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未知みちる水のインタビュー 第2回 土木工学から始まり、国際協力の現場で目の前の現実を動かしていく

未知みちる水のインタビュー 第2回 土木工学から始まり、国際協力の現場で目の前の現実を動かしていく

July 27, 2022

R-2022-026

未来の水を担う次世代、とりわけ高校生のみなさんに、知っているようで知らない水にまつわるお話を、研究者の視点からお届けします。水に関わる研究者は、どんなきっかけで水分野に出会い、今の研究に取り組むようになったのでしょうか?そこには、身近な疑問や10代の頃の経験、学びの過程で出会った本などが大きな影響を与えているかもしれません。ご自身の著作をベースに今の研究に携わるきっかけや次世代に伝えたいメッセージを伺います。

分野を超え、現場に入ったら、見えてきたことがあった。
知識は誰のものか?
ブレずに通い続け、うろうろする
水を知ると、人間として世界を見る視点が広がる
もっと知りたいあなたに!坂本さんのお薦め本
訪ねてみよう!坂本さんお薦め水名所:長崎県長崎市東出津町・遠藤周作文学館から望む海

2回 土木工学から始まり、国際協力の現場で目の前の現実を動かしていく

お話:坂本麻衣子さん(東京財団政策研究所「未来の水ビジョン懇話会」メンバー/東京大学大学院新領域創成科学研究科国際協力学専攻准教授) 

第2回は、FENICS100万人のフィールドワーカーシリーズ第2巻「フィールドの見方」(古今書院、共著、2015年)から、第10章「ベンガルの農村で飲料水ヒ素汚染問題に向き合う〜異分野の方法を取り入れて見えてきたもの」を取り上げます。著者である東京大学の坂本麻衣子さんは、土木工学の中でも社会基盤の整備に関わる「土木計画学」と途上国の開発に関わる「国際協力学」を専門としています。安全な水を社会に届ける上で、理論だけではなく、現場を知り、人を知ることが重要であること、またそこには分野を超えた学際的な視点が欠かせないことをご自身の経験からお話いただきました。

坂本麻衣子:京都大学大学院工学研究科博士課程修了。工学(博士)。東北大学東北アジア研究センター助教、長崎大学工学部准教授を経て、2013年4月より現職。専門は土木計画学。バングラデシュ、インドを主な調査地とし、数理モデル分析や社会統計分析を用いながらも、現場を重視した水環境の問題解決に資する研究をめざす。2022年4月より東京財団政策研究所「未来の水ビジョン懇話会」メンバー

分野を超え、現場に入ったら、見えてきたことがあった。

坂本さんが、この本を書いたきっかけを教えてください。

私が長崎大学に在職していた時に、この「100万人のフィールドワーカーシリーズ」の編著者である増田先生らが中心になって、色々なフィールドをテーマにしたワークショップが開催されました。私はバングラデシュをフィールドにしていたことから、そちらに参加させていただき、その後、学内の広報誌での増田先生のフィールドワークに関する企画に声をかけていただくなど、縁が繋がって、それが書籍化に至ったという経緯です。

 「フィールドの見方」がタイトルになっていますが、坂本さんがフィールドを見るときに意識する視点はありますか?

私自身は工学系の勉強をしてきたので、執筆した当時も「フィールドワーカー」という意識はありませんでした。ただ、土木工学の中でも私が専門とする土木計画学は、インフラを導入する際に、「何を」「どこに」「いつ」作るかを考えるのが主な課題で、その対象となる社会には当然人の生活があります。土木工学の分野では、ダムや橋など、もの(インフラ)を作るための力学系の研究に携わる人が多く、社会と接点を持ちながら研究を行う計画系の研究者はそもそも多くありません。そのためフィールドで生活者の視点を知ることの重要性をなかなか理解してもらえない場合もありますが、現場の課題に取り組むには、学際的な視点でフィールドを見ることが大切だということは、ぜひ伝えたいです。色々な気づきがあるのはもちろんですが、その気づきを自分の研究に生かせるようになってくると本当に楽しいですね。

 実際にフィールドに入られたきっかけは?

学生時代、研究室にバングラデシュ人の客員教授がいらしたのですが、インドとバングラデシュの間でガンジス川の水利用にコンフリクトがあるということで、「現場を見てみるか」とたまたま声をかけられて、出かけました。私が当時携わっていたのは、水利用の競合を数理的に分析する研究でした。単純に言えば、川上のインドと川下のバングラデシュで水を取り合った場合に、使い方によって互いにどういう影響があるか、例えばバングラデシュが不利になりすぎないためにどんな調整の方法があるかといったことをモデル上で分析するものです。インドにあるファラッカ堰からコルカタに向けてガンジス川の水を引いているのですが、その時は堰の上流には海かと思えるほどたくさんの水がある一方で、下流のバングラデシュの領域では歩いて渡れそうなほど川が痩せ細っていました。現地の状況を目の当たりにして、水の問題とはこういうことかと実感しました。

 現地を見て、現在の研究テーマである飲料水のヒ素汚染問題に関心を持たれたのでしょうか?

当時案内いただいたバングラデシュ人の客員教授の方が、長らくこの問題に関する実践的な活動をされていました。ガンジス川流域では、地下水に自然由来のヒ素が含まれていることがあります。上水道が整備されていない農村部の人々は、井戸を掘って汲み上げた地下水を飲用にも利用するのですが、10年ほどするとヒ素が体内に蓄積され、様々な病気の原因となります。がんを発症し亡くなる方もいます。問題のひとつとして、現地の人々の多くがヒ素のリスクを知りながら、また、安全と知られている代替水源が提供されながらも、これを利用しないことがありました。当時は数理的な分析をしていたこともあり、他の人の研究テーマとして現地調査などで「大変そうだなあ」という印象止まりでした。この問題を研究テーマにしようと思うに至ったきっかけは、これもたまたまインドでの調査に同行させて頂いたときに、バングラデシュの農村ではなかなか適切なトイレの普及や利用が進まない中、インド・西ベンガル州の村では、村人自らトイレを導入し、綺麗に利用しているケースがあるのを目の当たりにしたことでした。西ベンガル州とバングラデシュは隣り合わせで、言語や文化も近く、農村の状況も似ているのに、何がこうも人の行動を変えるのかということに興味を抱いたのです。そこでヒ素汚染の問題に関しても、安全な飲料水を供給する技術がどういう社会条件のもとで普及するのか解明したいという問題意識に至りました。

知識は誰のものか?

−坂本さんの研究には、現場でのものづくりの視点が欠かせないのはなぜですか?

やはり土木工学で教育を受けてきていますので、インフラに対する特別な愛着のようなものはあります。途上国では外国の援助で導入したインフラが上手く利用されないという問題が良く起こりますが、それをなんとかして使ってもらいたいという思いが、ものづくりの視点につながっていると思います。また、現場に行くと現地の人々の日常の苦労が目に見えるので、生活をよりよくすることに具体的につながる道筋が見えない研究では意味がないと実感しています。

 −「よりよくなる」「本当の意味で役に立つ」ことの基準はなんでしょうか?

いかに現実を変えるかという点はいつも念頭にあります。

土木工学の視点だと水と衛生環境の改善に対して「水道を作る」という解決策が浮かびますが、現地を見ると、水道整備のような取り組みには数十年単位の時間がかかることがよくわかります。大きなインフラ整備を行うとしても、それが完成するまで目の前で続く課題に対処するには、別の方法が必要だと感じます。社会の仕組みを変えるには、技術だけではなく、住民自身が、課題に対して正しい知識に基づいて行動できるようにすること(キャパシティビルディング)も必要だと感じています。

 −その部分を別の専門家の仕事と切り分けずに、目の前の課題に工学的アプローチで対峙するのが坂本さんの姿勢ということですか?

私自身、国際協力学という分野に籍を置くようになって、現在は、土木工学的な「ものづくり」への貢献という姿勢に加えて、より幅広く政策的な点にも目が行くようになりました。例えば、ヒ素汚染に対しては、世帯が所有する井戸を一度検査して終わりとするのではなく、地下水の状況が変動する可能性もあるわけですから、そういった知識や定期的に検査をするための選択肢を提供することが大切かと思います。これまでは、援助プロジェクトの期間やスキームに応じて水質調査や対策が行われ、そこを外れると調査が終了したり、情報が届かなくなったりするケースが多くありました。プロジェクト期間内に行われた検査結果だけが一人歩きすることもままあるので、それが住民に「これからもずっと安全だ」という誤解を与えることは絶対に避けるべきです。ヒ素の有毒性や井戸水の汚染可能性についての知識は提供されてきていますが、水質検査の結果はこれから先、変わる可能性もあることをきちんと伝えて、住民がヒ素のことを理解し、水質検査も含めて問題に対処できる持続可能な仕組みを作っていきたいと考えています。

ブレずに通い続け、うろうろする

−フィールドに行ったときに、特に気にしていることはありますか?

社会の中の弱い部分が自ずと気になってきます。途上国での水の問題を扱っていると女性・子どもといった社会的に弱い立場の人との接点が多くあります。彼らに意識を向け、何かしらの後押しをすることは私の研究の根底にある大事な部分です。その際、私が女性であることで調査がしやすい面はもちろんありますし、弱い立場の人へ意識が向いたり、SOSを敏感に感じ取れている部分もあるかもしれません。世界で「困っている」人は、一体どういう次元で困っているのか、例えば、解決するという発想にすら至らないぐらい社会や制度、技術の前提条件が違うこともあることを日本の10代のみなさんにも知ってもらいたいと思います。

 −なかなか具体例を想像するのが難しいのですが、例えば、私自身がバングラデシュに行ったとき、連れ立って水汲みに行く女の子たちがすごく楽しそうで驚きました。少しほっとすると同時に、単に安全な水を供給することでは解消しない深い課題や価値観の違いがそこにはあると感じたのですが、そういう感覚に近いでしょうか?

そうですね。彼女たちにとっては、水汲み・水運びは改善すべきという発想以前の日常ということですよね。女性は家の外に出る機会が少ない社会ですから、外に出て女性同士おしゃべりする開放感はあると思います。ただ、若い女の子たちならばまだよいですが、年配の女性が見るからに辛そうに水運びをしている姿も見られます。身内の女性が見知らぬ人の目に晒されるのを好ましく思わない人もいるので、遠くの安全な井戸に水を汲みに行きたくても、旦那さんが許してくれないという話も聞いたことがあります。当事者が受け入れているからよいという次元ではなく、仕組みを変えることでよりよい生活がみんなにもたらされる、そのために土木計画学・国際協力学の視点でできることがあるのではないかと考え続けています。

 −現地の方との直接のやりとりも積極的にされているのでしょうか?

研究者がフィールド調査に出かけると、住民の「何をやってくれるんだ?」という期待を負担に感じたり、資金提供者がいるプロジェクトの場合は成果を出さなくてはいけないという短期的なプレッシャーにさらされることもあります。でも一見無駄に思われる時間が、地域に本当に役立つことを見つけるために重要なこともあります。私の場合、協力者が現地語で聞き取りをしている間はすることがないので、うろうろと歩き回って片言のベンガル語で現地の人とおしゃべりをしたりします。

 −「うろうろ」ですか?(笑)

はい(笑)若いみなさんは学校でも効率よく課題をこなすことを求められると思いますが、敢えて「うろうろ」することもお勧めしたいです。同じ地域に通い続けると、「うろうろ」が現地の人に受け入れられるようになり、地域の内情もより把握しやすくなります。

「石の上にも三年」という言葉は、裏を返せば何事も3年続ければ一人前とも解釈できますから、すぐに結果につながらなくても続けてみることで独自のポジションと視点が生まれるともいえます。「うろうろ」も続ければオリジナリティになります。

水を知ると、人間として世界を見る視点が広がる

―坂本さんが水に関わる研究を始めたのはなぜですか?

私は京都大学の出身で土木を専攻していたのですが、実は、4年生で研究室を決める際に自分の希望とは違う、水に関連した計画をする研究室に所属することになりました。当初、落胆していた自分自身を振り返ると、水に関わる我々は、「水を知りたい」「水分野の研究者を目指したい」と若い世代に思ってもらえるように、もっと魅力的な水教育を考えるべきなのかもしれません。

 −若い世代にぜひ知ってほしい水の魅力はなんですか?

水を知ることで世界が広がるということはぜひ知ってほしいですね。私自身を含め、周りの水の研究者は、始めから志したというよりも、様々な経緯を経て結果的に水分野に行き着く人が少なくない印象を受けます。いざ携わってみると、水は多様な研究分野に関わるだけではなく、生活ともダイレクトな接点があります。水を知ることが国や立場を超え、人間として世界を見る視点を広げてくれると思います。

もっと知りたいあなたに!坂本さんのお薦め本

モンジュワラ・パルビン著、松村みどり訳「シャムタ〜バングラデシュ 砒素汚染と戦う村」(海鳥社、2017年)

ヒ素汚染に苦しむ村で、日本のNGOと共に活動を行ってきた女性による手記です。バングラデシュに暮らす女性であり、実際にヒ素による健康被害に苦しむ当事者でもある著者からの切実なメッセージは強く心に迫るものがあります。当初原因不明の病気として恐れられ、ヒ素中毒による皮膚疾患が膿んで臭いを放ち、それが移るのを嫌がって父親から掛け布団も与えてもらえない子供の話や、ジェンダー格差が強く残る社会で女性が行動を起こすことがどれほど大変か、現代日本に暮らす我々には想像もつかない困難の一端を知り、考えるきっかけとなります。

 

ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ著、鎌田陽司監訳 増補改訂版「懐かしい未来〜ラダックから学ぶ」(ヤマケイ文庫、2021年)※「ラダック 懐かしい未来」(山と渓谷社、2003年)、「懐かしい未来 ラダックから学ぶ」(懐かしい未来の本、2011年)を再構成

インドの北奥に位置するラダック地方の社会や文化を1970年代に初めて同地を訪れたヨーロッパ出身の女性研究者の視点で描いています。そこには、資源やお金、人間関係が、身の丈にあったサイズで循環する社会のあり方が、西欧的な発展とは異なる意味での「もう一つの未来」たりうるのではないかというメッセージが込められているように感じます。

訪ねてみよう!坂本さんお薦め水名所:長崎県長崎市東出津町・遠藤周作文学館から望む海

小説家・遠藤周作氏の代表作『沈黙』の舞台になった場所で、海を見下ろす位置に文学碑が建てられています。碑には「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」と刻まれているのですが、この場所を訪れた時に、まさしく何か超越しているかのように海が美しく「碧い」ということを目の当たりにし、とても印象深い場所になっています。写真はサンセットの時刻なので、ぜひ現地に赴いてご自身の目で碧い海を確かめてみてください。

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