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【論考】対談(土居丈朗×小黒一正)インフレ時代の医療財政とルール型社会保障―医療費成長率調整メカニズムの制度設計
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【論考】対談(土居丈朗×小黒一正)インフレ時代の医療財政とルール型社会保障―医療費成長率調整メカニズムの制度設計

March 11, 2026

2%前後の消費者物価指数(CPI)が続き、インフレは常態化しつつある。2026年度診療報酬は本体3%超の引き上げとなったが、それでも名目GDP成長率の見通しと比べれば十分とは言い切れない。論点は「削るか、増やすか」ではない。給付と負担をどう結びつけ、インフレに見合う持続可能な制度へ転換できるかである。土居丈朗・東京財団上席フェロー/慶應義塾大学教授と小黒一正・東京財団上席フェロー/法政大学教授が議論した。

プロフィール

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授。公共経済学・財政学を専門とし、日本の財政運営、社会保障制度の持続可能性について長年研究・提言を行っている。全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会特別委員、財政制度等審議会委員などを歴任し、財政規律と社会保障の制度設計に深く関与してきた。とくに、保険料率や税負担の上限を意識したルールベースの政策運営を重視する立場から、年金改革や医療・介護財政の在り方について発信を続けている。

小黒一正法政大学経済学部教授。人口動態と財政・社会保障の関係や世代間問題を専門とする。財務省や財務総合政策研究所主任研究官など政府での実務経験も持ち、社会保障とマクロ経済の関係もテーマに研究・提言を行う。近年は、中長期的な名目GDP成長率と医療費の伸びを連動させる「医療費成長率調整メカニズム」(別称「医療版マクロ経済スライド」)を提案する等、インフレ下の医療財政の在り方に関する議論も主導している。

いまの医療・介護は持続可能なのか

小黒 内閣府が20244月に示した医療・介護給付費の長期推計では、現状投影ケースで、2018年度にGDP比約8.2%だった給付費が、2060年度には13.3%程度まで上昇するとされています。保険料負担はGDP4.8%から7.2%へ拡大する見通しで、単純に考えれば相当な負担増になります。土居先生は、この推計をどうご覧になりますか。

土居 この試算は、日本がどの程度の経済成長率を維持できるかに大きく依存します。実質成長率を1%強で維持できれば負担は過度にはなりませんが、それを下回れば相当重い負担になります。労働力人口が減少する中で成長率を維持するのは容易ではない。何もしなくても1%成長が続くわけではありません。

成長できれば負担は抑えられる。しかし成長できなければ、消費税や社会保険料の引き上げを検討せざるを得なくなる可能性もあります。まずは、この負担の規模感を国民と共有することが必要です。

小黒 しかも最近は経済環境が変わりました。長く続いたデフレから転換し、総合CPIでもコアCPIでも2%前後が続いています。明らかにインフレ局面に入っています。

物価高と社会保障は密接に結びついています。

給付の伸びと賃金の伸びをどう整合させるか

小黒 202312月に閣議決定された「こども未来戦略」では、「医療・介護の給付費の伸びが雇用者報酬の伸びを上回り、そのギャップが保険料率を押し上げてきた」と明記されました。若者・子育て世帯の手取りを増やすため、このギャップを縮小し、保険料率の上昇を最大限抑制するという原則が示されたわけです。

土居 極めて妥当な内容です。賃金の伸びを上回る社会保障給付を認め続ければ、保険料率は必ず上昇します。給付と雇用者報酬の伸びを整合させるという原則は、制度設計上きわめて重要です。

小黒 問題は実効性です。給付と負担をどう制度的に管理するのかが問われています。

小黒 2026年度診療報酬改定は全体で2.22%、うち本体3.09%という大幅改定でした。しかし政府見通しでは名目GDP3%超の成長とされています。国の一般会計における医療費の伸びは約2.9%。名目GDPと同水準、あるいはやや下回る程度です。

土居 診療報酬改定率は単価の伸びであり、公費だけがそのまま増えるわけではありません。自己負担分も含まれるため、公費の伸びは見かけほど大きくない。改定率だけを見て「大幅」と判断するのではなく、名目GDPとの関係で評価すべきです。

小黒 重要なのは、仮に名目GDPの伸びを恒常的に下回る水準で医療費が推移すれば、対GDP比で実質的に圧縮が進むという点です。仮に2%ポイントの差が10年続けば、単純な指数計算ですが医療費は対GDP20%近く縮小することになります。

土居 インフレ下では名目でプラス改定でも、実質では厳しい状況が生じ得ます。医療財政をインフレ前提で再設計する必要があると思います。

年金にできて、なぜ医療にできないのか

小黒 年金は2004年改革で厚生年金保険料率を18.3%で固定し、「マクロ経済スライド」を導入しました。保険料率などの財源の枠を先に定め、その範囲内で給付を調整する仕組みです。

医療でも同じ発想を採るべきではないか。私はこれを「医療費成長率調整メカニズム」と呼んでいます。保険料率や公費に一定の枠を設け、その範囲内で医療費の伸びを中長期の名目GDP成長率に連動させる。持続可能性と予見可能性を両立させる制度設計です。

土居 医療でも「これ以上保険料を上げてほしくない」という声は強まっています。だからこそ、国民に見えるルールを示す必要があります。年金のマクロ経済スライドは給付削減のためではなく、保険料率をこれ以上引き上げないために導入されました。

医療版でも、GDPが伸びる局面ではその範囲内で医療費を伸ばすことを制度的に容認する仕組みです。支払側が安心できる上限を示しつつ、経済成長分までは給付を伸ばす。その理解が広がれば、提供側と支払側の対立は緩和できるはずです。

小黒 ここで理論的に整理しておきたいのは、社会保障財政の持続可能性は「成長率との整合性」によって決まるという点です。経済成長率を上回るペースで社会保障給付が増加すれば、給付費は必然的にGDP比で膨張します。逆に、名目GDP成長率と整合的であれば、対GDP比は安定します。

年金のマクロ経済スライドは、まさにこの原理に基づいて設計されました。保険料率を固定し、経済成長率の範囲内で給付を調整することで、長期的にGDP比を安定させる。これは「給付抑制策」ではなく、「対GDP安定化装置」なのです。

医療についても、本質は同じ。名目GDP成長率というマクロ指標に連動させることは、医療費を経済規模の中に位置付け直すことにほかなりません。これは財政学的にも最も透明性が高いルールと言えます。

自動調整を可能にする「医療費成長率調整メカニズム」

小黒 名目GDP成長率には物価上昇が織り込まれます。医療費の伸びを中長期的な名目GDP成長率にリンクさせれば、インフレ局面では自然に物価分が上乗せされ、デフレ期には抑制方向に働く。経済の動きに沿わせる仕組み、つまり、「医療費成長率調整メカニズム」は、「経済成長に応じた自動調整メカニズム」なのです。

土居 現在の予算編成は毎年度バランスを取る同時決定型です。収支が合わなければならないため、経済変動に対して自動的に働くルールはありません。そこで、保険料率や財源の伸びをマクロ経済に連動させ、あらかじめ枠を設定し、その枠内で給付を決める「ルール型」に転換するということです。これが本質的な違いです。

小黒 診療報酬は原則2年に1回ですが、中間年も、あらかじめ合意された伸び率(例:中長期的な名目GDP成長率)の範囲内で機械的にスライドさせる方法も考えられます。物価上昇分への対応と、保険料率の上昇抑制を同時に達成できる制度設計になり得ます。

土居 ただし、伸びを制度で保証するなら、医療の効率化や機能分化の改革も同時に進める必要があります。

現在の仕組みは毎年度の裁量調整です。裁量型の制度は、短期的な景気変動や政治的判断に左右されやすい。その結果、医療提供者も保険者も将来見通しを立てにくくなります。

マクロ経済スライド型は、自動安定化装置(automatic stabilizer)として機能します。景気が過熱すれば名目GDPが伸び、その分医療費も伸びる。景気が後退すれば自動的に伸びが抑制される。これは財政政策における累進課税や失業給付と同様の、マクロ安定化メカニズムの一種です。

制度を裁量からルールへ転換することは、財政規律を強化すると同時に、政治的摩擦を減らす効果もあります。

小黒 同様の発想は、薬剤費にも適用可能です。私たちは「総薬剤費名目成長率保証調整メカニズム」を提言しています。総額の伸びをマクロ経済にリンクさせ、その枠内でイノベーションを評価するという発想です。

土居 経済が成長した分については薬剤費も伸ばせる。その中で真に患者に貢献する医薬品をより高く評価する。抑制と成長を同時に実現する制度にすべきです。

必要なのは「総額管理」と「内部再分配」

小黒 医療費の約半分は人件費です。労働集約型産業である以上、長期的には賃金動向と連動します。賃金は名目GDPと強い相関があります。したがって、医療は所得弾力性が1前後とされることを踏まえても医療費が名目GDP並みに伸びることは、経済構造上むしろ自然です。

土居 問題は「伸び率」ではなく「配分」です。総額を一定のルールで管理すれば、政策論争は総額争いから、内部効率化と機能分化へとシフトします。これは財源論から生産性論への転換でもあります。年収の高い診療所院長もいれば、他産業より低い賃金で働く従事者もいる。総額の伸びを保証するなら、内部での再分配を進める責任があります。

小黒 最終的に問われているのは、「医療費をいくらにするか」という水準論ではなく、「どのルールで決めるか」という制度論です。ルールが明確であれば、政治的強弱にかかわらず制度は安定します。

土居 制度の強さとは、将来世代に説明可能な形で財政の道筋を示せるかどうかです。マクロ経済と整合的なルールを導入することは、将来世代への責任でもあります。

政治が決めるべきはルールであり、現場が担うべきは分配の責任です。医療費の伸びをマクロ経済と連動させ、その上で内部配分を再設計する。そこまで踏み込んでこそ、インフレ時代にふさわしい医療制度が完成すると考えます。

 ※本文中写真提供:小黒一正

★対談シリーズ★
【論考】対談(橋本岳×小黒一正)インフレ下の医療給付の在り方と財政ルール~マクロ的効率性とミクロ的効率性のバランスをどう図るのか~

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