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官民データを利用した地域の見える化-乗車人員データで見る横浜市の“調子”-
画像提供:Getty Images

官民データを利用した地域の見える化-乗車人員データで見る横浜市の“調子”-

October 11, 2023

R-2023-058

今、なぜ、データなのか?
データ活用に積極的な横浜市では
乗車人員データから横浜市の“調子”が見える?
 経済社会活動の背後には人の動き
 人が動けば調子も上がる
データを組み合わせ、さらなる見える化も
 乗車人員データ×位置情報
 乗車人員データ×観光客数
まとめ

今、なぜ、データなのか?

昨今、「21世紀の資源」とも称されるデータを活用し、社会課題の解決や新たなビジネスの創出に繋げるといった動きがさまざまな分野で加速している。
政府においても、2016年に「官民データ活用推進基本法」を制定して以降、政策の企画・立案や効果的な行政の推進に資することを目的として、官民が持つデータの積極的な活用に取り組んできた。こうした取り組みは、国のみならず地域レベルでも見られ、官民データの効果的な利用を通じて地域課題への対応を図っていくことが求められるようになる中、エビデンスに裏付けられた政策の実施やエビデンスを構築するためのデータの収集などに力が入れられている。
そこで、本稿では、官民データの有効活用といった社会のニーズ、また、データを重視した政策対応といった行政のニーズに応えることを目的とし、「官民データを利用した地域の見える化」と題し、地域の視点から、官民のさまざまなデータを用いることで、その活動の見える化(可視化)に取り組んでいきたい。デジタル化の進展を背景に、位置情報や検索情報、各種のテキストデータなど従来存在し得なかった多様なデータが新たに利用可能となっているが、従来用いられてきた公的統計に加え、こうした新しいデータを用いることで、何が見えるようになるのであろうか。さらには、地域課題の解決に向けて、こうした新しいデータをどう役立てていくことができるのであろうか。“見える化”といった取り組みを通じて考えていきたい。
本稿では、まず、日本全国の市町村の中でも最大の人口規模を有する横浜市に焦点を当て、利用可能な官民のデータをもとに、市の活動状況の見える化を行っていく。 

データ活用に積極的な横浜市では

横浜市については、2018年に「横浜市官民データ活用推進計画」を策定するなど、データ活用を積極的に進めているが、その一環として、オープンデータポータルを立ち上げ、人口、気象、観光客数などの地域データを公表するとともに、そうしたデータをグラフや地図で可視化したダッシュボードなどの機能を提供している。また、市統計書の中では、GDPをはじめ、人口、経済、社会、文化など多岐にわたる分野で市の活動を捉えるさまざまなデータを収集・公表している(初版は1903年に刊行され、現在は第101回版が刊行されている)。こうしたデータを活用することで、何が見えるであろうか。以下では、横浜市が公表するデータのうち、鉄道会社から提供を受けて公表される鉄道各駅の乗降車人員データ(「横浜市統計書」の「第9章道路、運輸及び通信」に収録)を使って、市の“調子”を見える化してみたい。 

乗車人員データから横浜市の“調子”が見える?

経済社会活動の背後には人の動き

横浜市の“調子”を、市の活動状況が活発な時に“良い”と考え、逆に、活発ではない時に“悪い”と考える場合、そもそも、そうした市の活動状況をどのように捉えることができるのであろうか。
例えば、経済活動全般について考える際には、GDPに代表されるように、財・サービスを生み出す生産活動や、生み出された財・サービスを需要するといった経済主体の行動から、その状況を捉えることができる。この時、そうした経済主体の行動の背後には、何らかの人の動き(移動)が伴われることが想像できるが、実際、特に対面型の取引に依存する程度が強いサービス分野では、経済活動と人流の間に連動する傾向も見られている[1]。仮にこうした傾向が経済活動にとどまらず、人が動けば、そこに何らかの経済社会活動が発生すると考えれば、人の動きを通して活動状況を捉えることが可能となる。
人々の移動の傾向を捉える、いわゆる人流データについて、おそらく最も利用されるデータとして、コロナ禍において注目度が高まった位置情報がある。位置情報とは、GPSや基地局を通じて得られる許諾を得た携帯電話端末等の利用者の位置情報がデータ化されたもので、日単位、時間単位で集計され、任意のエリアにおける滞在人口データとして利用されている。しかし、そうしたデータの利用には費用がかかり、経済社会活動を捉える上で有用である一方、オープンデータとして自由に利用できるものとはなっていない[2]
こうした中、横浜市では、人々の移動の傾向を捉えるデータとして市内の鉄道各駅の乗降車人員データを独自に公表している。これは、ICカード乗車券を利用し駅の改札を入出場した際の記録が匿名加工を経てデータ化されたものであり、駅の利用客の多寡に着目して人流を捉えるデータと言えるが、月単位で集計・公表されているものもあり(公表まで数か月程度のタイムラグを経て利用可能)、市内にある主要ライン、主要駅について人流を把握することができる[3]。言い換えれば、こうした乗降車人員データを用いることにより、市内全域の任意のエリアにおける人流、ひいては人流を通した活動状況の補足をも可能とする。
 

人が動けば調子も上がる

1は、横浜市の中でも最も利用客が多い横浜駅の乗車人員データ(具体的には、みなとみらい線、および東急電鉄東横線の横浜駅の乗車人員の合計、3か月後方移動平均)の推移を示している[4]2023年以降、両線を合わせると、毎月、700万人規模の利用があるが、横浜市における主だった活動が、横浜駅近辺を基点として行われていると仮定する場合、横浜駅の人流データは、市の活動状況を捉えるものと考えることができる。実際、図1では、横浜駅の乗車人員データとともに、神奈川県の「景気動向指数」(一致指数、2015年=100)の動きを示しているが、これを見ると、両者は、同様の動きをしていることが確認できる(県内の活動が横浜市を中心として行われていると仮定できれば解釈可能な結果と言える)。

 

図1: 乗車人員と景気の動き(左軸:万人 右軸:2015年=100

2021年以降、当初実施された感染症対策のもとでの行動制限が徐々に緩和されていく中、人の動きが増加するとともに、景気が上昇傾向を辿っているが、これは、人流の回復のもとで市の活動状況が活発化しているとも解釈され得る。そうであれば、乗車人員データを用い、市の“調子”を見ることができる。
加えて、こうした人流データが、上述のとおり、サービス分野における支出の動きと整合的であることも確認できる。図2では、「市民経済計算」における外食・宿泊サービス支出、また、「家計調査」におけるサービス関連の支出(具体的には、外食と教養娯楽サービスの合計)の近年の動向(前年比)を横浜駅の乗車人員データ(前年比)とともに示しているが、特に、「家計調査」で見られるサービス関連の支出と人流の動きは整合的となっている。
 

図2 乗車人員とサービス消費の動き(前年比、%)

 

このように、乗車人員データといった民間データを用いることで、鉄道駅を利用する人出といった視点から、横浜駅に限らず市内の任意のエリアの活動状況、いわば調子を見ることが可能となるが、こうした動きは従来の公的統計では捉えきれなかったものとも言える。 

データを組み合わせ、さらなる見える化も

乗車人員データ×位置情報

乗車人員データについては、鉄道駅を利用した人を実測するという点で、携帯電話端末等の利用者に限って人流を補足する位置情報より、実勢を捉えている可能性も考えられるが、図3では、両者より得られる人流の動き(前年同月比)を比較している。補足の方法は異なれど、両者ともに人流を捉えるデータであるなら整合的となることが期待されるが、横浜駅など人流の多いエリア(サンプル数が多いエリア)について見ると、両者は極めて整合的であり、コロナ禍での感染状況の波に応じた増減を同様に捉えていることが確認できる。異なるデータで見ても同様の動きという事実は、両者がともに人流の実勢を捉えている可能性が高い。そうであるなら、乗車人員データに比べよりタイムリーな利用が可能となる位置情報と、乗車人員データを組み合わせることにより、市内の鉄道各駅での活動状況を即時的に把握することも可能となるかもしれない。

 

図3 乗車人員と位置情報の動き(前年同月比、%)

(備考)KDDI:横浜駅(半径0.5km圏内)滞在人口(2019年5月~2022年7月)、「KDDI Location Analyzer」(KDDI株式会社、技研商事インターナショナル株式会社)より取得。 Agoop:横浜駅を含む1kmメッシュ(2020年1月~2021年12月)、「全国の人流オープンデータ」(国土交通省)より取得。

 

乗車人員データ×観光客数

また、乗車人員データは、観光スポットの最寄り駅について見る場合、当該観光スポットへの観光客の訪問状況と関連している可能性も考えられ、観光客の動向の把握にも活用することが期待できる。実際、「入込観光客調査」より得られる観光客数と比較すると、例えば、横浜市の「海の公園」などでは最寄り駅の乗車人員(前年比)と観光客数(前年比)の間で近しい動きも見られる(図4を参照)。

 

図4 乗車人員と観光客数の動き(前年比、%)

(備考)乗車人員は金沢シーサイドラインの八景島、海の公園柴口、海の公園南口の合計。 2023年の値は年前半のデータを用いて計算。観光客数は「入込観光客調査」(神奈川県)より取得。なお、八景島駅は、「横浜・八景島シーパラダイス」の最寄り駅でもあり、ここで示す乗車人員データには、「海の公園」と異なる施設の影響を含み得る点には留意が必要。

 

まとめ

本稿では、新しく利用可能となったデータがあるのであれば、そうしたデータを用いることで、これまでにはできなかった何か新しいことができるはず、といった問題意識のもと、まず、横浜市が公表する乗車人員データから市の活動状況の補足を試みた。
乗車人員データを用いることで、人流を通じて任意のエリアの活動状況を捉え得ること、さらには、位置情報といった異なるデータと組み合わせることで、そうした活動のリアルタイム把握の可能性にも触れてきたが、市町村レベルでの活動状況のリアルタイム把握といった試みは、新たなデータを活用することで可能となる1つの分野とも考えられる(仮に、そうした活動状況の補足を継続的に行う場合、データを重視した政策形成に資する基礎的データの提供に繋がる可能性も考えられる)。
今回は、横浜市が独自に公表する乗車人員データを取り上げ、その有効活用をも念頭に、見える化の試みを紹介したが、引き続き、官民のさまざまなデータを用いることで、地域の視点から、その活動の可視化に取り組んでいきたい。

 


参考文献

浦沢聡士, 2023. オルタナティブデータと経済ナウキャスト―GDP統計との比較で見る人流データ、クレカ利用情報の特徴―. 神奈川大学『経済貿易研究』第49号, 209-217.


[1] 例えば、浦沢(2023)を参照。
[2] 国土交通省では、「G空間情報センター」を通じて、20191月から202112月までの位置情報データを「全国の人流オープンデータ」として公開している。内閣府では、「V-RESAS」を通じて、20201月以降の地域ブロック別や代表観測地点の位置情報データを公開している。
[3] JR東日本はSuicaの利用に基づく匿名加工処理されたデータを用い、利用動向を駅ごとに把握する分析レポート(「駅カルテ」)の提供といったサービスを実施している。
[4] 横浜駅の乗車人員データについて、月次データの利用が可能な鉄道として、「みなとみらい線」、「相模鉄道線」、「京浜急行線」、「東急電鉄東横線」があるが、いずれの鉄道においてもその傾向はおおむね同様となっている。本稿では、相互乗り入れによる直通運転が実施されている「みなとみらい線」と「東急電鉄東横線」を合計したデータを示している。

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