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【論考】ヘルスケア検査サービスの質と倫理をいかに担保するか ――業界自主ガイドライン策定の意義と政策的含意
June 3, 2026
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1.はじめに |
1.はじめに
健康意識の高まり、セルフケア需要の拡大、簡便な検体分析技術の普及により、医療機関を介さずに自らの健康状態を把握しようとするヘルスケア検査サービスの市場が拡大している。郵送による血液・唾液・便・尿等の分析、薬局店頭等での即時検査、医療機関で実施されるオプション検査など、その形態は多様化を続けており、DTC(Direct to Consumer)検査の市場規模は2030年には221億円(2025年比48.3%増)となるとの民間調査もある[1]。
もっとも、こうした検査サービスは、医療と非医療、規制と自由、イノベーションと消費者保護の境界に位置する。診療の用に供する臨床検査については、医薬品医療機器等法に基づく体外診断用医薬品規制や、臨床検査技師等に関する法律に基づく衛生検査所制度などが存在する。しかし、診療目的ではなく、利用者の健康状態の把握やセルフケア支援を目的とする検査サービスについては、既存制度だけでは、サービス提供過程全体の品質管理、倫理的配慮、データ管理、広告表示、事業撤退時の対応等を十分にカバーしにくい。
こうした状況下、2026年2月、健康増進やセルフケアの推進を目的とした非臨床領域の検体検査サービスを提供している事業社により一般社団法人ヘルスケア検査サービス推進機構(Healthcare Testing-service Promotion Organization、以下「HTPO」)が設立され、「ヘルスケア検査サービス提供事業者が遵守すべきガイドライン」第1版を公表した[2]。筆者はそのドラフト段階のレビューに関与する機会を得た。本稿では、同ガイドラインの内容を概説するとともに、その政策的・倫理的含意を、検査の質の担保、利用者・消費者保護、データガバナンス、認証制度という観点から論じる。
2.ガイドラインの全体像
本ガイドラインは全12章からなり、ヘルスケア検査サービスを「医療機関検査型」「郵送検査型」「即時検査型」の三類型に分類した上で、ガバナンス、コンプライアンス、検体採取・輸送・保存、検査品質マネジメント、技術バリデーション、データ管理、結果通知、広告表示、認証制度に至るまでを包括的にカバーする。詳しい内容に関しては後述するが、1. 検査の精度と品質管理、2. 正確な情報提供と誠実な対応、3. 徹底した個人情報保護、の3点を中心に利用者がヘルスケア検査サービスを安心して選択・利用できる環境を整備するために策定している[3]。
策定は経済産業省「国際ルール形成・市場創造型標準化推進事業費補助金」の採択事業として行われ、パブリックコメントと専門家レビューを経て、行政、有識者、業界関係者が参加するシンポジウムにおいて公表された[4]。
特徴的なのは、医療機関内検査の国際規格であるISO 15189や、試験所一般の能力に関する規格であるISO/IEC 17025に見られる品質マネジメントの考え方を、診療目的ではないヘルスケア検査サービスに応用しようとしている点である。ISO 15189は医学検査室の品質と能力に関する国際規格であり、2022年版ではリスク管理、患者安全、継続的改善を重視する枠組が整理されている[5][6]。本ガイドラインは、こうした国際的な質保証の思想を、玉石混交状態であるわが国における「診療外検査」の実務に橋渡しする試みとして位置づけられる。
3.ガイドラインの構成と各章の要点
本稿の後半では検査の質、情報提供、データ保護、認証という横断的な観点から論じるが、その前提として、まずガイドライン本体の章立てに即して全体像を確認しておきたい。本ガイドラインは総則から改訂手順までの全12章を、おおむね「サービスの枠組みを定める章(第1章から第4章)」「検査プロセスの品質を担保する章(第5章から第7章)」「利用者との関係を規律する章(第8章から第10章)」「実効性を支える章(第11章・第12章)」という四つのまとまりとして読むことができる。
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第1章 総則 冒頭の総則では、ガイドラインの背景と目的、適用範囲、用語の定義が置かれる。とりわけ重要なのが適用範囲の画定であり、ヘルスケア検査サービスを「医療機関検査型」「郵送検査型」「即時検査型」の三類型に整理した点である。検体を誰が採取し、どこで分析し、どのように結果を返すかというサービス設計はこの三類型で大きく異なるため、以降の各章はこの類型区分を前提として、形態ごとに要求事項の重みづけを変えていく。総則はまた、本ガイドラインが「診療の用に供しない検査」を対象とすること、すなわち診断・治療を目的としないことを明確にし、医療との境界線をあらかじめ引いている。 第2章 ガバナンスと運用体制 第2章は、事業者が品質と倫理を継続的に担保するための組織的な土台を求める。具体的には、責任体制と組織構成の明確化、品質や個人情報保護に関する責任者の設置、そして利益相反の管理である。検査結果の解釈や受診勧奨が、提携先の物販・サービスへの誘導と結び付くおそれがある領域だけに、利益相反を組織的に管理する仕組みを冒頭近くで要求している点は、消費者保護の観点から評価できる。 第3章 法規制とコンプライアンス 第3章は、事業者が遵守すべき関係法令・規格を一覧として整理する。医薬品医療機器等法、医師法、景品表示法、個人情報保護法、人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針から、ISO規格(15189等)、医療情報の安全管理に関する三省二ガイドラインまで、多岐にわたる規範が参照される。複数の法体系と国際規格にまたがる本領域の特性を、事業者が見取り図として把握できるようにした実務的な章である。 第4章 サービス事業者の基本責務 第4章は、個別のプロセス規律に入る前に、事業者が負うべき基本的責務を総論として示す。リスクマネジメント、品質保証、苦情処理、倫理、人材育成、そして事業継続性が柱となる。なかでも、医行為該当性の判断を社内プロセスとして内製化し、必要に応じて外部有識者のレビューを受けることを求めている点は、医師法第17条のグレーゾーンに事業者自身が責任をもって向き合うことを促すものであり、本ガイドラインの基本姿勢をよく表している。 続く第5章から第7章は検査プロセスそのものの品質を、第8章から第10章は利用者との関係を規律する章であり、その内容は後段の各論で詳しく取り上げる。ここでは残る章の位置づけを概観しておく。 第5章 検体採取・輸送・保存管理 自己採取と医療機関採取の双方を視野に、採取手順、輸送条件、保存安定性、事故・逸失時の対応、検体やキットの廃棄までを一連の管理プロセスとして規定する。郵送検査における検体劣化のリスクを科学的根拠に基づいて管理させる点が特徴で、後段「検査の精度と品質管理」で詳述する。 第6章 検査品質マネジメント 標準作業手順書(SOP)の整備、内部精度管理と外部精度管理、機器保守、試薬管理、是正・予防措置(CAPA)を品質マネジメントの体系として求める。利用者自身が検査を行う即時検査型については、その特性を踏まえた付則が別途設けられている。 第7章 技術・試験方法のバリデーション 分析性能の評価、検査結果の有用性評価、統計解析、技術変更時の再検証を扱う。研究用試薬やラボ独自開発検査を用いる場合の性能評価計画の文書化を求める章であり、検査の「正しさ」を支える根幹をなす。 第8章 データ管理と個人情報保護 同意取得、安全管理措置、二次利用、漏えい時対応、国外移転、事業撤退・倒産時の取扱いまでを包括的に規定する。要配慮個人情報としての検査データを扱う本領域の中核章であり、後段「徹底した個人情報保護」で詳述する。 第9章 結果通知 結果の提供手段、記載すべき内容、医行為に当たる記述の禁止、基準値や免責事項の明示、医療機関との連携を扱う。利用者が結果を適切に理解できるようにするための章であり、後段「正確な情報提供と誠実な対応」で詳述する。 第10章 広告表示・情報提供 広告における遵守事項と、利用者への適切な情報提供を扱う。効能の過剰訴求の抑制が中心となり、第9章とあわせて後段で詳述する。 第11章 認証制度 自己宣言から第三者認証へと段階的に発展させる枠組みと、その社会的効果を規定する。ガイドラインの実効性を支える仕組みであり、後段「段階的認証制度」で詳述する。 第12章 ガイドラインの有効期間と改訂手順 最終章は、ガイドライン自体のレビュー周期と改訂手順、改訂履歴の管理を定める。技術と市場が急速に変化する領域において、規範を「作って終わり」にせず、定期的に見直していくための手続的な保証を組み込んだ章である。本稿の末尾で論じる遺伝子検査やAI解析への対応も、この改訂手順を通じて将来の版に反映されていくことが期待される。 |
4.政策的位置づけ――規制の空白を補う民間主導フォーラム標準
わが国のヘルスケア検査サービスをめぐる行政施策は、近年、徐々に整備されつつある。厚生労働省医政局による「検体測定室に関するガイドライン」は、利用者自己採取検体を用いた測定事業について、届出、測定結果の報告範囲、医療機関への受診勧奨等を定めている[7]。また、厚生労働省と経済産業省が改定した「健康寿命延伸産業分野における新事業活動のガイドライン」は、医師法第17条との関係で、ヘルスケアサービスが医行為に該当するか否かに関する考え方を示している[8]。さらに、厚生労働省「ヘルスケアスタートアップ等の振興・支援策検討プロジェクトチーム」によるホワイトペーパーは、当該業界について「玉石混淆の無秩序な業界であるとの印象を払拭」する必要性を指摘している[9]。
しかし、これらの行政文書は、主として法解釈の明確化や新事業活動の促進に主眼を置くものであり、検査サービスの提供過程における品質管理、技術バリデーション、データ利活用、広告表示、認証制度といった運用レベルの規範を包括的に定めるものではなかった。DTCゲノム検査に関しては、個人情報保護の観点から業界の自主ガイドラインが出ているが[10]、より広範な検査サービスを対象としたものは存在していなかった。
本ガイドラインは、まさにこの間隙を補う民間主導のフォーラム標準として、経済産業省「ヘルスケアサービスガイドライン等のあり方」が示す業界自主ガイドライン策定の枠組に沿って構築されたものである[11]。
本ガイドラインは法令ではないため、記載された事項は法的義務ではなく、業界としての遵守事項、推奨事項、自己規律の基準となるが、ハードローとソフトローの役割分担という観点からは、急速に変化する技術領域において、業界自主規範が機動的に質保証と倫理規範を提示し、必要に応じて行政がこれを参照するというガバナンス・モデル(共同規制)が志向されていると見ることができる。これは、米国・欧州における消費者向け遺伝子検査やラボ独自開発検査をめぐる規制の漸進的進化とも通底する潮流である。
5.検査の精度と品質管理――エビデンスベースの運用
検査の質の担保について、本ガイドラインは三層の規律を導入している。
第一に、検体採取・輸送・保存に関する科学的根拠の文書化である(ガイドライン第5章)。郵送検査においては、採取から分析までの時間、輸送時の温度条件、保存安定性、検体劣化の可能性などが結果に影響を与えうる。本ガイドラインは、保存安定性試験の実施、許容される輸送条件の設定、利用者への事前説明等を求めており、従来は事業者ごとの判断に委ねられがちであった検体取扱いの実務に一定の標準を与えるものである。
第二に、内部精度管理(internal quality control: IQC)と外部精度管理(external quality assessment: EQA)に関する規律である(ガイドライン第6章)。検査サービスの信頼性は、単に測定機器や試薬の性能だけではなく、日常的な精度管理、測定者の教育、異常値発生時の是正措置、施設間差の把握によって支えられる。本ガイドラインは、標準作業手順書(SOP)の整備、機器保守・試薬管理、そして不適合の根本原因を追究し再発を防止する是正・予防措置(corrective and preventive action: CAPA)の体系的運用を含めて、これらを品質マネジメントの一部として位置づけている。CAPAの導入は、ISO 15189が要請する継続的改善の思想を、医療機関外の検査サービスに取り込んだものといえる。なお、利用者自身が検査を実施する即時検査型については、その特性を踏まえた付則が別途設けられている。
第三に、分析性能評価と臨床的有用性評価の二段階バリデーションである(ガイドライン第7章)。研究用試薬(research use only: RUO)やラボ独自開発検査(laboratory-developed test: LDT)を用いる場合には、体外診断用医薬品に準じた性能評価計画の文書化を求めるとともに、検査結果と健康状態、生活習慣、生体指標との関連を確認する有用性評価を独立に規定している。分析的に「正しく測れている」ことと、その値が利用者にとって「意味を持つ」こととを切り分けて評価させる構成であり、結果通知(第9章)における基準値の根拠ともつながる。基準値についても、査読論文や学会公表ガイドライン等、客観的根拠に基づく設定を求めている。
ただし、ヘルスケア検査分野では、臨床検査領域のように確立されたEQAプログラムが必ずしも十分に整備されているわけではない。そのため、外部精度管理については、当面は努力義務的な性格を持たざるを得ない部分がある。第三者機関、学会、業界団体が連携し、検査項目ごとのEQAスキームを構築していくことが、今後の重要課題である。
米国では、LDTの規制をめぐり長らく議論が続いてきた。FDAは2024年5月6日にLDTを体外診断用医療機器規制の対象に含める最終規則を公布したが、2025年3月31日に連邦地裁がこれを無効化し、その後FDAは規則を従前の文言へ戻している[12]。欧州では、体外診断用医療機器規則(IVDR, Regulation (EU) 2017/746)が、in-house IVD(医療機関が自施設内で独自に開発・製造し、同一施設内の患者検査に限定して使用する体外診断用医療機器)についても、一定の例外条件の下で、品質マネジメント体制、一般安全性能要求事項、文書化等を求めている[13]。
これらと比較すると、HTPOガイドラインは法的拘束力を持たない自主規範であるが、国際規格の運用思想と整合する質保証の枠組を、診療目的ではない検査サービスに広げようとする点で、独自の意義を有する。
6.正確な情報提供と誠実な対応
利用者・消費者保護の観点からは、結果通知と広告表示に関する規律が特に重要である。
ヘルスケア検査サービスは、診断や治療を目的とするものではないとしても、利用者にとっては自らの健康状態を理解する重要な情報源となりうる。検査結果の示し方によっては、不必要な不安を招いたり、逆に過度な安心感を与えたりする危険がある。また、検査結果を疾患リスクや体質と結び付けて説明する場合には、利用者が医学的意味を過大に解釈する可能性もある。
本ガイドラインは、結果通知(第9章)において診断・治療判断につながる記述を避けること、基準値や判定根拠を明示すること、免責事項を示すこと、必要に応じて医療機関への受診勧奨を行うことを求めている。これは、前述の検体測定室ガイドラインが定める結果報告の規律を、より広いヘルスケア検査サービスへと及ぼすものである。
広告表示(第10章)についても、検査の有効性、精度、健康改善効果等について、根拠を超えた表示を行わないことが求められる。景品表示法上の優良誤認や健康増進法上の誇大表示の禁止を踏まえ、医療類似行為を想起させる表現の抑制も含まれる。とりわけ、未病、予防、体質改善、疾患リスク、生活習慣改善といった言葉は、消費者に強い期待を抱かせやすい。科学的根拠が限定的であるにもかかわらず、あたかも将来の疾病を正確に予測できるかのような表示を行えば、消費者保護上の問題を生じる。
この点で示唆的なのは、消費者向け遺伝子検査(direct-to-consumer genetic testing: DTC genetic testing)をめぐる国際的議論である。米国では、23andMe社に対するFDAの2013年警告状を契機に、2015年のブルーム症候群キャリアスクリーニング承認、2017年の遺伝的健康リスク検査のde novo[i]経路初承認へと、規制当局と民間事業者の対話を通じた制度形成が進んだ[14][15][16]。欧州では、DTC遺伝子検査に関する規制が国ごとに分断され、消費者保護の水準に差があることが指摘されている[17]。
本ガイドラインは遺伝子検査に特化したものではないが、結果通知における医療連携、広告表示における過剰効能訴求の抑制、利用者への情報提供を独立章として扱っている点で、これらの国際的議論と整合的である。一方で、遺伝情報の生涯的・家族的影響、血縁者への波及、保険・雇用における差別防止といった遺伝子検査固有の倫理課題については、今後の改訂においてさらに検討を深める必要がある。
同時に、事業者側の規律は、利用者側のリテラシー向上と表裏一体でなければならない。どれほど免責事項を明示しても、消費者が結果を過大に解釈し、過度な不安や誤った安心感を持つリスクは排除しきれないからである。HTPOには、規範策定に留まらず、一般消費者に対して「ヘルスケア検査の正しい選び方・読み解き方」を分かりやすく啓発するパブリック・リテラシー向上活動を、産業政策・消費者政策の双方と連携しながら主導していくことが期待される。
7.徹底した個人情報保護
検査データの取扱い(第8章)は、本ガイドラインのもう一つの中核論点である。検査結果は、個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当する場合が多い。したがって、その取得、利用、保管、第三者提供、二次利用、国外移転、漏えい時対応については、通常の個人情報以上に慎重な取扱いが求められる。
本ガイドラインは、同意取得、暗号化、アクセス制御、権限管理、委託先管理、漏えい時対応、国外移転、事業撤退・倒産時の検体・データの取扱いまでを包括的に扱っている。特に、事業撤退時における検体・データの取扱方針をあらかじめ明示することを求めている点は、ヘルスケアスタートアップが多数参入する当該業界の特性を踏まえた実践的な配慮として評価できる。
データの二次利用についても、研究開発、サービス改善、統計分析等の目的を明示した上で、利用者の同意に基づく利用を求めている。この点は、次世代医療基盤法における匿名加工医療情報・仮名加工医療情報の枠組とは別経路であるが、ヘルスケア検査領域における独自のデータガバナンスとして意義を有する。
もっとも、ここにはなお課題が残る。第一に、同意の実質性である。利用規約やプライバシーポリシーに二次利用目的を記載するだけでは、利用者が検査データの将来的利用を十分に理解したとは限らない。検査データが研究開発、AIモデル開発、サービス改善、第三者との共同研究に用いられる場合には、同意取得の形式だけでなく、説明のわかりやすさ、撤回手段、利用停止手続、第三者提供先の透明性が重要となる。
第二に、データの再識別リスクである。検査データは、生活習慣、遺伝的特徴、既往歴、行動データ、PHR(Personal health Record)等と結び付くことで、個人の健康状態を高い精度で推測しうる。匿名化・仮名化を行ったとしても、データの組み合わせによって再識別可能性が高まる場合がある。
第三に、将来的なPHRやデータヘルス基盤との接続である。ヘルスケア検査サービスが、個人のセルフケア、予防、医療機関受診、保険者による保健事業等と接続していく場合、データポータビリティ、相互運用性、本人関与、目的外利用の制限をどのように設計するかが問われる。
GDPR(General Data Protection Regulation)が健康データを特別カテゴリーの個人データとして強く保護しているのと同様[18]、わが国においても、ヘルスケア検査データには高い保護水準が求められる(2026年の個人情報保護法改正案においても一部の生体データへの規制強化が提案されている)。検査を行うことを通じて「要配慮個人情報」の取得がなされたと評価されるタイミングが個人情報保護法との関係では鍵となる。
本ガイドラインがこの水準を業界自主規範として明文化したことは、将来のPHR、予防医療、データヘルス基盤との接続を見据えた基盤整備として、政策的意義を有する。
8.段階的認証制度――信頼の可視化とその限界
本ガイドラインの実効性を担保する仕組として注目されるのが、段階的認証制度(第11章)である。当面は事業者の自己宣言を起点とし、将来的に第三者認証制度へ移行する設計を採用している。経済産業省「ヘルスケアサービスガイドライン等のあり方」が示す品質担保スキームのうち、第三者認証に向けたロードマップを示した点に意義がある。
認証マークの付与と公開が実装されれば、利用者は信頼できるサービスを選択しやすくなり、事業者にとっては質への投資が市場での評価に結び付く可能性がある。「玉石混淆」と評されてきた業界の構造的問題に対して、市場メカニズムを活用した改善策となりうる。
もっとも、認証制度は万能ではない。現時点で重要なのは、自己宣言から第三者認証へ移行するプロセスの透明性である。評価基準、審査主体、利益相反管理、異議申立て、認証取消しの手続が明確でなければ、認証マーク自体が新たな誤認表示リスクを生む。とりわけ、業界団体が認証を担う場合には、業界振興と監督機能の緊張関係をどのように管理するかが問われる。審査員の専門性や違反時の公表、認証取消し後の利用者保護措置など、実装段階で詰めるべき論点は少なくない。
さらに、ガイドラインを遵守しない非加盟の「アウトライヤー(枠外)事業者」が市場に残り続け、消費者に不利益をもたらすリスクへの対応も急務である。この自主規制の限界を補うためには、HTPOの内部統制だけに閉じず、消費者庁や適格消費者団体等と連携した「外部通報・監視システム」を重層的に構築することが求められる。あわせて、認証機関の中立性を担保するため、業界内の利害関係者から独立した外部有識者や消費者代表を交えた「第三者監督委員会」の設置を必須化するなど、実装フェーズにおけるガバナンスの厳格化が鍵となる。
したがって、段階的認証制度は、単に「認証マークを付ける」仕組としてではなく、継続的な品質改善、透明性確保、説明責任を組み込んだガバナンス制度として設計される必要がある。
9.今後の課題――遺伝子検査・AI/SaMD・国際標準化
本ガイドラインは、ヘルスケア検査サービスの質と倫理を統合的に扱う重要な第一歩である。しかし、今後の技術発展を見据えれば、さらに検討すべき課題がある。
第一に、遺伝子検査固有の課題である。遺伝情報は本人だけでなく血縁者にも関わる情報であり、生涯にわたる意味を持ちうる。疾患リスク、体質、薬剤応答性、祖先情報等をめぐって、医学的妥当性、家族への説明、差別防止、未成年者への検査、偶発的所見への対応など、一般的な検体検査とは異なる論点が存在する。今後、遺伝子検査を対象とする場合には、より詳細な倫理規範が必要となる。
第二に、AI解析やSoftware as a Medical Device(SaMD)との境界問題である。検査結果をAIが解析し、生活習慣改善、疾患リスク推定、受診勧奨等を行うサービスでは、単なる検査サービスを超えて、医療機器該当性、医師法上の医行為該当性、説明可能性、アルゴリズムの妥当性、バイアス、責任分配といった問題が生じる。検査データとAIの結合は、利用者にとって有用な支援となる一方で、アルゴリズムの不透明さや出力のばらつきが、不適切な受診行動や不利益を招くリスクを孕んでおり、技術特性に応じた評価基準の確立が急務である。
第三に、国際標準化との接続である。本ガイドラインは日本市場の多様な検査形態に即して策定されたものであるが、ヘルスケア検査サービスは国境を越えて展開されうる。郵送検査、越境データ移転、海外検査機関への委託、国際共同研究、PHR連携が進むなかで、日本発の自主ガイドラインを国際的な相互承認や標準化の議論にどのように接続するかが問われる。
10.結語――日本発の標準化の挑戦
ヘルスケア検査サービスは、医療と非医療、規制と自由、イノベーションと消費者保護のあいだに位置する、まさにグレーゾーンの領域である。米国・欧州におけるDTC遺伝子検査やLDTをめぐる試行錯誤が示すように、この領域における適切なガバナンスは、行政規制のみでも市場原理のみでも達成しがたい。
本ガイドラインは、ISO 15189やISO/IEC 17025との国際整合を意識しつつ、日本市場の多様な検査形態に即した運用解釈を加え、自己宣言から第三者認証への段階的アプローチを採用するという、バランスのとれた設計を採用している。ハードローのみに依拠しない柔軟なガバナンスを志向する民間主導フォーラム標準として、また検査の質、利用者保護、データ倫理を統合的に扱う規範として、その意義は高く評価されるべきである。
同時に、その意義を実質化するためには、業界横断的なEQAスキームの構築、第三者認証制度の具体的運用設計、同意と二次利用に関する透明性の確保、遺伝子検査・AI/SaMD領域の固有課題への対応、国際標準化機関との連携が不可欠である。
とりわけ、本ガイドラインが実効性を持つためには、行政側によるインセンティブ設計との連動が欠かせない。単に民間主導の自主規範として放置するのではなく、認証マークを取得した優良事業者に対し、自治体の健康増進事業における優先採択や、セルフケア推進に関わる税制優遇措置といった政策的インセンティブを付与する仕組みを、経済産業省や厚生労働省は一体となって検討すべきである。これにより、質への投資が市場で正当に評価される環境が加速する。これらに取り組むことで、本ガイドラインは、未病・セルフケア時代における質保証と倫理の日本発スタンダードとして、国内外で参照されるものへと発展していく可能性を有する。
東京財団本プロジェクトとしては、こうした官民連携を前提とした民間主導の規範形成の動きを、医療政策、プライバシー、倫理、産業政策の交差点における重要なガバナンス・イノベーションとして注視し、その発展に向けた制度的課題を引き続き検討していきたい。
【脚注】
[i] De Novo Classification Request | FDA
【参考文献】
[1] 富士経済、DTC検査市場の調査結果を発表 - 日本経済新聞
[2] 一般社団法人ヘルスケア検査サービス推進機構「ヘルスケア検査サービス提供事業者が遵守すべきガイドライン」第1版、2026年
[3] 【利用者の方向け】ガイドラインとは - ヘルスケア検査サービス推進機構
[4] ヘルスケア検査サービスの品質・信頼性向上に向け「業界自主ガイドライン」を策定 - ヘルスケア検査サービス推進機構
[5] ISO 15189:2022 - ISO 15189 - Medical laboratories — Requirements for quality and competence
[6] Plebani M. ISO 15189 accreditation: navigation between quality management and patient safety. Journal of Medical Biochemistry. 2017;36(3):225-230. https://www.researchgate.net/publication/318442288_ISO_15189_Accreditation_Navigation_Between_Quality_Management_and_Patient_Safety
[7] 厚生労働省医政局「検体測定室に関するガイドライン」
[8] 厚生労働省・経済産業省「健康寿命延伸産業分野における新事業活動のガイドライン」
[9] 厚生労働省・経済産業省「健康寿命延伸産業分野における新事業活動のガイドライン」
[10] 一般社団法人遺伝情報取扱協会「個人遺伝情報を取扱う企業が遵守すべき自主基準 (個人遺伝情報取扱事業者自主基準)」平成20年3月策定、令和5年1月改正
[11] 経済産業省「ヘルスケアサービスガイドライン等のあり方」
[12] U.S. Food and Drug Administration. Laboratory Developed Tests.
[13] Kahles F, et al. Regulation of laboratory-developed tests and in-house in vitro diagnostic medical devices in the United States and the European Union: a comparative overview. ESMO Open. 2025.
[14] U.S. Food and Drug Administration. Direct-to-Consumer Tests.
[15] Allyse MA, Robinson DH, Ferber MJ, Sharp RR. Direct-to-consumer testing 2.0: emerging models of direct-to-consumer genetic testing. Mayo Clinic Proceedings. 2018;93(1):113-120.
[16] Niimi H. Reflections on the US FDA's warning on direct-to-consumer genetic testing. North American Journal of Medical Sciences. 2015;7(2):86-87.
[17] Kalokairinou L, Howard HC, Slokenberga S, et al. Legislation of direct-to-consumer genetic testing in Europe: a fragmented regulatory landscape. Journal of Community Genetics. 2018;9(2):117-132.
[18] Regulation (EU) 2016/679 of the European Parliament and of the Council, General Data Protection Regulation.
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【本研究プロジェクト】
AIデータ利活用社会の実現 | 研究プロジェクト | 東京財団
【過去の研究プログラムについて】
地域に根ざした医療DXの実装に向けた人材開発に関する政策研究