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参院選2025の争点―デジタル民主主義は財政ポピュリズムを防げるか
画像提供:Getty Images

参院選2025の争点―デジタル民主主義は財政ポピュリズムを防げるか

June 26, 2025

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27回参議院議員通常選挙が20257月に行われます。今回の選挙の注目ポイントはどこにあるのでしょうか。東京財団の研究員とシニア政策オフィサーが、各専門分野における争点について論じます。

ダチョウの平和
「ブロードリスニング」と「デジタル民主主義」
デジタル民主主義は機能するのか
ファクトチェックの重要性と独立財政機関

ダチョウの平和

「ダチョウの平和」という表現がある。自らの身に危険が訪れた際、長い首を砂に埋めて外敵を見ないようにするダチョウの現実逃避の習性をもじったものだ。 

さて、7月に予定されている参院選の公約として、立憲民主党や日本維新の会は食料品消費税ゼロ、国民民主党は消費税5%などを打ち出した。SNSに燃え盛るいわゆる財政ポピュリズムや消費税減税論を受けてのことと思われる。

財政ポピュリズムに翻弄される政治の姿は、年金をめぐる議論においても垣間見られる。6月には年金制度改革法の議論が行われ、修正案が可決成立した。自由民主党が削除していた「基礎年金の底上げ策(充実策)」を、立憲民主党との修正協議で追加したのだが、修正内容は、「底上げ策」の発動ではなく、その判断を5年後に行うという先送りだ。

自由民主党も立憲民主党も、基礎年金の底上げが必要不可欠なことを認識しつつ、それには財源が必要となり増税議論を惹起させるので先送りしたい、ということで、不都合な真実に目をつぶったのである。さらに野党は、冒頭のように、立憲民主党も含め、消費税減税を公約にしたのである。

これは「ダチョウの平和」そのものだ。暴風雨(基礎年金の劣化)がやってくることが分かっていながら、あえて見ることをやめ、今日のところはヨットでクルーズを楽しもう(消費税減税)という発想と言い換えてもいいだろう。わが国の政治のポピュリズム化以外の何物でもないと言わざるを得ない。

「ブロードリスニング」と「デジタル民主主義」

一方、ネット・SNSの膨大で多様な意見を収集しつつ、AIを活用して可視化し、それをもとに政策を作る「ブロードリスニング」という手法が、「デジタル民主主義」として喧伝されている。台湾の初代デジタル大臣を務めたオードリー・タン氏が始めた試みで、わが国では先般の東京都知事選で、安野貴博氏がこの手法によるマニフェスト作りで有権者の注目を浴び、候補者中5番目の投票を得た。安野氏は、今回の参議院選挙で全国比例区からの立候補を表明している。

安野氏の著作である「1%の革命」(文藝春秋)を読んでみると、記載されている様々な提言には賛同できる点もあるが、根本的なところで違和感を覚えざるを得ない。

安野氏は「ブロードリスニング」について次のように定義している。「AIを活用して、多様な人々の声を救い上げ、高速で可視化する仕組みを構築し、収集された大量のテキストデータをAIで解析し、今人々が何に関心があり、どんな声を上げているのか概要をとらえ、それを意思決定の参考にすること」と。これにより「デジタル民主主義で社会をアップデートする」とも記述している。

わが国の政策は、シルバー民主主義と呼ばれている。有権者の中で高い割合を占め投票率も高い高齢者の声が優先される結果、年金、医療、介護など高齢者向けの支出が増やされる。その一方で、子育て世代や経済的に不安定な勤労世代、就職氷河期世代などへの支援やセーフティネットの構築は後回しになっている。これを、AIの活用により多様な声を拾い上げ政策につなげることによって変えていくことには、大きな意味がありそうだ。

また、そのことが若者の政治参加にもつながる。実際、東京都知事選の投票率は60.62%と、前回・4年前の選挙より5.62ポイント高くなり、30代、40代の投票率の増加は顕著であった。

デジタル民主主義は機能するのか

しかし、「ブロードリスニング」という手法による「投票」に変わるネット・SNSの声を拾い上げることは、民主主義になりうるのだろうか。筆者が疑問を抱くのは、以下の事例だ。

東京財団では、2022年に経済学者と国民全般を対象に、経済・財政についてのアンケ―ト調査を行った。

これによると、「財政赤字の原因は何だと思いますか」という問いに対して、経済学者は社会保障費(72.0%)をトップに挙げたが、国民は政治の無駄遣い(71.5%)を挙げた(複数回答)(下表)。

表 財政に関する国民の意識の現状

 

これは、国民の考えとその分野の専門家の考えが大層異なっているということを示している。おそらくネット・SNSの声を集めると、この乖離はもっと広がるだろう。

同様のことは日本経済新聞社と日本経済研究センターが経済学者を対象として行った一時的な消費税減税の是非についてのアンケート結果からもうかがえる。日本経済新聞(523日付)の記事では、財政状況が悪化することなどを理由に減税が「適切でない」と答えた割合は85%となった、と書かれている。

このような専門家とネット・SNSの意見の乖離の原因はどこにあるのだろうか。SNSでは、閲覧数に応じて得られる収益や売名を目的とする発信者の意見が混在している。一方、そのような動機やメリットのない学者など専門家は、SNSで発信しないし、反論もしない。結果として、SNSは専門的な分析から乖離したファクトチェックのなされないものや耳目を集めるだけの過激な内容の意見であふれかえってしまう。

もう一つ例を挙げれば、財源問題を無視した消費税減税論の背景にあるMMT(現代貨幣理論)という考え方がある。

MMTは、「政府と中央銀行の勘定は一体なので、財政赤字拡大に伴う国債の増発を中央銀行が引き受ければ借金(国債発行)に見合う国民の資産が増加する。したがって、国の債務は将来世代の負担にはならず、自国通貨を発行する権限のある政府は、中央銀行が財政赤字分の国債を買い続けることによって、国民負担なく財政出動したり財政拡大を行ったりすることが可能だ」と主張する。

しかし、正統派経済学者はMMTを相手にしておらず、これは大手マスコミも取り上げることのない考え方である。MMTの本場とされる米国でも、インフレに悩む状況の中でこの理論を担ぐ学者はほとんど見当たらない。

制限なく国債発行(財政赤字)を続ければ、国家に対する信用は落ち、国債の買い手がいなくなりわが国の国債や通貨に対する信認も消え、「通貨主権」は失われる。すでにわが国の金融市場では、30年債などを中心に、国内に国債の買い手がおらず、外国の投資家が主たる買い手になり、結果として金利が高騰している。「自国の中央銀行がファイナンスするからいくら国債を発行しても大丈夫」というMMTの前提はすでに崩れているのである。

さらに予算に長年携わってきた筆者の実感からすれば、この考え方は「リアリティー」に欠けた「バーチャル」な議論に思える。現実の予算というのは、国民の命を預かる医療・介護・年金・少子化対策などの社会保障や、頻発する災害から国民を守る公共事業など、「リアルな政策」を数字に表したものである。

介護や教育、さらには防衛の現場では、予算不足が原因で人員の確保が十分にできていないが、主因は財源不足問題からきている。財源の捻出に悩まされる中で、いくらでも国債を発行すればよいという議論は机上の空論である。しかし、ネット・SNS空間には、MMTまがいの論調があふれかえっており、ここでも専門家とSNSの意見の乖離は甚だしい。

もっとも、日本経済新聞(526日付)は、「消費税減税に賛成かどうか」という質問に代えて「財源のない消費税減税に賛成かどうか」と聞くと、国民の55%が「消費税率を維持すべき」になるという結果を報道しているが、これは、問いの立て方(聞き方)で大きく変化する世論の揺らぎを表しているのだろう。

このように見てくると、ネット・SNSの声をすくい上げるだけでは専門家の声が政策形成過程へ十分に届かず、政策がポピュリズム(大衆迎合)を前提としたものになっていく可能性が高い。また、「エコーチェンバー」現象の下で、自分と同様の考え方をもつ者ばかりが集まり、その集団の見解が先鋭化していくと、世論が二極化し、社会の分断化につながっていくことも懸念される。ネット・SNSの声がそのまま民意として政策に反映されれば、政策は果てしない財政ポピュリズムに向かうことになる。

さらにはAIを活用した意図的な世論操作も可能になった。ユヴァル・ハラリ氏は『NEXUS 情報の人類史』(河出書房新社)の中で、「人間だと思っていた相手が、実はコンピューターだったということが次第に煩雑に起こりかねない。これでは民主主義は成り立たなくなりうる」と書いている。

今日、ネット・SNSの声を集約化するだけでは民主主義とは言えないのである。

ファクトチェックの重要性と独立財政機関

「多様な意見」を収集し、より良い政策を作るためには、ネット・SNSの声だけでなく、発信の少ない専門家や当事者の声を拾い上げる必要がある。ネット・SNSにはない、リアルな声をどのように収集するのか、いろいろ工夫していく必要がある。

また、ネット・SNSにあふれるフェイクニュースをだれがどのようにファクトチェックしていくのかという点も重要だ。科学的な根拠に基づかないニュースの真実性は、だれがどのようにチェックし、担保していくのだろうか。

財政問題に限定して言えば、財政に関する独立した政府機関の設立は一つの解になりうる。欧米には新規の政策を行う場合、その財源規模や経済・財政に与える影響について政府の立場を離れて客観的に推計する機関として、米国の議会予算局(CBO)、英国の予算責任局(OBR)などが独立した立場で経済や財政を分析している。わが国でも独立財政機関の設置を考える時期に来ているのではないか。それがネット・SNSにあふれる財政ポピュリズムを蔓延させないことへの対策となる。

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