コロナ・ショック下の金融と経済(第20回)コロナ禍における外部経済・不経済

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コロナ・ショック下の金融と経済(第20回)コロナ禍における外部経済・不経済

感染リスク下の経済活動に伴う外部不経済
感染流行過程の考慮
ワクチン接種が持つ外部経済

感染リスク下の経済活動に伴う外部不経済

コロナ禍における様々な問題を経済学的に考える場合、キーとなる概念は外部経済・不経済である。経済分析の観点からみれば、ごく当たり前だと思うが、意外にその認識が共有されていないように感じる[1]。そこで以下では、この点について基本から説き明かして行きたい。

感染リスクがある状態で生産や消費等の経済活動を行なう場合、人は経済活動がもたらすメリットと感染に伴うデメリットを比較考量するだろう。これは経済学が得意とするトレードオフであり、それだけなら、各人がよく考えて行動すれば、社会的にも最適な状態が達成される筈である。問題は、自分が感染すれば他人にもうつすリスクがあるという意味で外部不経済が存在する点にある。自らの感染リスクは十分考慮する一方で、他人を感染させるリスクを同程度に考慮しないとすれば、各人が選択する経済活動の水準は過大になる。その場合、自粛やロックダウンなどで経済活動を抑制することが社会的には望ましいとということになる。

原則としては、「他人を感染させるリスクが高い経済活動ほど強く制約する」ことが求められるが、難しいのは各種の経済活動がどの程度の感染リスクを伴うのか、よく分からないことだ。圧倒的に情報不足だった昨年春時点では、各国があらゆる経済活動を強く制約して、世界景気の急激な落ち込みを招いた。専門家の間でも、これは「やり過ぎ」だったとの見方が多い[2]。一方、感染リスクが比較的高いとみられる観光に補助金を出すGo To トラベルが原則に反するのは明らかである。しかし、英国でもGo To イートに似た政策が行なわれるなど、多くの国で観光や外食を補助する政策がみられた。これは、コロナ禍で深刻な被害を蒙った人を援助する必要と、感染の源となった行動を補助することの混同によるものだろう。ただ、昨秋には日本国内でもGo To トラベルに賛成するエコノミストが多かったことを踏まえると、外部不経済の問題が十分に認識されていなかったことも少なからず影響したように思える。

昨年からの経験で、新型コロナウイルスは飛沫感染が中心で、マスクをして会話を控えれば、通勤列車での感染は少ないことが分かってきた。今年に入って行動制限が飲食中心となったのは、こうした学習の結果と言える(しかし、それは経済的悪影響が対人接触型サービスに集中するK字型の景気回復をもたらした)。もっとも、最近急増しているデルタ株は感染力が強く、百貨店等でもクラスターが頻発していることを考えると、今後は飲食店だけでなく、テレワークを再強化するなどして通勤者数自体を抑制する必要がありそうである[3]

感染流行過程の考慮

新型コロナに限らず感染症の流行過程は、通常SIRモデルと呼ばれる微分方程式で描写される[4]。これは、ある時点での人々を未感染者(Susceptible)、感染者(Infectious)、回復者(Recovered)の3種類に分類し、人々がこの3グループの間をどのように遷移するのかを定式化したものである。望ましい経済活動の水準を決めるには、今日の感染リスクだけでなく、将来の感染リスクへの影響をも考慮することが必要になる。ここでとくに注意すべきは、既往感染者数の少ない感染初期の段階では(日本は今でも既往感染者が総人口の1%未満だから、この定義では感染初期になる)、経済活動を制約しないと感染者数が指数関数的に増加するという点である。そうすると、感染者の母数が多いほど感染リスクが急速に高まるため、経済活動の利益と感染リスクのトレードオフが悪化することになる(マクロ経済学の比喩で言えば、フィリップス曲線が上方にシフトするような意味を持つ)[5]

こうした動学的要素を考慮すると、感染抑制のために行動制限などを課す場合には、制限を早めに開始し、終了は遅めにすることで、感染者の母数を少なくすることが経済へのダメージを減らすためにも望ましいことになる。この点は、初期時点でコロナウイルスの流入阻止に成功した台湾や、感染がいったん増加しても、その後の厳しい措置により感染者の母数を極めて低いレベルまで抑制することに成功した中国や韓国がコロナ対応で良好な成果を得てきたことからも確認されよう。実際、感染者数を低位に抑えておくことが検査や隔離をも容易にすることが、これらの国の経験から理解される。

こうした観点から日本政府の施策を振り返ってみると、緊急事態宣言などの発出は遅過ぎ、解除は早過ぎの憾みを免れない。(東京を基準にして)過去4回の緊急事態宣言のうち、東京五輪開催を意識して予防的に発出した4回目を除くと、いずれも宣言発出前後が新規感染者数のピークであった。 感染から発症までのタイムラグを考えると、これは宣言前から人々が行動自粛を始めていたことを意味しており[6]、宣言発出は明らかに遅過ぎだったと考えられる。一方、解除のタイミングに関しては、とくに2回目と3回目の宣言では感染者数が十分に抑制される前に解除され、いずれも短期間で再宣言に追い込まれることとなった。何度も同じような内容の行動制限を強いられた結果、国民の間に「自粛疲れ」を招いた(時短等の要請に応じない飲食店も大幅に増えている)弊害も軽視できない。

ワクチン接種が持つ外部経済

一方、ワクチンの接種は自らの感染リスクを減らすだけでなく、他人にうつすリスクも減らすという意味で外部経済性を持つ。さらに、ワクチン接種者が十分に多くなると(ワクチン接種者はSIRモデルではRになる)、ウイルスが生き延びるために必要な未感染者(S)の数が減って感染症自体が消滅する集団免疫に至る[7]

未だワクチンの数が不足している日本では問題にならないが、欧米では相当数の人々のワクチン忌避により、ワクチン接種が伸び悩んでおり(「60%の壁」などとも言われる)、集団免疫獲得への障害となっている。ワクチン接種の持つ外部経済性を考えると、日本でもいずれは希望者への接種に止まらず、積極的にインセンティブを付与すべきだと思う。ワクチン接種の強制については賛否両論があろうが、喫煙の場合(喫煙可能な場所の制限などは外部不経済に対するディスインセンティブの付与になる)のように政策的な誘導は可能な筈だ。その場合、ワクチン・パスポートの国内利用はごく自然な選択肢となろう[8]

なお、ワクチンの問題に関しては国際的な視点も忘れてはならない。先進国の多くでワクチン接種が進む一方、新興国にはワクチン接種が遅れて感染拡大に歯止めが掛からない地域も少なくない。7月にIMF(国際通貨基金)が公表した世界経済見通し(WEO)では、先進国の成長見通しが上方修正される一方、新興国のそれが下方修正となったが、これもワクチン接種の格差を反映したものである(残念ながら日本は、先進国では例外的に成長見通しが下方修正となった)。ここで考慮すべきは、感染拡大地域で変異株が生まれ(当然、感染者数が多いほど変異は生れ易い)、それが先進国に戻ってくるリスク(外部不経済)である。周知のように、最近は一部の先進国で3回目のブースター接種を目指す動きがみられている。しかし、上記のようなリスクを考えると、新興国における感染拡大の抑止にワクチンを活用した方が、公平性の観点からだけでなく先進国自身にとってもプラスになる可能性があるのではないか。

 


[1] 新型コロナ感染症を巡る経済分析の初期の紹介としては、森川正之「新型コロナ危機と経済政策」、RIETI Policy Discussion Paper、2020年5月、日本銀行金融研究所「新型コロナウイルス感染症の経済学(1)~(10)」、金研ニュースレター、2020年5、6月が有用であった。

[2] 例えば、岩本康志「感染流行の第1波を乗り越えることで得たもの(そのZ」、岩本康志のブログ (blog.jp)、2020年6月。

[3] 高齢者のワクチン接種進捗などから死者数は比較的少ないことを考えると、first bestの対応は行動制限の強化ではなく、コロナ対応病床の拡充などの医療体制強化だと筆者は思う。しかし、コロナ襲来から1年半経ってもこれがなかなか進まないのが日本の現実である。

[4] SIRモデル - Wikipediaを参照。新型コロナに関する経済分析は、このSIR式と経済モデルを組み合わせて行なわれる場合が多い。なお、日本に関する感染症-経済モデルの中では、東大の仲田泰祐准教授がFRB(連邦準備理事会)エコノミスト時代に培ったシミュレーションの技量を活かして随時アップデートを行なっている仲田泰祐 | COVID-19 AI・シミュレーションプロジェクト (covid19-ai.jp)の注目度が高い。

[5] 「自分が感染すると他人にうつすリスクが高まる」のは、自らの行動が他人の生産関数や効用関数に直接影響する外部不経済である。しかし、SIRモデルを利用した感染症-経済モデルでこうした直接的な外部性が明示的に扱われることは少ない。通常は、人々の行動が感染者の母数(ストック)を変化させ、それが感染リスクに影響するという定式になっている。これは経済学的に言うと、モデル内では直接的な外部性がマーシャルの外部性のように扱われているということを意味する。

[6] Watanabe, Tsutomu and Tomoyoshi Yabu,“Japan’s Voluntary Lockdown”, CARF Working Paper F-492, 2020は、緊急事態宣言などによる政策的な行動制限と、日々の感染者数の報道などを基に各人が行なう行動自粛の影響を識別し、後者の方が重要だったとの結論を得ている。また、こうした自発的なステイホームを感染症-経済モデルに組み込んだ分析に、細野薫「感染症モデルと経済」(宮川努(編)『コロナショックの経済学』、中央経済社、2021年所収)がある。

[7] 新型コロナの場合、集団免疫を達成するには人口の7割のワクチン接種が必要と言われてきたが、デルタ株の感染力を考えると9割近い接種が必要との見方もある。筆者は、前稿「日本経済、V字回復の先の課題」で、「ワクチン接種者が全人口の40%を超えると景況感が急回復する」という欧米での経験則を紹介したが、デルタ株の拡がりを考慮すると、このタイミングも少し遅れる可能性がある。

[8] この場合も、ワクチン・パスポートの提示を飲食・観光・イベント参加等の条件とする(ワクチン忌避者へのディスインセンティブ)、ワクチン・パスポート保有者への料金割引(ワクチン接種者へのインセンティブ)の2つのアプローチがあり得る。

早川 英男/Hideo Hayakawa

早川 英男

  • 主席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 日本経済
  • 経済政策
  • 金融政策

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット