タイプ
論考
プロジェクト
日付
2018/12/12

消費税引上げで再び経済は悪化するのか~リアルタイム分析と認知ラグの影響〈政策データウォッチ(1)〉

東京財団政策研究所 政策データラボでは、当研究所における理論とデータに基づく質の高い政策研究の支援に加え、独自の指標・データベース等の開発・整備・提供を視野に入れた研究関連活動を実施しています。その1つである「リアルタイムデータ等研究会」での議論から政策データウォッチとして、定期的にコラムを発信していきます。

 

東京財団政策研究所「リアルタイムデータ等研究会」メンバー

大阪経済大学経済学部教授

小巻 泰之

はじめに

リアルタイムという言葉は、一般的には「即時」「現在進行中の状況」などを示す。しかし、経済学では「各時点での意思決定に利用可能なもの」を意味し、リアルタイムデータといえば、意思決定を行った時点のデータを指す。リアルタイムデータは現時点で利用可能なデータとは大きく異なりうることが特徴であり、欧米ではデータベースの整備が進んでいる(詳細は、「リアルタイムデータとEBPM」参照)。以下では、2019年10月の消費税率引上げではどのような影響が考えられるのか、というビジネスや実生活に大きく関連しうるテーマについて、リアルタイムデータを用いて考えてみる。 

消費税率変更の効果

消費税率引上げの影響はライフサイクル仮説に基づけば、①増税による生涯可処分所得の減少を通じた所得効果、②税率引上げ前後の物価変動に対応した異時点間の代替効果に区分できる。所得効果については税率の変更幅からある程度の予測は可能であり、今回(2019年)は97年と同規模の効果が生じると判断できよう。他方、異時点間の代替効果については税率変更後の長期にわたり影響するものと短期的な影響に留まるものがある。この内、短期的な影響として出てくるのが駆け込み需要とその反動減ということになる。宇南山(2018)等では、2014年の税率引上げ時の効果では、異時点間の代替効果より所得効果の方が大きかったと指摘されている。

しかしながら、直近の2回の税率変更時には、他の経済的な要因が重なっていたとはいえ、所得効果に加え異時点間の代替行動が経済活動に大きな影響を与えてきた。特に、後述のように、税率変更前は駆け込み需要に懐疑的な見方が示され、引上げ後はしばらく強気な見方で、7月末頃から景気悪化にトーンが変化する状況が確認できる。後述のリアルタイムの統計データだけでは理解できない状況が生じていた。

そこで、2019年10月の税率変更ではどのような影響が考えられるのかについて、リアルタイムベースで考えてみよう。なお、実質GDP成長率は全て前期比年率である。 

GDPでみた当時の状況

97年の状況

97年1-3月期は6.6%の増加と大幅な駆け込み需要が生じ、翌期には-11.2%と大幅悪化となった。7-9月期には一旦回復したものの、アジア金融危機及び金融システム不安等から10-12月期から5四半期連続のマイナス成長となり「列島総悲観」(堺屋太一長官(当時)の表現)と呼ばれる状況となった。

しかし、現時点に利用可能なデータで当時を振り返ると、1-3月期1.2%、4-6月期-2.6%と駆け込み・反動減とも小幅なものとなっている。その後のアジア通貨危機等の影響も2四半期連続のマイナス成長に留まり、その後2四半期(98年7-9月期~98年10-12月期)プラス成長となっている。つまり、97年の駆け込み・反動減は小幅であり、経済的なショックは短期間で収束したとの判断が可能となる(1)。

 

2014年の状況

2014年1-3月期は5.9%と、97年同期とそん色のない駆け込み需要が生じていたと判断できる。ただし、反動減は-6.8%と97年当時より小幅なものととどまっている。その後、反動減の影響があり程度解消される7-9月期は-1.6%と2四半期連続のマイナスとなり、2015年4-6月期以降もマイナス成長が続く状況となっている。なお、2014年7-9月期のGDPがマイナス成長となったことを一つの判断材料として、2014年11月18日に消費税率引上げは2015年10月から2017年4月へ変更されることとなった。

しかし、現時点で振り返ると、駆け込み需要を含む1-3月期は3.7%と小幅なものに改定されている。ただし、4-6月期は-7.3%と下方修正されたが、7-9月期は0.6%となりその後もプラス成長が続くなど、増税の影響が払しょくされている状況が伺える。また、累積効果でみると、経済活動は速報段階より明らかに強いものとなっている。

認知ラグの影響

実質GDPでみると、過去2回とも駆け込み需要の規模は事後的に下方修正された。ただし、仮に改定後の動きが正しいとしても、当時の速報段階では過大な数値で経済主体の行動に大きな影響を与えたことは間違いない。

他方、仮にGDPがリアルタイムベースであっても、消費税率の影響についての判断を見誤る場合がある。GDPの公表は近年速報化されたとはいえ、当該四半期終了後の40日前後(97年時点では70日前後)の時間を要するからである。つまり、GDPが公表されるまでは月次データをもとに現時点の状況を判断するしかない。また、月次統計についても、公表までには1~2カ月程度要するものがほとんどである。このため、長い時間の経過の中で現状及び将来についての評価が移ろっていく。

一般的に、政策対応が必要な経済的ショックが発生してから、実際に政策効果が発揮されるまでには時間的なラグがあるとされ、3つに区分されている。まず、ショックの発生を政策当局が認識するまでの「認知ラグ」であり、次に認識から実際に政策が発動されるまでの「実行ラグ」である。そして、政策が経済に与える「効果ラグ」である。統計データについては入手時点で最低で1カ月程度経過していることから、統計データのみのEBPM(Evidence Based Policy Making、証拠に基づく政策立案)では認知ラグを避けられない。認知ラグがどのように変化していくのかについては新聞報道の推移を確認することによりその状況が確認できると考える。

新聞報道からみた消費税率変更の影響

新聞報道からは、過去2回とも、当初は税率引上げの影響を過少評価し7月末頃の月次指標の悪化を受けて、認識を大きく変更させていることが確認できる。

 

 97年の状況:引上げ後利上げ論も

消費税率引上げ前には、「駆け込み需要不発」(96年12月28日)、「駆け込み需要局地的」(97年2月4日)など、駆け込み需要は一部との見方が示されていた。このため、当時は駆け込みを促進させるような企業行動がみられる。 3月末にかけて駆け込み需要は盛り上がりをみせたものの、その後の「反動減は予想より小さい」(3月31日)とされていた(2)。

 

97年4月以降、消費関連統計を中心にマイナスの数値が立て続けに発表された。しかし、新聞報道をみると、「予想の範囲内」(4月3日、5月3日、5月31日等)と評価されネガティブな材料とはされなかった。特に、97年1-3月期GDP(97年6月13日発表) は事前予測を上回る伸びとなり、「駆け込みだけではない景気実勢もみられる」(日本経済新聞)とする見方も示されていた。このため、経済活動はむしろ改善しているとの見方から利上げ容認論も出てくるほどであった。

その後も消費の落ち込みは止まらず、97年7月中下旬以降、「駆け込みの蓄え払拭」(7月16日)との見方が示されるようになった。特に、反動減が想定外と認識され始めたのは7月末以降である。7月末公表の鉱工業生産指数・在庫指数は93/2以来の水準にまで上昇し、その後の在庫調整につながった。

 

2014年の状況

2014年2月上中旬頃までは住宅、自動車、パソコンなど一部の耐久財を除き、「97年の増税時と比べると―駆け込み需要抑制的か」(1月31日)と評価されていた。このため、駆け込みが見られない企業は「「駆け込み」照準にセール、スーパー、まとめ買い促す」(2月17日)のように、駆け込みを促進させるような行動もみられる。 2月末頃から駆け込み需要が生じているとの関連記事が多くなり、3月末にかけて駆け込み需要は高まった模様である。4月に入り、反動減を示す消費関連統計がだされたものの、「駆け込み反動「想定内」」(4月18日)、「反動減「長期化せず」大勢」(4月24日)、「反動減、見込みより小幅(5月23日)」と反動減の影響は軽微との見方が示されていた(3)。

 

しかし、この動きに変化が生じたのは7月末に6月分の家計調査や鉱工業生産などの統計データが発表された辺りである。特に、4-6月期GDP速報(8月13日)が事前予測よりマイナスは小幅であったものの、「日本経済は駆け込み需要の反動でブレーキがかかった」(日本経済新聞)、「頼みの個人消費「黄信号」か」(朝日新聞)と評価された。その後、「増税・天候、消費に影」(9月7日)と、悪天候や自然災害などから消費は伸び悩みを続けた。こうした影響もあって、7-9月期のGDPは事前予測のプラスとは異なりマイナス成長となり市場へサプライズなショックを与えた。

駆け込み需要は推計値,認知のラグが影響を増幅

駆け込み需要及び反動減の規模及び、それが生じる時期や長さを捕捉することは容易なことではない。事実として駆け込み需要と反動減が生じているものの、駆け込み需要や反動減の規模は基本的には推計値にすぎず、その推計にも時間を要するのである。

さらに、認知ラグが加わり、消費税率変更の効果を適切に判断できなかったことが、景気変動を増幅させたと考える。事実、政策当局も民間シンクタンクの予測でも、2014年の状況を的確に判断することは困難であった(1)。

 

今回の消費税率引上げの影響は軽減税率の他、種々の経済対策により大きな変動とならないかもしれない。これをもって「結果良ければすべてよし」とはいかないであろう。それぞれの政策効果を十分に検討すべきである。政策効果を適切に把握するためにも、統計データのみの判断ではなく、認知ラグを考慮したリアルタイムベースで当時の状況をより詳細に確認することが必要である。


 参考文献

  1. 飯田泰之(2015)「「軽減税率は低所得者を救う」は大きな誤解だ~経済学者が導入に賛成しない理由」,東洋経済ONLINE,2015年11月5日.
  2. 小巻泰之(2015)『経済データと政策決定』,日本経済新聞社,2015年
  3. 小巻泰之(2017)「消費税における軽減税率の効果~景気安定化の観点からの検討」,基礎研Report,2017年5月9日
  4. 小巻泰之(2014)「消費税の再増税における検討すべき課題」,日本経済新聞,経済教室,2014年10月.
  5. Cashin, D. and Unayama, T.(2011), “The Intertemporal Substitution and Income Effects of a VAT Rate Increase: Evidence from Japan,” RIETI Discussion Paper Series 11-E-045, April 2011.
  6. 日本経済研究センター(2014)「消費再増税「1%ずつ」検討を」,2014年10月.
  7. 森信茂樹(2014)「価格の一斉改定,日本特有」,日本経済新聞「経済教室」,2014年2月24日.
  8. 宇南山卓(2016)「2014年消費増税の教訓 実施時期より決定過程重要~延期では消費回復望めず」,日本経済新聞「経済教室」,2016年5月23日.
  9. 宇南山卓(2018)「消費増税まで1年(下)消費の反動減対策は不要~早期の実施織り込みカギ」,日本経済新聞「経済教室」,2018年9月26日.

 

 

小巻 泰之

大阪経済大学 経済学部教授

1962年生まれ。2001年筑波大学大学院博士課程単位取得退学。ニッセイ基礎研究所、大蔵省財政金融研究所客員研究員、日本大学経済学部教授などを経て、2018年より大阪経済大学経済学部教授。専門は経済統計、経済政策、地域経済。

著書:『経済データと政策決定――速報値と確定値の間の不確実性を読み解く』(日本経済新聞出版社、2015年)、『世界金融危機と欧米主要中央銀行――リアルタイム・データと公表文書による分析』(共著、晃洋書房、2012年)など。