R-2022-072
1. SDGsにおけるウェルビーイングの位置付け 2. WELLBYという生涯ウェルビーイング量への注目 3. いのち輝く長さとしての健幸量 |
1. SDGsにおけるウェルビーイングの位置付け
ウェルビーイング(Well-being)という概念は、WHOが1940年代に健康を定義する際に活用したことを契機に認識が広がり、世界が新型コロナウィルス感染症を共に経験し、また経済社会の在り方から再考を求められる今日において、時代の1つのキーワードとなっている。
2030年を目標年次とする持続可能な開発目標 SDGsは2015年に採択。SDGsは17のゴールから構成され「Good health and well-being(日本語訳:すべての人に健康と福祉を)」 はその中の1つとして明記されている。
各国のゴールへの進捗を把握するためにSDGグローバル指標が設定されており、目標3となる「Good health and well-being」 においては、28個の指標がある。妊産婦死亡率、新生児死亡率、新規HIV感染者数、結核感染者数、自殺率、道路交通事故による死亡率、安全ではない水・安全ではない公衆衛生及び衛生知識不足による死亡率、医療従事者の密度と分布、などである[1]。
上記の指標の重要さは論をまたないが、ウェルビーイングは生存の最低限の保障といったネガティブな状況を軽減するという意味合いばかりでなく、幸せを実感しながらよりよく生きるといったポジティブな状況を増進するという意味合いも含まれる概念である。そのことを踏まえると、SDGsの目標3にはウェルビーイングに関する指標がなく、かつ「Good health and well-being」という概念を統合した指標は存在していないことが分かる。
また、コロンビア大学教授でSDGsの策定にも関わってきたジェフリー・サックス氏も、目標3の「Good health and well-being」に足りていない指標項目として、主観的ウェルビーイングを挙げている[2]。
2. WELLBYという生涯ウェルビーイング量への注目
そのような中、LSE(London School of Economics)の名誉教授であるリチャード・レイヤード氏は生涯ウェルビーイング量とも言える「WELLBY」というアプローチを、国連が世界140ヶ国以上を対象にウェルビーイングを測定し公表する「世界幸福度報告2021」(World Happiness Report 2021)にて発表している[3]。
WELLBYは、現在の主観的ウェルビーイング度に平均寿命を掛けることにより算出される指標であり(「現在の主観的ウェルビーイング度」×「平均寿命」)、人々が主観的ウェルビーイングを実感しながら健康に生きられる時間の長さ、すなわち“生涯ウェルビーイング量”を算出することを目指している。
この主観的ウェルビーイングを測る方法として、WELLBYにおいて採用しているのは、ハドレー・キャントリル氏が1961年に開発した「キャントリル階梯」と呼ばれる測定方法である。具体的には「0から10までの番号が振られているはしごがあり、階段の一番上(10)はあなたにとって理想の人生を、一番下(0)は、考えられる最悪の人生を表していると仮定した場合、はしごの何段目に立っているか」を各個人が自己評価する設問形式となっている。0から10までの11段階での評価があり、数字が高いほどウェルビーイング度が高いと見なす。
3. いのち輝く長さとしての健幸量
上記の生涯ウェルビーイング量としてのWELLBYは、SDGsにゴールとして明記されている「Good health and well-being」の統合指標として、今後の活用が期待されるものであるが、同時に改善ポイントも考えられる。
それは、WELLBYの測定において、主観的ウェルビーイングは時間軸における現在のみを対象としており、将来の観点がはいっていないことである。人の主観的ウェルビーイングを測定する際には、現在のよい状態ばかりでなく、今後の生活がよくなる兆しがあるのか、よりよい社会への希望をもてるかなど、未来へのまなざしも同様に大事である。
そこで、上記のキャントリル階梯を用いて、「①今現在、はしごの何段目に立っているか」という現在の主観的ウェルビーイング度とともに、「② 5年後には、はしごの何段目に立っているか」の設問を加え、現在と未来の主観的ウェルビーイング度を捉えることが改善点として考えられる。なお、未来という地点の取り方として、上述のハドレー・キャントリル氏がウェルビーイングに関する国際調査をまとめた『The Pattern of Human Concerns』(1965年)にて、「5年後」と設定し調査を行ったのがはじまりとされ、それ以降、国際調査において、5年後という捉え方がスタンダードとなっている。
米国の調査会社ギャラップの世論調査(Gallup World Poll)では、①の現在が7段目以上かつ②の将来が8段目以上の人々を「ウェルビーイング実感が高い(Thriving)」と定義し、測定を続けてきている[4]。国のGDPが堅調または横ばいに推移していたとしても、この「ウェルビーイング実感が高い(Thriving)」人々の割合が大きく低下した後に、社会混乱が生じた国の実例も報告されている。GDPなどの経済指標からは汲み取ることができない人々の質的状況や社会に流れる感情のようなものを、現在と将来の主観的ウェルビーイングの測定結果は捉えているという可能性を示唆するものである[5]。
また、寿命の捉え方は、0歳における平均余命を表す「平均寿命」から、日常生活に制限のない期間の平均を表す「健康寿命」へと重要性が移ってきている。
そこで「Good health and well-being」の新しい統合指標として、現在と将来の主観的ウェルビーイングから求められる「ウェルビーイング実感が高い(Thriving)人々の割合」と「健康寿命」を掛けることにより算出される数値を、ウェルビーイングを実感できるいのち輝く時間の長さとしての“健幸量”と捉えることを提案したい。今後、グローバルレベルでの比較分析を通じた調査研究をポストSDGsの指標項目を見据えて行っていく。
参考文献
[1] JAPAN SDGs Action Platform (外務省)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/goal3.html
[2] Indicators and a Monitoring Framework(the Sustainable Development Solutions Network)
https://indicators.report/indicators/i-100/
[3] 世界幸福度報告2021(the Sustainable Development Solutions Network)
https://worldhappiness.report/ed/2021/living-long-and-living-well-the-wellby-approach/?fbclid=IwAR1vepe-uGEc7ka1m4Mplt6-98C9ZIUQj2MidsYH20GTayh5Mz0x3X9Od58
[4] Gallupホームページ(Gallup)
https://www.gallup.com/analytics/349487/gallup-global-happiness-center.aspx?fbclid=IwAR0QkWHji5BSL5gLYXJfxGnC1LvYnbB_Ry7hSwJzqBqJk3kM-QSHpQVKHrA
[5] ウェルビーイングレポート日本版2022(ウェルビーイング学会)
https://society-of-wellbeing.jp/wp/wp-content/uploads/2022/09/Well-Being_report2022.pdf