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【特集】「骨太の方針」閣議決定を受けて―「日本成長戦略」とあわせて読み解く今後の医療政策―
July 29, 2026
2026年7月21日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針2026)を閣議決定しました。高市内閣として初となる本方針は、私たちの社会をどのように導こうとしているのでしょうか。本連載では、政策の方向性や課題、実効性について多面的な視点から検討し、今後の社会の在り方を考えます。
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「骨太の方針」だけでは見えにくい政策の全体像 |
「骨太の方針」だけでは見えにくい政策の全体像
2026年7月21日、「経済財政運営と改革の基本方針2026」(以下、「骨太の方針」)と「日本成長戦略」(以下、「成長戦略」)が閣議決定された。今回の医療政策を理解するうえで重要なのは、「骨太の方針」だけで理解しようとしないことである。
今回の「骨太の方針」は、例年と比べて個別施策の記載がやや簡素である。これは「骨太の方針」では政策の方向性と重点を示し、個別施策は官民投資ロードマップや関連する政策パッケージで具体化するという役割分担が明確になったためである。「骨太の方針」自身も、個別施策は「成長戦略」等で具体化するとしている。数値目標、投資対象、実施時期まで把握するには、両文書を一体として読む必要がある。
両文書から、医療政策としては、①給付・負担・提供体制の改革、②健康医療安全保障と成長を支える投資、③予防、パーソナルヘルスレコード(PHR)、AI、データ活用による構造転換、という3つのポイントが見える。「骨太の方針」の総論にも、医療・介護提供体制、デジタルトランスフォーメーション(DX)、AI・ロボティクス、「攻めの予防医療」が並べて掲げられた。
医療提供体制―支援と改革を同時に進める
「骨太の方針」は、現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げることを目指し、2026年度中に社会保障改革の具体的制度設計と工程を明確化する。医療・介護等では、DXとAIトランスフォーメーション(AX)、多職種連携を含むチーム医療による生産性向上、職員配置の柔軟化、経営情報の見える化を求める一方、物価・賃金の変動を公定価格に反映し、経営安定と処遇改善を図る。経済・物価の動向が2026年度診療報酬改定時の見通しから大きく変動し、医療機関等の経営状況に支障が生じた場合には、2027年度予算編成過程で診療報酬上の加減算を含む更なる調整を行うとしている。
提供体制では、病床数の適正化、医療機関の連携・再編・集約化、新たな地域医療構想と地域包括ケアの深化を掲げる。小児・周産期、救急、精神医療、訪問看護、中山間・人口減少地域への対応、医師の地域・診療科偏在の是正、2028年度以降の医学部定員削減、歯科・看護・介護人材の確保も盛り込まれた。
「成長戦略」では、医療・介護・障害福祉を建設等と並ぶ社会インフラ関連分野と位置付け、人材育成、リ・スキリング、テクノロジー導入、省力化、持続的賃上げを進める。医療分野では改正総確法(地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律)に基づく地域医療介護総合確保基金による業務効率化支援と国・都道府県による伴走支援、介護分野では複数年度にわたる介護テクノロジーの導入支援が挙げられている。生産性向上は単なる人員削減ではなく、サービスの質、現場負担の軽減、職場環境の改善と結び付けて評価すべきである。
給付と負担では、70歳以上の窓口負担を、必要な受診への配慮を前提に、年齢によらない応能負担へ見直し、2026年末までに改革工程表を策定する。介護保険の2割負担の判断基準の見直しは2026年度中に結論を得る。OTC類似薬、医療・介護保険における金融所得・資産の扱い、バイオ後続品の普及環境の整備状況を踏まえた先行バイオ医薬品の保険給付の在り方、長期処方・リフィル処方箋、地域フォーミュラリ、スイッチOTC化等も検討対象である[1]。
政策の中心に入った「攻めの予防医療」
今回、とりわけ注目すべきは「攻めの予防医療」である。この語は「骨太の方針」の総論に入り、独立した項目としても展開された[2]。
対象は、肥満症を含む疾病予防、早期発見・早期介入、健康リテラシー、予防接種、がん検診・精密検査、生活習慣病、国民皆歯科健診、認知症、リハビリテーション等である。さらに、女性の健康、更年期医療、プレコンセプションケア(妊娠前から女性やカップルの心身の健康管理を支援する取り組み)、睡眠対策を含む健康経営、企業と保険者のコラボヘルス、ヘルスケア産業育成まで含まれる。
ただし、「攻めの予防医療」を、医療費抑制のために行動変容の責任を個人へ転嫁する自己責任論に矮小化してはならない。予防、診断、治療、リハビリ、生活支援を連続させ、健康を損なう環境や制度に介入する政策として設計しなければ、かえって健康格差を拡大させるおそれがある。
PHRと医療データの一次・二次利用
攻めの予防医療の中核の一つがPHRである。「骨太の方針」は、PHRの利活用と情報連携の推進を明記し、電子カルテ、電子処方箋、医薬品データベース、公費負担医療、予防接種、母子保健等を含む医療・介護情報について、二次利用を含む利活用基盤を構築するとしている。
「成長戦略」は、ライフログデータを活用するヘルスケアサービスを投資対象とし、企業・保険者による健康投資額を2025年の約1兆円から2040年までに約2倍へ拡大する目標を掲げる。睡眠、女性の健康、がん検診・歯科健診等のデータ利用基盤や、サービス効果のエビデンス構築も対象である。
さらに「骨太の方針」は、規制・制度改革として、「AIやドローンなどの新たな技術の社会実装、医療等データの一次利用及び二次利用の一体的制度設計、ローカルルールの見直しなどを推進する」と記載している。これは、昨年来の内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」や「規制改革推進会議健康・医療・介護ワーキンググループ」で議論されてきた「日本版EHDS(欧州保健データスペース)」の実現に向けた法整備を念頭に置いた記載と読めるが、文言自体は「制度設計」にとどまっており、新規立法に向けては若干及び腰のようにも見える。
ローカルルールの見直しは重要である。法令上は可能なデータ共有や技術導入が、自治体、医療機関、倫理審査委員会等ごとの独自解釈で阻まれる問題がある。ただし、地域ごとのルールを一律に廃止するのではなく、必要な安全管理と合理的根拠を欠く過剰規制とを区別し、標準的な判断基準、責任分担、相談・審査手続を整えるべきである。
PHRについても、本人にデータを提示すれば健康になるわけではない。相互運用性、本人の意思の反映、目的外利用の防止、デジタル格差への配慮、サービス効果の検証が不可欠である。
AI・医療DXとサイバーセキュリティ
AIの位置付けは、業務効率化にとどまらない。「成長戦略」は、AXを全産業の加速装置とし、医療等の「現場データ」を日本の競争力の源泉と捉える。
創薬研究の高度化、AI・ロボティクスを用いる診断・治療機器等が推進対象となるが、その価値は導入件数ではなく、患者安全、医療の質、医療者の負担、アクセス改善という成果で評価する必要がある。
AIやドローンの社会実装も医療と無関係ではない。ドローンは、離島・中山間地域や災害時における医薬品、血液製剤、検体、医療資材等の輸送に応用し得る。AIについては、「成長戦略」が領域特化型のバーティカルAI(特定の産業・業務分野に特化して開発・活用されるAI。汎用AIと対比される概念)の重点領域に公共性の観点から医療・介護・福祉を選定し、AIロボティクスの導入対象18分野にも医療・介護を挙げており、診療支援にとどまらず、救急搬送、病床管理、地域の医療需要予測、医療資源配分等への広がりが想定されている。もっとも、安全性、責任主体、事故時の補償、データ品質、アルゴリズムの検証を、社会実装と並行して設計しなければならない。
医療DXについて、「成長戦略」は、医療機関の情報システムをオンプレミス型(院内に設置したサーバでシステムを管理・運用する方式)からクラウドネイティブ型へ刷新するとし、2028年度までに電子カルテ未導入の200床以上の病院(療養病床等が中心の病院を除く)における電子カルテ普及率100%、2030年までに全体で約100%、地域の拠点病院のサイバーセキュリティ対策100%を目指す。全国医療情報プラットフォームの拡充、ゲノムを含むデータ連携基盤、機微なデータを安全に扱う解析環境(信頼研究環境:TRE)も整備する。
一方、データ利用の拡大と同時に、データ保護や安全保障的観点からの防護も政策の中心に置かなければならない。「骨太の方針」は、「安全保障上重要な個人機微データの防護に関する法案の早期提出を目指す」とし、データセンター・クラウドの安全性、重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ、ソフトウェアの脆弱性への対応強化を掲げる。
「骨太の方針」の本文からは、今後提出される法案の具体的な対象範囲までは明らかでない。しかし、医療情報、ゲノム情報、ライフログ等は機微性が高く、大規模に集積された場合には社会基盤や安全保障とも関係する。個人情報保護法、医療情報法制、研究利用制度、クラウド政策との整合性を注視する必要がある。
サイバーセキュリティも、医療DXの一環で充実させる必要がある。「骨太の方針」は、医療情報化推進方針、情報システム刷新、特定機能病院等への緊急対応、電子カルテ・電子処方箋、データ連携を一体として進める。
「成長戦略」では、改正経済安全保障推進法により医療分野が基幹インフラ制度の対象に加わったことを踏まえ、対象事業者となる病院の点検基準を策定し、2027年度から点検を開始する予定である。特定機能病院等については、外部接続点の点検を含む緊急的な対応とサイバー人材の育成・養成を2026年度から始め、他の医療機関にも段階的に広げる。
医療機関への攻撃は、情報漏えいだけでなく、診療停止、手術延期、救急受入れ停止につながる。相互運用性、プライバシー、事業継続、復旧可能性までを制度・システムの設計段階から組み込む必要がある。データの利活用と防護は対立するものではなく、信頼できる利用基盤を成立させる両輪である。
創薬・先端医療を安全保障と成長の両面から支える
創薬・先端医療は17の戦略分野の一つであり、医薬品産業は成長・基幹産業と位置付けられた。「骨太の方針」は、医薬品の安定供給と国産化、後発医薬品・バイオ後続品、全ゲノム解析、iPS細胞、再生・細胞医療、遺伝子治療、希少疾病、感染症対応、AIを用いた創薬・医療機器開発・診断、国際共同治験の倍増を掲げる。薬価については、市場実勢価格を的確に把握した上で2027年度薬価改定を実施することとし、その際に費用対効果評価制度の見直しや革新的新薬のイノベーション評価の在り方を検討する。
「成長戦略」は、「世界直行型」の開発(医薬品開発に際して国内での承認・上市を経ずに、開発当初から世界市場への同時展開を目指すこと)、スタートアップ支援、データ・AI活用を示す。バイオ医薬品・再生医療等製品では、2040年に日本企業の世界シェア10%、売上33.4兆円を目標とする。感染症対応では免疫グロブリンの国内自給率100%や次なる感染症危機での全国民分(約1.2億人分)のワクチン等の確保を掲げ、医療機器では、世界市場約80兆円に対し我が国が0.7兆円の輸入超過にあるという現状を踏まえ、2040年に世界で28兆円の市場獲得を目指す。他方、ファーストインクラス(全く新しい作用で世界で初めて承認されるもの)・ベストインクラス(同じ作用の製品の中で有用性が最も優れるもの)製品の目標は「特許品の世界の成長に比肩する成長」という相対的な設定にとどまる。
ただし、産業売上の増加がそのまま患者利益になるわけではない。患者アクセス、保険財政、実臨床での有効性・安全性を含め、産業成果と健康成果の双方を検証すべきである。
二つの文書が示す今後の政策
今後の医療政策では、物価・賃金に対応して提供体制を支える一方、給付と負担を見直し、再編と生産性向上を求めると同時に、予防、PHR、AI、創薬・医療機器を危機管理投資・成長投資へ転換することが重要である。
誰が、何のために、どの条件でデータを利用できるのかを定め、漏えい、改ざん、システム停止、不適切利用に備える制度と技術を同時に整備しなければならない。
投資額や導入率だけでなく、健康アウトカム、医療アクセス、公平性、現場負担、情報保護、サイバーレジリエンスを共通の指標で検証することも重要である。「骨太の方針」を入口とし、「成長戦略」の工程、KPI、データ・安全保障政策まで横断的に読むことによって、今後の医療政策の実像が見えてくる。
[1] 骨太の方針29頁。リフィル処方箋とは症状が安定している患者が、医師の判断のもと一定期間内で複数回繰り返し薬を受け取れる処方箋のこと。地域フォーミュラリとは、「地域の医師、薬剤師などの医療従事者とその関係団体の協働により、有効性、安全性に加えて、経済性なども含めて総合的な観点から最適であると判断された医薬品が収載されている地域における医薬品集及びその使用方針」のこと。スイッチOTC化とは、医薬品を医療用から転用すること。
[2] 「攻めの予防医療」の詳細に関しては、2026年7月23日に「U.E.N.O.Plan~攻めの予防医療厚生労働省関係施策~」が厚生労働省から示されている。