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【特集】世界人口デーに寄せて―グローバル社会におけるAI―人口減少を克服する医療政策に注目して―
June 15, 2026
1987年に世界人口が50億人を超えたことを記念して定められた7月11日の世界人口デー。世界人口は2084年まで増加を続けるという予測もある一方、日本はいち早く深刻な「人口減少問題」に直面しています。課題先進国として、この時代にどう向き合い、何を未来へつなぐのか。現状と課題解決の道筋を改めて考えます。
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この記事のポイント |
| 人口の問題と医療 担い手の偏在とその対策 グローバルでのガバナンスの課題とAI主権 結びに代えて |
人口の問題と医療
7月11日の世界人口デーは、世界人口が50億人を超えたことを契機に国連が制定した記念日である。その当初の課題であった人口爆発による資源や環境にもたらす負荷から、約40年を経た現在、同じ記念日は地域によって異なる風景を映している。世界人口は2080年代に約103億人でピークを迎えると見込まれる一方、東アジアや欧州の一部では人口減少と少子高齢化が社会の基盤を揺るがしている。これは人類がたどる「人口転換」の異なる局面にほかならない。この移行を世界で最も早く経験しつつある日本の現在は、やがて韓国・中国・タイ、さらにアフリカ諸国までもが順に直面する未来の縮図でもある。総務省の推計では、2026年5月時点の総人口は1億2281万人で前年から53万人減り、日本人の人口は約91万人減る一方、外国人人口は約9.4%増えた。
この人口減少は一律に進むわけではない。世界では2024年時点で日本・中国・ドイツなど63の国・地域がすでにピークを越える一方、インドや米国など多くの国はこれからピークを迎えると予測される。同じ構造は国内にもあり、地方の過疎地域ではすでに高齢者人口そのものが減り始めた一方、大都市圏では高齢者の絶対数がこれからピークを迎える。地方は日本の、そして日本は世界の、未来を先取りする実験場でもある。
その医療への影響は需要と供給の双方から進む。需要面では、医療給付費が2018年度の約39兆円から2040年度には68〜70兆円規模へとほぼ倍増する見通しである[1]。供給面では、担い手の母集団である生産年齢人口が減り続け、2026年5月時点で7350万人台まで縮小した。もっとも、高齢者が需要を押し上げる局面は永遠には続かない。団塊の世代が世を去れば需要の絶対量はピークを越えるが、問題はその後である。総人口が縮小するなかでは、医療費のピークが過ぎても担い手と財源の細りは続き、当面の対症療法と人口減少社会を見据えた体制設計とを同時に進める必要がある。この構図は日本の特殊事情ではなく地球規模の趨勢であり、先に超高齢社会に入った日本の応答は後を追う国々の先行する解答となる。たとえそれが誤答であろうとも。
担い手の偏在とその対策
医療における担い手の問題は総量だけでなく配置の偏りも深刻である。人口10万人当たりの医師数は最多の徳島県(335.7人)と最少の埼玉県(180.2 人)とで2倍近い開きがある[2]。加えて近年、初期研修を終えた医師が保険診療を経ずに直接美容医療へ進むという、いわゆる「直美(ちょくび)」が注目される。年間約200人が進むとの試算もあり、美容外科医数は2004年から2022年で3.5倍超に増えた[3]。総数を増やすだけでは偏在は解決しない。これは、報酬や環境の差で医療人材が偏る問題、すなわち低・中所得国(LMIC)から高所得国への「頭脳流出」として、世界保健機関(WHO)が取り組んできた国際的難問の縮図を、国内に見るものともいえる。
膨張する社会保障費を抑える王道は、病気になりにくくし重症化を防ぐことにある。健診データ、レセプト、パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)を組み合わせれば、生活習慣病の重症化リスクを予測し対象を絞った予防介入を設計でき、重症化を早期に食い止められれば高コストの医療を回避できる。ただし予防が必ず医療費を削減するとは限らず、対象を絞り効果を検証しながら運用してはじめて意味を持つ。
予防だけでなく、地域医療の維持のためにも、AIを含むデジタル活用が期待されるが、その前提はデータ連携の基盤である。厚生労働省の医療DXは全国医療情報プラットフォーム等を通じてこの基盤を整えつつある。高齢化率約40%の新潟県・佐渡医療圏では、2013年から地域医療連携ネットワーク「さどひまわりネット」が稼働し、病院・診療所・薬局・介護事業所を患者の同意のもとで結んで限られた資源の効率を高めてきた。こうした減少先進地域の実践は、大都市圏が、さらにアジアの新興国がいずれ直面する課題を先取りするモデルでもある[4]。2025年12月成立の医療法等改正も、地域医療提供体制の再構築や医師偏在の是正、オンライン診療の推進を盛り込んだ[5]。AIによる画像診断・問診支援は、専門医が手薄な地域で一次的スクリーニングを補い、都市部の知見を地方へ届けうる。
近年とくに注目すべきは、AIが医師の「裏方」にとどまらず患者を直接診る段階に入りつつあることである。AI問診は患者の接点として普及し、生成AIは相談に直接応答しうる。専門医には及ばないものの、生成AIの診断精度が医師全体と統計的に有意差を示さなかったとのメタ解析も報告され、自律型AI診断機器の承認も世界的に積み重なる。この可能性は医師不足が深刻な低・中所得国でいっそう大きく、WHOも生成AIがユニバーサル・ヘルス・カバレッジに寄与しうると認めている。だがそれは同時に、診断や助言の責任を誰がどう負うのかという根本的な問いを突きつける。しかもAI導入のコストを負えず財政基盤の弱い地域が取り残されれば、AIはかえって新たな「デジタル格差」を生みかねない。
グローバルでのガバナンスの課題とAI主権
AIの活用に向けてはいくつかの論点がある。
診断や治療推奨を行うAIは医療機器プログラム(SaMD)として規律される領域に踏み込む。EUのAI法はこれらを「高リスク」に分類し厳格な義務を課すが、過剰な規制が中小事業者の負担となり開発を大組織へ集中させるとの指摘もあり、規制と振興のバランスが問われる。
次に、データとプライバシーである。要配慮個人情報の大規模利活用には、同意の実質性、二次利用の透明性、国境を越えるデータ移転の規律など多くの課題がある。そこで、出口規制を導入し同意なしでのデータ活用も進められつつあるが、医療AIも含めた全体的なシステムへの信頼がその前提として不可欠である[6]。
また、公平性とアルゴリズムの妥当性も課題である。AIは学習データの偏りを再生産するため、日本人のデータを中心に学習されたモデルが必ずしもアジア系とも限らない外国人住民に同等の精度を発揮する保証はない。「誰のデータで学習したAIが誰に適用されるのか」という問いは、国境を越えた南北の構図でより鋭く立ち現れる。AIもデータも容易に国境を越えるため、これらの制度設計は一国で完結しない。
人口課題とAIは国境を越えて結びついている。WHOは2021年以降、AIの倫理とガバナンスに関する指針の検討を進めており、低・中所得国のヘルスAIガバナンスを推進する国際枠組みも主導する[7][8]。WHOは南北格差に警鐘を鳴らしている。高所得国のデータで学習されたAIが環境の異なる低・中所得国で有害となりうること、規制の脆弱な国に未検証技術が持ち込まれる「倫理ダンピング」のリスクが指摘されており、AIがグローバル・サウスを新たな実験場として格差を拡大させかねない。見落としてはならないのは、この構図のなかで日本が必ずしも「AIを供給する先進国側」に立てていないことである。IMD世界デジタル競争力ランキングで、日本は2018年の22位から低下を続け2025年は69か国・地域中30位にとどまり、シンガポール・韓国・台湾・中国の後塵を拝している[9]。医療AIの基盤モデルの多くは英語圏で開発され、日本語の医療データは乏しい。西洋的前提のAIは非西洋社会の患者に必ずしも適合しないことから、文化的に調整され「脱植民地化」されたものとして設計されるべきである[10]。日本はむしろ、西洋発モデルを自国に適合させるという、グローバル・サウスと共通する課題を抱える側に立っているのである。
こうした危機感を背景に、日本でも基盤モデルの自国開発が本格化している。経済産業省が2024年に立ち上げた「GENIAC」は国産生成AIの開発力を底上げする国家プロジェクトであり、デジタル庁も行政用に国内開発LLMの試験導入を打ち出した。この潮流を国家戦略に体系化したのが、自由民主党が2026年に取りまとめた「AIホワイトペーパー2.0」である。その柱の一つが「ソブリンAI」(自国のデータ・計算資源・言語モデルの国産保有)から「AI主権」への転換であり、後者は全面的な自前主義ではなく、同志国との分業を前提に中核領域で自律性を高め、世界のAI供給網における不可欠性を確立することを意味する[11]。これは医療分野でとりわけ重要である。生命に直結する要配慮個人情報を扱うAIの基盤を他国に依存すれば、データ流出や供給途絶のリスクにさらされるだけでなく、基盤への捜査が国民の健康医療に影響を及ぼしうる。もっとも、向かうべきは孤立した国産化ではなく、西洋的でも画一的でもないAIのあり方を模索し、多様性を尊重したガバナンスのモデルを世界に示すことであり、それは同じ課題に直面するアジアやグローバル・サウスの参照点ともなりうる。
結びに代えて
世界人口デーは、世界の人口課題を考える日であり、日本の人口減少を見つめ直す契機でもある。日本の減少先進地域はすでに大都市圏の、そして世界の未来を先取りしており、佐渡のような地域が築いたデータ連携の知恵は、高齢化が進むアジア諸国の医療を考える先行事例ともなる。
高齢者過多の山を越えても、担い手と財源の細りは続く。その下り坂を支える手段としてAIは有力でありうるが、予防の費用対効果、地域間のデジタル格差、患者を直接診るAIの責任、そして西洋発のAIをいかに自国に適合させるかという課題に向き合わなければ、その可能性は開花しない。人口減少で世界の先頭を走る一方、AIをめぐっては供給する側に立てていないという二重の立場にあるからこそ、日本は「AI主権」を地に足のついた形で確保しつつ、過大な期待でも過度の悲観でもなく、ガバナンス、データ、公平性という条件整備を積み上げ世界に示していくことが望まれる。それが、持続可能で信頼される医療を次の世代へ、そして同じ課題に向き合う世界(特にLMIC)へ手渡すための、最も確実な道筋である。
注
[1] 内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」2018年。
「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」等について|厚生労働省
[2] 厚生労働省「令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」。
令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況|厚生労働省
[3] 「なぜ若手医師たちは『直美』のキャリアに走るのか」東洋経済オンライン、2024年11月28日。なぜ若手医師たちは「直美」のキャリアに走るのか 初期研修を終え、美容医療業界に進むケースが増加 | ライフ | 東洋経済オンライン
厚生労働省「美容医療の適切な実施に関する検討会」報告書案(2024年)も参照。
美容医療の適切な実施に関する検討会 報告書|厚生労働省
[4] 藤田卓仙「地域に根ざした医療DXの実装に向けた人材開発に関する政策提言」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4755
[5] 「医療法等の一部を改正する法律」(令和7年法律第87号、2025年12月公布)。藤田卓仙「医療DXに向けた医療法等の一部改正」東京財団、2026年も参照。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4890
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4896
[6] 藤田卓仙「個人情報保護法改正と国際的ガバナンスの進展 ―AI時代の医療データ利活用と同意規制の見直し」 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4666
[7] World Health Organization. Ethics and Governance of Artificial Intelligence for Health: WHO Guidance. 2021 Ethics and governance of artificial intelligence for health。同 Guidance on Large Multi-Modal Models. 2024 Ethics and governance of artificial intelligence for health: Guidance on large multi-modal models
[8] Global Initiative on AI for Health (GI-AI4H)(PMC12019307)。
Global Initiative on AI for Health
[9] IMD World Competitiveness Center. World Digital Competitiveness Ranking 2025.
World Digital Competitiveness Ranking 2025 - IMD business school for management and leadership courses
[10] Jecker NS, Ozeki-Hayashi R, Nakazawa E, Fujita T. Designing Chatbots and Social Robots for Mental Health to be Culturally Competent and People-Centered. Philosophy & Technology. 2026;39(2):80. https://doi.org/10.1007/s13347-026-01073-w
[11] 自由民主党 デジタル社会推進本部 AI・web3小委員会「AIホワイトペーパー2.0――AI駆動型国家への構造転換」2026年。
「AIを使う国」から「AIで動く国」へ。AIホワイトペーパー2.0が描く日本の構造転換|衆議院議員 塩崎彰久(あきひさ)