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【論考】企業部門はなぜ貯蓄超過なのか―海外活動関係の収益を控除したISバランスからの考察―
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【論考】企業部門はなぜ貯蓄超過なのか―海外活動関係の収益を控除したISバランスからの考察―

April 15, 2026

「税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム」

令和710月より、「税」や「社会保障」をテーマとしたコラム(Review)を、以下の執筆者が交代で執筆してまいります。掲載されたコラムは「まとめページ」からご覧いただけます。小黒一正(東京財団上席フェロー/法政大学経済学部教授)、佐藤主光(東京財団上席フェロー/一橋大学国際・公共政策研究部教授)、土居丈朗(東京財団上席フェロー/慶應義塾大学経済学部教授)、森信茂樹(東京財団シニア政策オフィサー)」

企業部門はなぜ貯蓄超過なのか―海外活動関係の収益を控除したISバランスからの考察―   [1]

日本経済を巡るマクロ政策上の議論において、20年以上の間、企業部門(民間法人企業)における貯蓄超過(資金余剰)が重要な論点として扱われてきた。日本の資金循環の推移を概観すると、企業部門は1990年代後半の金融危機以前まで、基調的に旺盛な設備投資を行う投資超過(資金不足)の主体であった。しかし、バブル経済崩壊後のバランスシート調整の過程において過剰債務の圧縮が進められるとともに、将来の不確実性に備えた予備的動機に基づく流動性(内部留保)の蓄積が優先された結果、資金余剰主体へと転換した。我が国では1990年代末以降、企業部門の貯蓄超過が定着するという、マクロ経済学的に特異な局面が継続している。現在においても、内閣府が公表する「国民経済計算(SNA)」上、同部門は年間数十兆円規模の資金余剰を計上している。 

こうした表面的な統計数値は、「企業が国内における設備投資や賃金引き上げを抑制し、過剰な資金を滞留させている」といった批判的な見解を導きやすい。しかし、日本経済が「成熟した債権国」の段階へと移行し、貿易収支が構造的な赤字基調へと変化する一方で、巨額の第一次所得収支黒字を計上する構造へと変容している現状に鑑みれば、当該統計上の資金余剰を「国内における実態的な資金需給」と直接的に同一視することには慎重な検討が求められる。なぜなら、この名目上の資金余剰には、国内の事業活動に由来するキャッシュフローのみならず、海外事業を源泉とする大規模な収益の還流が含まれているためである。

したがって、国内事業活動における実態的なISバランス(貯蓄・投資差額)を把握するためには、SNA上の企業部門の資金過不足から、財務省「国際収支統計」等に基づく海外事業関連収益を控除し、国内事業活動に限定した資金需給を試算する必要がある。本稿では、海外から企業部門へ帰属し、国内の貯蓄水準を統計上押し上げている主要な資金フローを以下の3項目に分類し、控除対象とする(注:括弧内の数値は2024年度の実績値に基づく)。


1)再投資収益(純受取:約11.3兆円=受取:約13.1兆円-支払:約1.8兆円)

海外の直接投資先企業(現地法人等)が獲得し、現地に留保した収益である。近年、日本企業は海外現地法人で得た収益を現地の事業活動に再投入する資金循環を定着させており、再投資収益は増加傾向にある。SNAおよび国際収支マニュアル(BPM6)の原則上、海外子会社が現地で再投資した利益は、一度日本の親会社に配当された上で、同額が海外へ直接投資されたものとして「擬制」され記録される。すなわち、実際のクロスボーダーでのキャッシュフロー(資金移動)を伴っていなくとも、日本の企業部門の「貯蓄(S)」に自動的に加算される仕組みとなっている[2]。ゆえに、国内の事業活動から生み出された真のキャッシュフロー(貯蓄)と、国内の設備投資(I)のバランスを正確に評価するためには、名目上の貯蓄(S)からこの再投資収益を控除する処理が不可欠となる。


2)配当金および利子所得(純受取:約13.6兆円=受取:16.8兆円-支払:約3.2兆円)

第一次所得収支に計上される資金フローであり、前述の再投資収益のような帳簿上の擬制ではなく、海外子会社から日本の親会社へ実際に国境を越えてキャッシュが還流する(あるいは還流し得る)ものである。具体的には以下の2要素から構成される。第一に、海外での税引後利益のうち親会社へ支払われた配当金である。2009年度税制改正による「外国子会社配当益金不算入制度」の導入以降、還流時の税負担が軽減される制度的メカニズムがあり、これが企業部門の国内への資金還流を促す制度的誘因として機能し、結果として国内の貯蓄水準を実体として押し上げている面もある。第二に、親会社によるグループ内融資等に対する受取利息である。これらは国内に実在する資金ではあるものの、その獲得源泉は海外の事業活動にあるため、純粋な国内事業の収益力を測定する本試算においては控除対象とする。


3)産業財産権等使用料[3](純受取:約4.9兆円=受取:約6.8兆円-支払:約1.9兆円)

親会社が保有する特許、ノウハウ、ブランドの供与、および経営指導等の対価(いわゆるロイヤリティ等)として、海外子会社から受領する収益である。これらはサービス収支の受取として計上され、親会社の営業余剰を構成する。配当金等と同様に、国内企業が実際に受領するキャッシュフローであり、企業部門の貯蓄(内部留保)を強力に補強する一因となっている可能性が高い。これらも海外市場を源泉とする資金流入と広く捉え、控除対象に含める。

上記(1)(3)の海外事業関連収益を合算すると、その規模は約29.7兆円に達する。SNAと(作成基準や対象範囲の異なる)国際収支統計を接続することには、概念上の差異や統計上の不一致を伴う限界が存在する。しかし、マクロ的な資金構造の実態を把握するための近似的な試算として、2024年度のSNA上の資金余剰から海外事業関連収益を控除し、国内事業単体の資金過不足を算出すると以下の通りとなる。

 

企業部門の資金過不足(SNAの民間法人企業の純貸出/純借入:約21.7兆円)
- 再投資収益の純受取(約11.3兆円)
- 直接投資にかかる配当・利子の純受取(約13.6兆円)
- 産業財産権等使用料の純受取(約4.9兆円)
▲8.3兆円(資金不足)[4]

 

以上の試算は、日本企業部門の表面的な資金余剰の相当部分が海外活動に由来する可能性を示している。もちろん、SNAと国際収支統計の概念上の差異を考慮すれば、この控除は国内事業の資金需給を把握するための近似的な補助線であり、厳密な(国内活動に限定した)企業部門ISバランスの再推計ではない。それでも、国内事業活動に限定してみれば、企業部門の資金過不足は統計上示されるほどの貯蓄超過ではなく、投資超過に近い状態にある可能性と整合的ではないか[5]

もっとも、この試算結果をもって直ちに「日本企業が国内で旺盛な設備投資を展開している」と結論づけることは適切ではない。国内に有望な投資プロジェクトが存在すれば、企業は内部留保の多寡にかかわらず、金融システムを通じて家計部門等の貯蓄を外部調達し、投資を拡大させるはずである。しかし現実には、将来の市場縮小懸念や社会資本整備などの選択と集中が政治的に難しいこと等から国内の期待成長率が低迷しており、積極的なリスクテイクを伴う新規投資機会が少ないのも現状である。

いずれにせよ、本試算から得られる含意は、日本企業部門の資金余剰が国内事業の貯蓄超過をそのまま表しているとは限らず、海外活動に由来する収益によって見かけ上拡大している可能性があるという点に留めるのが適切である。過去20年余りの間に、日本企業はグローバルなサプライチェーンを構築し、配当、使用料、利息等の形態で巨額の収益を国内へ還流させる、事業投資ファンド的な収益構造を整備してきた。「企業部門が国内で過剰な資金を滞留させている」という従来の静学的な見方は、こうしたマクロ経済の深層における構造変化を十分に捉えきれていない可能性がある 。

海外活動に由来する大規模な収益が、企業部門の表面的な資金余剰を拡大させている構造的特徴を看過し、表面的な資金余剰のみを根拠として企業に対して投資・賃上げ要請に偏重する政策立案を進めることは、マクロ経済政策の方向性を誤らせるリスクを内包している可能性もあるといえよう 。


[1] 本論考の執筆にあたっては、上智大学経済学部准教授の中里透氏および神奈川大学経済学教授の飯塚信夫氏などから助言を受けている。記して感謝したい。また、本論考の文責はすべて筆者にあり、かつ本論考の内容はすべて筆者の個人的見解であって筆者の所属機関の公式見解を示すものではない。

[2] 海外からの「擬制の配当」は、第一次所得収支(SNAでは財産所得)の受取として計上され、国内企業部門の「貯蓄(S)」を増加させる。一方で「擬制の再投資」は、国内での設備投資(I)ではなく、対外直接投資という「金融資産の取得(増加)」として金融収支(金融勘定)に記録される。このため、ISバランスでは、貯蓄(S)が増加し、国内設備投資(I)は不変であるため、差額としての「資金余剰(貯蓄超過)」は統計上拡大する。

[3] 「「産業財産権等使用料」以外にも、知的財産権等使用料」という項目もあるが、この項目には、親子会社間のロイヤリティ等とは性質がかなり異なる「著作権等使用料」が含まれており、本論考では、「産業財産権等使用料」を利用する。なお、「著作権等使用料」を含む「知的財産権等使用料」の純受取は約3.4兆円(=受取:約8.0兆円-支払:約4.6兆円)となる。

[4] 各項目の数値は兆円単位で四捨五入しており、内訳の合計や差額が完全に一致しない場合がある。

[5] 本試算に対しては、「(1)は統計上の擬制に過ぎないが、(2)や(3)は国内に還流した現実のキャッシュフローであり、国内の設備投資等に充当可能ではないか」との批判も想定される。確かに、(2)や(3)が企業部門の手元流動性を構成し、国内投資の原資となり得ることは事実である。しかし、本稿の主眼は、あくまで「国内事業活動」そのものが生み出す資金需給の実態を純粋に抽出することにある。手元資金としての使途の如何にかかわらず、海外市場を源泉とする収益を控除して国内単体のISバランスを評価する手法は、マクロ経済の構造変化を浮き彫りにする上で十分な分析的妥当性を有すると考える。

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