すためのものだった。ただし、バイデン大統領はトランプ前政権の対中制裁措置を停止せず、対中国政策をそのまま引き継いでいるようだ。否、ブリンケン国務長官は中国政府が新疆ウイグル自治区で実施している「再教育プログラム」をジェノサイド(集団殺戮)と定義するなど、トランプ政権以上の強硬姿勢をみせている。これは人権問題を重視する民主党国務長官らしい発言といえる。

2021210日、バイデン大統領は習近平国家主席と電話会談を行った。そのなかで、香港、台湾、新疆ウイグル自治区の問題について懸念を表明した。それに対して、習近平国家主席はこれらの問題は中国の内政であり、いかなる外国にも干渉されないと応じた。35日から北京で開かれた全国人民代表大会(国会に相当)でも、王毅外相が記者会見で内政干渉を認めないという習近平国家主席の主張を繰り返した。国際政治学者によれば、アメリカでは、共和党政権に比べ、民主党政権の方が価値観やイデオロギーをより重視するといわれている。この指摘が正しければ、民主党のバイデン政権は中国との関係を改善することが難しいといわざるを得ない。なぜならば、ことこのウイグル問題において、中国の習政権は一歩も引かない様子だからである。

世界の多くの国が、米中が一日も早く対立を終わらせ、和解してほしいと考えているはずである。世界1位と2位の経済大国がこのまま対立を続けていくことは、グローバル社会にとって深刻なリスクを意味する。問題はその打開策を見いだせないでいることだ。トランプ前大統領が仕掛けた対中貿易摩擦は、端的にいえば、利益相反によるものである。それに対して、バイデン政権が直面しているのは中国との価値観の相違によるものであり、新たな冷戦構造が見え隠れている。

具体的に、バイデン政権とトランプ前政権の中国政策を比較してみると、トランプ前大統領は確かに中国に対する制裁措置を発動する大統領令を連発していたが、そのほとんどは貿易交渉で有利な条件を引き出すためのものだった。トランプ前大統領は中国の人権状況についてほとんど無関心だった。彼の一番の関心事はAmerica first(アメリカを最優先すること)だった。

バイデン政権はより現実的に中国を見ているようだ。すなわち、アメリカ経済が中国に依存しているのは事実だが、ハイテク技術の優位性の誇示やグローバル社会における影響力をめぐっては、中国をアメリカにとって深刻な競争相手であると性格付けているのである。

それでも、アメリカは単独で中国に立ち向かうことはできない。アメリカは世界1位の経済規模とはいえ、単独で世界2位の中国を制裁したところで、中国が自壊することはないからである。だからこそ、バイデン政権はトランプ前政権と違って、同盟国との関係を強化する姿勢を鮮明にしている。

今や、グローバル社会はかつての冷戦時代と同じように民主主義陣営と専制政治陣営に分かれ、新冷戦に突入する可能性があるといわれている。民主主義陣営はアメリカを中心とする民主同盟が形成されつつある。それに対して、中国を中心とする専制政治陣営は、統制を強化しながら経済成長を目指す国家資本主義の道を歩もうとしている。実は、米中が対立するのは価値観の違いに加え、国際社会における覇権争いの色彩も強い。

多くの国際政治学者が指摘していることだが、アメリカはかつてのような強い国力をもはや持ち合わせていない。アメリカ単独で世界をけん引していくことができなくなったのだ。オバマ政権のときに、米中の政策立案者や政治学者の一部からは、G2(米中二極体制)の枠組みが提唱されていた。すなわち、米中が協力して世界をけん引していくという考えだった。しかし、トランプ政権を経て、G2はまぼろしの構想となった。今や、多くのアメリカ人にとって、中国はアメリカのパートナーではなく、アメリカの競争相手(competitor)として認識されている。

一方、北京からみると、中国は別にアメリカの覇権に挑戦するつもりはなく、中国は中国の道を歩むだけで、アメリカに制裁される筋合いはないと主張している。中国は国際社会にとって脅威であるといわれているが、では、それはいったいどういう脅威なのだろうか。

おそらくG7を中心とする先進国からみると、中国が既存の国際秩序と国際ルールに従わないことが一番の脅威であろう。すなわち、中国の経済が発展することが脅威になるのではない。かつて、アメリカ議会はアメリカの中国研究者を呼んで、中国企業のニューヨーク証券取引所での上場の意味について公聴会を開いたことがある。ピーターソン国際経済研究所のニコラス・ラーディをはじめとする錚々たる中国問題専門家は次のように証言した。

中国企業はニューヨーク証券取引所で上場できれば、米国の会計原則に従うことになり、国際標準のルールを知るきっかけとなる。そのうえ、中国経済はこれからもっと成長するため、中国企業の上場をきっかけに米国の投資家にとって中国経済成長の果実を享受することができると考えられている。

しかし、2020年、ニューヨーク証券取引所での上場を果たした中国版スターバックスともいわれている「ラッキンコーヒー」が不正会計により上場廃止に追い込まれた。この事例からもわかるように、中国社会においてはルールの順守より結果がすべてという考えが定着している。中国経済は急速に国際化しているかもしれないが、国際秩序と国際ルールに従わないといけないという文化は、まだできていない。

かつて、中国のトイレ事情は極端に悪かったが、それを改善するきっかけとなったのがファーストフード店であるマクドナルドの中国進出だった。マクドナルドの店舗には必ずトイレが設置されており、しかも清潔である。これが契機となり、今の中国のトイレ事情は飛躍的に改善されている。

これから中国人が国際秩序と国際ルールに従わないといけないと自覚するようになるとすれば、そのきっかけは間違いなくトランプ政権が仕掛けた対中制裁である。換言すれば、アメリカの外圧によって中国社会は一歩前進し、変化していくと予想される。

最後に、バイデン政権の中国政策を展望してみよう。貿易不均衡に因む貿易摩擦は双方の努力により貿易不均衡をいくらか縮小することができる。したがって、貿易摩擦がさらにエスカレートしていく可能性はそれほど高くない。それに対して、価値観の違いによる米中対立は簡単には解消されない。とくに、習政権はますます統制を強化しようとしている。しかも、対外的に、シーパワー(sea power)を強めているため、周辺国との対立も表面化している。結果的に、前述した新冷戦の構図がますます鮮明になると予想される。

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