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【論考】インフレ時代の財政運営はどうあるべきか -国債残高(対GDP)の安定的引き下げの条件は何か-
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【論考】インフレ時代の財政運営はどうあるべきか -国債残高(対GDP)の安定的引き下げの条件は何か-

June 15, 2026

新たな財政再建目標と目指すべきもの
財政赤字の許容水準
「新規国債発行枠35兆円」シナリオの簡易試算
リスクシナリオと課題

令和8年度(2026年度)の国の一般会計当初予算では、国の基礎的財政収支(プライマリー・バランス、以下PB)が1998年度以来28年ぶりに1.3兆円の黒字となる見通しであった。国のPBが黒字化すれば、1990年以降の我が国の財政において象徴的な転換点となるはずであったが、202665日に参院本会議で可決・成立した今年度補正予算(一般会計総額約3.1兆円)により、PBは一転して1.7兆円の赤字となる見込みである。

従来であれば、PB黒字化目標の未達は財政規律の弛緩として強い批判を浴びてもおかしくないが、今回、片山さつき財務相が「補正予算を行う以上は変動が出ることは想定されており、驚きはない」と明言したとおり、政府内にも動揺は見られない。これは、高市早苗政権が財政再建の目標のコアを単年度のPB(フロー)から「国債残高対GDP比の安定的引き下げ(ストック)」へと明確に転換し、PBを複数年で管理していく方針を固めていることにも関係する。

 一方、足元では、1ドル160円前後まで進行した円安と、それに伴うインフレに直面している。実質政策金利がマイナス圏にとどまる中での財政出動は、マクロ経済に複雑な影響を及ぼす可能性もある。本論考では、高市政権の「責任ある積極財政」の政策的含意を考察し、ストック指標を軸とした新たな財政健全化目標の妥当性と、その成功に必要な条件について簡単に論じたい。

 新たな財政再建目標と目指すべきもの

政府が2000年代から追求してきたPB黒字化は、その年度の政策経費を税収等で賄うという点で、歳出抑制の一定の規範となってきた。しかし、中東情勢への対応(2.5兆円の予備費計上)や防衛力・成長分野への複数年度にわたる投資が求められる現在、単年度の収支均衡に縛られることは、国家の危機対応能力や長期的な成長戦略を阻害するという意見もある。

さらに、PBには過去の債務に対する「利払い費」が含まれていないため、長期金利(国債の利回り)上昇局面においては、PBが黒字であっても利払い費の膨張によって国債残高全体が発散するリスクを排除できないという問題もある。PBに利払い費分を考慮したものが「財政収支」であり、IMF(国際通貨基金)等の国際機関が財政の持続可能性を測る重要指標として一貫して「国債残高(対GDP)」や、その変化に相当する「財政赤字(対GDP)」を用いるのもこのためである。

「国債残高(対GDP)」、すなわち経済のパイ(分母)に対する債務(分子)の割合を持続的に低下させていくことこそが、真の財政再建のゴールである。

しかし、現在の日本においてこの比率を議論する際、足元の為替・金利環境を無視することはできない。1ドル160円前後の円安は輸入物価を押し上げ、国内インフレを誘発している。通常であれば日本銀行(以下、日銀)はより踏み込んだ利上げ(名目政策金利の引き上げ)を実施すべき局面だが、実質政策金利がマイナス圏にとどまっている。仮に利上げを行っても小幅にとどまり、実質政策金利をプラスにすることは容易でない。

その背景には、巨額の国債残高の存在がある。日銀が表立っては語りにくいものの、大幅な利上げが国債の利払い費を急増させ財政を圧迫するという「財政支配(Fiscal Dominance)」的な懸念が、金融政策の正常化を慎重にさせている側面も否めない。

同時に、「名目政策金利がインフレ率を下回る」という状況は、政府に実質的な債務の目減り(インフレによる債務圧縮効果)をもたらす一方で、国民には購買力の低下という「インフレ税」を課している。したがって、ストック重視の新たな財政枠組みは、こうした副作用を制御できる規律あるものでなければならない。

 財政赤字の許容水準

国債残高(対GDP)を制御するメカニズムの理論的支柱となるのが「ドーマーの命題」である。これは、「名目経済成長率が正(プラス)であり、かつ財政赤字(対GDP)が一定であれば、国債残高(対GDP)は発散せずに一定値に収束する」という命題である。

ここで重要なのは、長期金利(国債利回り)の水準そのものではなく、「財政赤字の規模」と「名目GDP成長率」の関係である。現在の国債残高の対GDP比を約180%、名目GDP670兆円と想定すると、国の国債残高は約1200兆円となる。高市政権が目標とする「名目GDP成長率3%」が安定的に実現した場合、国債残高対GDP比(約180%)を悪化させずに維持するために理論上許容される国債残高の増加額(=財政赤字の幅)は、「現在の国債残高×名目GDP成長率」、すなわち「約1200兆円×3%=36兆円」となる。

経済のパイ(分母=名目GDP)が毎年3%ずつ拡大していくなら、分子である国債残高が年間36兆円までであれば、それが増加したとしても国債残高(対GDP)は維持されるという意味である。

今回の補正予算成立により、令和8年度の財政赤字は当初予算の約11兆円から約14兆円(補正予算後)に拡大したが、理論上の許容額である36兆円との間には、依然として22兆円の「財政的スペース」が存在することも事実だ。

物価高や実質GDP成長で名目GDP(分母)が伸びれば、一定の財政赤字が存在しても、国債残高(対GDP)は低下する。これが、「財政再建の目標として、PB黒字化の目標は重要だが、景気循環もあるので、単年度のPB赤字を過度に問題視することが必ずしも常に妥当とは限らない」経済学的な根拠となる。

「新規国債発行枠35兆円」シナリオの簡易試算

この財政的スペースの存在を踏まえ、責任ある積極財政の具体的な一案として、新規国債発行額を年間35兆円程度に設定した場合の「国債残高(対GDP)」の試算を行ってみよう。

国の予算制度には「60年償還ルール」に従い、債務償還費(現在約18兆円)が計上されている。仮に毎年度35兆円の新規国債を発行しても、同時に18兆円の既存債務(国債)が償還されるため、実際の財政赤字(国債残高の増加額)は「35兆円-18兆円=17兆円」となる。

この条件(国債残高の増加額17兆円、名目GDP成長率3%)で今後10年間の簡易試算を行うと、以下のようになる。

10年後の名目GDP670兆円×1.0310乗)=約900兆円
10年後の国債残高:約1200兆円+17兆円×10年=約1370兆円

10年後の国債残高(1370兆円)を名目GDP900兆円)で割ると、国債残高(対GDP)は約152%となる。現在の約180%と比較して、10年間で約28%ポイントもの大幅な比率低下(財政再建)が達成される計算となる。

毎年度35兆円という新規国債発行を行っても、インフレ下で名目GDP成長率が伴えば、国債残高(対GDP)は安定的に低下し得るのである。

リスクシナリオと課題

ただし、この財政運営の戦略が成功を収めるためには、いくつかの厳格な条件を満たす必要がある。

1に、名目GDP成長率の妥当性と「質」である。以下の図表が示すように、仮に名目GDP成長率が2%にとどまった場合でも、毎年度35兆円の新規国債を発行し続けた際の10年後の国債残高(対GDP)は約167%となり、現在の約180%から確実に低下する。すなわち「新規国債発行枠35兆円」というシナリオは、成長率が下振れした保守的な前提においても国債残高(対GDP)を悪化させない妥当な水準と言える。

図表:新規国債発行額と10年後の国債残高(対GDP比)

新規国債発行額 名目GDP成長率 10年後の名目GDP 10年後の国債残高 10年後の国債残高(対GDP比)
35兆円 3% 900兆円 1370兆円 152.2
35兆円 2% 817兆円 1370兆円 167.7
30兆円 3% 900兆円 1320兆円 146.6
30兆円 2% 817兆円 1320兆円 161.6

出所:「筆者試算」

しかし、より重要なのはその成長の「質」である。これが円安と輸入物価高に伴う「インフレのみによる名目成長」であれば、実質GDPは伸びず、物価高に賃上げが追い付かない場合、国民の実質的な生活水準は低下する。スタグフレーション(物価高と景気悪化が同時に進行)的な状況下での分母拡大は、真の意味で健全な財政再建とは言えない。

2に、金利上昇による財政赤字の拡大リスクである。積極財政が市場の信認を損ね、日銀が急激な利上げを余儀なくされた場合、長期金利(国債の利回り)上昇により「利払い費」が大幅に増加する可能性がある。ドーマーの命題が示す通り、国債残高(対GDP)の収束を左右するのは金利水準そのものではなく「財政赤字」の規模であるため、利払い費の膨張で財政赤字の幅が許容水準を超えて拡大すれば、国債残高(対GDP)は一転して増加に転じてしまう。

3に、「純債務(Net Debt)」の取り扱いである。総債務から年金積立金や外為特会(外国為替資金特別会計)の資産などを差し引いた純債務で財政状態を評価する意見もあるが、国民の資産である年金積立金を国の資産とみなして総債務から差し引くのは適切ではない。市場が注視しているのは、国債の「グロス(総額)の市場発行額」と、その支出の質である。

したがって、毎年度35兆円の新規国債発行(=17兆円の財政赤字+18兆円の債務償還費)で得られる財政的スペースは、一時的な消費喚起策ではなく、人的資本への投資、国内サプライチェーンの強靭化、防衛力の抜本的強化、先端科学技術開発など、将来の「潜在成長率(実質GDP成長率)」を直接的に押し上げる「ワイズ・スペンディング(賢明な支出)」に厳格に限定されなければならない。

いずれにせよ、財政運営のあり方を巡る政治的意見は様々だが、「責任ある積極財政」を成功に導くには、「国債残高(対GDP)の安定的引き下げ」を新たな財政アンカーとし、新規国債発行の枠(例:35兆円)を設けつつ、供給力を高める投資によってインフレ圧力を吸収していく戦略が求められる。これこそが、市場の信認維持と持続的な経済成長、財政の持続可能性を三位一体で両立させる、現実的かつ妥当性の高い政策アプローチである。

 

 

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