コロナ・ショック下の金融と経済(第14回)「日本化」に抗う米国の実験(上) ―加速する米国の景気回復―

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コロナ・ショック下の金融と経済(第14回)「日本化」に抗う米国の実験(上) ―加速する米国の景気回復―

加速する米国の景気回復
今後も続く大規模財政政策
「日本化」に抗う米国の実験

加速する米国の景気回復

米国の景気回復が加速し始めた。今年4月末に公表された2021年1~3月の実質GDP成長率は前期比年率+6.4%と、昨年10~12月の同+4.3%を上回った。伸び率では、厳しいロックダウンからのリバウンドで急成長となった昨年7~9月の同+33.4%に到底及ばないが(昨年4~6月は同-31.4%だった)、これで実質GDPの水準は新型コロナ流行前(2019年10~12月)を僅か0.9%下回るところまで回復したことになる。

しかも、1~3月は米国の景気加速が漸く始まった段階であり、年央に掛けて成長スピードは一段と加速する可能性が高い。実際、月次の経済指標をみると、例えば非農業部門雇用者数は2021年3月に+77.0万人と急増した後、4月も市場予想を下回ったものの+26.6万人と増加を続け、昨年4月に14.7%まで上昇した失業率も、1年後の今年4月には6.1%まで低下した。3月の小売売上高は前月比+9.8%という驚異的な伸びを示したし、企業の景況感を示すISM指数も、3月は製造業で64.7、非製造業で63.7と、いずれも拡大と縮小の境目となる50を大きく上回っている。

こうした急速な景気回復をもたらしているのは、順調なワクチン接種の進捗と大規模な経済対策の実施である。ワクチン接種については、4月末までに人口100人当たりの累計ワクチン接種回数が70を超え、全人口の3割がワクチン接種を完了したとみられる[1]。バイデン大統領は7月4日の独立記念日までにワクチン接種をさらに進めることで「Covid-19から独立できる」と述べ、4月28日の議会演説でもこれを「史上最大の成果」だと誇った[2]。実際、このところマスク着用義務やレストランの利用など様々な面で行動制限の緩和が進められており、これが経済活動の活発化を促していることは疑い得ない。ここ2ヶ月の雇用者数増加に、娯楽・宿泊業での増加が大きく寄与していることがその証左と言うことができよう。

加えて、昨年末から3月に掛けて実施された大規模経済対策の効果も大きい。米国では、昨年前半に新型コロナの感染拡大を受けて失業給付の拡大、家計への現金給付、中小企業の資金支援などで合計約3兆ドルに上る大規模な財政支出が行なわれたが、その後は大統領選を控えた民主・共和両党の対立激化からなかなか追加経済対策がまとまらず、一時は景気の息切れも懸念された。しかし、選挙後の昨年末に0.9兆ドルの追加対策が実施されたのに続き、3月にはバイデン新政権下で総額1.9兆ドルに上る追加対策=米国救済計画(American Rescue Plan、ARP)が決まった[3]。3月の小売売上高の急増は、この対策が早速家計支出に結び付いたことを示すものである。

今後も続く大規模財政政策

当面の景気対策としての財政出動は、上記ARPで一段落とみられる。今後の景気に関しては、金融緩和の継続を別にすると(景気加速と金融緩和が両立するか否かは後に議論する)、ワクチン接種のさらなる進行、これに伴う集団免疫の獲得が対人接触を伴うサービス消費の回復を促すことが牽引役となるだろう。需給ギャップ縮小の結果、今年の終わり頃には成長スピードの鈍化が予想されるが、サービス消費が回復すればK字型回復[4]も徐々に是正されて、バイデン政権が目指すinclusiveな景気回復に近づいていくことが期待される。

にもかかわらず、バイデン政権が大規模財政政策の手を緩める気配は全くみられない。まず3月末には、インフラ投資を中心に8年間で総額2.3兆ドルにも上る巨額の財政支出を行なう米国雇用計画(American Jobs Plan、AJP)を打ち出した。ここには、老朽化の著しい交通インフラの改善等に0.6兆ドルを充てるほか、デジタル化やグリーン化への対応を含む広義のインフラ投資に0.7兆ドル、さらに国内製造業の研究開発・人材開発などに0.7兆ドルが計上されている[5]。支出の中身から見て、短期の景気回復ではなく、中長期の潜在成長力強化を目指す成長戦略であることが分る。一方、その財源としては、トランプ政権下で21%まで引下げられた法人税率を28%に引上げるとともに、世界的に事業展開する企業に21%のミニマム税を課すことなどが打ち出されている(税収増は15年間で2.5兆ドルとされる)。

さらに、バイデン大統領は4月末に成長戦略の第2弾となる米国家族計画(American Families Plan、AFP)をも打ち出した。こちらは、大学教育や子育て支援に0.7兆ドル、低所得者、子育て世帯への減税0.8兆ドルなどを含めて、10年間で1.8兆円の財政規模が見込まれている。財源としては、個人所得税の最高税率引き上げに加え、キャピタル・ゲイン課税の強化が充てられる(これによる税収増は、10年間で1.5兆ドルとされる)。内容から見て、経済格差の拡大への対応に主眼が置かれていることが分かる。

なお、ARPまでの景気対策は殆どが国債発行によって賄われ、財政赤字の急拡大につながった[6]。これに対しAJP、AFPといった成長戦略に対しては、支出増にほぼ見合った増税が予定されており、計画通りであれば財政赤字は大きく拡大しない筈である。しかし現実には、法人増税や富裕層増税に対し野党共和党は極めて強い反発を示しており、ARPのように簡単に議会を通過することは考えられない。民主党としては、長年にわたり上院議員を務めたバイデン大統領の調整手腕に期待するところだと思うが、今後の与野党協議の結果、財政支出の規模縮小ないし財政赤字の拡大(またはその両方)ということになる可能性は十分考慮しておくべきであろう。

「日本化」に抗う米国の実験

以上のように、バイデン政権は従来の常識からは想像もできなかった程の大胆な財政政策に踏み出そうとしている。この結果、米国は1980年代からの「小さな政府」指向から「大きな政府」の復活に向かうことになるが、何がこうした変化をもたらしつつあるのかを考えてみる必要がある。ここで第1に指摘できるのは、その背後にあるリーマン・ショック後の世界的な経済思潮の変化である。本シリーズ第5回「ポスト・コロナの経済政策レジームを考える(下)」でも述べたように、2010年代に経済政策の考え方はそれまでの新自由主義、金融政策万能論から大きく変化した[7]。バイデン政権が圧倒的に財政に主軸を置いた経済政策を指向しているのは、この間の金融政策の限界、財政政策の復権を反映したものである。また、気候変動や所得格差の是正を重視しているのは、市場機能に信頼を寄せ、トリクルダウン(富裕層が富めば経済が活性化し利益の再分配が進むという考え方)に期待した新自由主義からの転換を示すものだ。

もちろん政治的に言えば、バイデン大統領には、気候変動や所得格差の是正を重視することでバーニー・サンダース、エリザベス・ウォーレン両上院議員に代表される民主党左派を取り込み、党内の結束を固めたいという意向があるのだろう。それにしても民主党中道派の大ベテランであるバイデン氏がここまで大胆な政策転換に踏み切ったことには驚きを禁じ得ない。同じく民主党中道派とされたクリントン政権が「小さな政府」指向、金融政策万能論であったのとはあまりに大きな違いである。そこには、やはり過去10年余りの経済思潮の変化と、コロナ危機が不可避的に促した強力な国家の蘇生が大きく作用したと言えよう。

第2に、このバイデン政権の政策は「日本化」への挑戦と捉えることもできる。本シリーズ第8回の「世界に拡がる『日本化』の罠」において、筆者はリーマン・ショック後、低成長、低インフレ、低金利の常態化という「日本化」が先進世界全体に拡がりつつあり、コロナ危機によってそれがさらに深まる可能性を指摘した[8]。しかし米国は、異次元の財政政策によって「日本化」の進行を食い止めようとしているのだ。

これは効果が必ずしも確かでない政策を大胆に試みるという意味で、デフレ脱却を目指して日銀が8年前に始めた「異次元緩和」と同様の実験的な政策とみることができる。両者を比較した場合、「異次元緩和」が既に10年以上実質的なゼロ金利が続き、金融政策の限界が明らかになっていた状況において、金融緩和でデフレ脱却を目指すというやや無理筋の実験であったのに対し[9]、米国の実験は効果の確実な財政政策を活用するという点において、成功の確率は遙かに高いと考えられる(もっとも、金融政策の限界と財政政策の有効性が強く認識されたのは、「長期停滞論」が広まった2010年代半ば以降、すなわち「異次元緩和」開始後のことだった。これは、上述した経済思潮の転換の一例である)。ただし、米国経済の先行きには巨額の財政赤字の持続可能性のほか、インフレ加速やバブル崩壊のリスクなど、様々な困難が待ち受けており、米国の脱「日本化」の実験が成功する保証はない。本稿の続編(下)では、これらの問題について検討することとしたい。

コロナ・ショック下の金融と経済(第15回)「日本化」に抗う米国の実験(下) ―4つのシナリオ―

 


[1] これに対し、同時期の日本では人口100人当たり累計接種回数が2.8回、ワクチン接種完了者は人口100人当たり0.8人と、いずれも先進国では最低レベルである。コロナ感染者数でも死者数でも米国より圧倒的に少ない日本が3度目の緊急事態宣言を余儀なくされている最大の理由は、このワクチン接種の遅れにある。

[2] ただし、米国でワクチン接種が急速に進んでいるのは、トランプ前大統領の下で進められたワクチンの早期開発、早期実用化を目指したワープスピード作戦の成果に負う部分が大きい。コロナ対策の失敗はトランプ氏の選挙敗北の一因とされるが、ワープスピード作戦の成功は同氏の数少ない正のレガシーと言えるのではないか。

[3] この対策に関しては、当初「共和党の反対が強く、規模は縮小される」との見方が多かった。しかし、同案には共和党支持者も含めて国民に賛成者が多かったため、民主党案がほぼ満額認められる結果となった(ただし、議会では共和党議員は反対投票)。

[4] K字型回復について、詳しくは、コロナ・ショック下の金融と経済(第13回)「ワクチンが変える景気回復シナリオ」を参照。

[5] 近年の研究では、生産性の向上に対する研究開発や人的資本などの無形資産の重要性が繰り返し確認されている。今回のAJPで研究開発等に巨額の財政資金を注ぎ込むのは、ワープスピード作戦に象徴される米国の科学技術力の優位を今後も維持しようとする意思の表れと言えよう。他方、日本では教育研究予算が毎年削減され、その不足が将来の科学研究の危機につながることが強く懸念されている。この点に関しては、豊田長康『科学立国の危機』(東洋経済新報社、2019年)を参照。

[6] 今年4月に公表されたIMFのFiscal Monitorによると、米国の財政赤字/名目GDP比率は2019年の5.7%から20年に15.8%、21年には15.0%へと大幅に拡大する見通しとなっている。この結果、政府債務残高/名目GDP比率をみても、2019年の108.2%から20年に127.1%、21年には132.8%へと上昇し、第二次世界大戦直後の最悪期を上回る見通しである。

[7] この点に関しては、宮川努(編)『コロナショックの経済学』(中央経済社、2021年)に所収の拙稿「コロナ後の経済政策レジームを考える」をも参照。

[8] 「日本化」の理解そのものにはかなりの違いがあるが、コロナ危機に伴う「日本化」の深まりに懸念を示した新著に、太田康夫『日本化におびえる世界』(日本経済新聞出版、2021年)がある。

[9] 日銀は、「異次元緩和」開始8年に先立って、今年3月にこれまでの金融緩和の「点検」を公表した。この「点検」についての筆者の評価は、週刊東洋経済4月24日号の「経済を見る眼」欄に所収の拙稿「日銀緩和の正常化『取りあえずの終着点』」を参照。

早川 英男/Hideo Hayakawa

早川 英男

  • 主席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 日本経済
  • 経済政策
  • 金融政策

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット