中央教育審議会の検討の方向について

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中央教育審議会の検討の方向について

R-2022-005

中央教育審議会では、2021(令和3)年1月にとりまとめられた「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」以降、この答申に基づいて、学校教育に関わる諸問題について多方面から検討が進められている。そのうちの一つとして、教員養成の問題がある。

周知のように、教員の資質能力向上に十分に寄与せず、負担ばかりが多くなるという「#教師のバトン」プロジェクトをはじめとした現職教員の思いを受け止めた教員免許更新制(以下、更新制)の廃止も、実はこの一環で検討されてきた。更新制は、力量に問題がある教員を排除することから検討がはじめられたにもかかわらず、免許状を失効させることと教員として任用されていることとの関係が整合しないことから、資質能力の向上という目的に変更されたうえで導入・実施されてきた。1949(昭和24)年に教育職員免許法が成立して以降、終身制の免許制度であったが、時代に伴って教育の技術や学校を取り巻く状況などが変容することからすれば、終身制に問題があったことは確かである。悉皆で行われてきた更新制はこうした免許制度の課題をある意味では解決しようとするものであった。そのため、更新制の廃止は、免許制度の意味を改めて変容させたといえる。すなわち、教員免許状は十全な教員の能力ではなく、教員の最低限度の能力を保証するだけのもの(ミニマムとしての免許)として暗に位置づけ直されたということである。更新制の廃止と研修の体系化・充実化とを一体的に進めようとしている背景には、教員免許状の位置づけの変容があると考えてよいだろう。

さて、更新制の廃止で免許制度の問題については一応の決着を得たとされ、中央教育審議会での議論は教員養成の問題にスライドしてきている。まだ緒に就いたばかりであるため、今後の議論の推移を注視しなければならないが、現時点で2点懸念を示しておきたい。2点と書いたが、実はこの2点、そしてまた、上述の免許制度の問題も、同じ根をもつ問題であることを示すことになろう。

まず、学校体験活動(授業・部活動の補助、児童生徒への学習補助等、学生が学校現場で体験する活動全般を指す)の導入が検討されている点である。現在の中学校教諭(第一種)養成課程(59単位)のうち7単位が教育実践に関する科目に割り当てられているが、そのなかで、教育実習以外にも学校体験活動を設定し、あわせて4単位としてもよいとされている。ただ、これは選択制であり、多くの大学では教育実習のみで4単位とするにとどまり、導入には至っていない(中央教育審議会「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会基本問題小委員会(第3回)・初等中等教育分科会教員養成部会(第128回)合同会議(2022221日)資料:「教職課程の見直しに係る検討の方向性と主な論点(例)1316ページ参照、導入しているのは410%にとどまっている。)。しかし、「教職課程の見直しに係る検討の方向性(たたき台)」(同合同会議)では、「教員養成段階において、自ら仮説や見通しをもって学校現場での実践に挑み、その結果を振り返る学びを充実させることが必要」であり、「教職課程の終盤に長期間まとめて教育実習を履修するこれまでの履修スタイルから、学校体験活動を効果的に活用して学校現場での教育実践を段階的に経験する学びへと転換を図ることとしてはどうか」という提案がなされ、学校体験活動を必須化する方向での検討が行われている。実際に開設していた大学からは、「教育実習がより深い学びとなる」、「教育実習の不安軽減につながる」、「教師の仕事を俯瞰することができる」、などのメリットがあげられ、参加した学生もまた、「教職へのモティベーションが高まった」、「教育実習に対する課題が明確になった」、などの意見を出している。他方ですでに課題として、「受入校の確保」、「カリキュラムに余裕がないこと」、「準備ができていない状態で現場に出すことの問題」、などが指摘されてもいる(「教職課程の見直しに係る検討の方向性と主な論点(例)18ページ)。これらの課題については今後検討されるものと思われるが、開放制のもとで教員養成を行っている中・高等学校教諭課程での導入は、専門教育課程の履修状況を勘案すれば、それほど容易ではないことだけは付言しておきたい。

さて、これと並行して、「特定分野に強みや専門性を有する教員を養成していくことが必要」として、「教職課程の履修負担の軽減を図る」ことも議論の俎上にあがっている(中央教育審議会「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会基本問題小委員会(第4回)・初等中等教育分科会教員養成部会(第129回)合同会議(2022年3月15日)資料:「特定分野に強みや専門性を持った教師の養成・採用に係る検討の方向性(たたき台)」)。ここでの特定分野とは、データ活用、STEAM教育(Science(科学),Technology(技術),Engineering(工学),Mathematics(数学)のSTEMに,芸術,文化のみならず,生活,経済,法律,政治,倫理等を含めた広い範囲のLiberal ArtsA)を加えたSTEAM分野の知識や考え方を統合的に働かせて問題を解決する学習を取り入れた教育手法)、障害児発達支援、日本語指導、心理・教育相談、社会福祉、社会教育のほか、例えば、高い語学力や外国語指導力、グローバル感覚を身に付けるために、海外留学を希望する学生などが想定されている。具体的には本来一種免許状のために59単位を修得しなければならない四年制大学の課程であっても、短期大学の二種免許状相当(35単位)に減ずる案が示されており、特定分野等に限定されるものの、教職課程の軽視であることは否めない(本稿執筆中の2022422日の文部科学大臣会見で、教員不足の解消のために、特別免許状の積極的活用を促す事務連絡を都道府県教育委員会に対して発したことが明らかにされたが、これも教職課程の軽視という点で軌を一にしているといってよい。)。

これらを並べてみると、新たに学校体験活動を必須化し、教職課程の質の向上を企図している一方で、特定分野については教職課程の要件を軽減するというアンビバレントな志向性を有していることに気づく。この背景には教員の供給不足という問題がある。供給が不足すれば採用選考による選抜が機能しにくくなるため、教職課程を充実し、量の不足を質の向上で補おうとする一方、不足している現実を何とか回避するために正規のルートで教員免許状を取得するのとは異なる方向を模索しようとしていると考えられる。ただ、これらは窮余の策でしかない。教職課程要件の軽減は教職課程履修者の増加を見込めるものの、教職課程履修者のマスを構成する従来のルートに学校体験活動を付加することは履修のしにくさを生み、履修者の減少、ひいては供給不足が改善されないことが危惧されるからである。この問題はそもそも教員免許状とは何かを改めて位置づけ直すこと抜きには成り立たないはずである。つまり、教職課程を軽減しても教員免許状として機能するとみなすのであれば、教職課程へのこれ以上の加重は不要ということにならないか。

先に教員免許状はミニマムとして再定位されたと指摘した。ミニマムであれば教職課程の軽減は筋が通っている。しかし、教職課程に学校体験活動を導入し、強化する方向は明らかにミニマムとは異なる志向であるといわざるをえない。今問われるべきは、ミニマムとしての教員免許状に求められるものが何であるのかを再検討することである。それには従来教員育成指標などで並列的に捉えられてきた教員の資質能力の諸項目を整理し、教職にとって何がコアなのかを確定することが要求されるはずである。それらを検討することなしに、これらの改革を進めることはできない。教員不足という危機的な状況であっても、否、そうした状況だからこそ、何が根幹なのかを見極めた教員養成の見直しが求められるべきであろう。

走井 洋一

  • 東京家政大学家政学部教授