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毎月勤労統計調査問題についての経済統計メーカーの視点~統計、複数の目で点検を〈政策データウォッチ(6)〉

東京財団政策研究所「リアルタイムデータ等研究会」メンバー

法政大学経営学部教授

平田 英明

はじめに 

厚生労働省の毎月勤労統計調査(以下、毎勤)の調査不正問題について、現場で経済統計作成に携わった経験を有する者の発言が殆どみられないことにお気づきだろうか。様々な原因がある中で、皮肉にもこの事実は今回の問題の所在を示唆していると筆者は考える。 

筆者は以前、日本銀行において、企業物価指数(旧・卸売物価指数)統計の作成を担当した。その際、名称変更に関わり、一つ一つの品目価格データの調査方法とその課題を悉皆的にチェックし、改善するプロジェクトに携わった。 

この経験を踏まえ、今回の問題点を明らかにするため、経済統計作成の特徴をまず整理しよう。 

経済統計作成の特徴

第一に、統計作成作業は労働集約的かつ職人的な作業であり、極めて地味な作業である。全数調査であれサンプル調査であれ、まずは調査先(毎勤であれば、各事業所)に報告してもらうデータを入手するところから始まる。だが、この作業は現実的には統計作成側が督促をしないとデータを継続的に収集することは難しいため、案外、言うは易く、行うは難しの作業となる。調査先の報告負担も大きく、そのことを忖度しつつ、頭を下げて何とかお願いをするという部分で、真摯な統計作成担当者ほど胃の痛い思いをする。 

第二に、経済統計はルールに基づいて作成される。短期的目線で言うと、毎月の作業で調査先から報告されるデータが、作成ルールに則って報告されていることを担保する必要がある。統計作成部署がこの作業を直接する場合(例えば、調査先に電話調査する場合)には当該部署の担当者の能力と責任感に大きく依存する作業となる。間接に行う場合、大元の統計作成部署は、基本的に調査先に直接コンタクトはできない。そこで、適切にルールに則って報告されているかを、随時、可能な範囲で確認する作業を行う必要がある。毎勤の場合、厚生労働省は各都道府県に調査を委託しているため、後者の間接のケースに相当する。 

また、長期的な観点では、経済の構造変化や国際的な経済統計のルールや考え方の変化を考慮した構造的な見直しも大事な作業となる。つまり、作成ルール自体の見直しはいかなる統計でも必要であり、どういった見直しが必要かを常に考えていくことが肝要だ。 

第三に、経済統計は報告されたデータを集計した上で公表する。この部分はシステム開発・運用的な側面と広報的な側面が主だ。つまり、全国から集められた統計を色々な形で加工集計する作業のため、コンピュータによる計算処理を円滑に行う。そして、情報漏洩等に気をつけながら、日程を守って公表する。 

今回の問題は第二のポイント、つまりルールに基づく作成に関する問題が生じたことになる。ただし、上述では統計作成側ではなく、調査先がルールに基づく報告をしてくれているかを担保することがポイントだと指摘した。すなわち、統計作成側がルールに基づく作業を行わないという可能性は想定されていない。今回の問題は、例えれば、本来の法定速度と異なる速度基準で、警察が交通速度違反取り締まりを長期に亘って実施してしまったようなものだ。 

外部ユーザーからのチェックには限界あり

さて、経済統計の場合は、結果が全てではない。経済統計にとっての結果とは公表される数値だ。つまり、プロセスは何であれ、経済統計の数値だけが世に出てしまう。だが、経済統計作成の一丁目一番地は、ルールの厳守、質を担保するためのたゆまぬ改善努力であり、それらの欠けた結果としての統計は単なるフェイク情報に過ぎない。 

悩ましいのは、真摯にデータ作成に取り組んでいても、雑に取り組んでいても、第三者にはなかなか確認することが難しい点だ。2005年頃に発生したマンション耐震偽装問題や、今回のレオパレスの施工不良問題と構図は同じだ。 

本来は、統計作成部署が真摯に経済統計作成に取り組んでいれば、問題は生じない。だが、現実には問題が発生した(手を抜こうとすれば抜けてしまった)し、国は地方自治体に調査を委託するため、その過程でも問題が生じるリスクは高まる。 

このような問題発生への対処方法の一つは、各種の情報や他統計との整合性等から、外部ユーザー(経済学者、エコノミストなど)が疑問を提示していくことだ。だが、外部からのチェックには限界がある。 

統計メーカーにおける管理職レベルの優秀な経済統計の専門家の不足

実は、本問題への指摘をしている有識者の多くは、統計メーカーではなく、ユーザーだ。何らかの政府統計の実務に関わった経歴を持つ役人が退職者も含めて数多くいるにもかかわらず、その人たちにマスコミから声がかからないのは、統計メーカーの大半が縁の下の力持ちだからだろう。特に統計部署の管理職については、統計専門家が着任するとは限らず、数年で異動となるケースが多いことは関係者にはよく知られた事実だ。また、所管府省庁が経済統計を作成するという縦割り方式であるため、統計メーカー同士の切磋琢磨が進まないことも、管理職レベルの優秀な経済統計の専門家が育たない一因と考えられる。 

今回のような調査方法の手抜きは、プロの料理人がきちんと出汁を取りました、といいながらインスタントを使ったようなものだ。真のプロにとっては、耐えがたい偽装だ。 

この偽装を是とし、長期に亘って連綿と続けてきたという管理職の判断理由(または続いてしまっていた理由)は何だったのだろうか。ルールに関する無知、本偽装を偽装と認識できない無知、専門性の欠如、(プロ意識に欠ける)先人への忖度によるミスの隠蔽が考えられる。担当レベルからも疑念が示されなかったのであれば、管理職の統計への理解の欠如を悲観して黙っていたのかもしれない。または、組織内でのOJTがうまく機能しておらず、担当も問題を認識していなかったのかもしれない。 

以上の問題は一言でいえば、ガバナンスの問題であり、問題の根は深いと考えざるを得ない。付け焼き刃の対応では問題は解決しない。時間をかけて、一つずつ問題を解決していく必要がある。

統計メーカーとユーザー双方からなる専門集団を作り作成と点検を 

経済統計の目的は、経済情勢を的確に数値化することだ。その質を担保するには、作成ルールに基づくデータ作成が基本となる。その上で、作成プロセスや経済統計の数値をプロフェッショナルに複数の目でチェックすることが大切だ。そのためには、統計メーカーとユーザーが相互に連携していくことが効果的だ。例えば、ミクロの企業調査情報との整合性や過去の類似事例を踏まえ、経済統計の動きが実際の経済を反映した動きになっているかどうかをチェックできる。反映してしない場合、もしも作成ルールの不適切故ならば、改善に向けた課題をあぶり出せばよい。そして、そのような地道な努力をきちんと評価する仕組み作りが大切だ。そして、末端の統計作成担当者に至るまで問題意識を共有することが経済統計の質の維持・向上への鍵となる。 

理想的には、基幹統計(政府統計の中でも特に大事な統計)であれ、一般統計であれ、統計専門の省に集約すべきだ。そして、経済統計メーカーだけでなく、ユーザー(官庁エコノミスト)も集めた省を創設すべきだろう。更に、ユーザーとメーカーの人事交流を行い、学者や民間エコノミストを受け入れる体制を作り、独立性と専門性を具備した組織を構築することが有効だ。専門集団を作っていくことが経済統計、そしてそれをベースにした経済政策運営に対する信頼回復への一番の近道だ。


(編集部注)本稿は、2月26日付日本経済新聞「私見卓見」欄掲載の「統計、複数の目でチェックを」に大幅な加筆をしたものです。


平田 英明      法政大学経営学部 教授 

1974年東京都生まれ。96年慶応義塾大学経済学部卒業、日本銀行入行。調査統計局、金融市場局でエコノミストとして従事。2005年法政大学経営学部専任講師、12年より現職。IMF(国際通貨基金)コンサルタント、日本経済研究センター研究員などを歴任。経済学博士(米ブランダイス大学大学院)。

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  • 法政大学経営学部教授