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「未来の水ビジョン」懇話会2「古くて新しい上下流問題-流域治水から市民の受益と負担を考える-」
画像提供:Getty Images

「未来の水ビジョン」懇話会2「古くて新しい上下流問題-流域治水から市民の受益と負担を考える-」

August 3, 2022

R-2022-028

2「未来の水ビジョン」懇話会では、これまでの河川や治水政策について理解したうえで、地域での流域治水の課題と取り組みを活性化していくための方策について議論を行う。2022年4月8日 東京財団政策研究所にて)

1.河川と治水のパラダイムシフト
2.新たなパラダイム「流域治水」
3.流域治水の実現に向けた課題
4.現時点での提言
議論 さらなる課題探求
「未来の水ビジョン」懇話会について

Keynote Speech(概要)

中村晋一郎 東京財団政策研究所 主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科 土木工学専攻

左:中村氏                                                                                                                      右:村上氏

1.河川と治水のパラダイムシフト

現在の日本の河川政策は、河川法のもと治水、利水、環境という3つの目的によって進められている(図1)。しかし、歴史に目をやると、その目的は時代とともに変化してきている。明治29年の最初の河川法は、近代化や工業化に伴う水害被害の増大を背景に、治水を目的として制定された。戦後になると、急激な経済成長や都市の人口増加による水不足が深刻化したため、利水が新たな目的として加わった。その後、社会経済は安定期に入り、合わせて環境意識の高まりもあり、環境が新たな目的として加わった。

治水に着目すると、治水も時代ごとの社会的あるいは技術的な背景に応じて変化してきている。明治期から戦前までは、堤防を築堤したり川を掘ったりすることで河道の容量を増やす河道対策、そして、洪水時に水害被害を軽減するための水防活動の二つの対策を両輪とした治水が行われた。戦前から戦後にかけて欧米からダム貯水池の技術が導入されると、戦後の治水対策は河道、水防に合わせてダム貯水池が対策の中心となった。そして、昭和50年代ごろには都市水害が問題となり、流域全体で水を貯める貯留が主に都市における対策の一つと位置付けられた。よって、これまでの治水は、河道、水防、ダム、貯水の4つの対策を主体として進められてきた。

図1 河川法における河川政策の目的の変化と背景

 

出所:筆者作成

2.新たなパラダイム「流域治水」

近年の水害の多発や気候変動によって想定される豪雨の増加、あるいは人口減少・少子高齢化といった社会の変化に伴って、現在、日本は新たなパラダイムに直面している。国土交通省は、令和2年に「流域全体で行う総合的かつ多層的な水災害対策」として「流域治水」を開始した。流域治水では、これまで実施してきた堤防整備やダム貯水池の整備といったハード対策、災害情報の充実や被害軽減のための水防に合わせて、土地利用のコントロールや建築構造の工夫といった被害対象自体を減少させる取り組みを新たに加え、それらを流域内で総合的かつ多層的に展開することを目指している。

流域治水がこれまでの治水と最も異なる点は、総合的・多層的な取り組みを河川だけでなく流域全体で実施するために、これまで治水を担ってきた国土交通省や都道府県といった河川管理者だけでなく、他省庁、市区町村などの基礎自治体、住民、あるいは企業といった多様な主体との連携が必要になることである(図2)。流域治水を実現するためには、これまで以上に、私たち住民の洪水への安全に対する協力や参加が必要となるが、この点において、いくつかの課題があると考えている。

図2 これまでの治水と流域治水における主体の範囲と関係性

 

流域治水では個人あるいは他セクターの治水への協力行動が求められる

 出所:筆者作成

3.流域治水の実現に向けた課題

(1) 負担と受益の乖離

一つ目の課題が、治水への負担と受益の乖離である。

例えば、流域治水の取り組みの一部である田んぼダムや自宅への雨水タンクの設置といった分散型の対策を行うのは上流側の住民や農家になるが、それらの対策によって洪水軽減という利益を享受するのは下流側の住民になる。また、上流側の農地の保全や遊水池の整備などの土地利用の規制や改変を伴う大規模な対策においても、それらの便益を得るのはそれより下流側の住民であり、治水への負担と受益の当事者が異なるケースが度々発生する。

 

(2)実感しにくい効果

これまでの治水では、堤防の築堤や河道の掘削、あるいはダム貯水池の整備といった、集中型のハード対策が中心であった。これらの旧来の対策は、事業への着手や整備には多くの時間を要するが、施設が完成すれば直ちに洪水の低減効果が発現される(図3)。一方で、住民が協力して行う雨水貯留や防災・減災の取り組みは、一人一人の取り組みが積み重なって全体の効果として発現するため、その効果は時間をかけて少しずつ増加する。そのため、その効果がこれまでのハード対策と比べて実感しにくいという特徴がある。

 図3 治水対策による洪水被害軽減効果の概念図

 

ダムなどの集中型対策と田んぼダムなどの分散型対策の比較

出所:筆者作成

(3)つながりへの無関心

これまで、治水に限らず水に関連する多くの政策の主体は行政であり、住民は納税や選挙、あるいはパブリックコメントなどを通して間接的に政策へと関与しつつも、あくまで行政からサービスを享受する立場であった。この水政策と住民との関係は、人々を面倒で時間のかかる地域内での水の管理から解放した反面、それらの水政策や管理に対する無関心を増大させるとともに、地域の水の管理を担う主体を減少させることになった。例えば、地域の水防活動を担う水防団員の数は、高度成長期以降、団員のサラリーマン化や少子高齢化の影響で急激に減少してきているし、自分の飲み水や排水を支えるインフラへの関心も低い。

流域治水において、住民はサービスを受けるだけの立場ではなく、自らが地域の水の安全に対する積極的な関与や協力が求められることから、これまで失われてきた地域の水や安全に対する関心をどのように再生していくかは重要な課題である。

 

4.現時点での提言

以上の流域治水を新たなパラダイムにシフトしていくための課題に対して、ここでは政策、教育、パートナーシップ、テクノロジーという視点からいくつかの提言を示したい。

政策

流域治水を達成するための課題①「負担と受益の乖離」は、実は水資源の分野では古くて新しい問題である。例えば、高度成長期にラッシュを迎えたダム貯水池の建設の際には、水没するまちや集落の補償や権利の問題が大きな注目を集めた。この水没地問題も、下流の都市の安全や開発といった利益のために、上流側の地域が負担を強いられるという負担と受益の乖離の問題があった。そのため、水源地域対策特別措置法や電源開発促進対策特別会計法といった制度が高度成長期に立て続けに制定され、上流の水没地に対する補償が行われた。現在でも水道事業体によっては、水源である上流地域との定期的な交流事業を実施しているところもある。

今回の流域治水において、上流の住民が下流の住民のために快く貢献し、その貢献に実感が伴うような制度の構築が必要であろう。具体的には、下流の住民が支払う税金の一部を上流の住民の対策に対して助成や補助を行うような仕組みが考えられる。一方で、上流側の住民が行う対策に対して付加価値を与えるような取り組みも重要である。例えば、田んぼダムで作られたお米をブランド化したり、雨水タンクに貯めた水でコーヒーを販売したり、人々が負担を感じずに楽しく、且つ儲かるような付加価値を考えていくことも大切なことだろう。

教育

住民一人一人が主体となって地域の水の安全に関わっていくためには、地域の水に関するリテラシーの普及が不可欠である。それらは、小中学校などの学校だけでなく、市民講座などの大人向けの学習の場も、水のリテラシーを深める重要な場所になる。その際、水の知識や学問をわかりやすく地域の人たちに伝える伝道師の存在が大切だと考えている。

日本には建設業・インフラに関連する就業者数が500万人以上、土木・衛生に関連する学科を有する大学が60校以上あり、水の専門家がいない地域はないといっても過言ではない。地域の水に関わる専門家の一人一人が水の伝道師としての役割を担い、地域の水リテラシーの向上につとめていくことが、流域治水を実現する上でも大切なステップだと考えている。

パートナーシップ

流域治水に限らず、水政策において、上流の住民が下流の住民のために快く協力し、その貢献に実感が伴うような上下流でのパートナーシップを強化していくことが重要である。前述の通り、水道や用水などの利水分野では、水源である上流地域と下流の受益地域がパートナーシップを結び、定期的な交流を実施しているところもあるが、治水においても同様の仕組みが必要と考えている。その取り組みとして、国土交通省では各一級水系において「流域治水協議会」を設置してパートナーシップの形成を目指しているが、この取り組みを省庁や自治体などの行政機関だけでなく、企業や住民にまで着実に広げていくことが肝要である。

テクノロジー

流域治水には個人の取り組みの効果や貢献が見えにくいという課題がある。よって、個人の取り組みの効果や貢献を見えやすくするような技術の開発も効果的であろう。例えば、IoTによって地域内の雨水タンクや田んぼダムの貯水量をリアルタイムでスマホに届けるシステムや、流域全体の流域治水の達成度をわかりやすく伝える指標などが考えられる。これらの技術は、自身や地域の貢献を実感するだけでなく、流域治水や地域への理解や関心を促すツールにもなるだろう。

議論 さらなる課題探究

1.負担と受益/上下流

2.市民のリスク認知・市民との協働

3.治水は誰のものか:「自分ごと」化とリスク認知

「未来の水ビジョン」懇話会について

我が国は、これまでの先人たちの不断の努力によって、豊かな水の恵みを享受し、日常生活では水の災いを気にせずにいられるようになった。しかし、近年、グローバルな気候変動による水害や干ばつの激化、高潮リスクの増大、食料需要の増加などが危惧されている。さらには、世界に先駆けて進む少子高齢化によって、森林の荒廃や耕作放棄地の増加、地方における地域コミュニティ衰退や長期的な税収減に伴う公的管理に必要な組織やリソースのひっ迫が顕在化しつつある。

水の恵みや災いに対する備えは、不断の努力によってしか維持できないことは専門家の間では自明であるが、その危機感が政府や地方自治体、政治家、企業、市民といった関係する主体間で共有されているとは言い難い。

そこで「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「水の未来ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有していく。

※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順)
沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科)
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科)
黒川純一良(公益社団法人日本河川協会参与)
坂本麻衣子(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会)
武山絵美(愛媛大学大学院農学研究科)
徳永朋祥(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科)
橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト)
村上道夫(大阪大学感染症総合教育研究拠点)

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