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「未来の水ビジョン」懇話会3「農地は誰のもの? 社会で共有したい農地のさまざまな機能と水との関係」
写真提供:Getty Images

「未来の水ビジョン」懇話会3「農地は誰のもの? 社会で共有したい農地のさまざまな機能と水との関係」

October 13, 2022

R-2022-053

「未来の水ビジョン」懇話会では、農地と水との関係について整理したうえで、今後の課題について議論を行う。2022年8月5日 東京財団政策研究所にて)

1.地下水を育み、生態系を維持する水田
2.生活に密着した農業用用排水路
3.ため池の老朽化
4.実態の把握できていない水利用
議論 さらなる課題探求
「未来の水ビジョン」懇話会について

Keynote Speech(概要)

武山絵美 東京財団政策研究所 「未来の水ビジョン」プログラム懇話会メンバー/愛媛大学大学院農学研究科 

1.地下水を育み、生態系を維持する水田

稲作は縄文時代に大陸から伝わり、弥生時代中頃には東北地方の北部まで広がった。古墳時代になると農具や水路が発達して日本各地に田んぼがつくられるようになった。狩猟の時代から食糧を生産する時代へと転換し、人々は一定の土地にとどまるようになった。

現在、日本の農地面積は440haあり、そのうち田(畦があり水田としての機能を有する農地)の割合は54%。北海道を除くと農地の78割が水田だ。

 図1:農業面積等の推移

「令和3年度 食料・農業・農村白書」より[1]

田んぼに水をためる農法にはいくつかのメリットがある。たとえば、田んぼの場合、引き入れた水に養分が含まれ、過剰な成分、有害な成分は流し出す。水をはることで酸欠状態になり、作物の生育に有害な微生物や線虫などの生物が死滅する。また、水の中に含まれている空気から、雑草などが窒素ガスをとりこみ、さまざまな化学作用を通じて作物の肥料となる窒素を田んぼに残す。

だが、田んぼの機能は米の生産に止まらない。水田は日本の地下水の約19.6%を生み出しているという試算がある(近畿農政局)。熊本地域では、白川中流域の水田から日量約100m3の地下水が涵養され、熊本市民など90万人の生活用水になっている。

生態系維持の機能も認められている。水田はラムサール条約湿地に含まれており、水田=湿地と国際的に認知されている。

(補記)ラムサール条約では、「湿地とは、天然のものであるか人工のものであるか、永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず、更には水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹水(海水)であるかを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地又は水域をいい、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む。」(条約第1条1)と定義され、湿原、湖沼、ダム湖、河川、ため池、湧水地、水田、遊水池、地下水系、塩性湿地、マングローブ林、干潟、藻場、サンゴ礁などが含まれる。

2.生活に密着した農業用用排水路

農業用用排水路(用水路と排水路)は農地に水と有機物を届ける血管網である。主要な用排水路は全国に4万㎞で、1級河川総延長の約4倍、国道総延長の約2倍。末端の用排水路まで含めると40万㎞(地球10週分)となる。

前述のとおり農業用用排水路の歴史は古く、その後、地域的に定着し水路として現在に残っている。こちらも農作物の栽培に使われるだけではなく、以下のような多様な機能がある。

生活用水…野菜や農器具などを洗う「洗い場」。
環境用水(生態系保全機能)…冬期湛水を行うことで生態系の保全に寄与。
環境用水(親水・景観保全)…子どもの遊び場など、潤いと憩いの水辺空間づくりに活用。
環境用水(水質浄化機能)…悪臭の発生やゴミの不法投棄の防止に寄与。
防火用水…水路を防火水槽などのような消防水利施設として活用。
消流雪用水…消雪や流雪などに使われる。
かんがい…水稲や畑作物の生育に必要な用水。

写真1 環境用水:子どもの遊び場など、潤いと憩いの水辺空間づくりに活用

 写真2 防火用水:水路を防火水槽などのような消防水利施設として活用

3.ため池の老朽化

一方、農業用ため池は、全国に約15万4千箇所あり、ため池の受益面積は117haある。このうち約5割が瀬戸内地域に集中する。日本の伝統的「小農」は、現在世界的にも注目され、持続可能な水利用として見直しがなされている。生態系になじむ=二次的自然と位置付けられる。

江戸時代以前に築造されたため池は69%。農家の高齢化や減少で維持管理に手が回らず、老朽化が進んでいる。耐震的に問題の残る堤防も多く残されている。20187月に発生した西日本豪雨(平成307月豪雨)では、ため池の決壊が相次いだ。広島、岡山、京都など計32カ所のため池が決壊した。

4.実態の把握できていない水利用

現在、日本の年間水使用量79km 32018年)のうち、約7割に当たる54km 3が農業用水として使用されている。だが、慣行水利権(社会制度が整備される以前からの既得権)部分については、実態が把握できていない。取水口が開け放しのままというケースもある。

農地の整備に伴い、慣行水利権を許可水利権に切り替えているが、一級河川に限っても慣行水利権が3割残る。取水量が明確にわからないという状況にあり、水利用全体を計画するのが難しい。農地整備を行うと、慣行水利権が許可水利権になり、自由に水が取れなくなることから、整備を拒否するケースもある。
 

潜在リスク(1)誰が農業用用排水路、ため池を管理するのか?

土地改良区は、土地改良事業による農業用用排水施設の新設や変更、農地の整備、土地改良事業によって造成された施設の維持管理を行う組合組織である。組合員資格者は基本的に耕作者だ。日本は戦前の小作人制度の負の面を踏まえて自作農主義をとり、耕作者が土地を所有する。

かつては耕作者=地域の全員だったので、農地整備=地域整備だった。しかし現在は高齢農家のリタイヤ・大規模農家育成にともなう農家数の減少によって組合員数・受益者数が減少している。

 2 土地改良区組合員の推移

(「土地改良区の設立状況」(農林水産省)より図版作成)[2]

また、農業インフラは老朽化しているが、改修工事費、維持管理負担が少数の農家に集中している。
2022年5月17日、取水施設「明治用水頭首工」(愛知県豊田市)で大規模な漏水事故が発生した。

写真3 応急処置としてポンプで水を汲み上げて明治用水に送る

主に愛知県内を流れる矢作川から工業用水、農業用水を取り込む施設で、川をせき止めて水位を上昇させ、明治用水に流している。1958年の完成から64年が経過。原因は未解明な点も多いが、老朽化が一因とされている。復旧に当たっては、土地改良区が所有する施設なので土地改良区が直さなくてはならない。

未来への提言(1)土地改良区の再編。水利権の合理化

水資源管理組織としての土地改良区を再編し、行政区・土地改良区・地域住民の協働水管理体制を構築する。コミュニティベースの水管理の良さを残しながら、土地改良区のシステムを変えていく必要がある。その際、水利権の合理化を図る必要がある。水利権と水利施設はセットなので水利権も同時に見直す。水は国民の共有資源なので、水の公的管理を推進する。

潜在リスク(2)誰が農地を管理するのか?

土地持ち非農家(農家以外で耕地および耕作放棄地を5a以上所有している世帯)が増加している。総農家数2528千戸のうち1374千戸(54%)が土地持ち非農家であり、耕作放棄地面積のうち5割弱が土地持ち非農家の農地(2010年)である。また、不在村地主(居住地とは異なる市町村に土地を所有している人)が増えた。農地所有者405万人のうち62.8万人(15.5%)は不在村所有者だった(2006年)。耕作放棄に伴い、水源である山間部の農業用水路・ため池が管理されず、土砂災害の危険が増加している。

未来への提言(2)土地管理を個人から公・地域へソフトな移行

農地は法律上、個人所有だが、実質的にはコミュニティのものだった。農地転用、売買も農業委員会の許可がないとできない。コミュニティが弱体化して管理し切れていない実態があり、公・地域による土地管理制度へのソフトな移行が必要だろう。

潜在リスク(3)農地転用をどこまで許容するのか?

現在でも地方では農地転用が行われている。地方活性化のため都市計画の線引きを廃止し、宅地に転用して若年層を呼び込もうとしている。

 3 農地転用の推移

(「用途別農地転用面積の推移」農林水産省から図版化)[3]

 こうした土地で家屋の浸水被害が発生している。農地の洪水被害10年確率の豪雨にしか対応していない。

未来への提言(3)農作物のためだけではなく地域のために農地を残す

水インフラの効率化や遊水機能等を考慮した土地利用計画の立案を行い、適切なゾーニングのもと水田を保持する。また、農地の多面的機能を考慮し、農地転用の規制を行う。

議論 さらなる課題探究

1.
農地管理の歴史

2.流通について

3.
水利権と農業の主体

4.
農地の公共性

5.
現段階でのまとめ


「未来の水ビジョン」懇話会について

我が国は、これまでの先人たちの不断の努力によって、豊かな水の恵みを享受し、日常生活では水の災いを気にせずにいられるようになった。しかし、近年、グローバルな気候変動による水害や干ばつの激化、高潮リスクの増大、食料需要の増加などが危惧されている。さらには、世界に先駆けて進む少子高齢化によって、森林の荒廃や耕作放棄地の増加、地方における地域コミュニティ衰退や長期的な税収減に伴う公的管理に必要な組織やリソースのひっ迫が顕在化しつつある。

水の恵みや災いに対する備えは、不断の努力によってしか維持できないことは専門家の間では自明であるが、その危機感が政府や地方自治体、政治家、企業、市民といった関係する主体間で共有されているとは言い難い。

そこで「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「水の未来ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有していく。

※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順)
沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科)
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科)
黒川純一良(公益社団法人日本河川協会専務理事
坂本麻衣子(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会)
武山絵美(愛媛大学大学院農学研究科)
徳永朋祥(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科)
橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト)
村上道夫(大阪大学感染症総合教育研究拠点)

参考文献

[1]「令和3年度 食料・農業・農村白書」農業白書(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/index.html

[2]「土地改良区の設立状況」(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kikaku/attach/pdf/dantaisidou_riyouchousei-10.pdf

[3]「用途別農地転用面積の推移」(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukei/totiriyo/attach/pdf/nouchi_tenyo-15.pdf 

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