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未知みちる水のインタビュー 第3回 小さなつながりを観察し、世界を理解する目を養う

未知みちる水のインタビュー 第3回 小さなつながりを観察し、世界を理解する目を養う

September 30, 2022

R-2022-045

未来の水を担う次世代、とりわけ高校生のみなさんに、知っているようで知らない水にまつわるお話を、研究者の視点からお届けします。水に関わる研究者は、どんなきっかけで水分野に出会い、今の研究に取り組むようになったのでしょうか?そこには、身近な疑問や10代の頃の経験、学びの過程で出会った本などが大きな影響を与えているかもしれません。ご自身の著作をベースに今の研究に携わるきっかけや次世代に伝えたいメッセージを伺います。

空の水と大地の水
「水」が「農」へ押し寄せて来た
「業」だけではない「地域」をつくる想い
遊びの中で、知識を引き寄せる磁石を育てる
もっと知りたいあなたに!武山さんのお薦め本
訪ねてみよう!武山さんお薦め水名所:愛媛県松山市・道後温泉と石手寺の間を結ぶ農業用水路の風景

3回 小さなつながりを観察し、世界を理解する目を養う

お話:武山絵美さん(東京財団政策研究所「未来の水ビジョン懇話会」メンバー/愛媛大学大学院農学研究科教授)

3回は、愛媛大学教授の武山絵美さんに、武山さん参加の座談会「水循環の課題と未来への展望」が収録された『流域マネジメントの事例集』(内閣官房水循環政策本部事務局、20187月)を入り口にお話を伺いました。お話は、水にまつわる高校生時代の原風景から、研究分野である農村の土地利用について、そして多彩な読書歴にまで及び、武山さんの地域と水の未来への情熱と、溌剌とした語り口がとても印象的でした。

武山絵美:京都大学大学院農学研究科修了。博士(農学)。ミュンヘン工科大学農学研究科等を経て、2017年7月より現職。専門は農業土木学・農村計画学。農村の土地利用、獣害対策などの分野で地域に密着した研究を行う。2014年制定の水循環基本法をきっかけに農の視点から水循環政策に参画している。2022年4月より東京財団政策研究所「未来の水ビジョン懇話会」メンバー




『流域マネジメントの事例集成功のための「鍵」を解説』(内閣官房水循環政策本部事務局、20187月発行)

全文PDF: https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mizu_junkan/materials/materials/pdf/jireisyu.pdf




空の水と大地の水

「水循環の課題と未来への展望」の座談会参加のきっかけはなんだったのでしょうか?

これまでの研究では、水そのものを直接には扱って来なかったので「なぜ私なんだろう?」というのが、水循環に関わったときの最初の感想でした。普段は、農地の整備、農村の資源管理という分野で、野生動物と人が棲み分ける農村空間の設計や農村で持続可能に暮らしていける方策を研究しています。

社会の中の水を考えてみると、空にある水、つまり雨は思うように制御できないし、すべてが使えるわけではありませんが、土地にまつわる水(表流水、地下水)は、ある程度まで私たちが把握できて使える水だと言えます。水循環に関わる法律、施策を考えるにあたって、水を単体ではなく、水がくっついている土地と一体として捉え「土地にある水」に注目が集まったことが、自分に声がかかったきっかけではないかと考えています。特に水田・森林は、水を蓄える機能を備え、雨水を貯める役割を果たしています。

 なるほど、田んぼや森林、山は雨水のタンクなのですね。私の所属しているNPOでは、都会で土地から切り離されたことで厄介者になった雨を、個人個人が小さい規模で蓄えることで、もう一度自分たちと水の循環を結びつけていこうという取り組みをしています。規模は違いますが、構造は近いかもしれないですね。農地の話は、自分の生活からは少し遠く感じていましたが、結びつきが見えてきました。

はい。上流域でしっかり貯めることができれば、大雨が一気に都市部に流れ込んで厄介者の水になることを防ぐことができます。山、田んぼは大きな雨水タンクを作るようなものですね。地表面がしっかり出ていれば大きなスポンジの役割を果たします。私は上流で、笹川さんは下流域で、使わない時は貯めておいて、必要な時は使えるようにするということをやっている。どんなタンクなら貯めやすいか工夫しているということですね。

そして、水を貯めるだけが目的だとなかなか続かないので、何かをしながら水が貯まっている、何かをしながら管理ができているという状況を作れると持続可能になります。経済活動との結びつきや生活の役に立つ要素、ちょっとした楽しみが重要だと思います。

「水」が「農」へ押し寄せて来た

研究の軸足は農村での土地利用においていらっしゃるということですが、水との接点をどのように捉えていますか?

ここ数年、水の専門家が興味を持って私の話を聞いてくれたり、つながりを見出してくれたりすることが増えて来ました。私は、今まで自分から能動的にチャンスを掴んで生きてきた方なのですが、なぜだか水に関することだけは、あれよあれよという間に流れに飲み込まれている感覚があります。

「今農地がどうなっているか」という、今まで水と関係ないと思っていた話に対して、水の関係者からは「それはまさに水の問題だよ!」という反応をいただいています。 

―そうですね。武山さんが研究されている田んぼの多面的な役割などは、流域治水や水循環に多様な見方を提供してくれるとても重要な観点だと思います。

農業には水が不可欠ですが、その水が地下水になって、都市の皆さんの喉を潤すという、当たり前なのですが今まで考えていなかったことを改めて感じています。水ってつながっているのですよね。

水循環基本法や流域水循環計画は、水の垣根を取り払って「水は水だよね」というところに立ち返って考える流れを生み出しているのではないかと思います。 

―水分野に関わることで、ご自身の研究にも新しい視点が生まれましたか?

はい。これまで農業側では、第一義的には農地は農業生産の場でした。農地を宅地などに変更する「農地転用」の可否を判断する局面でも、その土地が農地として優秀かどうかしか基準がありませんでした。土地が細切れだったり、水が来ていなかったりするところは、農地として優れていないので転用してよいという判断になっていました。

今まではそんなものだろうと思ってきましたが、水と関わるようになって、農地を転用することはすなわち水を吸収するスポンジを失うことだとしたら、農地としての優劣だけで判断していてはまずいと感じるようになりました。今は、農業生産以外の農地の役割もしっかり考えた上で、未来の農地の設計、デザイン、農村の設計を行わなければいけないと思っています。 

「業」だけではない「地域」をつくる想い

―「未来の農村」には、農業だけではなく、地域づくり、市民との関わり、景観、地域コミュニティがセットになってくるということでしょうか?

そうですね。実は、農村は英語では「Rural Area」「Country Side」となり「農」とは直接関係がない言葉なのです。日本語の表現だと、どうしても農に引っ張られてしまうので「農村」でない言葉がこれから必要になるかもしれません。

農村の定義は様々ありますが、今、農村の人口に対して農家は2割ぐらいしかいません。でも、農村の景観は、地域のみなが愛着を持って楽しんでいるものだと思います。これを全員のものとして守っていく仕組みづくりも大事と感じるようになりました。人が「ここに暮らしていてよかった」と思えるような、愛着や文化を生み出すデザイン、設計の必要性を強く感じます。 

―今、文化を育む地域づくりは行われているのでしょうか?またそこにはどんな課題がありますか?

農村を管轄しているのは農林水産省ですが、その施策は「農業」の推進が95%ぐらいを占め、あとの5%くらいで「農村をどうしましょう」という議論がされている感覚があります。でも農家は農村の人口のたった1-2割。それ以外の8割がいわゆる「農村」地域で生き生きと持続的に生きていけるかも考えなければいけないのに、それを担う部局が行政にないのは問題だと思います。 

―それは林野庁にも共通していますね。林業をどうするかの施策はありますが、林地をどうするかというデザインは考えられていないと思います。

そうですね。今の政策は農業=農産物、林業=木材をいかに効率的に安定的に生産するかという視点に偏っています。もちろんそれも大事ですが、土地や空間をどうするかという視点に欠けていると思います。研究分野でも社会に着目した地域活性化の視点は増えていますが、土地に関する研究者は少ないですね。だから私に声がかかったのか!と今、改めて納得がいきました(笑) 

―私的な経済活動に関わらない機能、例えば田んぼが水を涵養する、生物多様性を育むといった点は今のところ計測されていないということですね。

はい、これからは視点を広げた「資源のガバナンス」が必要になると思います。

農家=百姓と言われるように、水、道、草、山、農地など様々な面から地域を管理して、維持するのが農家の仕事でした。今、農業の部分だけを抽出して事業として成り立たせようとすると、それ以外の水の管理、山の管理、防災といった切り離された部分は誰がどのように担うのかが大きな課題になります。昔は、効率の悪い農地もみんなで管理して、そこが災害の原因にならないように、動物が住み着いて地域全体に悪影響が出ないようにしていたのですが、それが難しくなっています。自分の生活と農との接点を感じにくくなっていることも一因かもしれません。 

―対談でも伝えることの重要性と「物語の力」に触れていらっしゃいますが、具体的にはどんな伝え方が効果的なのでしょうか?

どんな分野でも、熱い想いに突き動かされたり、優しさに幸せを感じたり、感謝の気持ちを持ったりすることが人を動かすと思います。制度を整備したり、管理を合理的に行うことと両輪で、祖先がどんなふうに水害から土地を守ったのか、どんな思いをして山から水を引いてきたのか、そういう地域ごとの物語を知ることが、義務ではなく喜びとして水路を守りたい、地域を守りたいと思わせてくれる仕掛けになります。地域の水循環を支える人の想いを目にする機会を増やすことが大切ではないでしょうか。 

遊びの中で、知識を引き寄せる磁石を育てる

―武山さんが愛着を感じる水の原風景はありますか?

私は徳島県で生まれ育ち、高校生の時は毎日吉野川を渡って自転車で通学していました。河口付近なので、橋を渡るのにまあまあ時間がかかって大変なのですが、川に朝日が映って輝く様子、夕日が沈む様子、夜にイカ釣船の明かりがポワポワと揺れる様子などが、とにかくきれいでしたね。今思えばなんて贅沢な通学路だったことか……川面がキラキラと光る様子は、言葉にできないほど美しいものでした。空と海と川が交わる場所にいる、私たちは水に囲まれて水の中で生きているという感覚になります。

吉野川河口付近の川面と橋(撮影:中村晋一郎氏)

―若い世代にぜひ知ってほしい水の魅力はなんですか?

今でも農業用水路は、日本全国多くの地域に張り巡らされています。そこに目を向けてほしいと思います。当たり前過ぎて気が付かないかもしれませんが、滞りなく水が巡るように、必ず誰かが管理しています。それを知っていれば、季節やお天気による小さな変化にも喜びを感じられます。学校で地域の歴史を学ぶ授業などを通して「この地域に住んでいてうれしいな」と思う瞬間があるのもすごく大切ですね。自分のまちに巡る水はどこから来て、何のために流れていて、誰がその水を引いてきたのかを知っていて、その変化に季節の移ろいや小さな潤いを感じることができるなんて幸せですよね。

 ―武山さんも子どもの頃は地元が好きでしたか?

子どもの頃は、他に行きようもなかったので、地元を遊び尽くしていましたね。ただ遊んでいただけですが、それによって大きな磁石みたいなものが自分の中にできた気がします。後で知識を得たときに「あれってこういうことだったのか」と引き寄せられる、その磁石があるかないかで物事を理解するときに、つながって、ひっついてくる力が違うような気がします。

自分の住んでいる地域はグローバルの縮図です。外に出ていくことだけが世界を理解することではなく、自分がいる小さな世界をあらゆる角度から理解することも重要です。教育に携わる立場としては、この水はどこからきているのか、なぜ瀬戸内は雨が少ないのか、といった具合に自分の住んでいるところをしっかり観察して理解できる教育をしていきたいなと思います。そうすれば、培われた観察眼で、どこへ行っても多角的にその地域のことを調べて理解し、その地域の問題解決に資する人材になることができるのではないでしょうか。

 ―磁石のお話はすごくしっくり来ました。子どもの頃の疑問は、すぐに解決までたどり着かなくても良いのではないかと思います。モヤモヤをそのまま抱えていられる力がむしろ大切な気がします。

わからないなと思っていることが素敵ですよね。わからない種を延々と持っていたら、急に答えがぴゅっとひっついてくるのが楽しい人生の秘訣だと思います。

昔はすぐに調べられないので、モヤモヤ時間が強制的に作られていたのかもしれません。大人はモヤモヤを作ってあげる、急かさず待ってあげるというのが役割かもしれないですね。今は、大人の方もモヤモヤを抱えていられなくなっていると思います。

 ―水に興味を持ってもらうにも、まずは大人の我々が変わらなくてはいけないかもしれませんね。

わたしたち研究者も、今までのやり方ではなく、新しいやり方を作っていかなくてはいけないと思います。水は変わらないけれど、水の扱い方をわたしたちが変えていかなくてはいけないですね。少し前まで、農地の扱いを変えなくてはと言いながらどこかで諦めていた時期がありました。でも、水分野の多様な方と関わるようになって、変えられる可能性を感じますし、そう信じて動くことが大切だと改めて思っています。

もっと知りたいあなたに!武山さんのお薦め本

木村 和弘著「棚田考」(ほおずき書籍、星雲社、2004年)

地域に張り付いてフィールドワークを続けて来られた先生が書かれた本です。河川だけではなく水路の視点で水のめぐりを捉え、小さなトピックスで読みやすくまとめられています。専門家は論文の形で発表することが多いですが、研究内容は意外と一般にも興味を持ってもらえるもの。現場を歩いて見つけた興味の種をそのまま提供している印象があり、その姿勢も含めて素敵だと思っています。 

 広中 平祐著「学問の発見 数学者が語る「考えること・学ぶこと」」(講談社、2018年)

私が何度も読み返している本で、ぜひ高校生に読んでほしいと思って選びました。初めて刊行されたのは1982年なので40年前の本ですが、著者自身の体験を紐解きながら、学ぶことの楽しさ、自分で考える大切さが書かれており、今でも古びない普遍的な一冊です。 

上橋 菜穂子著「精霊の守り人」(新潮文庫、2007年)

大好きな本です。読んでいると、今いる世界と並行して物語の世界が実在していて、むしろ向こうの世界の方がリアルなのではないかという気持ちになります。ぜひ若い時に、いろんな本を読んでほしいですね。実用的な本だけではなく、想像力が広がっていくような物語にも触れて、柔らかい心を持ち続けてほしいと思います。 



訪ねてみよう!武山さんお薦め水名所:愛媛県松山市・道後温泉と石手寺の間を結ぶ農業用水路の風景(撮影:武山絵美氏)

私の家の近くを流れる農業用水路です。冬の間は枯れていて、雨が降った時しか流れがないのですが、田植えの時期になると一気に水が巡り始めます。本来高知県側の太平洋に流れ去る水を瀬戸内側に引いているものが水源なので、それを見ると「ようこそ松山へ!今年も来たね」という気持ちになります。オープンな水路は管理が大変な側面もありますが、地域の財産として、せせらぎ、ひんやりした空気、音を含めた景観をみんなが守っています。その景色からは、水を水らしく流そう、水をみんなでシェアしようという人の水に対する敬意、地域への愛情を感じることができます。

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