R-2022-139
2022年は参加した機関投資家680以上、回答した企業18,700社以上 Aリスト企業は世界で気候変動200社、水セキュリティ118社、フォレスト24社 企業の水への取り組みが必要な理由 見落としがちな企業活動と水の関係 Aリスト企業のないアパレル、ホスピタリティ、発電 |
2022年は参加した機関投資家680以上、回答した企業18,700社以上
環境情報開示の世界的なプラットフォームであるCDPが「気候変動レポート2022」[1]、「水セキュリティレポート2022」[2]、「フォレストレポート2022」[3]のダイジェスト版を公開した。
CDPは2000年に英国で設立された国際環境NGOで、世界各地の機関投資家などの要請を受け、企業の環境に関する質問書を送付し、回答を公開する。機関投資家はCDPのデータを投資の意思決定に活用する。
これは機関投資家、企業の双方にメリットがある。機関投資家はCDPデータをビジネスの意思決定や取引企業との契約に活用できる。企業は質問書に回答するだけで、複数の投資家・顧客企業への情報開示が完了し、情報開示を通じて企業競争力を強化できる。さらに回答作業を通じて自社が直面する環境リスクや今後とるべき行動を理解できる。
発足当初は「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(Carbon Disclosure Project)」という名称で、気候変動に関する質問書を送付していた。その後、2009年から水セキュリティ、2011年からフォレストに関する質問書の送付を加え、略称のCDPを団体の正式名称としている。
「CDPキャピタルマーケッツ 紹介資料」[4]より筆者作成
近年ESG情報開示の重要性が高まり、参加する機関投資家数、質問書に回答する企業数は増加している。
2022年は、680以上の金融機関(運用資産総額130兆米ドル超)、280以上の主要購買企業・団体(6兆4000億ドルの購買力)がCDPを通じて企業の情報開示を要請した。
一方、企業は18,700社以上が質問書に回答。回答企業の時価総額は合計60兆8000億米ドル(約890兆円)と世界の株式市場の時価総額の約半分を占めた。国別の上位5カ国を見ると、米国(3,700社以上)、中国(2,500社以上)、日本(1,700社以上)、英国(1,400社以上)、ブラジル(1,300社以上)だった。
Aリスト企業は世界で気候変動200社、水セキュリティ118社、フォレスト24社
CDPは、回答企業を、ガバナンス、リスクと機会、事業戦略、目標と実績、エンゲージメントなどの項目で評価し、リーダーシップレベル(A、A-)、マネジメントレベル(B、B-)、認識レベル(C、C-)、情報開示レベル(D、D-)の8段階に格付けしている。また、質問書を送付したのに回答しない主要企業名を公表し、開示を促すキャンペーンも行っている。
リーダーシップレベルと評価された「Aリスト」に入った企業は、世界で気候変動200社、水セキュリティ118社、フォレスト24社。342社のAリスト企業のうち気候変動58%、水セキュリティ35%、フォレスト7%となっている(1社が複数項目でA評価を獲得するケースあり)。
CDP「気候変動レポート」「水セキュリティレポート」「フォレストレポート」(2017年〜2022年)より
筆者作成[1][2][3][5]
2022年の日本におけるAリスト企業は、図2のとおり、気候変動75社、水セキュリティ35社、フォレスト4社だった。合計114社のAリスト企業のうち、気候変動66%、水セキュリティ30%、フォレスト4%となった。気候変動は世界平均を上回ったが、水セキュリティー、フォレストは下回った。
気候変動Aリスト企業は2018年に20社だったが、2022年には75社になった。2016年のパリ協定の発効、2018年のIPCC「1.5℃特別報告書」、2019年の「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」が閣議決定されたことなどが影響しているだろう。
企業の水への取り組みが必要な理由
ここからは水セキュリティに絞って考えていきたい。
近年、干ばつや洪水など水に関する事象は増加傾向にあり、世界の年間被害総額も将来的に増加すると予測されている。水リスクの顕在化の結果、企業の業績が大きな影響を受けるケースは今後増えるだろう。
こうした背景から、水が企業財務に与える影響への機関投資家の関心は高まっている。
日本の水セキュリティAリスト企業は2018年の8社から2022年に35社になった。この5年間の水セキュリティAリスト企業を業種別(CDP報告書の業種分類による。年度によって分類が異なる場合は直近のものとする)に見ると、のべ133社のうち、製造55社(41%)、食品・飲料・農業25社(18%)、素材25社(18%)となっている。具体的な企業名については図表4を参照してほしい。
CDP「気候変動レポート」「水セキュリティレポート」「フォレストレポート」(2017年〜2022年)より
筆者作成[1][2][3][5]
CDP「気候変動レポート」「水セキュリティレポート」「フォレストレポート」(2017年〜2022年)より
筆者作成[1][2][3][5]
見落としがちな企業活動と水の関係
企業活動に水は欠かせない。企業の水利用というと飲料水メーカーのことを考えがちだが、あらゆる製品の製造過程に水は欠かせない。
熊本県に台湾の半導体大手TSMCが進出すると発表された。熊本が選ばれた理由は、関連企業の集積、交通アクセスのよさに加え、半導体生産に欠かせない水資源が豊富なことだと考えられる。半導体は特定の物質を加えることにより、活用目的ごとの電気的性質を与えていくので、不純物が付着すると性質が変化し、使えなくなる。そのため半導体の洗浄にはきわめて純度の高い水が大量に使われている。
また、飲料・食品メーカーの1次サプライヤーでの水使用量は全体の90%を超える。
例えばビール製造には大麦が欠かせない。コーヒー飲料にはコーヒー豆、ジュースには果汁が必要で、それらの生産に水が必要だ。米国フロリダ州の干ばつの影響でオレンジの生産量が減少すれば、オレンジ果汁の価格に影響する。気候変動の影響でフロリダの干ばつが深刻になれば、原材料が入手できなくなるリスクを抱えていることになる。
Aリスト企業のないアパレル、ホスピタリティ、発電
水セキュリティのAリストを業種別に見た時、日本企業が選ばれていない業種がある。それはアパレル、ホスピタリティ、発電の3業種だ。世界ではこの分野に以下のAリスト企業がある。
CDP「水セキュリティレポート2022年」[2]より筆者作成
CDPレポートでは「『アパレル』と『発電』は一般的に水リスクの高い業種と捉えられているが、回答率はそれぞれ50%、38%と大きく平均回答率を下回る」[2]と指摘している(業種分類はCDP報告書による)。
アパレル業界は一見、水とは関係なさそうに思えるが、食品事業に続いて水環境へのインパクトが大きい。UN News(2019年5月25日)[6]によると「ジーンズ1本を作るのに、約7,500リットルの水が必要で、平均的な人が7年間に飲む水の量に相当する」 という。これはジーンズの原材料である綿花の栽培、染色の過程などで使用される水の量だ。また、アパレル産業では、財布、ベルト、カバンなどの革製品も扱うが、加工や仕上げの工程で大量の水が使われる。
さらに、アパレルは水を汚染する。前述のUN Newsでは、「繊維製品の生産には年間約 930 億 m3 の水が使われ、さらに石油 300 万バレルに相当するプラスチック素材を海洋に投棄し汚染している。水質汚染という点では、衣類の染色と仕上げの工程で生じる廃水は、世界中の廃水の約2割を占める」と報じている。[6]
アパレル産業のサプライチェーンは長い。企画→製造(原材料調達、紡績、染色、裁断・縫製)→輸送→販売などの段階で、大量に水を使っていないか、排水が環境汚染を起こしていないかを考えるべきだ。
アパレル産業に限ったことではないが、企業活動と水との関係を考える場合、サプライチェーン全体を考える必要があるだろう。
[1] CDP 気候変動レポート2022: 日本版 【ダイジェスト版】
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/007/120/original/CDP_Climate_Change_Japan_2022_JP_summary_0203.pdf
[2] CDP 水セキュリティレポート2022: 日本版 【ダイジェスト版】
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/007/121/original/CDP_Water_Japan_2022_JP_summary_0203.pdf
[3] CDP フォレストレポート2022: 日本版【ダイジェスト版】
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/007/124/original/CDP_Forests_Japan_2022_JP_summary_0203.pdf
[4]「CDPキャピタルマーケッツ 紹介資料」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/006/048/original/CDP%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%94%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%84%E8%AA%AC%E6%98%8E%E8%B3%87%E6%96%99%282022%E5%B9%B4%E5%BA%A6%29.pdf
[5] CDPレポートアーカイブページ
https://japan.cdp.net/reports
[6] UN News(25 March 2019)
https://news.un.org/en/story/2019/03/1035161