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【論考】財政ポピュリズム:政治は世論に迎合しているのか?
June 15, 2026
財政ポピュリズム批判の台頭
高市早苗政権の「責任ある積極財政」については、財政の持続可能性の観点から、メディアや有識者の間で多くの懸念が示されている。もっとも、拡張的な財政金融政策は高市政権で始まったものではなく、世間のイメージほど財政規律が軽視されているわけでもない。とはいえ、足元ではインフレ傾向が強まり、長年の超低金利下で動きが乏しかった債券自警団が、再び活発化している。為替市場でも、政府の介入にもかかわらず円安傾向が続いている。
このような警戒シグナルが点滅する状況と対照的なのが、財政拡張一辺倒の政治である。先の衆院選では、全主要政党が消費税減税を公約として掲げた。財政拡張に積極的なのは、政権与党だけではない。
こうした与野党が財政拡張を競い合うような状況はポピュリズムだ——という批判が近年多くなされている。筆者らも10年ほど前に「財政ポピュリズム」の可能性と対応策について検討を行った(加藤・小林 2017)。最近では「財政ポピュリズム」以外に、より狭く税に焦点を当てた「減税ポピュリズム」といった言葉もよく使われる。
サブプライム危機などを契機に、ポピュリズムは世界を席巻し、今では日常的に使われる言葉となった。しかし実のところ、それが具体的に何を指すかについては、専門家の間でもコンセンサスがない。ここで定義の問題に立ち入るのは不毛なので、本稿では、欧米での一般的な理解とはかなりずれるものの、日本でよく用いられる「大衆迎合主義」の意味で扱うことにする[1]。
政治は世論に迎合しているのか?
民主主義国家において、政治家が有権者の意思——あるいはその集合体としての世論——に寄り添うことはある意味当然である。世論迎合主義という意味でのポピュリズムが問題視されるとすれば「迎合」の部分だが、世論が適切な判断をしているのであれば、それに「迎合」することは何の問題もない。つまり、巷の財政ポピュリズム批判は、①有権者は持続性のない(=中長期的に見れば適切ではない)財政拡張を望んでおり、②政治家はそれに無責任に迎合している、という構図を前提としている。
しかし、この①②の前提は正しいのだろうか。
民主主義研究では長年にわたり、有権者の選好や政治意識は自律的に形成されるのか、それとも政治エリートによる働きかけや動員(elite mobilization)の結果なのかが議論されてきた[2]。有権者が自律的に財政バラマキを選好し、それに政治が一方的に従っているのであれば「迎合」と言える。しかし、政治家や政党などの政治エリートは、政策形成の専門家として一般有権者よりも多くの情報を持ち、メディアなど他の政治エリートと同様、争点設定や情報発信を通じて世論形成に大きな影響力を持っている。とりわけ財政政策のような専門性が高く、情報格差の大きい分野では、有権者が独力で政策の持続可能性を判断することは難しい。政党や政治家による働きかけ、動員、誘導などが本来は効きやすい領域だ。
政権選択選挙である衆院選において、主要政党がすべて消費減税を公約として掲げる現状は、果たして、バラマキを求める有権者に政党や政治家がただ迎合している状況なのだろうか。逆に、財政状況についてより詳しい情報を持つ政党や政治家が、有権者に対して耳あたりのよい言葉や政策を並べて、有権者を誘導している面があるのではないか。
迎合か誘導か。その方向性を判断する上で重要となるのは①である。有権者は財政拡張的な政策を選好するという主張が裏付けなしに前提とされることは多いが、欧米諸国などの選挙・世論の分析結果は、必ずしもそうした主張を支持するものとはなっていない(たとえば、Bansak et al. 2021; Brender & Drazen 2008)。国や環境により差異はあるものの、多くの有権者は財政緊縮策を支持し、選挙前のバラマキは再選確率を下げかねないことも明らかにされている。

写真:衆院本会議(提供元:共同通信)
日本の有権者についても、私たち(加藤 2023)が東京財団で行った世論調査での財政赤字についての問いでは、財政赤字が「大変な問題(40.4%)」「ある程度問題(25.1%)」と答えた回答者の割合が、「あまり問題ではない(8.9%)」「まったく問題ではない(2.7%)」のそれを大きく上回った。また、国の借金がこのまま増加すると将来的にどうなるかという問いに対しても、「増税や歳出カットなど厳しい財政再建を強いられる(30.5%)」「高いインフレが起きる(19.7%)」「国債がデフォルトに陥る(21.0%)」という厳しい回答が多かった。直近の食料品の消費減税についての世論調査を見ても、減税自体が必要ないという回答もかなり多い[3]。
こうした日本を含む各国の世論・選挙の調査・分析結果と、前回衆院選などでの与野党の公約や国会などでの政策論争の方向性には大きな乖離があり、財政バラマキはむしろ政党や政治家が国民を誘導している面があるという見方も否定できない。財政赤字に深い懸念を持つ有権者であっても、自分より多くの政治情報を持つ政党や政治家が軒並み減税や歳出増加に太鼓判を押せば、日本の財政の持続性は大丈夫だと考えるだろう。しかしそれは、迎合というよりはむしろ誘導に近い。
正確な情報に基づくリーダーシップを
安易な財政ポピュリズム批判は、有権者の財政の持続可能性に関する誤った認識が、政治を過度の財政拡張へと押しやっているというニュアンスを含む。しかし長年の民主主義研究は、財政問題を含む様々な政策領域において、有権者が政治を動かす以上に、政治家・政党・メディアといった政治エリートの側が、有権者の選好そのものを形づくってきたことを明らかにしてきた[4]。
政治家は国民の代表者として、財政問題について有権者よりはるかに多くの情報を得られる立場にあり、財政問題を含む政策課題の吟味に日々没頭すべき立場にもある。有権者に対して耳あたりの良いことばかりを伝えるのではなく、たとえ「不都合な真実」であっても現状を正確に伝えつつ、あるべき骨太の方向性を示すことが責務のはずである。
日本の財政問題についても、バラマキを求める有権者に政治がただ迎合しているという見方は一面的に過ぎよう。政治から、正確な情報とそれをベースにした方向性が示されていない面もあるのではないか。

写真:国会で開かれた社会保障国民会議の実務者会議(提供元:共同通信)
問題は、政治がいかに正確な情報に基づいて国民と向き合える場を持てるかである。その点で、高市政権のもとで議論が進められている社会保障国民会議は、選挙の駆け引きから一定の距離を置き、冷静かつ正確な情報に基づいて財政や社会保障のあり方を検討しうる場となりうる。財政ポピュリズム論で有権者に一方的に責任を押しつけるのではなく、こうした場を一つの端緒として、たとえ「不都合な真実」であっても率直に共有し、その真実の下でのあるべき方向を国民に提案していくことが求められている。
[1] たとえば日経新聞の用語解説では、ポピュリズムは大衆からの人気を得ることを第一とする政治思想や活動を指すとされる(https://www.nikkei.com/topics/22A00245)。海外の理解としては、たとえばEichengreen(2018)など参照。
[2] なお、民主主義研究(政治学)で言うエリートとは、日本で一般に使われる意味とは異なり、政治的な意思決定や世論形成に大きな影響力を持つ人々を指す。具体的には、政治家、官僚、政党幹部、業界団体の幹部、主要メディア、有識者、利益団体、政策専門家など。
[3] たとえばNHK調査(2026年6月)では、食料品の消費減税に対する問いに対して30%以上の回答者が減税する必要はないと答えているhttps://news.web.nhk/senkyo/shijiritsu/(NHK受信契約済の方のみ利用可)。
[4] これは欧米諸国を席巻するポピュリズムにも当てはまるが、欧米ではそもそもポピュリズムを「世論迎合主義」という意味合いで用いていない。
参考文献
Bansak, Kirk, Michael M. Bechtel and Yotam Margalit(2021)“Why Austerity? The Mass Politics of a Contested Policy,” American Political Science Review, 115(2), 486–505.
Brender, Adi and Allan Drazen(2008)“How Do Budget Deficits and Economic Growth Affect Reelection Prospects? Evidence from a Large Panel of Countries,” American Economic Review, 98(5), 2203–2220.
Eichengreen, Barry(2018)The Populist Temptation: Economic Grievance and Political Reaction in the Modern Era, New York: Oxford University Press.
加藤創太(2023)「財政問題について経済学者と国民の意識はどう乖離するのか――『経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』の紹介」東京財団政策研究所Review、R-2023-010、5月15日。https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4263
加藤創太・小林慶一郎編著(2017)『財政と民主主義――ポピュリズムは債務危機への道か』日本経済新聞出版社。