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【論考】対談(梅田一郎×小黒一正)「薬価を切れば医療は守れる」はもう限界だ 医療費と薬剤費に「名目GDP」という基軸を――革新的新薬へ資金を回す新ルール
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【論考】対談(梅田一郎×小黒一正)「薬価を切れば医療は守れる」はもう限界だ 医療費と薬剤費に「名目GDP」という基軸を――革新的新薬へ資金を回す新ルール

August 19, 2026

20267月、自民党と日本維新の会が社会保障改革の骨子をまとめた。焦点となったのは、医療給付費の対GDP比と、現役世代の社会保険料負担である。
維新は医療給付費の伸びを中長期的な名目GDP成長率に沿って制御する仕組みの導入を求めたが、最終的な骨子は、医療給付費の対GDP比や雇用者報酬の伸びを「参照する」との表現にとどまった。医療費の伸び率を中長期的な名目GDP成長率と概ね連動させる制度には踏み込まなかった。
しかし、日本の医療現場は、インフレに加え、名目GDPや物価の伸びに追いつかない医療費の伸びによって、厳しい経営環境に置かれている。
日本は医療費をどのようなルールで伸ばすべきなのか。薬剤費全体をどう管理し、そのなかで革新的新薬に資金を配分していくのか。
ファイザー元社長で、新時代戦略研究所(INES)理事長の梅田一郎氏と、「医療費成長率調整メカニズム」を提唱する東京財団上席フェローであり、法政大学教授の小黒一正氏が議論した。

プロフィール

梅田一郎

新時代戦略研究所(INES)理事長。大分県出身。岡山大学法文学部法学科卒業、慶應義塾大学MBA取得、東京大学公共政策大学院修了。1980年、MRとして台糖ファイザー株式会社(現ファイザー株式会社)に入社、200912月から代表取締役社長を務めた。2018年、一般社団法人新時代戦略研究所(INES)を設立。薬剤費全体の伸びを中長期的な名目GDP成長率に沿って管理しながら、長期収載品などから革新的新薬への資源配分を促す仕組みを提言している。

小黒一正

法政大学経済学部教授。人口動態と財政・社会保障、世代間問題を専門とし、財務省や財務総合政策研究所主任研究官など、政府での実務経験も持つ。近年は、中長期的な名目GDP成長率と医療費の伸びを連動させる「医療費成長率調整メカニズム」(医療版マクロ経済スライド)を提唱している。新時代戦略研究所(INES)理事も務める。

10年で約1兆円しか伸びなかった医薬品市場

小黒一正 国内医薬品市場は、2015年の約10.1兆円から、2024年でも約11.3兆円です。10年近くで約1兆円強しか伸びていません。年率では1%前後か、それを下回る水準です。一方、日本経済はデフレからインフレ経済へ転換し、名目GDP3%前後で伸びています。製薬企業の経営に長く携わった立場から、現状をどう見ていますか。

梅田一郎 過去10年だけでなく、30年で見る必要があります。日本経済そのものがほとんど伸びなかった。私はファイザーの社長を務めましたが、私のバックグラウンドは、あくまで「薬屋」です。その立場から見れば、医薬品は国の財政や社会保障制度から切り離せません。公的医療保険に支えられた市場ですから、国や保険者の財政が厳しくなれば、その影響を直接受けます。

ただし、市場の中身は分けて見るべきです。特許期間中の新薬、特許が切れた長期収載品、ジェネリックの三つです。長期収載品はジェネリックに置き換わり、ジェネリック市場は伸びてきた。方向性としては正しいのですが、日本はその入れ替えが遅い。

諸外国では、長期収載品を早く縮小し、そこで生まれた財政的な余地を革新的新薬へ振り向けます。市場全体が大きく伸びなくても、中身を入れ替えることでイノベーションに資金を回せる。日本では、長期収載品がなかなか縮小せず、その一方で特許期間中の新薬市場も十分に伸びない。長期収載品からジェネリック、さらに革新的新薬へという資源移動が遅いことが、停滞の大きな要因です。

小黒 新薬の価格Pを維持しても、患者数や適応拡大で数量Qが増えれば薬剤費は膨らみます。

(編集部注:概念的には、薬剤費は薬価「P」と使用量「Q」を掛け合わせたもので、P×Q=薬剤費となる)

薬剤費全体の枠がなければ、厚生労働省や財務省は市場拡大再算定などで個別の新薬価格を切らざるを得ない。新薬を守るには、薬剤費全体をどう管理するかも同時に問われます。

梅田 ただし、医療費を必ず経済成長率以下に抑えるべきだとは思いません。国民が医療をほかの公共サービス以上に重視するなら、医療費が経済成長率を上回る選択もあり得る。その場合は、ほかの支出や税、保険料を含めて議論すればよい。ただ、大きな議論を始めるための無理のない出発点として、医療費や薬剤費を名目GDPの成長に沿って伸ばす考え方は有効です。

名目GDPを「基軸」にする

小黒 現在は、診療報酬や薬価の改定ごとに、提供側が「もっと上げてほしい」と求め、支払い側が「財源がない」と抑える攻防を繰り返しています。これをルール型へ変えるのが「医療費成長率調整メカニズム」です。医療給付費の伸びを、中長期的な名目GDP成長率に沿って調整します。

現在の仕組みでは、医療機関も製薬企業も、翌年度の収入が予算折衝や改定交渉でどう決まるかを待つしかありません。財政当局にとっても、毎年、どこまで認めるかを個別に判断し続けることになります。中長期的なルールがあれば、提供側には将来の見通しが生まれ、支払い側には経済を大きく上回る膨張を防ぐ規律が生まれます。

名目GDPには実質成長だけでなく、GDPデフレーターによる物価上昇も含まれます。連動させれば、人件費、医療機器、光熱費、建設費、研究開発費などの上昇を自動的に取り込めます。税収や保険料収入も中長期的には名目GDPに沿って伸びるため、給付と負担の整合性も確保しやすくなります。

ここでは、社会保険料の「額」と「率」を分けて考える必要があります。賃金が伸びれば、保険料率を引き上げなくても、労使が支払う保険料の総額は増えます。医療費を名目GDPや賃金の伸びに沿って管理することは、必要な医療費を確保しながら、現役世代の保険料率を安定させることにもつながります。

梅田 私が理事長を務めるINESでは、同様に薬剤費の「成長率調整メカニズム」を提唱しています。

医薬品のイノベーションには継続的な投資が必要です。市場がインフレ分を含んで拡大し、企業が得た利益を次の研究開発へ回す循環が欠かせません。

ただし、名目GDPを絶対に超えてはいけない天井にしてはならない。国民が医療を重視するなら、一時的に上回ることがあってもよい。名目GDPはあくまで「基軸」です。

災害や感染症で医療需要が急増したときまで、機械的に上限を当てはめるべきではありません。通常時の基軸を示し、例外的な支出は政治が説明して決める。その方が予算の透明性も高まります。

「医療費削減装置」ではない

小黒 医療費成長率調整メカニズムは、「医療版マクロ経済スライド」とも呼ばれます。ただ、年金制度で用いられてきた「マクロ経済スライド」という言葉には、給付を削減する仕組みという印象があるかもしれません。しかし、そこには大きな誤解があります。

この仕組みは、医療費を一方的に削るものではなく、中長期的な名目GDP3%伸びるなら、医療給付費にもその程度の伸びを認めるというものです。逆に、医療給付費が経済を大きく上回る伸びが続くようであれば、診療報酬の伸び等を調整し、無理な支出を抑える形に働きます。

医療の持続可能性が損なわれないように調整する仕組みなのです。

2024年度、25年度のように、名目GDP3%前後伸びる局面で、医療費の伸びが1%程度にとどまれば、医療給付費の対GDP比は低下します。

つまり、「見えない抑制」が働いているのです。

これが続けば、病院はコスト上昇を吸収できず、設備投資や賃上げを削らざるを得ません。

マクロ経済スライドは、経済成長分までは医療も伸ばすという、現在より透明な仕組みです。

自民・維新の「社会保障改革項目に関する具体的な骨子」(令和877日)が話題になっていますが、今後の駆け引きもあり、医療給付費(対GDP比)の目指すべき姿が明らかになっていません。医療給付費を中長期的な名目GDP成長率に沿って伸ばす限りでは、医療給付費(対GDP比)がおおむね安定することは明らかであり、まず目指すべきは、現役世代の負担率を大きく上げずに、そのような形で医療費を安定的に伸ばすことではないでしょうか。

梅田 名目GDPを軸にすれば、国民、医療機関、保険者のいずれにも分かりやすい。「経済がこの程度伸びるので、医療費も基本的にはこの範囲で伸びる」と示し、特別な事情があれば政治が判断すればよいと思います。

薬剤費の総額管理とイノベーションを両立する

梅田 医療費全体にルールを入れた場合、薬剤費はどう位置づけられますか。

小黒 薬剤費は医療費全体の2122%程度を占めます。医療費全体を名目GDPに沿って管理できれば、その一部である薬剤費にも一定の安定性が生まれます。

ただし、医薬品には、ある年に画期的新薬が集中するという特有の波があります。そこで、医療費全体のマクロルールに加え、薬剤費内部の資源配分が必要です。

INESの提案は、薬剤費全体に中長期的な名目GDP成長率に沿った枠を設け、そのなかで革新的新薬へ重点配分し、長期収載品など成熟製品を中心に調整するというものです。総額を財政と整合させつつ、市場拡大再算定等で、成功した新薬の価格をアドホックに引き下げる制度から転換します。

ただし、特許期間中の新薬を一律に保護するという意味ではありません。特許があるかどうかだけでなく、既存の治療方法をどこまで変えたのか、患者の生命や生活の質をどれだけ改善したのか、既存薬にはない価値を持つのかという観点から、「本当に革新的な医薬品」を定義する必要があります。限られた財源を、そうした薬へ重点的に配分するという考え方でもあります。

梅田 製薬業界も「良い薬を開発したのだから、経済や財政と無関係に市場を伸ばしてほしい」と言うだけでは通りません。医薬品市場は税と保険料で支えられる公的市場です。経済全体や政府財政と無関係ではいられない。その折り合いをつけるため、薬剤費全体に基軸を置く必要があります。

ただ、医薬品のイノベーションには波があります。画期的新薬が集中する年もあれば、何年も大きな新薬が出ないこともある。

例えば、C型肝炎の特効薬によって亡くなる人が大きく減るなら、その年に薬剤費が大きく伸びてもよい。薬剤費の増加だけでなく、将来の肝硬変や肝がんの治療費が減り、患者が生活を取り戻す価値まで見る必要があります。単年度で機械的に合わせるのではなく、5年、7年といった複数年度で調整するべきです。

小黒 そうですね。それ以外の方法としては、毎年度の伸びの一部を積み立て、画期的新薬が集中した年に使う方法もあります。仮に成長率の基準が3%なら、2.8%を使い、0.2%を積み立てるといった考え方です。

梅田 積立金で足りなければ、一時的に前借りし、後年度で返すことも考えられます。大きな軸を決め、そのなかで例外にどう対応するかに、行政や業界が知恵を出すべきです。

財政余力は次の危機への「保険」

梅田 日本は大きな財政赤字と政府債務を抱えています。それでも感染症、大規模災害、国際紛争などが起きれば、政府は巨額の支出と国債発行を迫られます。そのとき十分な財政余力があるのかを考えなければなりません。

EUの財政ルールでは、条約上の参照値として、一般政府の財政赤字をGDP3%以内、政府債務残高をGDP60%以内とする基準が置かれています。日本の債務はそれらの国々と比べても大きい。財政余力は、単なる帳尻合わせではなく、次の危機にも医療を提供し続けるための保険です。

財政の問題を過度に暗く悲観する必要はありません。しかし、自分の家計なら収入と支出、将来の備えを考えるはずです。

国の財政も同じです。医療や社会保障に何を求め、どう負担し、危機に備えてどの程度の余力を残すかを正面から議論すべきです。

小黒 今年(2026年)の12月に編成される2027年度予算は、最初の試金石になるのではないでしょうか。医療給付費の対GDP比を下げるのか、現状で安定させるのか、中長期的な名目GDPに沿って制御するのか。

医療費を機械的に削れば、病院経営や薬剤費への抑制圧力はさらに強まります。一方、名目GDP成長率の範囲内に沿って伸ばすならば、医療機関と製薬企業に予見可能性を与えつつ、負担率の上昇も抑えられる。

求められるのは単なる削減目標ではなく、給付と負担を結びつける制度的なルールです。

「弱み産業」が果たすべき役割

梅田 以前、あるジャーナリストから、「薬屋は弱み産業だ」と言われました。病気を抱えた弱い立場の人によって成り立つ産業だから、社会から尊敬されるには、よほど努力しなければならないという意味です。

高い時計や車は値段が自慢になりますが、病院で薬代を3000円払えば、多くの人は「高い」と感じる。3カ月分、90錠を受け取り、それが生命や健康を支える薬であっても、医療費として払うお金には抵抗感が生まれます。製薬企業が利益を得ることに、社会が複雑な感情を持つのは理解できます。

その人から「病気がなくなれば製薬会社は困るでしょう」とも言われました。私は、「病気の心配をしなくてよい世の中になるなら、それほどありがたいことはない。製薬の仕事がなくなれば、別の仕事をすればよい」と答えました。

組織や産業を維持すること自体が目的ではありません。

患者の生命と健康を守るために、医療制度も製薬産業も存在する。

だからこそ、必要な医療や薬にはきちんとお金を使い、誰がどう負担し、制度をどう持続させるかにも正面から答えなければならないと思います。

 ※本文中写真提供:小黒一正

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