囚人のジレンマに陥った米中関係の行方

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囚人のジレンマに陥った米中関係の行方

一部の政治学者は目下の米中覇権争いについて、両国がトゥキディデスの罠に陥ったと指摘している。トゥキディデスの罠とは、米国ハーバード大学グレアム・アリソン教授(政治学)によって定義されたものであり、その意味は新しい覇権を狙う新興国が既存の覇権国とぶつかり、戦争状態になるということである。米中がトゥキディデスの罠に陥ったとすれば、新興国の中国がアメリカの覇権に挑戦しようとしているという設定である。わかりやすい説明だが、中国はほんとうにアメリカの覇権に挑戦しようとしているのだろうか。もっといえば、中国はほんとうにアメリカの覇権に挑戦できるのだろうか。軍事的にみても、経済力をみても、今の中国がアメリカと戦えるほど強くなっていないのは明白である。また、アメリカはほんとうに中国のことを脅威と思って恐れているのだろうか。アメリカにとって、中国とロシアを比較した場合、いったいどちらが脅威になりうるかを考えたとき、北極熊に喩えられているロシアのほうがはるかに怖い存在になっているのではなかろうか。

アメリカにとって、ロシアが怖い存在であるとすれば、中国は不愉快なトラブルメーカーになっている。しかし、歴代アメリカ大統領が中国の人権侵害などについて指摘すると、中国政府は必ず内政干渉と非難してアメリカの批判を聞き入れない。また、経済的にアメリカ政府は米中貿易不均衡を問題にすると、中国政府はボーイング社の飛行機などアメリカの製品と商品を買い増ししてガス抜きの工作に出る。結局のところ、米中の間に横たわっている種々の問題が解決されないままである。

本来ならば、米中は首脳の対話を通じて絶えず意見交換しているため、考え方の違いがあっても、激しく対立するまで発展しないはずである。しかし、否定のできない事実として米中の間には隔たりが存在する。これが埋まらない最大の要因は人権、自由、法治と民主主義に関する価値観の違いであり、この隔たりこそ米中が乗り越えられない溝である。中国政府のいつもの公式見解は、お互いに内政に干渉しないことである。要するに、内政干渉さえしなければ、互いの経済利益を最大化することができるというのである。

では、なぜ米中は激しく対立するようになったのだろうか。

アメリカ側の事情としてはおそらく、長年実施してきたエンゲージメント政策で中国を民主主義へ体制転換させることに失敗し、中国に対する失望感が強く出てきたことがあるのではなかろうか。中国側の事情として、習近平政権は、30余年の経済成長によって国力が著しく強化されたと判断して、積極的に拡張戦略を展開している。それが結果的にアメリカの覇権を部分的に脅かすようになったのである。

アメリカからみると、中国がグローバル社会の一員である以上、その共通のルールに従ってもらわないといけない。基本的な人権と法治はもとより、ハイテク技術の開発もグローバルルールに従う必要がある。たとえば、5Gの技術開発をリードしているファーウェイに対してアメリカは制裁を行ったが、その理由は、ファーウェイがイランに技術と設備を供与し、しかも、その事実を取引先の金融機関に偽って報告した疑いがあるためである。

目下の米中関係は、相互不信が国交正常化以降最悪なレベルにまで達している。北京からみると、アメリカは中国の発展を邪魔しようとしているように考える。それに対して、アメリカからみると、北京はアメリカの国益を害しているようにみえる。米中貿易交渉は第1段階の合意に達し、双方は2020115日にワシントンで合意文章に署名した。しかしその後、新型コロナウイルスの感染拡大への対策をめぐり、米中の対立は一段とエスカレートしている。

ウォールストリートジャーナルは、「中国は真の東アジアの病夫」という新型コロナウイルスによる中国経済の衰退を示唆するコラム記事を掲載した[1]。中国政府はウォールストリートジャーナル社に再三にわたって謝罪を求めたが、同社は謝罪を拒否した。20203月、アメリカ国務省は中国国営メディアを中国政府の宣伝機関と認定し、アメリカで働く人数の制限措置を発表した。それに対して、中国政府はアメリカ主要メディアのニューヨークタイムズ、ウォールストリートジャーナルとワシントンポストの記者を事実上国外退去させるとの報復措置を発表した。

新型コロナウイルスの感染拡大について、トランプ大統領は中国政府が発表した感染者数と死亡者数は信用できないと記者会見で明言している。中国政府が公表するさまざまなデータについては、かねてからその信ぴょう性を疑う声があった。これについて、カリフォルニア大学リバーサイド校の中国問題専門家のペリー・リンク教授は、米国政府系メディアVoice of Americaのインタビューで「中国政府が発表する統計数字の正確さを問いただすのはそもそも中国政府の文化を理解していない愚問である。中国政府は統計数字の正確さよりも、それを発表したときの社会的な反響と影響を優先的に考慮する。したがって、中国の統計数字の正確さを追及するのではなく、中国政府がその統計数字を通じてどのようなメッセージを発したいかを読むべきである」と述べている。きわめて正しい見解といえる。

国際政治の専門家の多くは、米中対立の着火点となりうるのは南シナ海と台湾海峡であると指摘している [2]。ただし、アメリカは南シナ海の問題と台湾海峡の問題について、どこまで本気に中国と向き合おうとするかが定かではない。アメリカの国益を考えれば、アメリカ政府は中国との正面衝突を極力避けようとするはずである。

ペンス副大統領とポンペオ国務長官は、演説や記者会見などで、繰り返し中国とのイデオロギーの違いを強調している。それを受けて、専門家の一部は米中が新しい冷戦に突入していく可能性について指摘している。同時に、米中のディカップリング(分断)について言及する専門家も少なくない [3]

米中経済の相互依存関係を理由に、米中のディカップリングを否定する専門家がいる。確かに経済的に考えた場合、アメリカは中国とのディカップリングをしようと思っても、簡単には実現できない。しかし、5Gをはじめとするハイテク技術の開発をリードするファーウェイのような中国企業をアメリカは認めないだろう。おそらくアメリカが考えているのは、経済全般についての中国とのディカップリングではなく、ハイテク技術を中心に中国を封じ込める限定的なディカップリングではないだろうか。 

米中が新しい冷戦に突入することについては、今のところ、可能性は高くない。しかし、香港の学生と市民の抗議活動に対処する北京のやり方などの中国の人権状況について、アメリカ政府と議会はかなり批判的にみているはずである。今回の新型コロナ危機においては、事態がまだ収束していないにもかかわらず、中国外交部スポークスマン趙立堅氏がツイッターで「新型コロナウイルスは米軍によって中国に持ち込まれたかもしれない」とつぶやいた。そもそも、中国ではツイッターへのアクセスが禁止されており、趙氏がどのようにしてツイッターにアクセスしているかは不明である。しかし、外交部スポークスマンとしてツイッターでつぶやくことは一個人のつぶやきでは済まないはずである。このつぶやきによってアメリカ政府と議会による中国に対する警戒をさらに喚起している可能性が濃厚であるが、その狙いと意図ははっきりしない。

まったくの推察だが、趙氏のつぶやきの意図は、新型コロナ危機を招いた責任は中国になく、アメリカにあると言いたかったのかもしれない。しかし、そこまで問題を提起するとすれば、科学的根拠を示す必要がある。科学的根拠を提示せず、軽率なつぶやきをすると、中国自身の責任が問われることになる。

こうして米中関係をめぐる一連の動きを整理してみると、米中の協力関係が完全に崩れており、米中関係は囚人のジレンマに陥ったようにみえる。囚人のジレンマとは、二人の囚人が互いに協調しあう場合、全体として得られる利益が最大になることが分かっていても、相手が裏切ることを考えて自己の利益のみを優先しようとして互いに裏切りあってしまい、全体として得られる利益が最小化してしまうという考え方である。少なくともグローバル社会における米中関係をみると、互いに協調しているよりも、互いに裏切りあっているようにみえる。このことはグローバル社会の不安定化をもたらす羽目になると考えるべきである。

ポスト新型コロナ危機のグローバル社会を展望すれば、米中の協力が実現できなければ、グローバル社会の繁栄と安定も絵に描いた餅になる。中国では、習政権は中央集権をいっそう強化しようとしている。しかし、アメリカとしては、独裁を強化する中国と協調していく可能性は低い。米中が軍事衝突に突入する可能性は高くないが、前述したように限定的なディカップリングになる可能性が高く、いわゆる新冷戦に突入する可能性を完全に排除することができない。

最後に、日本にとってのこれからの十年を展望した場合、これまでのような、経済は中国に依存し、外交安全保障は米国に依存するような単純な構図が成立しなくなる可能性がある。すなわち、日本独自のグローバル戦略の構築が求められている。

 

[1] Walter Russell Mead. "China Is the Real Sick Man of Asia". The Wall Street Journal. 2020-02-03.

[2] たとえば当研究所の論考としては、村上政俊氏の下記論考などに詳しい。
・「トランプ政権下での米台関係の飛躍的な進展(1)
・「トランプ政権下での米台関係の飛躍的な進展(2)
・「新たな米中対立――太平洋島嶼国――

[3] 2019年9月12日~13日に東京財団政策研究所、米国ジャーマン・マーシャル財団(German Marshall Fund)の共催で開催した「第6回日米欧東京フォーラム」(於 駐日欧州連合代表部)においても、中国からのディカップリングは大きな関心事として取り上げられた。
第6回日米欧東京フォーラムレポート「対中レッドラインをめぐる日米欧の課題」(鶴岡路人)
【開催報告】第6回日米欧東京フォーラム

柯 隆(か・りゅう)/Long Ke

柯 隆(か・りゅう)

  • 主席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 開発経済
  • 中国のマクロ経済

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